第三十一話「交わせられなかった代償は恐ろししもの」




「な、なに?」

 私は妙に緊張を走らせながら返事をした。キールはベッドに腰を掛けたまま、視線だけをこちらへ向けている。

「躯大丈夫か?」
「躯?大丈夫だよ」
「そうか、なら良かった」

 キールはホッと安堵の溜め息をついた。それでまた会話が終了となったわけで、空気が気まずい……。

 ――あぁ~、なにを話せばいいんだろう。やっぱあの事だよね?

「あのさ、その……なんで契りを最後までしなかったの?」

 まさかシャルトさんが言っていた通り、実は私の躯が貧相だったからとか、喘ぎ声が気持ち悪かったからなんて言われたものなら、私死んじゃいますからね! それって女性として終わりじゃん!

「…………………………」

 キールは答えようとしない。どっちだ! どっちなんだ!? やっぱりシャルトさんが言っていた通りなのか! 答えを聞くのは怖いけど、あのシャルトさんの様子から、契りの重要性を理解した私は無性に理由が知りたかった。

「……気持ちが萎えた」
「へ?」
「…………………………」

 もうそれ以上キールはなにも言わない。き、気持ちが萎えたって? その原因はやっぱシャルトさんが言っていた事か!

「そ、それって私に問題があったって事?」
「違う。一過性の感情に流されていた。オマエに言われて気付いたんだよ。お互い初めから情なんてない。元々契りに情なんていらないと思っていたし」
「?」

 なんだ、なんだ? どういう意味だ? さっぱわからないぞ。私は目をパチパチとさせながら、キールを見つめ返す。彼は微かに目を細めて至極真剣な眼差しをしている。

「情がなくてやってたんでしょう? それは知ってるよ。だって私、好きだとか愛してるとかって言われてはないし」

 まぁ、出会ったその日に言われてもね。運命的な出会いってのもあるとは思うけど、どうみてもキールとはそういう感じじゃなかったし……。

「オレは……」

 キールが言いかけた時だ。いきなりバァアアンッ! と、荒々しく部屋の扉が開かれ、私は躯がピョンと飛び上がった!

「わわっ」

 入ってきた人物がまさかのアイリッシュ王で吃驚する。それだけでも十分に驚くのに、今の格好が格好で、私は咄嗟にシーツで躯を覆った。王は相変わらずウットリするような華麗な姿であったが、昨日会った時とは想像もつかないいかめしい表情をしていた。

 イメージしていた温色な王とはまるで別人だ。表情もだけど、殺気立っている気迫が目に見えるようで恐ろしい。王は私には目もくれず、すぐにキールの前まで足を走らせて来た。

『キール! シャルトから聞いたけど、なんで契りを交わさなかったの!』

 言葉はわからなかったけど、王の語気からかなりの憤りが感じられた。キールはシャルトさんに問い詰められた時と同じく至って憮然としていて、口を開こうとしない。

『なんでなにも言わないの? 契りを交わさないって、どういう意味かわかってるよね! 君はこの国を見捨てたも同然の事をしたんだよ!!』

 王の声高にキールはギッと睨んで反応を見せた。

『そんな顔をしているけど、違うって言い切れる? 君が契り切れなかったって事実がある限り、否定は出来ないんだよ?』
『…………………………』
『キール、お願いだから、もう一度考え直してくれ』
『…………………………』
『なんで黙るんだ! なにか理由があるんだろう!』

 キールはスッと王から視線を外す。どうしたんだろう?

『……まさかとは思うけど、千景の気持ちを優先したとか言わないよね?』

 キールが僅かに眉を顰めた。それを目にした王がさらに目尻を上げる!

『キール! 千景一人の気持ちとバーントシェンナの民の命、どちらが重いかわかっている!? 昨日ケンタウルス達がこちらに来たんだ! それがどういう意味かわかる!? 彼等は禍の存在を指摘してきた! それはマルーン国とヒヤシンス国の王も千景の存在に気付いているという事なんだ! いつ千景が狙われてもおかしくないんだよ!?』
『わかっている、でも今は契りを交わせない』
『キール!』

 王の表情が悲哀の色に染まっていく。そしてキールの肩を掴んで視線を重ねる。

『キール、本当にお願いだ! 事の重要性を理解して、もう一度考え直してくれ! 千景を他国に取られたらこの国は終わりなんだ! それに今まで君はボクの教えを忠実にやってきてくれたじゃないか! ボクを信じてくれていたからでしょ? それなのになんで今回に限って背くんだ!? ボクの考えが間違っているの!?』
『アイリは間違っていない』
『じゃぁ、なんで! バーントシェンナの幸福は代々受け継がれた大事な使命じゃないか! それが今、危険に犯されそうになっている! 民だけじゃない、君もボク達も危険なんだ! なによりボクは先代と約束をしている! 君にもしもの事があったら、ボクは……』

 ここで王はハッと我に返ったように言葉を失う。なにが起きたのか私にはわからず、ただ王とキールの様子を見守る事しか出来なかった。

『……千景のいる前で王が取り乱すものではないね。ボクは頭を冷やしてくる。でもこれだけは伝えておくよ。契りを交わさない限り、千景を宮殿の外には絶対に出させないからね』

 王はなにかを伝えた後、私達に背を向けて部屋から出て行ってしまった……。そして、すぐに王と入れ代わりでシャルトさんが現れた。

「少しは頭が冷えた?」

 彼女はさっきキールに取っ付いていた時とは違い、とても柔らかな様子であった。

「シャルト、お願いがある。千景にこっちの言語を教えてやってくれないか?」
「は? 嫌よ、だって千景バカじゃない!」

 ちょ、ちょっと、バカそうとかじゃなくて、バカと言い切りましたよ、彼女!

「頼む。オレが千景につきっきりってわけにはいかないだろう? 言葉が話せないのはなにかと不便で仕方ない」
「そんなカリキュラムはないでしょ! ただでさえ仕事の量が多くて、日々熟すのがやっとだってのに!」

 シャルトさんは断固拒否っていたが、キールの捨てられた子犬のような切なる表情を目にした途端、

「わかったわよ!」

 ひぃい、折れてしまったよ! 美少年の切なる表情にヤラれたってか!

 ――い・やぁああああ~~~~!!

 こっちの世界の言葉って宇宙語だから、あっしには覚えられないって! オーマイガッ!!





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