第七十九話「最期の言葉」




 「虹色☆レボリューション!」を歌い切ったぞ。無我夢中で歌っていた私は兵士達に目もくれずに歌い続け、すべて歌い終えてから彼等の様子に気付いた。

 ――う、嘘でしょ!?

 目の前に何百といた兵士全員がうつ伏せとなって倒れていたのだ! 見るからにピクリとも動かぬ様子だ。術者一人を除いては……。でもその術者でさえ、おぼつかない足取りをして頭を抱え込んでいた。今までの余裕の顔は消え、苦渋に満ちている。

 私自身もあまりの出来事に、口がポカンと開いてしまっていた。キールに言われたあの「一般の民衆が聴いたら瞬殺ものだ」という言葉……。あの時はそんなわけあるかいな! って思った出来事がまさに現実に起きてしまうとは!

 私の歌声で何百の命を奪ったなんて、しゃ、洒落にならんぞ! 私は今度は違う意味で恐怖を抱いた。茫然となっている私の前に、フラついていた術者が立ち止まり、重々しく口を開いた。

「噂で聞いていたが、ここまで恐ろしい音の凶器だったとは……何百といた兵士が数秒で悶絶してしまった。死に至ってはいないだろうが、脳が完全にヤラれている。正常に戻るかどうかもわからぬ」

 な、なんと! 兵士達の命は助かったものの、脳が犯されているかもしれないと! んなバカな話があってたまるか!

「さすがの私でも危惧を感じた。なんという恐ろしい娘なのだ」

 やめろよな! 人を化け物扱いするのは!

「このような娘を我が王の妃とするには多大な不安を感じるが」

 いちいち個人的な感想を述べるな!

「姫君、兵士は倒せても私までは倒せませぬよ? さぁ、大人しくこちらへいらして下さい」
「嫌だ!」

 術者から手を差し出されたが、私は断固拒否った。兵士達を倒せて喜ぶのも束の間、術者はまだ生きている。一番厄介な人物だ。私の武器といえば、さっきの歌声しかない。これが効かないとなれば、後はなにで攻めれば良いのだ。私は懸命に思考を巡らせていた。

「姫君、もし素直に私の元へ来て下さるのであれば、そちらのアイリッシュ殿の命は保証致しましょう」
「え?」

 私はアイリッシュさんを見遣る。彼はグッタリとしていて、意識があるのかどうかすらわからなかった。体力の低下で瀕死状態のように思える。かなり危険な状態だ。

「命の保証って?」
「ここで彼の首を頂戴しないという意味になります」
「ほ、本当に?」
「さようです。ですので剣を置き、こちらにいらして下さい」

 私は戸惑う。あくどいヤツだ、嘘の可能性もある。でもこのまま戦ったとしても、こちらが負けるのは目に見えている。負ければアイリッシュさんの首も取られてしまう。私は必死で考えた。結論、私は剣を下に置き……ゆっくりと術者の方へと足を運ぶ。

 警戒しながら近づく。術者はいつもの綽然とした笑みを浮かべ、私を迎えようとした。術者の前に来た時だ、私は見逃さなかった! ヤツがこの上なくニヤリと唇の口角を上げていたのを! それを見た私は……。

「ぐあっ!」

 思いっきし術者の顎下へと向かって頭突き攻撃を食らわせた! 彼は鎧を着ている為、隙がある箇所は顔の辺りしかなかった。私はそこを狙って攻撃をしかけたのだ。

 やっぱりあのマキシムズ王の術者だ。初っ端から約束を守ろうなんて気はなかったのだろう。私のズッキー攻撃に大きくよろめいた術者だったが、すぐに恐ろしい形相へと変わり、私へと近づいて来た。そして……。

「きゃぁあ!!」
「このクソアマ! 人が親切に相手にしてやっていれば、調子づきよって! オマエが禍でなければ、今スグにでも絞め殺してやるのに!」

 既に術者の片手は私の首を掴み、高く持ち上げていたのだ。私は足元が宙に浮き、締め上げられた苦しさに、強くもがくが意識が遠のいていきそうだった。

「……ぅ……ぐぅぅ」

―――もうダメだ。死ぬ……。

「ぐあぁぁああああ!!」

 突然の術者の叫びと共に、私は彼の手から逃れ、ドスンッと無様に落ちた。

「ゲホゲホッ! ゲホゲホッ!」

 私は必死で酸素を吸い込み息づかいを整えようとする。呼吸が少しずつ正常に戻ってくると、状況が気になって術者の方へ目を向けた。すると……。

「!?」

 信じられなかった。あの術者が真っ黒な姿に変わっていた。焦げて炭化となっていたのだ。私の心臓は爆音を上げ、胃から胃液が逆流するような感覚が起こる。

 ――な、なに、なにが起こったの!

 私は呆然としつつも、アイリッシュさんの事が気になって彼の方へと振り返る。彼はさっきよりもボロボロな姿で薄っすらと目を開いて倒れていた。

 ――もしかして……さっきの攻撃は?

 私は急いでアイリッシュさんの元へと駆け寄る。

「アイリッシュさん!」

 私は彼の上半身から上を膝に乗せて声をかけた。

「さっき私を助けてくれたの?」

 私の言葉にアイリッシュさんは柔らかく微笑んだ。いつもの太陽のように温かい笑顔が弱々しい。力を使い果たした言わんばかりに、彼は声を出すのも困難なように見えた。

「大丈夫ですか! ここを離れてゆっくりと休みましょう」

 私はアイリッシュさんを立たせようとしたが、彼はバッと私の腕を掴んだ。

「どうされました?」
「ち……かげ」

 アイリッシュさんは絞り出すように掠れた声で私の名を呼ぶ。

「き……みに……は……かん……ぷ……く…だ……よ」
「え?」
「さす……が……き……みは……キ……ルが……」

 言葉を続けようとしたアイリッシュさんの口元から血が流れた。刹那、私は凍りつく。そんな、躯には大きな外傷は見られないのになんで! アイリッシュさんは震える右手を私へと差し出し、その手を私は両手で握る。

「アイリッシュさん! しっかりして下さい!」

 彼の顔がみるみる青白くなっていき、生気が失われていくように思えた。私は涙が溢れ出す。私にも治癒力があればすぐに助けてあげられるのに。空は飛べるのにこんな時に欲しい力が出ない。私は最後までなんて無力なんだ。

「ち……かげ……キ……ルと……し……あ……わ……せ……に」
「待って逝かないで下さい! キールにはアナタが必要なんです! だから最後の言葉のような事を言わないで下さい!」

 私は泣き叫びながらアイリッシュさんへと言葉をぶつける。だが彼の手から力が抜け、ゆっくりと瞼は閉じられていった……。





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