番外編⑬「心にちりばむ思い出を」―キール視点―




 政務が始まって二刻ほど過ぎた頃だろうか。ようやく緊急会議から解放されたかと思えば、次は会議で遅れをとった膨大な決裁を行わなければならない。

 中でもくらいの案件については、ほぼ確定していたにも関わらず刷新をかけられ、根本から構成し直さなければならない。それは構成だけでも数ヵ月はかかり、それから何度も会議が行われる。それを再構しなければならないのだ。

 ――正直悩ましいにもほどがある。

 そんな頭を抱えている時だった。

「次の三国の国交会議だけど、マルーン国のピオニーに決まったよ」

 アイリから別件会議の開催場所を聞かされる。

 ――確かピオニーはレインボーストーン地帯の付近だったな。

 オレの胸の中でなにかが弾んだ。レインボーストーンとは七色のグラデーションの色彩をもつ花であり、花弁が七色に光る石となっている。輝かしく神秘的である事から、別名“幻花”とも呼ばれる。

 本来この花はケンタウルス達などが生息する北の地帯にしか咲いていなかったのだが、ここ数年、風向きが変わった影響で、マルーン国の属国ピオニーの近くで芽吹くようになった。

 非常に希少価値のある花であり、数年前まで何処の国が所有するのか争っていたが、オレが三国を治めていた時、国宝とし、法で採取を禁じるようにした。それは所有によって各国の経済に差を出さない為だ。

 特にマルーン国は前国王が生存していた頃まで、独裁主義国であった為、貧困の差が激しく国王の死後、政権を立て直すのに苦労が絶えなかった。そこにまた幻花の独占が入れば、国内だけではなく他国との経済に支障をきたすのは目に見えていた。

 それはマルーン国だけに限らず、我がバーントシェンナ国であろうが、ヒヤシンス国でもあろうが、同様と言える。それだけ幻花の存在価値は大きい。そして、そんな花を目にするのは国王のオレでもそうそうない。それが今回巡っての機会だ。

 ――千景にも見せてやりたいな。

 価値の高いものだ。大事な女性ひとに見せてやりたい、いや一緒に見てみたいと思うのは本能だろうか。男でも息を呑むほど魅入るあの花だ。女性なら目を奪われ、心までも掴まれるだろう。きっと千景も喜ぶ。そんな彼女の姿が目に浮かび、オレは思い切った事を口にした。

「アイリ、今回の会議に千景も一緒に連れて行きたいのだが」

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 仕事を終え寝室へと向かう。今日のピオニーの件だが、アイリに千景も一緒に連れて行って良いか尋ねてみた。

「いいよ」

 アイリはなんの迷いもなく即答し、それにオレは面食らった。そんなアッサリ承諾するとは思っていなかったからだ。私欲を仕事に持ち込む事は禁じている為、遠方会議がある時はいつも千景とは離れていた。

「時間見つけて千景とデートでもしておいでよ」

 どうやらアイリにはすべて悟られているようだった。だからオレもそれ以上の事はなにも言わず、アイリの言葉に甘えようと思った。浮き立つ気持ちをもったまま、オレは寝室へと戻った。部屋を入るなり、オレはすぐに例の件の話を千景に切り出してみた。

「そうなんだ、わーい! キールと一緒にお出掛けだ!」

 千景は飛んで跳ねて喜んでいた。思っていた以上の喜びにオレも破顔する。彼女のそういう素直な表現する姿は心底可愛らいと思う。これから会議のスケジュールが組まれるが、それが発表され次第、行き先も考えないとな。なにせこれが千景と初めての外出となるのだから……。

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 いよいよ出張の当日。丸三日間はかかる旅だ。スルンバ車を利用し、定期的に休憩を挟みながら移動を繰り返していた。休憩に入る街まで、出来るだけ千景と一緒にいられるよう時間を気遣った。

 千景からショッピングやカフェ巡りを一緒に回りたいと言われていて、それに時間を費やした。二日目の方がゆとりがあり、その日一緒に街を散策している時だ。千景がアーケードの中にあるストーンの雑貨屋に目をつけた。

 そして彼女はお揃いのブレスレットが欲しいと言い出した。その発案でオレの瞳に近い翡翠石と彼女の瞳に近いスモーキークォーツを選んでブレスレットを作った。それぞれオレ等の特徴を押さえたピッタリな石だ。

 数十分で出来上がったブレスレットを受け取ると、千景はオレのブレスレットを、オレは彼女のブレスレットを互いの手首へと嵌めた。なんだか新鮮な気持ちになり、手にし嵌めてみて改めてお揃いもいいものだと素直に思えた。

 その日の千景はブレスレットを手にしたからか、始終満面の笑顔だった。こんな風に千景の笑顔を外で見るのは初めてだったな。こんな笑顔を見られるのであれば、今度はプライベートでゆっくりと回りたいものだ。

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 さて二日目の夜は寝る前に、やらねばならない事がある。なんといっても今回は例の場所に千景を連れて行く目的がある。晩餐を終えた後、オレと千景は宿の部屋へと戻った。

 千景は満足げな様子だ。今日は五人分の量を難なく平らげていたな。食べる前は「こんなに食べれんな!」と、料理を惜しむ姿を見せていたが、いざ口にした途端、キレイさっぱりと腹ん中へと入れてしまっていた。

 ――満腹で眠気が来る前に、千景を例の場所へ連れて行かないとな。

 オレは目的の決行に移る事にした。千景を部屋から連れ出し、一頭のスルンバに乗って例の場所へと向かった。この日は運が良く満天の星空だった。ここの地帯は四季があり、今の季節は不安定な時期でもあったが、懸念していた天気にも恵まれ、オレ自身の胸の昂奮も高まっていた。

 ――数十分後。

 目的の場所は森の中に存在している。当たり前だが森の入り口は真っ暗闇だ。オレは術力の中に備わっている力で、暗闇でもある程度の形は把握出来る。ランプを手にすれば、千景を問題なく案内する事が出来るだろう。

 彼女の手を取ってオレは森の中へと入って行った。中に足を踏み入れれば、暗闇を覆す光が存在していた。やっと千景に見せてやれると、妙にオレの気持ちは華やいでいた。それから暫くしてだ。

「なにこれ! すっご綺麗!!」
「だろ? これはレインボーストーンという花だ」
「お花なの!? なのにこんなに光るんだ!」

 幻花を目にした千景は自分の目まで輝かせて昂奮していた。思っていた以上の反応を見せてくれて、こちらの高揚感も上がっていた。本当に幻花は見事なものだ。辺り一面燦然と輝く光はどんな美しい宝石も叶わぬほどの鮮麗さをもつ。

 人の心までしっかりと鷲掴みするな。ここまで幻想的であると、神の領域にさえ思える。せっかく与えられた時間だ。この神秘的領域を散策して、千景との思い出の場所にしよう。オレは再び彼女の手を引いて歩き出した……。

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 言葉は交わさず、二人だけの時間が流れる。言葉がなくとも繋がっている手の熱で、互いの想いが十分に伝わっていた。オレは千景に伝えておきたい事があった。

「……ごめんな」
「え?」

 自分の言葉で表情が曇っているのがわかる。そんなオレの淀んだ様子を察した千景の心も大きく動揺していた。

「ど、どうしたの? 急に」
「もう一年が過ぎようとしているのに、こうやって一緒に外へ出る機会がなかっただろ? オマエが一緒に外出したがっているの、前から気付いていたってのに」
「いいよ、今こうやって一緒に出掛けられているじゃん」

 言葉だけでは千景が気を遣っているのかと思うが、動揺していた彼女の心が朗らかに変わり、彼女の言葉に偽りがないとわかった。

「過ぎてしまった話を気にしないよ、私は。そもそも私はキールと一緒にいられるだけで幸せだから、場所には拘らないよ」
「そうか……」

 千景の言葉に、オレは胸の内に暖かな風が吹き込んで握っている手に力が籠った。

「このレインボーストーンの地帯はそうそう来られるものではないんだ。だから今回この地帯の付近を通ると聞いた時、どうしてもオマエにも見せたくなってさ。二人の初めての外出なら、少しでも思い出に残る場所がいいと思って」
「キール……」

 ここを思い出の場所として、共に心に残しておきたい。オレは自分の想いを伝えた。

「こんな素敵な場所に連れて来てくれて、本当に有難う。大好きなキールと一緒に見る事が出来て、私は果報者だよ」

 千景は満面の笑顔で応え、彼女もまた手を握り返す。

「オレも同じ事を思っていた。一番大切に思っているオマエと一緒に、この場所へ訪れる事が出来て至福だ」
「キール……」

 自分が感じる幸せを大事な女性と分かち合える、この上なく至福な事だ。オレは高まった感情のまま、おのずと千景の頬に手を置き、彼女の唇に口づけようとする。千景も応えようと目を瞑った……瞬間。

「クシュンッ!」

 ――え?

 視界を開く。一瞬なにが起きたのか分からず、千景を見遣ると彼女は罰が悪そうな表情をしながら、オレを見つめていた。

 ――クシャミか。

 時間差で把握すると、オレは外気温の寒さに気遣いがなかったと反省をする。

「ご、ごめんね」

 千景はオレが気を悪くしたと思い込んでいるようだ。悪いのは気遣いがなかったこちらの方なのに。

「いや、こっちこそ悪い。長居し過ぎたみたいで、躯が冷えてきたんだな。そろそろ宿に戻るか」
「私なら大丈夫だよ! だから……「明日も早朝から動く。躯をゆっくり休ませよう」」

 千景の事だ。罪悪感から意地でもここに残ろうとしているのだろう。とはいえ、せっかくの思い出の場所を風邪を引いてしまったと傷を付けたくない。

 ――体調不良になる前に早く戻った方がいいな。

 オレは腑に落ちない千景の手を取ってスルンバの元へと戻る事にした……。





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