第三十二話「ケサランパサランな宇宙語」




『あぱようこじゃいまふ』
『違うって! おはようございますでしょ!』
『おかにょうぽぱいまちゅ』
『あぁ~もう嫌だぁ! 千景バカ過ぎてお手上げ~』

 シャルトが目に手を当て、降参宣言を上げている。今、私はシャルトが講師を務める言語の勉強会をやっていた。のどかな昼下がりと言いたいところだけど、私の周りはプルプルと震えるような恐ろしい空気が漂っていた。

 勉強しやすいようにシックなデスクや、本や書物がギッシリと並んでいる図書室のような部屋で勉強を行っていて、雰囲気だけでも十分に意気込める筈なのに、現実は厳しいもので。

「千景、もう勉強して一週間も経つのよ! いい加減真面目にやってくれない?」

 シャルトが切なる懇願をしてくる。ちなみに彼女とはこの勉強会が始まってから親しく(?)なり、タメ語で話せる仲となった。

『私を抱いて下さい』
「はぁああ? なに言ってんの! アンタなんて抱くわけないでしょ! アンタは私の趣味じゃないんだから!」
「な、なんで抱くになるんだよ!? 私は“ゴメンナサイ“って言ったんだよ!」
「アンタの“ゴメンナイ”は“私を抱いて下さい”って意味かい?」
「はぁ? 誰がそんな事! だってキールから教えてもらった言葉だもん!」
「またアンタ騙されたの? この間も“有難う”を“キスして”だったじゃん?」
「くっそ~、キールめ! また騙しやがって~!」

 私が中々言葉を覚えられないのをいい事に、キールは面白がって卑猥な言葉を教えてくる! そして何・故・か・夜は一緒のベッドに入って寝ているし! しかも真っ裸でね!

 毎夜女性を抱いて寝ていたから、真っ裸なんだとか生意気な事をほざいてさ! まぁ、あの契り未遂の日から、キールは私にエッチな事をしなくなったから、貞操の危機はないんだけどね。

「こんな宇宙語、覚えられないよぉ!」

 今度は私が降参と言わんばかりに、天井へ向かって声を上げた。

「私はアンタんとこの言葉を宇宙語だと思ったけど、ちゃんと覚えたわよ」
「頭のデキが違うんだよ」
「アンタの脳みそ、致命的、破滅的、壊滅的だわ」
「そんな三拍子揃えるな!」
「アンタまだ若いんだから、脳みそ柔かい筈でしょ?」
「ま、まぁ、そ、そうだね」

 十六と偽っているけど、本当は二十五なんだけどね! だから思ったよりは柔らかくないんすからぁ~! お手柔らかにぃぃぃ。しっかし、こっちの言語は本当にわからない。覚える気があっても、言葉の発音が日本語にはないものが多くて、覚えられましぇ~ん!

 そんな困難な状況なのに、せめて日常の会話が出来るまでは宮殿から一歩も出さないと脅され、なんちゅー拷問だ! 生き地獄だ! 私は好きでこの世界にやって来たんじゃないっていうのにさ。うぅ~囚われの姫君だっつぅーの!

「ほら、とっとと覚える! 今度はおやすみなさいよ!」

 またシャルトからビシッと厳しい言葉が入る。

『ぽにゃちゅみきゃはい』
『ふざけんなぁああ!!!!』

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*

 ――あっあ~、外に出たいなぁ。窓の外はこんなに良いお天気なのにさぁ。

 私は外が恋しくて、回廊の窓から切なげに眺めていた。全く言語が覚えられないんだよ! あっあ~、一生この宮殿からは出られず、素敵な出会いもなく朽ち果ててしまうんではないよね、グスッ。それからトボトボと回廊を歩いていたら、運悪くツルッと滑ってすっ転んでしまった!

 ――うぅ、考えに集中して足元がおぼつかなかったんだな。

 しかもスカートがめくれて、プルンプッルンのお尻が丸見えになっていた! なにせ今、私は一張羅のおパンツしか持っていなくてさ。シャルトから用意された下着が小さすぎて入らないんだよ。私のヒップだと特注だって言われたよ!

 どんだけこっちの女性のお尻はちっこいんだ! ちなみに今の私の服装は民族衣装を着ていた。光沢感のあるワンピースみたいに上下が一つになっている。色は濃いブルーで袖や丈のラインには綺麗な刺繍が織り込まれていた。

 せっかくのデザインも今は皺くちゃになっているよ、トホホ。私は痛いのを我慢し、めくれたスカートを直して起き上がった。ん? なにか気配を感じる? ふと後ろに人がいる事に気付いた。

「ん?」

 至ってとりわけ特徴のない、ふつぅーの男性がいた。強いて言うなら少し気弱そうだけど、優しそうな顔立ちをしていて、紙袋を持っている? でもその人、やったら顔を超真っ赤にして気まずそうに立っていた。

 ――なんであんなに顔を赤くしてんだろ?

 って呑気に思ってたけど、ハッと気付いてしまった! さっき私のセクシーなお尻を見たんだ! そう察した瞬間、私の憤りは言葉では表せられなかった。ただで、ただで見よったなぁあああ!! こんチキショー!!

 私の凄む形相を目にした男性は益々気まずそうに顔を俯かせる。その時に紙袋からポロッとなにかが零れ落ちた。私の足元に落ちてきたそれは……フルーツかな? 見た目がグレープフルーツに似ていて黄色くて丸い。

 そして柑橘系の甘い香りが匂い立つ。食べ物なのは確かだよね。男性は慌てて私の所に寄って来て、サッと手を伸ばす。男性はフルーツを回収したいのだろうと思って、私は素直にはいと渡した。

『拾って下さり、有難うございます』

 お? 今、お礼を言われたような気がする? 覚えたての言葉が出てきて嬉しいぞ。顔のイメージと同じく声もとても穏やかな人だ。

『さっきの美味しそう』

 私もなんとかこっちの言葉で話をしてみた。

『有難うございます。実家の畑で作ったものです。有り難い事にこちらの宮殿のシェフ様に直接お渡しさせて頂いております』

 ん~、男性がなんて言っているのか、さっぱりわからなくて、とりあえず私はにこやかな表情を返す。すると、いつの間にか私の隣に別の人物が立っている事に気付いた。その人物は……。

『キール?』





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