第四十五話「過酷な試練」




 バックンバックンと心臓が今にも飛び出しそうなぐらい高鳴り、頭の中ではキィ――――ンと耳鳴りの音が響く。気が遠のいていきそうだった。額からも手の平からも汗が流れる。答えは出ているなのに、躯がガタガタと震え上がり、口に出す事を躊躇ってしまう。

 ――どうした? 力は不要か? ならば私は失礼しよう。

「待って下さい! 力を下さい!!」

 去る天に私は迷う事なく呼び止め懇願した。なにを躊躇っていたのだろうか。私は王とシャルトに約束をしたではないか。自分の命に代えてでも、キールを救うって! 王やシャルトなら、迷わず力を得ていたただろう。今、キールを救えるのは私しかいないのだ!

 ――よかろう。では肉体で氷を囲むのだ。

「はい」

 私は再び目の前の氷に身を包んだ。変わらずの凍てつく冷たさに、触れた肌がジリジリと痛みを伴う。

 ――では其方の望む力を与えよう。

「はい」

 私は覚悟を決め、氷を囲む腕に力を込めた。それから………。

「きゃっ、きゃぁああああ――――――!!」

 今までにこんな断末魔の悲鳴を上げた事はないだろう。躯が一瞬にして炎に包まれた。凍てつく痛さなんて比にならないくらい悶絶する苦しさだ。氷に触れた肌が炎で燃え上がり、視覚からくる恐ろしさと、身が焦げる苦しさは私を狂気へと陥らせる。

 ――苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい!! 助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!!

 苦悶と狂気に私は助けを求め続ける。その間も炎の勢いは増していき、一層このまま死んでしまいたいと願った。こんな状態から早く解放されたい! 楽になりたい! 助けてお願い!!

 ――氷から離れ、天に手を翳すのだ。そうすれば炎の苦しみから逃れられる。

 え? かすかに残る意識の中で、天からの声が聞こえた。

 ――氷から離れれば、オマエは楽になれる。そしてオマエを元いた世界へと帰そう。

 元の世界に……? それは私が住んでいた日本に帰れるという事? この苦しみから解放される? 私はその救いの言葉に、縋るように片手を上へと翳し、氷から離れようとした。

 ――でも氷から離れたら……キールは? 救え……な……い?

 私は翳した手を下げ、再び氷を包む。

 ――どうした? このままではオマエの肉体は滅びるのだぞ。


 私はフルフルと顔を横に振り、氷に抱き付いた。肉体を燃やす炎にもがき、声も出せず、涙すら焼き尽くされ、死にたいと願っても、それすら出来ない恐ろしい苦痛に耐える。

 これは当然の罰だ。ダメだと言われていたのに、勝手な行動を起こして、キールを深い眠りにつかせた。本来であれば、私が死んでいたんだ。だからこの苦しみは起こるべき罰なのだ。

 ――キールお願い! 目を覚まして!!

 王もシャルトさんもアナタを待っている。みんなアナタを必要としている。お願いです。この炎でどうかどうか氷を溶かし、キールを目覚めさせて下さい! 私の命の引き換えにキールを目覚めさせて下さい! 私は最後の意識の中で、救いと祈りの言葉をかけ続けた…。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 フワフワッとした温もりを感じる。とても心地好い感触だ。私はこの感覚を知っている。温かくて甘くて蕩けそうで、もう何度も体感している。そういえば私……? 意識だけが動いているようで、視界にはなにも映し出されていない。

 私どうなったのだろう? キールの意識の中へと入り、彼を救おうと天から貰った力で、自分の肉体を燃やし、氷に包まれていたキールを溶かそうとした。氷は溶けたの? キールは目覚めたの? 疑問が残りつつも、徐々に徐々に視界がひらけていく。

 視界がとても霞んでいる。物体が近すぎているのか? それに唇に柔らかい感触がある。不明瞭な意識の中で、ボーッとしていたが、ふと無意識にピクンと手が動いた。すると……。

「……千景?」

 唇から柔らかな感触が離れ、聞き覚えのある美声に呼ばれた。え? 今の声?

「千景!」

 今度はさっきよりも力強い声で呼ばれ、そしてきつく抱き締められた。意識がクリアになり、状況を必死に把握しようとするけど、思考回路が上手く回らない。でも呼ばれた声がこの腕の主が求めていた人だとわかると、目頭が熱くなり、相手の背中にギュッと腕を回した。

「キール」

 良かった良かった良かった! 私、氷を溶かす事が出来てキールを助けられたんだ! それで私は? 反射的にバッとキールから躯を離して、自分の躯を確認する。よ、良かった、丸焦げになっていない! でもどうして?

「千景?」
「ゴ、ゴメンね、急に。キールを助け出す時に炎に包まれたから」
「え?」

 私の言葉にキールの瞳はみるみる大きくなる。確かに炎に包まれたなんて尋常に話じゃないよね。思い出しただけでも、全身から鳥肌が出て身震いしてしまう。

「オマエが助けてくれたんだな」

 キールは今まで見せた事のない優しい穏やかな表情を見せた。その表情を目にして、私は恐怖心から達成感への喜びに変わる。

「うん。ねぇ、ここは何処なの?」
「まだオレの意識の中だ」
「え? じゃぁ、まだ王達の所に戻れていないの?」
「あぁ」
「どうしよう、無事に戻れるのかな?」

 キールを助ける事が出来たら、キールは目覚めて、王達のいる世界へ戻れると思ったのに、違うのかな? 今度は戻る方法を見つけないとならないの? 再び不安がよぎった。でもすぐに…。

「大丈夫だ」

 安堵の言葉をかけたキールは私を引き寄せ、そして力強く抱き締める。

「目を瞑って心を無にするんだ。なにも考えるな。すぐに戻れる」





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