番外編⑭「隠し子なんて聞いていません!」




「わぁああ~~~~おねがいです! おろしてください、ちかげさま!」

 回廊に子供の絶叫が響き渡る。私は突風の如く駆け走っていた。両脇に二人の子供を抱えて! おおよそ十五キロ前後はあるであろう子供の二人を担いで走るなんぞ、普通の女性なら不可能だろう。しかし、この時の私は現れた小さな男女を逃すまいと必死であった!

 その気持ちに術力が働いたのか、二人の子供を担ぐ事が可能となった。アラビアンドレスを身に纏って両脇に子供を抱えるその異様な光景は、すれ違う人々から驚きの眼差しを飛ばされていたが、今の私には知ったこっちゃない!

「ボクたちは、なにもわるいことしていません! おはなしください!」
「だまらっしゃい!」

 右脇に抱えている男の子はさっきから、私から逃れようとずっと必死に叫びまくっていた。あんまりにも駄々をこねるものだから、私も大人げなく声高に叫んでしまったよ。反対に左脇に抱えている女の子は大人しくしていた。

 ――早く確かめないとね!

 この子達を解放してあげる前に、私には確かめなければならない事があるのだ! 絶対にこの子達は怪しい! 初めて会う子達なのに初めてに思えないこの容姿、そんでもって男の子の方は何故か私の名前まで知っているしね!

 ――私の予測が間違っていなければ、とんでもない事だ!

 だから白黒ハッキリするまではなにがなんでもこの子達を手放すつもりはない! 私は妙に息を荒くしてスピードをアップさせる。余計に騒ぎ始める男の子の声が耳に纏わりつくが、パカッと耳に蓋を被せた。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 ――バッタァア――――ン!!

 麗のの出入り口扉が盛大な音と共にオープンされた。扉の先に映るのは先に勉強会に来ていたシャルトだった。彼は背筋良くクラウンの席に腰をかけていた。そこにノックもせずに、嵐の如く子供を抱えた私が現れたのだ。

 その異様な光景にさすがのシャルトもポカンとしてこちらを眺めている。私はシャルトと顔を合わせると、気が抜けてしまったのか、手の力が緩んで子供達が床に転げ落ちた。

「ふぎゃっ」
「いたっ」

 子供達のアイタタタの様子を目にして、迂闊に手を緩めた事を申し訳なく思った。

「千景、その子達はなんなの?」

 私はハッと我に返り、シャルトに全神経を集中させる!

「シャルトの今の発言こそなんなのよ?」
「は?」

 私の問いにシャルトはさらに間の抜けた表情へと変わる。

 ――しらを切る気ね!

 私はズカズカと大股でシャルトへと近寄り、彼の前まで行くと腰に手を当て詰問態勢に入る。

「この子達の説明は私からじゃなくて、シャルトからしてもらいます!」

 私は尻もちをついている子供達へピシッと指を差して言い放つ。

「は? だからなんなのよ? 私から説明って言われても、私この子達の事知らないし?」

 そう言うシャルトの表情は実に険しかった。これが演技なのかと思うと、彼もなかなかのものだ。って感心している場合ではない!

「シャルト、大人げないわよ! この子達の顔を見れば、一目瞭然でしょ! 早く本当の事を話した方が身の為だよ?」

 まるで脅しのような私の言い方に、シャルトの険しさがより深まった。完全に彼はご立腹のようだ。キョ、キョワかったが、ここで引き下がる私ではない!

「もう! さっきからなんなのよっ」

 ブーブーと文句を言うシャルトは腰を上げる。なにをするやらと彼の行動を注視してみれば、地べたに座り込んでいる子供達の方へと近寄り、彼等の顔を覗き込んだのだ。そんなシャルトの行動に、子供達もビクッとして微動だに一つ出来ずにいた。

「この子達……、似ているわね。この子はアイリ。こっちの子はキール?」

 実に上手い演技だ、シャルトよ! 今初めて気付いたような様子を見せたが、私は騙されませんから!

「そうよ、気付いた? だから早く白状しなさいっての!」

 あくまでもすっ呆けるシャルトに私は早くボロを出すよう煽った。それにシャルトは青筋を立てたのがわかり、私は一種の剣呑を感じ取った。

 ――なんでシャルトが切れるんだ!

 こちらが切れるならまだしもなんでだ! そうか、逆切れってやつか!

「さっきからアンタの言いたい事が全くわからないわ」

 シャルトは怒っているというよりも、半ば呆れている感じだった。きっとこのままじゃ彼の態度は平行線で、わからないの一点張りを通すだろう。ならばここは私の口からハッキリと言わせてもらおう!

「わかったわ」

 私は目を細めて意を決する。そしてタタタッと子供達の方へと駆け寄り、彼らの背後に回る。まずは男の子の肩を掴む。

「この子はアイリの子よね!」

 そして男の子にギュッと抱き寄せられている女の子は……。

「こっちの子はキールの子なんでしょ!?」

 私は喉が潰されると思うぐらい声を荒げて答えた。荒々しい私の様子に、子供達が縮こまってしまった。フンッ! とうとう言ってやったぞ。この子達を目にしてから、ずっとそう思っていたんだから。

 まだ小さいながら神秘的な美しさを漂わせる男の子はアイリの容姿そのものだし、女の子の方は世界でキールしかいないと言われている翡翠色の瞳をもっている。これは血が繋がっているというなによりの証拠だ!

 ――まさか二人に「隠し子」がいたなんてね!

「さぁシャルト、これでもアナタはすっ呆ける気なの? もしかして私ならしらを通せるとでも思った? そうはいかないんだから!」

 私は腰に手を当てたまま、シャルトに顔を近づけて問い詰める。シャルトが隠し子の事を知らないわけがない。キールとアイリもそうだが、シャルトもなんてヤツ等だ! 揃いも揃って超重要な事を私に隠していたんだから!

「ちょっ、千景。アンタなにか勘違いしていない? キールとアイリに隠し子なんていないわよ?」

 ――ドッカーン!!

 私の頭は噴火された。ここまできて平然としらを切るシャルトはなんてヤツだ! しかも彼は冷めた目をして私を見ているではないか!

「フン! シャルトがあくまでもそういう態度なら、私にだって考えがあります。直接キールとアイリを問いただします!」

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「は?」

 キールの第一声はこれだ。私は目が点になる。

 ――なんなんだ、今の「は?」は。

 さて今どのような状況になっているかというと、麗のには私以外に、キール、アイリ、シャルト、そして例のお子ちゃまの二人が居た。意地でもしらを通そうとしているシャルトに痺れを切らした私は即行キールとアイリを呼びに行こうとした。

 ……ところにシャルトから引き留められた! 公務をおこなっているキールとシャルトの邪魔をするなと言われたが、んな事より隠し子の白黒をつける方が大事なんだ! と、私の勢いも止まらなかった。

 そこで頭を悩ませたシャルトが、なんとかしてキールとアイリの呼び出しに成功し、ここまで連れて来た。そして彼等には目の前にいる隠し子の事を白状しなさいと問い詰めていた、という流れになる。ところがだ、今のキールの反応はなんだ!

「キール、今の“は?”はなんなの? こんな自分にクリソツな女の子を曝け出されたのに、今更すっ呆ける気?」
「オレはこの子を知らない」

 キールを問い詰めたのに、彼は即否定した。な、なんだ、知らないって! シャルト同様にしらを通すつもりか! そうね、婚約者フィアンセの前で素直に吐けるわけがないものね!

「キール、私と結婚する気があるのなら、素直に吐いてよね!」

 私は怒鳴り散らしたい激情をなんとか抑え、彼を吐かせようと試みる。

「千景、なにを勘違いしているのか知らないが、この女の子はオレの子じゃない。そもそもオレには子供がいないぞ」

 キールの表情は至極真剣であった。とても嘘を言っているようには見えない。こんな事でなければ、私も素直に彼を信じてあげられただろうが、今回ばかりは食い下がるわけにはいかない。

 結婚を約束している相手に隠し子がいたなんて、これはきちんと打ち明けてもらう大切な話だ。キールは実践で性教育を受けていた期間がある。その時、誤って身籠ってしまった女性がいたのかもしれない。

「じゃぁ、なんでこの子はこんなにもキールにソックリなわけさ! 唯一無二と言われている翡翠色の瞳も一緒じゃん!」

 私はとうとう感情が爆発した。女の子がキールの子ではないと信じたい気持ちと、本当の事を話して欲しいという怒りの感情が入り混じって、感情を抑制出来なくなってしまったのだ。

「確かに酷似している事は認めるが、勝手にオレの子だと決めつけないで欲しい」

 今のキールの言葉に、いや表情に胸が締め付けられる。明らかに切なげだ。多分、私が彼を信じようとしないから、怒りより悲しみの方が勝って、こんな表情となっているのだろう。

 ――どうしよう、私はどうしたら……。

 そんな悩ましい状況の時にだ。

「本当この子、ボクにソックリ~」

 って、アイリのバカみたいに悠長な声が聞こえてきて、私は目をパチパチと瞬かせる。アイリの方へと目を向けると、彼は腰を屈んで男の子の顔を覗き込んでいた。実に興味深げに面白そうな様子だ。

 男の子はマジマジとアイリから見つめられると、委縮して後退した。完全にアイリに警戒心が剝き出しであった。本当の親子であれば微妙な反応ではあるが、これも万が一に備えて他人のフリをしよう策戦なのかもしれない!

「まぁ、確かにキールとアイリに瓜二つってぐらいソックリよね、この子達」

 いつの間にか私の隣にはシャルトが立っていて、子供達を見据えていた。反対側の隣にいるキールは女の子を見つめていた。なんとも言い難い空気が流れる。大人四人から見下ろされている子供達が、恐々と俯いていて、気の毒に思えた。

「オマエ達、一体何処から来た?」

 キールは腰を落とし、子供達と同じ目線になって問う。その行動はフリなのか、それともリアルなのか? そう訝し気に私の思考が彷徨っている時だ。男の子の後ろに隠れていた女の子がヒョコッと顔を覗かせ、キールをジッと見つめる。

 キールと女の子の視線が交わうと、私の鼓動はドキドキと速まった。なんだか妙な空気が二人の間に流れる。それから女の子はそっとキールへと腕を伸ばしてきて、キールを恋しがって「パパ~」と、甘えてきているように見えた。

 ――間違いないぞ、やっぱりこの子はキールの子なんだ!

 そしてキールも女の子の手に応えようと手を伸ばそうとした時、突然、男の子がガバッと女の子の躯を引いたのだ。キールから距離を取られた女の子は泣きそうな顔をして、男の子を見つめていた。

「ダメだよ」

 メッと男の子は顔を横に振って女の子を叱った。

 ――なんだなんだ? キールに嫉妬かな?

 男の子は女の子を守るように片時も離れない。ちびっ子なのにラブロマンスかい? なんてのほほんとした考えはさておきだ。キールとアイリの隠し子説は浮上したままだ。このまま他人のフリをされて逃げられたらたまったもんじゃない!

「アナタ達のパパとママは何処にいるのよ?」

 今度は私が子供達に問いかけた。しかしだ……。

 …………………………。

 彼等は一向に口を割ろうとしないのだ。お互いの躯をギュッとしながら、縮こまって俯いている。実に頑なだな。それから何度か私達は質問を繰り返してみたが、どんなに問いただしたところもでも、子供達が答える事はなかった……。





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