第八十三話「マルーン国戦終結」




 私は瞳が零れ落ちるのではないかというほど開いて、キールの名を叫んだ! 身を乗り出そうとしていた私の腕をシャルトが引っ張り戻す。

「千景、身を乗り出したら危険よ! 今、王達の前に出たら、マキシムズ王に捕まる可能性だってあるんだから!」

 今のシャルトの忠告は尤もだったけれど、私は苛立った。キールが危険な目に合っているというのに、冷静な判断なんて出来ないよ! 私とシャルトがやりとりしている間にも、マキシムズ王は尚も手の平をキールへと翳し、術力の光を放ったのだ!

「キール!!」

 私は自分の危険をも忘れ、身を乗り出してキールの名を叫んだ! 光は真っ向にキールへと直撃し、私は我を失う。あんなものを食らったら、即死してしまう! 私は放心した状態で光のドームを見つめる。

 シャルトも言葉を失っているようだった。マキシムズ王が薄れていく光の中に足を進めていく。その表情は冷酷無比で恐ろしいものだった。私はゾッと背筋が凍りつく。王は人の死になんの感情も抱いていないのだろう。

 なんて恐ろしい心をもった人なんだ。改めて王の恐ろしさに私は酷く戦慄いた。ややあってキールを覆っていた光が薄れていき、私はキールの様子がどうなったのか目を凝らして見つめる。

「!?」

 キールは膝を立て剣を地に突き刺していた! さっきの攻撃を剣で盾にしたのだろう。顔は苦痛に歪み、躯もボロボロになっていたけれど、無事でいてくれた。

「さすがバーントシェンナの血筋は侮れないな」

 キールの姿を目にしたマキシムズ王は実につまらなさそうに呟いた。

 ――どういう意味だ?

 私は一瞬疑問を抱いたけれど、キールの無事を目の前にしてフラりと躯がよろめいた。

「千景!」

 シャルトに支えられると、抜けた力が一瞬にして元に戻った。

「?」

 私は呆けていてが、シャルトが治癒魔法(ヒーリング)をかけてくれた事に気付いた。

「あり……「千景!」」

 私がお礼を伝えるよりも先に、シャルトから切迫感の募った声を上げた。彼の視線の先に目を向けると、

「キール!!」

 既にマキシムズ王がキールに剣を向けていた。さっきまで膝を立てていたキールは臀部でんぶを地につけ、剣を手にしていなかった。

「ヤバイわ、さっきもう一度、攻撃を受けて剣を吹き飛ばされたの!」
「え?」

 優位に立ったマキシムズ王はキールに剣を向けたまま蔑んだ表情を見せていた。

「死んだ人間に動揺し隙を作るとは。其方は王であろう? どんな事態にでも毅然に振る舞いが出来なければ、こうやって命を奪われる事になるのだよ?」

 死んだ人間ってまさか!

 ――キール! アイリッシュさんは生きているんだよ!

 今すぐにでも叫んで知らせたい! さっきキールはアイリッシュさんの事を思い出して、隙を突かれてしまったんだ! やっぱりあの王はどこまでも汚い人間だ!

 ――キールを助けに行かなきゃ!

 だけど、私の腕をしっかりと握ったシャルトは顔を横に振ってダメよと伝えていた。

 ――なんで?

 私はシャルトの気は確かか? と、疑った。目の前で我が王が殺されるかもしれないのに、なんで助けに行かないの?

 ――ハッ!

 私は気付いた。シャルトは律儀に掟を守ろうとしているんだ。私の複雑の思いと同じぐらい、シャルトの表情も苦渋に満ちていた。キールは意識が朦朧としているようで、目が虚ろだった。受けた衝撃が大きく意識があるのもやっとのように見える。

 ――ど、どうしよう! このままじゃキールが殺られてしまう!

 私は頭の中に渦が巻き、気が狂いそうになる。思考はショートし、なにをどうすべきか考える事を妨げられていた。

「次回へと活かせる事が出来ず残念だ。情にもろいバーントシェンナの血を悔やみ、いや、深く恨しみを抱きながら、あの世に逝くのだ」

 マキシムズ王は最後の言葉を投げ捨てた後、剣を振るい被り、キールの首元へと振り下ろす!

「キィイ――――――ル!!」

 私は気が動転し、キールの名を叫びながら彼の元へと駆け出した! その時だ!

「え?」

 私の目の前で信じられない光景が広がった。苦痛の叫び声と共に貫かれていたのだ……鋭利な剣が……マキシムズ王の背中から突かれ、胸元より先には剣の刃の姿が見えていた。

「え?」

 ――なに……が起こ……ったの?

 マキシムズ王は瞠目し、胸元と口元から血を流して、その場へと頽れた。一瞬の出来事だったけど、私にはスローモーションのように見えた。キールはマキシムズ王の返り血を浴び、茫然と固まっていた。そして彼の視線の先には……?

 重厚な鎧を身に纏い、兜の下から流線的な漆黒の長い髪を靡かせた人物が立っていた。髪と同じ色の瞳は色味が失われた無そのもの。その瞳はマキシムズ王の姿を無機質に見下ろしていたが、やがて私と視線が合わさった。

 ――その瞬間、私の記憶はパタリと遠のいていった……。





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