番外編⑩「やっぱりアナタではないと……」




 ――ゴツンッ!

「アイタッ!」

 鈍い音と悲痛の声が同時に響いた。声は……アイリからだ。彼は私から離れ、苦い顔をして額に手を当てていた。実は私がアイリの額にズッキー攻撃をしてしまったのだ。私は彼に気遣う余裕がなく、

「ご、ごめんね。アイリの気持ちはすっごく嬉しいけど、私はチューもエッチもキールじゃないと出来ないの! ていうかしたくないの!」

 私は瞼をきつく閉じて自分の気持ちをぶつけていた。瞳から止めどもなく涙が溢れる。ビックリやら恥ずかしさやら悲しさやらと、色々な思いが交差して何がなんだかわからなかった。

 それでも思い浮かべるのはキールの姿だった。無性にキールに会いたい。今すぐ彼の腕の中で泣きたい気持ちだった。ボロボロと涙を流す私の姿を目にしているアイリが口を開いた。

「二人共さ、もっと素直になりなよ?」

 ――え? 二人共って?

 アイリは目を細めて、まるで叱咤するような表情をして言った。私は言葉の意味がわからず、戸惑っていると、アイリの後ろから人が現れた。

「え? ……キール?」

 少しばかり罰が悪そうな表情をしているキールだ。

「なんでキールが? まさかさっきの……?」

 アイリとのやり取りを目にしていたんじゃ……? 途端に私は青ざめる。さっきのを見られたら、気を悪くするどころか気持ちが冷めるんじゃ! 私は心臓の音がバクンバクンッと速まり、胸が張り裂けそうになっていた。

「安心して。キールはさっきの誤解していないから」

 私の懸念を察したアイリは透かさずフォローの言葉を入れた。彼はキールを迎い入れるように目を向ける。私の前へと来るよう促しているように見えた。

「二人共いつまでも意地を張ってないで、ちゃんと話し合いなよね。どうせ心底は好き合っている仲なんだからさ」

 え? 私には状況が把握出来なかったけれど、流れ的になんとなくアイリがキールと話をする機会を作ってくれたのではないかと思った。キールは黙然としたまま、こちらまでやって来て私と向き合った。それを目にしたアイリはクルリと身を翻す。

「お互い一緒にいられる時間を大切にしなよ?」

 そのアイリの言葉に胸が締め付けられた。言葉の意味が今の私にはズシリときた。アイリはそのまま背を向けて、出入り口の扉へと歩き出した。

「アイリ! あ、有難う。それと、ご、ごめんね。せっかく打ち明けてくれたのに、応えられなくて。アイリの気持ちはとっても嬉しかったから!」

 アイリから告られるなんて、キールの存在がなければ、飛んで舞い上がるぐらい嬉々浮かれる事だ。

「気にしなくていいよ。千景が思っているほど、ボクは困っていないから」

 私の言葉を耳にしたアイリは、顔だけこちらへと向けて、クスリと妖艶な笑みを浮かべて答えた。

 ――およ?

 私はなにか違和感を覚えた。普通は「千景が思っているほど、ボクは悲しんでいないよ」だと思うけど? あーそれだと私に対して失礼だと思って……? いや、でも今のアイリの意味ありげな表情って……もしや!?

 頭に爆弾発言を思い浮かんだと時にはパタリと扉の閉まる音が聞こえ、アイリの姿はなくなっていた。アイリって、もしかして裏の社交界で暗躍している? あれだけの美顔をもちながら、色恋沙汰の噂を聞いた事がなかったから、おかしいとは思っていたんだよね。私一人どうこうで彼は困らないらしい。

 ――さすがです、アイリ様々。

 …………………………。

 ニ人となった私とキールはお互いに気まずそうに俯いていた。なんて言葉をかけたらいいのかわからない。私の方が八歳も年上なのに情けないな。

「……千景、悪かった」

 ――キュウゥゥゥゥ―――――――ン!!

 名前を呼ばれ顔を上げると、キールの切なる表情が映った。その瞬間、私の胸はキュン死にしかけた! なんという可愛らしい表情をしているんだ! 普段キールは弱い姿を見せる事がない。王という立場上、常に気丈に振る舞っているんだとは思うんだけど。そんなキールがだ!

 ――今のこの表情はヤ、ヤバイ! ドキュン死にではないか!

 私は萌える感情が沸々と込み上げていた。

「も、もういいよ。私も大人げなかったし」

 おっと、この五日間のプンスカが一瞬でしぼんでしまったではないか! 恐るべし美少年の切なる表情!

「許してくれるのか?」
「う、うん」

 うんって言っちゃったよ、もう許すしかなくなったな。私が答えるとキールの右手が私の左頬を包む。

「オマエと顔を合わせていなかったこの五日間、胸が本当に苦しかった。こんな思いをする事になって、初めて深く反省したよ」

 そ、そうだったのか、そこまで反省してくれていたのか。

「千景……」

 ――ぬぉ、こ、これは、な、なんだ! キールのこの無駄に艶っぽい表情は!

 愛おしむように見つめられているではないか。これは色気仕掛けなのか! コヤツは本当に十七歳なのか! なんでこんな無駄にフェロモンムンムンなんだ!

 ――ダ、ダメだ! 一週間ぶりのこの色気に耐えられる免疫がさっぱりとなくなって、これ以上見つめ合っていたら悩殺されるがな!

 思わず私はキールからの視線を逸らしてしまった! しかし、グイッて顎を上げられて、

「え?」

 私の唇はキールの口内へと吸い込まれる。

「んんぅっ」

 ――な、なにこれ!? い、息出来ない!

 後頭部をしっかりと押さえられ、呼気さえも奪われるようにキールの唇から深く吸われていた。

「んっ、んんっ」

 激しい吸い付きに酸素を求める声が洩れると、押さえられていた手の力が緩和された。そしてキールの舌が滑り込んできて、私も自然に舌を出した。すると、舌を吸い付かれて唾液と共に絡まる。

「んっ、んんぅ」

 キールの舌は戸惑う私の舌を追い詰めるように激しく回る。五日ぶりのチューはいつも以上に激トロで濃厚だ。気持ち良さに段々熱が上がっていくと、唾液の音が洩れ始める。それに興奮が高まって、お互いの息が荒くなっていく。

 求め合い過ぎて、好き、愛しているという想いが唾液として口内から溢れた。私はやっぱりキールじゃないとダメだ。他の誰かじゃここまで深くは愛せない。躯全体から熱が迸って火照り始める。

 ――もっとキールに触れて欲しい。キス以上の事をしたい。

 ギュゥとキールを掴んでいる手に力が入る。

「「はぁ、はぁ……」」

 唇が離れると、お互い乱れた息を整える。そして熱っぽい表情をしているキールに、私は欲情してしまう。自分でもトロンとした目でキールを見つめているのがわかった。そんな私の様子に気付いたキールは……。

「……千景、もう挿れたい」
「え?」

 ――な、なんですと? 今、い、挿れたいと申しましたか?

「え? え? い、挿れたいって?」

 私がたじろている間にも、キールは唇を私の耳元へと近づけ、そして誘うような甘い声で囁く。

「今日は前戯する余裕がない。すぐにぶち込みたい」

 ――な、なんとぉぉおおお!!

 大胆な発言にあっしはあんぐりでっせ!! いくらキールと濃密な夜を過ごしてきたとはいえ、すぐにはね! ところが、キールの表情は鋭く色気づいたものに変わり、まるで血に飢えた野獣? いや猛獣か?

 ――ひょぇええ!!

 私は初めてキールと契りを交わした夜の事を思い出した。それはやっと身も心も繋がり、至福の想いを抱きながら、キールの腕枕で眠りにつく……筈だったのだが、実はキールの興奮状態が治まらず、あれから6ラウンドまで行われ、私は最後には朽ち果てた。

 ――まさにあの時のギラギラとした眼差しをしていますよね? キールさん!

 う~、それにいきなり最終ラウンドに行くなんて、女性は準備がひ……つ…よう……って、あんれ!? いつの間にかキールにお姫様抱っこをされ、彼の腕の中で私はキュンキュンとしていた! ニ人の愛の素、天蓋付きベッドに躯を下ろされると、

 ――ぬぉおお!!

 キールは寝衣を素早く脱いでいるではないか! ボクはもう準備オッケーですか! って、そうじゃないよ! あっしは心の準備は出来ても躯はOKじゃないんすから! と、私がアワアワジタバタしている間にも、すっぽんぽんとなったキールは私へと近づき、手を伸ばしてきた。





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