第十六話「私は救世主と召喚された……んじゃないの!?」
「千景、気分でも悪くなった? 大丈夫?」
アイリッシュさんからも心配そうな表情で覗かれ、私は言い淀む。なんとか頭を横に振って「違います」とだけ答えた。その後、空気がシーンと静まり返って、私はアイリッシュさんの方には目を向けられず、なにも言えなくなっていた。
「おい、千景」
名前を呼ばれて顔を上げると、すぐ近くにキールの顔があってビックリした。近すぎだっての! でも彼の澄んだ翡翠色の瞳は本当に綺麗で、今の私の複雑な心を見透かされているように思えて、なんだか無性に泣きたい気持ちになった。
「しっかりしてくれ。これから大事な話に入る。もっと気丈に振る舞ってもらわないと困るぞ」
はい? なんか慰めろとまでは言いませんが、もちっと乙女心をおわかりになって頂けませんかね! 私は沈んでいた気持ちが怒りに変わって浮上してきていた。キールに乙女心をわかれなんて、端っから間違いなんだろうけどさ!
「なんでもないって!」
思わず声高に叫んでしまい、周りが面食っている。あぁ~もうなにやってるんだろう、私。ホント子供みたいだと自己嫌悪に走る。
「大丈夫なようなので、そろそろ本題に入りましょう、王」
キールは私の事を気にもしない様子で王へ話を促した。なんてヤツだ! なんてヤツだ!! コイツに優しさなんて皆無なんだろうな!
「わかった。千景、本当に大丈夫かい?」
王は優しい。私の事を気遣って再度確認をしてくれた。私はその優しさが嬉しくて、
「大丈夫です」
と、明るく答えた。その様子にホッと安堵の色を見せた王はすぐに真剣な面差しへと変わり、徐に口を開いた。
「まずは千景、我が国バーントシェンナへようこそ。ここは南エリア全般を誇る別名“至福の国”と呼ばれる共和国だ」
「至福の国? 共和国?」
なんだかとても平穏そうな国なんだろうな。……ん? 私の中にある違和感が生まれたぞ。
「あれ? 共和国と言ったら、国が民衆に所有をされているわけだから、王様がいないのでは?」
ポロリと疑問が口元から零れ落ちてしまった。
「千景の世界の共和国とは体制が違うんだ。この世界の共和国とは国王は存在しているんだけど、君主主義は取らず、民衆の皆が平等に暮らせる世界の事を言っているんだ」
王自ら丁寧に説明をしてくれた。ほぇー、そうなんだ!
「そして千景、君の事だけど、突然にこの世界へ召喚をされ、混乱ばかりさせてしまって、本当に申し訳ないと思っている」
さらに王は私に誠実な詫びの言葉をかけてくれた。
「いえ、大丈夫ですよ! 私はマイドリームに満喫していますから、お気になさらずに!」
王に気を遣うわけでもなく、私は正直に自分の気持ちを伝えた。が、私以外の人達が一瞬にして凍りついたのは……何故だい?
「ち、千景?」
王は何度も目を瞬かせて、なんだかとても物言いたげな様子に見える。
「あれ? あの私、なにか不味い事でも言いましたか?」
私はキョトンと首を傾げながら問う。
「オマエさ、まさか今のこの現実を夢だと思ってんの?」
キールから鋭い突っ込みが入った。ヤツは私に険のある深い表情を向けていやがる!
「だってこんな世界、私の住んでいる現実では有り得ないもん。夢だとしか言いようがないって」
「オマエのトンチンカンな頭の中で作られたと思うと悍ましいな」
キールは暴言を吐いた後、さらに手の施しようがないともでも言うような深い溜め息をついた。私はすぐ様カチンときた!
「んだとぉ! アンタなんて望んでないのに、勝手に人の夢に出てきてくれちゃってさ! そっちの方が胸クソ悍ましいっての!!」
「あ? オマエ、あんまり口が減らないと、この場で犯すぞ」
「そ、そうやって、厭らしい事ばっかしようとするのが私は嫌なんだぁ!」
私とキールはビリビリと対峙し合う。私達の周りの空気が重々しく淀んでいる。
「王、話が脱線しておりますが」
王の隣に立つお付きの女性が冷静な口調で伝える。張りのある美しいソプラノの声だ。
「あぁ、そうだね。千景、キール、二人とも落ち着いて。一先ず、私の話を聞いて欲しい」
王が自身の事を私と言っているのを耳にして、これは真面目に聞かなきゃと萎縮する。キールも渋々感情を抑えている様子だった。
「あのね、千景。召喚の意味がわかるかい?」
王から問われて私は迷わず答える。
「呼び出す事ですよね?」
「そうなんだ。千景はね、導かれたんだよ」
「え?」
意味がわからなかった。導かれたって私は自分の夢の中にいるんだよね? 私は自分で自分を導いたって事? え? あ、いやよくわからなぁ~~い! 頭をクシャクシャしたい気分になる!
「ここはオマエの夢の中じゃない。歴とした別世界の現実だ」
「は?」
キールから綺麗にスパッと言われたけど、やっぱ意味がわからないんすけど? だってそれっていわば異世界って事すよね? 異世界って本やゲームや映画といった世界の物語じゃん? それが現実として起こるって……もしかして!?
「やっぱり私は救世主なんですね!?」
そうだ! 夢だろうが現実であろうが、私は救世主として召喚されたに違いない!
「いや、違う」
かなりエキサイティングに高ぶった感情を崩し倒したのは、紛れもないキールであった。コイツわよぉ~! キールは王と目で合図を送り合っていた。なんだ、なんだ? なにアイコンタクトしてんねん?
「千景。驚かないで聞いてくれる?」
「あ、はい」
私は考えなしに答えてしまった。私の返事に王は嫋やかな笑みを見せたが、次の瞬間、見るからに重苦しそぉおに口を開いて、こう伝えてきたのだ。
「君はね……禍として導かれたんだ」