番外編⑬「闇から救う濃密な想い」―キール視点―




 ――けっこういい時間だな。

 宿へ戻り、時刻を確認すると、通常であれば安眠に入っている時間だった。明日の夜にはピオニーに到着していなければならない。その為、早朝から出発する。オレは睡眠時間が短くても平気だが、千景の方は躯の負担になるだろう。

 ――まだ湯浴みに入っていなかったな。

 先に千景から入らせてやろうかと思ったが、一緒に入る方が時間の効率が良い。まぁ、多少なりの下心がないわけでもないが。今日は寝台に入れば、すぐに寝かせてやりたい。

「……千景、湯浴みに入るぞ」
「うん、先にいいよ」

 当然だが、千景は一緒に入るなんぞ頭になさそうだ。

「オマエも一緒に入るぞ」
「は……い?」

 千景らしい反応だ。彼女の真ん丸の瞳が大きく揺らいだ。

「もういい時間だ。寝る時間を増やす為にも一緒に入るぞ」
「ひょぇ!」

 千景は素っ頓狂な声を上げ、異様な反応を見せた。相当動揺しているようだな。見ているこちらとしては面白い。

「早く入るぞ」

 半ばからかう気持ちも交じり、オレは千景の腕を掴んで脱衣室に強行連行した。きっと千景は心の中で雄叫びを上げているだろう。オレは口元が緩みそうになったが、それをなんとか抑えた。そして脱衣室に入って早々と衣服を脱ぎ始める。

「うぉ!」

 隣で千景が驚きの悲鳴を上げた。なにを今更? と、オレの方が驚きたいところだ。今まで散々愛し合っているんだ。千景はまるで初めてオレの裸体を目にしたかのように、顔を真っ赤にして俯いていた。

 どうやら千景の妙なところで恥ずかしがってしまうという所は慣れれば直るというのもでもないようだ。彼女には悪いが、オレはからかってやりたいという意地の悪い感情が湧いてきてしまう。

「千景、なにしてる?」
「は、恥ずかしいもん!」

 千景は胸元に両拳を握って叫んだ。どうやら素直に脱ぐ気はなさそうだな。彼女の事だ。湯浴みであれこれされるのではないかと懸念しているに違いない。以前一度だけバーントシェンナの宮殿で、一緒に湯浴みに入った事があるが、その際、千景の躯を存分に堪能させてもらった。

 それを彼女は思い出して抵抗を感じているのだろう。とはいえ、悪いが今回なにもしないという自信はない。だから下手に安心の声もかけてやれないんだな、これが。彼女の心配をよそに、オレはシレッとして応える。

「今更? 千景の裸体はいつも見てるじゃん?」
「そ、そうだけど。でも……」
「オマエ、もしかしてエロイ事を想像してる? つぅか期待してんの?」
「!? ち、ちっがうよ!」
「じゃぁ、早く脱げよ。なんなら脱がしてやるけど?」
「いい! 自分で脱ぐから~!」

 千景の頬が濃い朱色に滲み、オレはからかい過ぎたと噴き出しそうになったが、どうやらオレの言葉が幸を呼んだようで、ようやく彼女は脱衣を始めた。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「今日もまた凄い素敵な湯槽だね」
「あぁ、凄いな」

 今日の湯浴みは室外にある。緑豊かな自然に囲まれ、まるで秘境の地のように特別なものに見える。これは確かに思った以上のものだ。オレも今まで数知れずの宿に泊まってきたが、このタイプのものは初めてだ。

 そして浴槽に予め湯を張ってもらっていた。そこに芳しい香りの花が浮いている。すぐ近くに屋根付きのハンモックまで吊るされており、女性が喜びそうな造りとなっている。

「私の世界では外にある湯槽を“露天風呂”って言うんだよ。私、露天風呂が大好きだったんだよね」

 嬉しさで興奮した千景の胸元からハラリとタオルが落ちた。千景の裸体が丸見えとなり、彼女は焦って落ちたタオルを手に取って躯を覆う。実はさっきから千景のタオルで隠す仕草が目についていた。

 わざとらしく隠しているのが妙にオレを苛立たせ、オレはそのタオルを奪ってやった。千景は瞬時に真っ赤になって顔を伏せる。その内に居た堪れなくなったのか、彼女は湯が張っていない湯槽の方へと行ってしまった。

 そんな様子を見て、あまりせっついた様子を見せるのも彼女に悪いと思った。せっかくの遠出だ。無理をさせて嫌な思い出として終わらせたくない。オレは欲望よりも理性が勝り、素直に躯を洗う事にした。

「オレも一緒に洗うよ」
「!?」

 オレは千景の後を追って、彼女と同じ湯槽へと入る。千景は目をギョとさせていたが、オレは触発しないよう、すぐに自分の躯を洗い始めた。そんなオレを千景は意外とでもいうような顔で見つめていた。

 オレは気にする素振りも見せずに、無言で躯を洗っていた。そんなオレの様子に、やっと千景は落ち着いてきたようで、そこでまた突拍子もない言葉を言われる。

「キール、背中流してあげるよ」
「え?」

 オレは言葉の意味がわからず、面食らっていると、彼女はオレのボディタオルを手にし、

「遠慮しないで。こっちに背を向けて」

 あっちあっちと前を合図され、その流れで背中を向けた。

「なんだ、急に? なんで背中?」
「こっちの世界では背中を洗ってあげるってないのかな?」

 なんだそれは? 疑問符を頭に浮かべている間にも、千景はオレの背中を洗い始めた。ゴシゴシと力強く擦られ、自分で洗う時とはまた違う不思議な感覚を覚えた。しかし、何処となく温もりのようなものを感じていた。

「他人の背中を洗うなんて聞いた事ないな」
「やっぱそうなんだ。私の世界では家族で一緒に入ったりする時は背中の流しっこしたりするんだよ!」
「へー、変わってんな」
「小さい頃はね、こうやってお父さんやお母さんの背中も流してあげていたんだ。懐かしいなー」
「え?」

 ――え?

 ドクンッと黒い渦のような感情が沸き起こる。それは瞬く間に闇のように広がり、オレの胸中を支配する。なんだ、この感情は……。煩慮、憤懣ふんまん、戦慄、次々と負の感情が湧き、襲い掛かって来る。

「あ、でもたまにお母さんとは旅行で一緒に露天風呂に入った時、こうやって背中を流してあげてたっけな! とはいっても、それも何年前が最後だったかな~?」

 オレの変化に気付かない千景は無邪気に話し続けていた。千景から両親の話が出たのは初めてだ。それは両親が亡くなっているオレへの配慮なのか、それとも離れた世界にいる自分の両親を思い出さぬよう敢えて伏せているのか、わからない。

 だが、今の千景は素で嬉しそうだった。彼女はいつもありのままでいるが、こんなにも安心仕切った様子の彼女は初めて見る気がした。オレと一緒にいる時がすべてではないのか。

 それではないとしたら、千景を今の姿にさせている両親が彼女にとって一番安心できる存在ではないのか。本当はオレよりも両親が……元の世界の方が大切なのではないだろうか。

「…………………………」

 「なにか」が外れたように思えた。これは理性だ。そう思った時、オレは無意識の内に、千景の腕を取って唇を奪っていた。彼女は酷く驚愕して狼狽えていたが、遠慮する余裕などなかった。

 千景の意思など関係なしに、オレは彼女の躯を貪り続けた。今、彼女を掴んでおかなければ、オレの元から離れていきそうな気がしてならなかった。それがどうしようもない恐怖でならない。

 千景は異世界の人間にも関わらず、オレを愛するようになって、この世界に留まる事を選んでくれた。そんな一生の決断を決めてくれた彼女にオレは感謝をしている。幸せでいて欲しい、幸せにしてやりたいとも思う。

 始めは彼女の幸せがここではなく、元の世界にあるというのではあれば、オレは素直に彼女を帰そうと考えていた。自分の想いだけを貫いて、彼女を留めておくのは間違いだと思っていたからだ。

 しかし、今はもう無理だ。今、千景を失う……それは自我も失うに等しい。両親を亡くし、ルイジアナを他国へとやり、その傷を癒してくれたアイリやシャルトへの恩はあるが、穴が空いた心を完全に埋めてくれたのは千景なんだ。

 エゴだと思われても構わない。千景は誰にも渡さない。オレには彼女が必要だ。己の命を懸けてマルーン国やヒヤシンス国から救い出した大事な女性ひとだ。彼女を愛してやまない。

 オレは無我夢中で千景の躯を蹂躙した。千景はオレのものだと刻み込むように彼女の躯に雄を埋め込んだ。彼女を満たしてもオレの心は満たされず、それが不安を煽いで、さらに彼女を求め続けた。

「ふぇ……んっ……ヒック……」

 気が付いた時には千景は顔を覆って泣いていた。その時にやっとオレは我に返った。白濁とした液が放散とし、辺りは冷めたようにシンと静まり返っていた。熱が冷めていき、理性を取り戻したオレは罪悪感と後悔に苛まれ、血を吐き出すような声を上げる。

「……千景、こんな泣かせるまでごめん」
「え?」
「本当にごめん」

 オレがもう一度謝ると、千景はオレの躯を抱き竦めた。彼女の温もりを感じながら、そのまま身を預ける。

「いい……よぉ。だって……キール、怒っていたんでしょ? 私が無神経に両親の話をしたから。キール、お父さんとお母さんの事を思い出して悲しくなったんでしょ? 私の方こそごめんね」

 千景は涙を流しながら応える。彼女はまた別に罪悪感に苛まれていて、オレの無理な求愛に応えていたのだ。

「いや、そうじゃない」
「え?」
「そうじゃないんだ」

 オレは先ほどの闇の中にいた感情をすべて吐露した。自分の身勝手さを曝け出し、そして千景を手放したくない気持ちを素直に吐いた。こんなにも自分の感情を露わにした事はあっただろうか。相手が千景だからかもしれない。

「私、何処にも行かないよ! 私がキールの事、好きで好きで堪らないの知っているでしょ? 私だってもう離れるなんて考えられないもん。ここでキールの傍で、ずーっと一緒にいるから、だからもう悲しまないで……ね?」
「千景……」

 千景はオレがあんなにも酷い事をしたにも関わらず、なに一つと咎めない。むしろさらに愛情をぶつけてくれている。オレには勿体ないほどの深い愛情だ。オレはここまで愛してくれている彼女と出会えた事に感謝している。

 千景の腕に力を込められ、温もりに包み込まれた。お互い素の姿で、ありのままの想いを重ね、オレに纏っていた不安と恐怖はいつの間にか消えていっていた……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「んぁああん! こんなのらめなのぉー」

 天井に向かって千景の嬌声が上がりっぱなしだった。寝台の上から揺れ動く音は結合部から漏れる激しい水音と共に響いていた。千景はオレを下にして仰向けの体勢となっており、オレは彼女の腰を支え、秘所の中に雄を蠢かせていた。

 初めは千景には不安定で無理な体勢かと思っていたが、彼女はオレの雄を良い感じに締め付け、理性を噴き飛ばされた。千景もかつてないほど、気が昂っているようで快楽を得ているのがわかる。

 無理だと思っていても、柔軟に対応してくれるのが千景だ。こうやって快楽として受け取ってくれるのも、すべてオレへの愛情からだと自負している。それがわかっているからこそ、腰の動きは止められない。

「やぁん、はぁん、んぁぁん、あんあんあぁぁんっ」

 少し打ち上げる速度を上げただけで、千景の感度と喘ぎ声が上がる。それに感化されたオレは歯止めが効かなくなり、雄を膨張させて腰を高く打ち上げると、千景の中がギュッと収縮し始めた事に気付く。それに伴って唐突に雄が締め上げられる。

「もう……らめっ!!イクよぉお!!」
「はぁはぁはぁはぁ……くっ!」

 オレは千景と共に高みへと昇った。

「「はぁぁはぁはぁ」」

 荒々しい息を整えながら、オレはグッタリとなった千景の躯を寝台へと下ろす。彼女は半ば放心状態で力が抜けているようだった。

「大丈夫か、千景」
「はぁはぁ、あん……なの……ダメ……なのぉ」

 今にも泣き出しそうな弱々しい声を出し、千景はオレを見つめ返す。ダメだという割にはさっきの快楽を思い出しているのか、千景は頬の色を上気させ、恍惚感に蕩け切った表情をしている。

「なんでダメなんだ?」

 オレはわざとらしく訊く。千景は極度の恥ずかしがり屋だ。少しでも変わった体位の繋がりに抵抗を感じるのは知っている。千景は顔が首の付け根まで朱を注いだように真っ赤にして視線を伏せてしまった。

 ――相当恥ずかしいんだな。

 千景には悪いが苛め甲斐があるなと思ってオレは笑みを零し、そっと千景の躯を起こす。まだ火照っている彼女の躯から熱が伝わる。

「な、なぁに?」

 不安そうに問う千景にオレは柔らかな笑みを作って伝える。

「今度は千景の好きな優しいあれでイカせてやるよ」
「え? ……ふぁあん!」

 オレは千景の後ろへ回り、座った体勢の上に千景を乗せ挿入する。後ろから彼女を抱き竦め、律動的に腰を上へと揺らす。この体勢であれば千景の方が主導権を握れる。オレは後ろから腕を伸ばして、彼女の胸と花芯を弄ぶ。

 千景はバックからが一番好きだが、次にこのソフトな責め方が好きなようだ。今日はせっかくの思い出の日だ。激しいのは終わりにして、このままこれで甘い時間を過ごすのも悪くない。そう決めたオレは千景の顔を横に向かせ、唇をそっと覆った……。





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