第五十六話「つけこまれた罠」




 ――どのくらい飛んだのだろう。

 シャルトと共に空を飛び始めてから、それなりに時間が経っている筈なんだけど、助けを求める声の主は見つからずにいた。

 ――バーントシェンナの国って、こんなにおっきかったかな。

「キールに抱きかかえられて初めてこの国へ来た時、入口からこんなに距離がかからなく、宮殿へと辿り着いた気がするんだけど」
「入口は全部で三ヵ所あるのよ。キールがその時に利用した入口は東門で、宮殿に一番近いのよ。私達はこのまま進むと、南門に着くわよ」
「そうなんだ」

 声の主は見つかっていないけれど、気は間違いなく南門の方から感取していた。私は自分の勘を信じて、そのまま南門の方角へと進んで行った。

 ……………………………。

 数十分後、街の外れまで来た事に気付く。

「もう街が終わっちゃう」
「南門が見えて来るわ。このまま行けば、街から外れてしまう。千景、声の主の気は感じてる?」
「うん、確かに感じているよ」

 私とシャルトは正門の番をしている守衛に見つからないよう、少し離れた場所で下りた。そこは街からは少しばかり離れていて、辺り一面なにもない殺風景が広がっていた。私はキョロキョロと辺りを見渡す。すると…?

「シャルト、あれを見て!」

 私は瞳に映った光景へと指を差す。大きな樹木の下で、頭までスッポリとフードを被った男性らしき人が横たわっているのを発見した。

「もしかして声の主はあの人かもしれない!」

 ずっと感じていた気はまさにあの人物から流れている。私は急いでその人物の元へ駆け寄る。シャルトも私の後に続いて走る。そして倒れている人の前まで着くと、私は手を添えて声をかけようとした。その時!

「千景、ダメよ! その人に近寄っちゃ!」

 シャルトの忠告する声が聞こえ、反射的に私は後ろへと振り返る。その時、背後からガッと口を塞がれ、躯を無理やりに引きずり込まれた!

「!?」

 ――な、なにが起こっているの!?

 驚いているのも束の間、私を助け出そうと駆け寄って来るシャルトの背後を何者かが襲う! シャルトは頭上から攻撃を受け、その場へと倒れ込んでしまった!

「!?」

 ――シャルト!?

 私は押さえ付けられている腕を振り払って、シャルトの方へと駆け寄ろうとしたが、叶わず一瞬にして強烈な目眩に襲われ、意識が遠のいていった……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「うーん」

 耳の底につくような呻き声が聞こえる。意識が朦朧としているせいか、視界に白い靄が広がっている。

「うーん」

 またもや呻き声が聞こえる。どうやらこれは自分の声らしい。次第に視界の靄が晴れてくると、なにやらド派手な絵画が見えてきたぞ。中世ヨーロッパで描かれたようなご立派なフレスコ画だ。

「ここは……何処?」

 無意識の内に独り言が零れる。

「お目覚めでしょうか?」

 女性の滑らかなソプラノの声に話しかけられ、私はそちらへと視線を巡らせる。どうやら私はベッドの上に横たわっているようだ。その私の隣には美しいアッシュブロンド色の髪をオールアップにし、メイド服のようなエプロンドレスを着た女性が立っていて、私を覗き込んでいる。

「アナタは?」
「私はマルーン国宮廷専属の侍女ですわ」
「マルーン国?」

 私は頭の中に疑問符が乱舞し、ガバッと躯を起こした。ここはバーントシェンナ国ではない……? なんだなんだ、どういう事だ?

「姫がお目覚めだと王に伝えて来なさい」
「かしこまりました」

 私が首を傾げている間に、侍女さんは少し離れたところにいた別の侍女さんに声をかけた。

 ――お、王って? しかも姫って、あっしの事かい!

 私はいつからプリンセスになったのさ? という事はこれからここの王からも求婚されちゃったりなんかしちゃうのか! あまりにも展開が唐突過ぎて事情が飲み込めない。

「あの、何故私はここに?」

 私は不自然なぐらい室内をキョロキョロとしながら、侍女さんに問う。さっき目にした中世ヨーロッパのような絵画は天井画だ。壁には繊細な花のアートが描かれていて、さらに至る所に宝飾がなされ、高値になりそうな重厚な調度品ばかりが並んでいる。

 今、私が横たわっているベッドだって豪華なカーテンレースが広がる天蓋式で萎縮するんですけどぉ! これってまさに貴族様々さまさまのベッドですよね! バーントシェンナ宮殿のベッドとはまた違う格式がある。

「説明をさせて頂く前に、まずは湯浴みからなさいましょうか。貴女様がこちらにいらしてから、丸三日間ずっと眠っておられましたし」
「へ? 三日間!」

 ――ど、どういうこっちゃいな!

 私は確か……え、えっとぉ、シャルトとバーントシェンナの街中を散策している時に、助けを求める声が聞こえてきて、その声の主を探していたんだんだよね。やっとその人を見つけたと思ったら、いきなり襲われて……ん? そうだ、私は襲われたんだ!

「あ、あの、私と一緒にいた彼は!?」
「え? 彼ですか? 貴女様、お一人でしたよ?」
「そんな!」

 侍女さんの様子からして本当に知らなさそうだ。シャルトは誰かに襲われて頭を怪我している。彼をそのままにしていたら、死んじゃうかもしれないっていうのに! 私はどうしたらいいのかわからず、茫然となる。

「あ、あの! 湯浴みよりも私をバーントシェンナに帰して下さいませんか! 三日間も離れて家族が心配していると思うので」

 さすがに容易にバーントシェンナの宮殿にと口に出してはならない気がして、私は無難に家族と言って切実さを訴えた。

「申し訳ございませんが、私も王の指示通りに動いておりますので、まずは先に湯浴みをお済ませ下さいませ」
「でしたら、すぐに王に会わせて頂けませんか!私は今すぐにでも帰りたいんです!」
「お伝えは致しますので、まずは湯浴みからお願い致します」

 侍女さんは困り果てた表情を見せ、入浴をするよう繰り返し伝えるだけだった。さすがに私も王様に会うのに、三日間お風呂に入っていない躯はヤバイなと思い直して、素直に侍女さんに従おうと思った。

「わかりました。入って来ます」

 私の言葉に侍女さんはホッと安堵した表情を見せる。

「浴室は奥の部屋にございます。浴室の鏡の前に着替えを置いてありますので、そちらをご使用下さいませ」
「有難うございます」





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