第九十一話「隠されていた真実」




 隠されていたビア王の想いを汲み取った私は彼に伝える。

「既成事実を無にしなくても、アナタの言葉一つで、ルイジアナちゃんもアナタも満たされるんじゃない?」

 ビア王がルイジアナちゃんに、もっと早く自分の気持ちを伝えていれば、こんな複雑な事にはならなかった。この後、ビア王が本当の気持ちをルイジアナちゃんに伝えたのかはわからない。そんなニ人にだが、なんとキールからお情けの言葉が下りた。

 ビア王とルイジアナちゃんはバーントシェンナ国にて、生涯幽閉される身となった。ルイジアナちゃんまで一緒に幽閉する事は、キールにとって苦悩な決断だったけれど、ビア王のみが幽閉された場合、ルイジアナちゃんは一生涯王に会う事は許されない。

 それならば、ルイジアナちゃんも一緒の方が幸せなのではないかと、判断したようだった。一生涯幽閉とは悲しい事だが、ニ人が処刑されるよりは良いと、私は前向きに考えた。それにキールなりの精一杯の考慮だったに違いない。

 本来あってはならない情けである。そんな特例を下したキールに、ビア王とルイジアナちゃんは深々と頭を垂れた。そしてマルーン国に続き、ヒヤシンス国との対立も終結したのであった……。

 それからビア王とルイジアナちゃんを連れたケンタウルスの群が立ち去ると、私とキールは顔を見合わせ、自然と互いを引き寄せて抱き合った。

「キール……」
「千景……」

 伝えたい言葉は沢山あったけれど、言葉よりも肌の温もりで、お互いの存在を確かめ合っていた。なにより、キールが生きて私の元へと戻って来てくれた事を肌で感じられ、私は幸福感でいっぱいになった。

 帰りのスルンバ車でニ人っきりになった私とキールは、いつぞやのマルーン国から帰国した時のように……会話が皆無であった。あの周りを気にもせず、繰り広げていたニ人の世界はいずこへ?

「ずっとわからない事があった」

 キールが呟くように言葉を零して沈黙が破られる。

「わからない事?」

 私は首を傾げながら訊き返す。

「ルイジアナが何故、ヒヤシンス国に嫁いだのか」

 ――あっ。

 私はなにかに反応するように目を見開いた。

「アイツがヒヤシンス国へと連れて行かれた時、オレはなんとしてでも連れ戻そうとした。なのにアイツは頑なに戻ろうとはしなかった。それはビア王に脅され、両国の戦争を阻止する為だと、ずっとそう思っていたんだ。でも実際は心の底から、ビア王を愛していたんだな。……それにビア王も」
「キール……」

 キールは切ないようで、なんとも言えぬ表情をしていた。ルイジアナちゃんが自分の元から離れた時の悲しみを思い出したのかな。

「二人が相思相愛で切ないの?」
「は?バカ言え、オレにはオマエがいる」
「そ、そうだね」

 ヤ、ヤダ! キールってば、いきなりクサイセリフ飛ばしてきて、私は頬を無駄に紅潮させた。

「千景、オマエは凄いな」
「なにが?」

 キールは優しく微笑みながら言う。珍しく褒めてくれているぞ。

「ほんの少しの時間で、あの王とルイジアナの想いに気付いた。誰も気付かなかった事だ」
「そうかな~」

 私は得意げと言わんばかりに素直に喜んだ。

「それと実はビア王には命を助けられていた」
「え?」

 キールは思い切った告白をしてきた。かなり意味深な言葉だ。私は目を丸くしてキールを見つめる。

「助けられたって?」
「マキシムズ王を手掛けたビア王はオマエを連れ攫おうとしていた。オレはそれを阻止しようと、王の前に立ちはだかったけれど、逆に攻撃され気を失ってしまったんだ。その後、ビア王はオレにとどめを刺さなかった。そもそもオレがマキシムズ王に手掛けられそうになった時、あまりにもタイミング良くビア王が現れた」
「そういえばそうだね」
「オレの死後でも、オマエをかっされる隙はあった筈だ。それなのに王は自らの手を汚しに入った。あの王が何故、オレを助けたのか理由がわからないんだ」
「それは多分少なからずビア王は心の何処かで、罪の意識があったんだと思うよ」
「罪?」

 私の言葉にキールは心底不思議そうに、でも興味深そうな表情をして、私を見つめる。

「ルイジアナちゃんの方からビア王を愛したんだと思うけど、ビア王はキールからルイジアナちゃんを奪ってしまったのではないかと思っていて、その罪からか、キールをマキシムズ王から救ったんだと思う。だって愛する女性が愛した大切な人だもん。心の何処かでルイジアナちゃんはキールに、バーントシェンナに想いが残っているかもしれないって思ったんだろうね。愛する女性が悲しむ姿は見たくないもの」
「千景?」
「そう考えるとさ、ビア王って手の施しようがないトンチンカンでアブノーマルな人ではないんだろうね。根は良い人なのかな?」

 キールは大きく翡翠色の瞳を揺るがせた。まるで曇っていたものが弾け、清々しい気持ちが表情に表れているようだった。

「やっぱりオマエは凄いな」
「そう?」

 さっきよりも深い笑みで見つめられて照れちゃうな。こうやってまたキールの微笑む姿をの当たりに出来る事を私は心の底から幸せに思え、涙が出てきそうになる。

 そしてビア王だが、やはり彼がマキシムズ王の首を跳ねた。キールはビア王の登場と、さらに私がいた事に驚愕したが、私を連れ攫おうとするビア王に立ち向かい、逆に攻撃をされて気絶してしまった。

 それからビア王は私を攫った後、キールはシャルトに助けられた。目を覚ました所にまさかのアイリッシュさんが現れ、キールはアイリッシュさんが生きていた事を涙して喜んだそうだ。

 そして本心では抵抗を感じながらも、バーントシェンナ国の兵士の命を守る為に、マキシムズ王の首を兵士達の前へと翳し、マルーン国との戦争を終結させたそうだ。

 その後は急いでキールとアイリッシュさんは私を助ける為に、ビア王の後は追う事になった。その途中にスーズ率いるケンタウルス達と遭い、彼等からバーントシェンナ国を救いに来た事を伝えられると、一緒にヒヤシンス国へと向かったのだった。

「そういえば、キールやアイリッシュさんが教えてくれた通り、禍はニ通りの使い道があったんだね。本来の禍をもたらすのか、救いの女神にさせるのか、確かそれは王の心次第とかなんとか?」
「あぁ。禍に関する書物は各国それぞれに与えられた。でも実は禍がいつ何処に現れるかはバーントシェンナ国の書物だけに記されていたんだ」v 「ほぇ、そうなの? なんで?」

 今度は私が興味深げに身を乗り出して訊く。

「現れた娘を禍としてもたらすのか、救いの女神とするのか、それは娘を手にした王の心次第だ。願いは永遠(とわ)に続く。願わくはすべての界が“至福へと導かれん事に”祈りを込め、この書物に記しをいたす」

 キールはおまじないを唱えるように、書物の内容を言葉にした。

「至福へと導かれん事に?」
「書物の著者はすべての国が幸せになる願いを込めていたんだ。その願いを叶える可能性が高いのはバーントシェンナの王だと信じ、記しを残したんだ」
「なーるほど」

 思った以上に奥深い書物だったんだな。というか……。

「その書物って誰が記したんだ?」

 私は素朴に思った疑問を零す。

「言っても信じないと思うよ?」

 キールは疑り深い眼差しを向けてきて、私はムキになる。

「意味ありげで気になるじゃん! 言ってよ!」
「……神」
「は?」

 私は眉を寄せてキールをガン見した! なんじゃそら、神話ってやつか!

「ほら信じないっしょ?」
「そ、そういうわけじゃないけどぉ~」

 半信半疑だな。完全には信じられん。でもまぁ今はとりあえずそういう事にしておこう! もう複雑な事を考えるのはゴメンだわ。謎や秘められていた事柄が解決され、平和を取り戻せたんだって実感した私は自分の存在価値を改めて認識した。

 禍としてもたらせなくて本当に良かった。救いの女神が悪の道へと進まなくて良かったよ。そこでふと私はルイジアナちゃんから言われた言葉を思い出す。彼女は最後ビア王と共に連れて行かれる前に、私にこう言葉を残したのだ。その言葉に私の胸はとても打たれた。

「千景様、キール様を宜しくお願い致します」





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