第三十七話「一時的な気の迷いに翻弄されています」




「千景?」

 煌びやかな藍色ダークブルーの礼服を身に纏ったキールは私の存在に気付くと、呟くように私の名を零した。

「なんでオマエがここにいる?」

 キールは部屋の扉を閉め、私の方へと近づいて来る。勝手に部屋に入って来てしまって、具合が悪いぞと私は焦るが、特にキールから咎められる様子はなかった。だから私は正直に用件を伝えようとした。

「今日、シャルトから晩餐会やるから、キールにも伝え……」

 私が言いかけている途中で、キールはいきなり目を見張って私……ではなく、調度品の上に飾られている女性の絵画を目にして止まっているようだった。

「ん? あ、そうそう、この女のコ、すんごく可愛いね、誰なの?」

 私が質問している間、キールは私と絵画の前に立ちはだかるように滑り込んで来た。

「千景、早くこの部屋から出て行け」
「な、なんだよ、いきなり!」

 キールは急に人が変わったみたいに、険のある表情で伝えてきた。

「人の部屋に勝手に入る事態が問題だ。早く出て行け」
「なんだよ! さっきはなんも言ってなかったのにさ! それに私が絵の質問してんのに、その絵を隠すなよな!」

 急に態度を冷たくあしらわれて腹立たしいけど、長身のキールの躯ですっかり絵が隠れてしまったのも不満で、私はキールを退けようとした。

「退けよ、絵見てたんだぞ!」
「千景、言う事を聞け!」
「いーやーだー、減るもんじゃないんだから見せろ!」

 自分でも意固地になっているとは思ったけど、私はキールの腕を掴んで横へ押し退けようとした。

「千景!」

 キールから荒げた声が上がったけど、私は頑固として行為をめなかった。

「退けよ退けよ! その絵を見ていたいんだよ、そのコ、タイプなんだぁ!」
「はぁ?」

 剣幕していたキールの表情が急に緩んだ。その瞬間に私は思いっきし彼の躯を横へ押し退けてやった。

「オマエ、そっちの趣味があったのか?」
「どっちの趣味だよ! そんなわけないだろ!」

 全く失礼しちゃうな! 私は再び絵画の前に来て、可愛い女のコと視線を合わせる。

「すっごく可愛いコだね」
「…………………………」

 私はにこやかな表情をしていたけど、反対にキールは複雑な顔をして、なにも答えない。

「大事なコなんでしょ?」
「えっ」

 私の言葉にキールは大きく目を見開いた。

「だって部屋に飾ってあるぐらいだもんね」
「…………………………」

 何故かキールは答えない。でも彼の表情からして、私の言葉は間違ってないんじゃないかなと思った。それと、この絵の女のコがキールの彼女じゃないのかな? すんごぉい可愛いコで、キールと並んだらお似合いだしね。

 そっかぁ、そっかぁ、キールの彼女って、こんな綺麗で可愛いコだったんだね~。私は澄んだ気持ちとなって嬉しかった。いつかキールの彼女と直接会える日が来るといいなぁ。そんな私の思いとは裏腹に、キールは雲っている様子だ。

「千景……」
「なに?」

 やたらキールが真剣な面差しでいて、思わず私はドキッとしてしまう。ど、どうしたんだ? 急に……。

「実はオレ……」

 言いかけて、キールは息が詰まったかのように間を置く。

「……オレ、お」

 も、もしや、この展開は! 心に爆弾発言が思い浮かんだと同時だった。

 ――コンコンコンッ。

 部屋の扉が叩かれる音がして、私もキールもハッと我に返るように、扉へ目線を移した。

「キール様、いらっしゃいますか?」

 どうやら使用人さんが呼びに来たようだった。キールはすぐに向かって扉を開けた。

「なんの用だ?」
「いらっしゃいましたか? 実は……」

 話の内容は聞き取れなかったけど、仕事の話っぽい気がした。……しかし、さっきは驚いたな。キールの様子からして、やっぱあれだよね? ど、どうしよう。わ、私はチナールさんが好きだし、キールも一時的な気の迷いだと思うんだよね。

 シャ、シャルトに相談しようかな。でもキールを誑かしたんでしょ! とか言って罵られそうだし。わわっ、それよりもこんな事がキールの彼女に知られたら! あぁ~、どうしよう。

 私があたふたとしている間に、扉が完全に閉まってしまった。どうやらキールは使用人さんと一緒に何処かへ行ってしまったようだ。取り残された私は暫く青ざめながら、一人思い悩む事となった……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「は?」

 シャルトは露骨にしかめっ面を見せていた。晩餐会後、私はシャルトを回廊の一角に呼び出し、悩みを打ち明けた。そう、キールの部屋で、彼から打ち明けられそうになったシークレットな想いについて。

「そんなわけないっしょ?」
「だって、かなり真顔で“オレ、お”って言いかけたんだよ! それって“オマエのコトが好きだ”って言いたかったんだと思うよ、絶対に!」

 私の言葉に、シャルトはハッとした表情へ変わった。

「そう。あのコ、打ち明けようとしていたのね」
「やっぱそうでしょ? 私どう答えたらいいと思う? 今度想いを伝えられそうになったら、一時的な気の迷いだろうから、彼女を大切にしなさいって言ってもいいよね!」
「千景、バカも大概になさい」
「なんで私がバカなの? キールが間違った方向にいっているから、正そうとしているだけじゃん!」
「もう、はたから見ると恥ずかしいわよ!」

 シャルトは心底に私を煩わしそうにあしらった。

「な、なんだよ、人が真剣に話をしているのにさ!」

 このままだったら、キールの彼女からバトルをけしかけられちゃうかもしれないんだからね! 無駄な争いに巻き込まれたくないし、私には他に好きな人がいるんだから! そんなこんなんな時だ。

「千景? シャルト?」

 って、何故かこのタイミングでキールが目の前に現れて? こっちに寄って来たぁあああ!!





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