番外編①「お決まりのイジメです」




『千景さんだ! 今日も可愛いよな』
『確かに可愛いなぁ』

 宮殿内を歩いていると、たまに衛兵や使用人といった人達にヒソヒソ話をされる。言葉がわからないから、気にしないようにはしているけど、相手と視線が合えば一応笑顔で返すようにはしていた。

『オレを見て笑ったぞ! 可愛い~』
『オレの方を見て笑ったんだよ!』

 笑顔を向けた衛兵達の声が弾む。彼等から不快な様子は窺えないけど、妙に喜々満面となっているのが気になった。なにがそんなにオカシイのだろう。そもそも私の顔つきがこの国の人達とは異なるから、物珍しいんだろうけど、正直あまり良い感じはしない。

 そして宮殿生活って、一見華やかそうで憧れを抱くかもしれないけど、実際はとっても大変なのだ。ここバーントシェンナの宮殿は二千以上の部屋の数をもつだけあって、広大で色々な人が出入りをしていた。

 大臣、役人、医師、薬師、学者、衛兵、職人、シェフ、使用人、侍女etc、とにかく挙げたら切りがない。そんな色々な人がいる中で、私にとってとんだ厄介な人達がいる。それは……。

『あら、またあのコよ。男に色目使ってて相変わらずヤラシイ』
『本当厚かましくてずうずうしいコ。お尻がおっきいし、ぜっんぜん可愛くないわよね。ブスの代名詞だわ』
『まだこの宮殿にいたのね。いつまでキール様を独占しようとしているのかしら? 異端者の分際で』

 今日の第一号は服装から見て、どうやら優秀な踊り子さん達のようだ。あの女性達は顔を合わせば、必ず小言をぶつけてくる。シャルトいわく私がこの世界に来てから、キールが私と一緒に寝るようになって、事を取られた女性陣が大層いかっていると言うのだ。

 そりゃぁね、アイドル的といいますか、カリスマ的若いボーイが毎晩どこのど、どいつかもわからない輩の所に入りびたってちゃイケすかないよね。でも私だってキールに強要なんて一切してないんだっつーの。

 あのコが勝手に人の寝るベッドに入って来るんだもん。しかも真っ裸で! さらにキールは恐ろしいほど、寝付きが良くって目を閉じれば数秒で寝てしまい、朝まで絶対に起きない。

 こんな可愛いコが隣で寝ているんだから、本当はドッキドキして寝たフリをしているんじゃないかなって思って、キールが寝付いた頃、指で彼のほっぺをプニプニと突っついてみた事があったんだけど……全く反応をしていなかった。

 それでも寝たフリをしてんじゃないかと疑っていた私は掛けシーツをバサッて剥ぎ取って、彼の躯の下を覗いて見たけど……なんにも反応していなかったよ。あれは非常に虚しかったぞ。

 という事で、彼は全く私を女性として意識していないのだ。私の事が好きだったら、あんなにグッスリと寝たりは出来ないもんね。私の方が緊張して寝られなかったのが、バカバカしく思えて今では私もすぐに寝るようになっちゃった。

 さてとだ。この日の踊り子さん達はとてもたちが悪かった。私が普通に回廊を歩いていたら、向かい側から一人の踊り子さんが歩いてきて、いきなりドンッ!と、私の躯をどっ突いてきた。

『うわぁっ!』

 私がバランスを崩してよろめいている間に、今度は二人目の踊り子さんに足を引っ掛けられた。

『ひゃぁっ!』

 私はその場にバタンッと躯が倒れてしまった。さらに三人目の踊り子さんが私の腕や足に、黒くドロッとした泥のようなものを落としてきた。最悪な事にぶっかけられたのは動物のフンのような、ものすごぉおい異臭を放っていた。

『す、凄くくさい』

 鼻がひん曲がりそうだ。私はあまりのくささに、吐き気を催していた。

『やだぁ~あのコ、スルンバのフンをベットリと躯にこびりつかせて~、クッサイ!』
『恐れ多くも国王様の宮殿内でこんな異臭を漂わせて』
『これだけくさいニオイをさせていたら、さぞキール様も抱かれないでしょうね~』

 頭上から一斉に高笑いが木霊する。如何にも勝ち誇ったような蔑んだ声だ。これは完璧に陰湿なイジメだね!

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「うぅ~、全然ニオイがとれないよ」

 私はゴシゴシと躯を強めに洗ってみたが、残念な事にニオイは全く取れない。シャルトが言っていたけど、スルンバ(馬とロバを足して二で割ったような動物)のフンのニオイは強烈で、最低三日は消えないと言われてしまったよ。

「参ったな~」

 私は心底深い溜め息を吐き出した。彼女達のした事は許せないけど、気持ちがわからないでもないんだよね。私も学生時代に男性アイドルグループ「君にアイラブ」のモリゾー君にラブだった時期があったけど、彼に恋人が発覚した時はやっぱ相手の人に嫉妬してたし。

 だからといって嫌がらせまではしようとは思わなかったけどね。中には嫉妬した相手へナイフを忍ばせた手紙を送ったり、コンサートや舞台の日に待ち伏せして嫌がらせをしようとしたり、嫉妬というのは時には凶器にもなるから怖かったりする。

 こんな嫌なニオイを漂わせてちゃ、今日はキールと同じベッドには寝られないな。いくら寝つきの良い彼でもさすがに眠れないわ。という事で私は早速広いソファの上で寝ようと、枕と掛けシーツを持って移動した。

 ちょうどそこに部屋の扉が開き、キールが戻ってきた。私はなんだか気まずい気持ちが湧いて、そそくさとソファへ寝そべった。キールは私の姿を見るなり、不思議そうな様子をして問う。

『千景、オマエなんでそっちで寝てんの?』
『きょ、今日はそっちで寝たくない』
『は?』
『とにかく今日はこっちで一人で寝たいの!』
『あ?』

 ヤ、ヤバイ、キールの顔が険しくなったぞ! 様子が怖くて私はキールから視線を逸らして目を瞑った。

 …………………………。

 暫く嫌な沈黙に支配されていたが、キールが口を開いた。

『オレ、なんか気に障る事した?』
『え?』

 思わず視界を開くと、キールから切なさと不服が入り混じった、なんとも言えない表情を向けられていて、私は酷く戸惑ってしまう。キールはなんにも悪くないんだよね。ただ嫌な思いをさせたくないだけで……。

『別になにもしてないよ。でも今日は一人で寝たいの! たまには一人で寝たいんだ!』

 理由になってない理由を叫んで、私はまた固く目を閉じた。キールに嫌なニオイをかがせるくらいなら、自分が悪者になった方がマシだ。

 …………………………。

 再び沈黙が降りたが、ふと気配を感じ取った。キールが目の前まで来ている事に気付いた私は咄嗟に距離を置こうとした……。





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