第七十四話「運命の始まり」




 眩い光を浴びて私は目覚めた。いつの間にか日が昇り始めていたようだ。心のどこかでは、ずっと日が昇らなければいいのにと願っていた。何故なら今日が開戦の日だからだ。

 私は眠れたのか眠れていないのかわからなかった。常に意識があったように思えたし、なにも考えないように、無意識にコントロールをしていたのかもしれない。まだ意識はボーッとしていた。

 暫く経つと、テントから徐々に兵士達が出て来た。私は見つかる前にそそくさ荷車から離れ、大きな樹木の陰へと移動した。ややあって兵士達はわんさかと集まり、朝食の準備に取りかかった。

 いつもより早い朝食だ。戦の時間が迫っているからだろう。食事を済まると、兵士達は鎧の着用と武器の装備をして、戦の準備に取りかかった。改めて見ると凄い数の兵士だ。この数と同じにマルーン国も揃えていると聞いた。そんな沢山の人の命が懸けられるなんて。

 準備は無駄なく素早く行われ、朝食から戦の準備まで一時間ほどで終えた。準備が出来た兵士達はスルンバに乗り、次々と出発し始めた。私も遅れをとられまいと飛躍し、後へと続いた。

 一時間ほどスルンバを走らせ、ようやく目的の場所へと近づく。すると、殺風景だった辺りに変化が現れる。戦線を超えた先に、こちらと同じような兵士がズラリと並んでいるのが見えた。間違いない、あれはマルーン国の兵士達だろう。

 バーントシェンナの兵士達が戦線まで辿り着くと、彼等はスルンバを止める。そして最前列にキールとアイリッシュさんらしき人物が現れた。鎧が一際豪華だから間違いないだろう。

 私は彼等に気付かれない場所を探すけれど、なんせ戦場だ。辺りには木一つ立っていない。これには参った。私には姿を消すなんていうハイレベルな術力はない。仕方ない、離れた場所に立っている樹木の葉っぱに身を潜める事にした。

 かろうじて遠目でキール達を目にする事が出来たけど、残念ながら会話が全くといって聞こえないのだ。なんとかならないものかと、私は沸々と考えを浮かべる。その内に自然と声が頭の中へ響いてきた。昨日のキールの声が聞こえてきた時と一緒だ。

「いよいよ接戦の時が来た」

 ――この声はアイリッシュさんだ!

 私はキール達の様子を食い入って見つめる。

「今まで我々は戦とは無縁な世界で生きてきた。何故、このような事態になったのかと気に病む者もおるだろう。しかし、今回の戦は必ず起こりうる事であると、私はずっと予期していた。マルーン国は絶えず我が国を苦しめてきた。これまで我々は寛容な心で、我慢に我慢を重ねてきたが、これ以上マルーン国をを野放しにしていては我々の安泰は遠のいて行くばかりだ。それを阻止する為、また我々のこれからの未来の為に、多くの尊い命を懸ける事となった。決して無駄な命にさせぬよう努めて欲しい」

 アイリッシュさんの言葉に、強張らせていた兵士達の表情に奮起が現れる。

「我々の目的はあくまでもマキシムズ王の首を掲げる事だ」

 ――はい? 今なんと?

 アイリッシュさんはサラリととんでもない事を言いましたが? 私は開いた口が全く塞がらずにいた。

「兵の数がいる内に、キール様を守りつつ、なんとしてでもマキシムズ王の元へと導くのだ!」

 兵士達は歓声を上げる。逆に私は嫌な冷や汗が滴っていた。もしかして終戦を迎えるにはマキシムズ王の命をもらう、すなわち彼の首を跳ねるという事なの? それはあちら側も同じ事を思っている。

 という事はキールの首を? 瞬時に私は血の気が引いていき、顔が蒼白となる。心臓の音が耳の奥深くまで波打つ。大きな不安が押し寄せ、私はこれ以上アイリッシュさんの声が耳に入ってこなかった。

 だが、刻々と事態は進んで行く。アイリッシュさんの作戦の指示が終わると、変わってキールが兵士達の前へと立つ。そこで私はなんとか意識を手繰り寄せ、聞き耳を立てた。

「みな、アイリッシュから聞いての通り、無駄な戦にはしたくない。其方、一人一人が尊い命だ。無駄に命が奪われぬよう耐え抜いて欲しい。私も其方達と共に戦い抜く」

 そのキールの決断に、一人の兵士が言葉を挟む。

「キール様! お言葉ですが我々と一緒に戦われて、万が一の事がございましたら大変です。あちらの兵士の数が少なくなるまで、出番をお控え下さいませ」
「其方達だけの戦ではない。私も含めた国の戦だ。王がみなを守るのも戦いの一つだ。私には術力がある。其方達よりも力があるのだ。出来る限り参戦し、マキシムズ王の元へと向かおう」
「キール様……」

 キール、若いのになんて立派な! うぅ、惚れ直してしまうではないか! 私は今すぐにでもキールを熱く抱きしめたい気持ちになった……のを抑える。

 熱い気分に浸れるのも束の間、キールもアイリッシュさんも兵士に背を向け、前方へと視線を移した。マルーン国の兵士達の方だ。そしてキールがマルーン国の兵士側へとスルンバを走らせる。

 ――え?もう開戦なの!

 私の心臓は爆弾を抱えるようにバクバクと跳ね上がる。キールは自国の兵士と他国の兵士の真ん中の辺りまで来ると、マルーン国側の兵士の一人もキールへと向かって走って来た。

 やたら際立つド派手な鎧を着用した兵士だ。私はピンッときた。間違いない! あれはマキシムズ王だ。まさかそのまま二人は剣を交わらせるとかじゃないよね? 私はヒヤヒヤと焦りながら、彼等の様子に釘付けとなった。

「王宮でお会いして以来だな、キール殿」

 先に口を開いたのはマキシムズ王からだった。

「そうですね。その際にはまさかこのような戦が訪れるとは思ってもおりませんでしたが」
「そうかい? 私は予感がしていたよ」
「そうでしょうね。貴方がそう仕向けたのですから」
「そう物騒な事を容易に口にするものではないよ? 仮にも其方は一国の王であるのだから」

 ッカー、あっいかわらず口の減らない王だ! いつも上から目線でキールの事を蔑んで見ているんだよね! んなあくどい王と戦わないといけないなんて!

 ――キールにたんこぶ一つでもつけたら絞め殺したるからな!

 私は遠くにいながらマキシムズ王を思いっきし睨みつけてやった!





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