番外編⑫「私をどうするおつもりですか?」
さて私はというと、薄暗く湿った石床の上で重々しい枷に繋がれております。目の前にはご立派な鉄格子がございます。お気づきでしょうか? そうです、私は牢獄へと監禁されてるっての!
二年前の過去にタイムスリップした私は現代へ帰れる方法を見つけようと、まずは変装から始めた……ところにだ。十五歳とまだあどけない顔をしたキールに見つかってしまい、刺客疑いの罪で捕まってしまったわけさ。あの時――――。
「オマエ、刺客か……」
と、キールに問われた私は瞬時にムンクの叫び顔へと豹変した。キールの表情が完全に私を敵視していて、キョワかったからだ!
「王の寝室の隣に潜むなど、大胆不敵にもほどがあるな」
「違います! あっしは使用人の一人ですよ!」
私は動揺しながらも身柄を隠して答えたのだが、
「使用人ならバーントシェンナの紋章が彫られた徽章を見せろ。そこに登録番号がある筈だ」
な、なんですと! そんなん知りませんけど! ヤ、ヤバシシッ、ヤバシシッ!!
「どうした? 早く見せろ」
――ひぃいい!!
という事で、証明となるバッジを持っていなかった私は完全に不審者(いや刺客)扱いされ、無理やり牢獄へとぶち込まれたわけだ。連れ込む前にまず事情聴衆が先ではございませんかね。
「話す気になったか?」
私がブツブツと文句をブー垂れていると(心の中でだけど)、いつの間にか鉄格子の外側にはキールが立っていた。二年前の彼は私の知るキールとは少しばかり幼かったけれど、敵視する凄味は無駄に威厳があった。なにも返す言葉が見つからず、私は口を閉じたままだった。
「わぁ~、まだ女のコなんだね」
キールの後ろからアイリが現れた。彼は現代の時と髪型ぐらいしか変わらない。女のコって私はもうすぐ二十六歳になる女性で、今のアナタと一歳ほどしか変わりませんけど? 余裕があるわけではないけれど、私は突っ込んだ。
「女の子供にしておけば、油断させられると考えたのだろう。万が一、捕まった場合でも拷問し難いともな」
――拷問!?
キールさんよ、なんちゅーアブノーマルな事を! それに、あっしは大人の女性だっての!
「子供だろうが刺客であれば容赦しない」
――ひぃ!!
キールの言葉に空気が凍り付いた。なんか殺意を感じますけど? あっしは未来のアナタの花嫁ですけど!? 私が冷や汗を出しながら、あたふたしていると、
「オマエ、名はなんと言う?」
「?」
キールは少し和らいだ声色となって別の質問をしてきた。
「……ち」
――ハッ!
私は素直に名乗ろうとしたが、ここで本当の名前を明かしたら、現代に戻った時に影響が出るかもしれない。
「……チ、チムタン」
「品のない名前ね」
「はい?」
――おい! 偽名とはいえ、なんか腹立たしいな! こんな事を言うのはまさしく……。
「バーントシェンナでは聞かない名前よね」
――やっぱシャルトだ!
薄暗いこの空間でも艶やかなストレートの髪を靡かせたシャルトだった。
「珍しいお名前ね」
そう言ったのはシャルトと一緒に来たルイジアナちゃんだ。
「チムタンか。確かにバーントシェンの者の名ではなさそうだ」
「うーん、でも他国だとしても珍しいよね」
キールとアイリの会話を聞いて気付いたけど、名前から何処の国の者か割り出そうとしていたのか。とはいっても、あっしのオリジナルネームなんでわからないだろうよ。
「本題に入ろう。オマエはどうやって王宮に侵入した? この内部には允許を得た者しか入れないようになっている。術力を使用したのはわかっているが、その種類を吐け」
キールは冷然とした表情で詰問してきた。
――知らないっての!
なんか黒魔術的なものを連想させる言い方だな。あっしは魔女じゃないんですからね! 私はなにも応えずに口を噤んでいた。
「答えないか。ならば質問を変えよう。何処の国から来た? 答えれば命だけは助けてやろう」
「……………………………」
答えられるわけないよね、未来の、しかも異世界からだなんてさ!
「黙っていれば命の保証はしないぞ」
完全に脅しですか! でも答えられないものは答えられないんですよ!
「まずは食事を抜きにして様子を見るか。衰退していけば命乞いをするかもしれない」
――ひょぇ!? 餓死してしまうがな! あっしの日常の一番の幸せは食す事なのに! オーマイガッ!!
「甘くない? いっそ火炙りにすればいいよ。躯の一部を焼失させれば吐くかもよ?」
――ひぃ~!!
アイリ、貴様は! 一見柔和な天使のような容姿をして、たまに言う事がグロイんだよ! 何気に心がドライなんだよな! バーントシェンナは至福の国と称えられているんだから、その名にちなんだ方法をとれよな!
「アイリ! キールの判断を曲げないの! それは非道よ」
ルイジアナちゃんから叱咤される。しかしだ。彼女はキールの隣で彼の腕の裾をキュッと手に掴んでいるのが、私大変目についておりますの!
くっ、キールの隣はあっしの立ち位置なのにな。ルイジアナちゃんと一緒にいるキールなんて、あっしの愛するキールとはちゃうねん! 全くの赤の他人さ、フンフンッ。そしてキールから意外な言葉が返される。
「いずれにせよ、吐かなければそれも視野に入れておこう。悪意をもって我が国に、しかも王宮内へと立ち入るなど決して許さぬ」
フンッ、これが未来の花嫁に対する言葉と態度ですかね! あったまくるな、本当に! 私は恐怖より怒りの方が勝って噴火しかけた。
――フンフンッ!
「なにをえっらそーに! トルーニャが苦手で食べられない王のくせにさ!」
あ、鼻息を荒くするほど、頭にきてキールの弱みを口に出してしもうたよ。トルーニャというのは私の世界でいうトマトと似ている。実はキール、唯一これだけ苦手で食べられないのだ。あんなに栄養満点のトルーニャが食べられないなんて可哀想だよね!
――ん? なんだか空気がポッカーンとしているのは気のせいか?
「キールがトルーニャ好きじゃないのって、内輪だけしか知らないよね?」
――なんですと!?
ルイジアナちゃんの言葉に嫌な予感がよぎる。
「何故、それをオマエ知っている?」
――ヤバイゾ、余計な事を言ってしまった。
これでは益々立場を悪くしているではないか。
………………………………。
キールから凍てつく視線を向けられている。なんと無機質で恐ろしい。彼と結ばれてから、いつも暖かい笑顔を向けられてきたから、こんな表情をされるのはマジ辛い。
過去のキールとは面識がないし、今私は刺客として疑われている身だから仕方ないのだろうけど、なんでそうな風に見るのだろうと思ってしまう。私だって好きでここにタイムスリップしたわけじゃないんだ!
いっそ本当の事を話すべきなんだろうか。でもそしたら現代へと戻った時、キールは私と過去に面識がある事になる。初めて出会った日も初めてではなくなって、結ばれていない現実になっているかもしれない。
そんなの嫌だ。キールと愛し合っていない生活なんて堪えられないもの。私がこちらの世界で生きる糧がなにもなくなる。キールが傍にいてくれるから、異世界でもやっていこうと頑張ってこれたのだから。
「答えぬか。では暫く様子を見る事にしよう」
その言葉に少しばかり安堵感を抱いた。怪しまれまくっているから、すぐに処刑にかかるとか言われたら、どうしようかと思ったよ。
「火焙りじゃなくていいの?」
――ひぃいい!!
アイリめ! いちいち冷酷無比な発言をしてキールを促すな!
「けっこう機密情報まで知り得ている刺客だよ? いくら術力が封印される牢獄内でも、油断は出来ないよ」
――やめろやめろ、火焙りなんてグロイ事をしようとすんなよな!
何故かキールからジーッと見つめられていた。翡翠色の瞳がなにかを物語っているように見える。が、その意味はわかる筈もない。
……………………………。
嫌な沈黙だ。まさか火焙りを決行する考えに至らんでくれよ。私は心臓がバクバクと今にでも破裂しそうな勢いだった。
「様子見で構わない」
「そう。王がそう決めたのなら、これ以上なにも言わないよ」
目を細めて淡々と応えるアイリの表情が恐ろしい。一先ず彼が素直に従ってくれて良かったよ。そうはいっても状況変わるわけではなく、キールからはまた厳酷な言葉を叩きつけられた。
「逃げ出そうなど愚かな考えをもつな。もし良からぬ行動を起こしたものならば、火焙りの刑を即実行する」
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――私、ここから抜け出せるよね?
キール達が去って、私はこの静寂な薄暗い空間に一人でいた。枷に繋がれたままだし、なによりなにも口にする事が出来ずに辛い。過去へとやって来て、しかも捕まってしまって、私なんでこんな目に遭っているんだろう。
本当だったらシェフの腕を振るったディナーをお腹一杯に食べて、大好きなお風呂に浸かって、今頃は愛しのキールと愛を深めている時間だ。「千景、愛している」と、甘い声で何度も囁いてもらいながら。
――私を愛してくれているキールの元へ帰りたいよ。
改めて現代のキールの事を思い出したら、恋しくなって涙が溢れていた。キールの腕の中に戻りたい。帰りたいよぉ……。
「ひっく……うぅ……っく」
いつの間にか声をしゃくり上げて泣いていた。もしかしたら、もう現代には……キールの元には帰れないのではないかと思うと、胸が締め付けられて死にそうな思いだった。
「……帰る方法がわからないのか?」
「え……?」