第十五話「運命の王子様は国王様!?」




「ここだ。入るぞ」

 あれからひたすら歩き続けて、やっと王が居る謁見のまで来たみたい。

 ――もう既に疲れたぞ……。

 話を聞く前にゲッソリだわ。王宮って絢爛豪華で女性なら誰もが憧れるイメージがあるけどさ、実際は広すぎて、あっしには不向きだわ。一般ピーポーのわたくしは4LDKで十分でございます。

 私は心の中で深い溜め息を吐いたが、ふと扉を目の当たりにして息を呑む。扉の周りを一目見るだけで、ここが他の場所とは異なっている事を感じた。立派なブロンズ製の大扉は金色の繊細な深い浮彫りハイレリーフが花を飾っている。

 浮き出た絵が生き生きとしていて、扉一つが芸術品となっている。この金、間違いなく本物だな。後でスリスリ頬ずりをさせてもらおう。なにか御利益があるかもしれない。話が逸れたが、如何にも王がいる広間だと感取した。

「先に入るから続いて来いよ」

 そうキールは伝えてくると、重厚な扉を軽やかに開けて内部へと入って行く。私は後に続く。いよいよ王に会うんだな! 急に心臓がドキドキドキとリズミカルな音を立て、私の高揚を高めた。

「わぁ!」

 思わず感嘆の声を上げてしまうほど、優美な大広間ホールだった。高い天井には鮮麗なモザイク画とその下には燦然と輝く大きなシャンデリアが飾られ、また洗練された形の鏡の壁が左右に立ち並んでいた。

 壁にはかの有名な美術館に飾られるようなフレスコ絵画が並び、床は艶を帯びた色鮮やかな大理石、列柱は美しく宝飾されている。内装の事は全く考えていなかった私の脳裏を一瞬で焼き付かせた。

「千景、早く来い」

 キールに促され、私は慌てて後を追う。見惚れていてポケーとなっていたよ。扉から続いている上品なワインレッド色の絨毯を辿って行く。絨毯の最終地は玉座であった。

 ――あ、あの玉座に腰掛けている人って……もしかして!?

 めくるめく壮麗な礼服を身に纏い、優雅に腰を掛けている男性に目を奪われる。その人物の隣には紫色のチャドリ風の衣装を着たお付きの人が立っていた。座っている人は間違いなく王じゃない? 私の緊張と高揚は最高潮になる!

 ――いよいよ、いよいよ、救世主として任命される時が来たんだ!

 私はあまりに心臓が跳ね上がって、王を直視する事が出来ない。

『お待たせを致しまして、申し訳ありません。娘を連れて参りました』

 なにやらキールが玉座の人物に向かって言葉をかけた。私は鳴り止まない心臓と闘いながら、視線を恐る恐る玉座の方へと向けた。

 ――わぁ~若い!

 私とそう年が変わらないんじゃないかな。清潔さが窺える真っ白なインナーの上には美しい刺繍が施された真っ黒な外套を身に纏っている。頭にはフードを被っているけど、彫刻美のような美肌と凹凸感のある端整な顔を覗かせている。

 とにかく王様だぁーって、一目でわかる類稀な存在感のある人だ。私は魂を奪われたように見惚れていた。王の方も嫋やかな微笑を浮かべて、私を見つめているもんだから、恥ずかしいやら焦ってくるやらで。

「は、初めまして、笹瀬千景です!」

 誰からもなにも言われていないのに、私は独りでに挨拶をして深々と腰を折っていた。

「二度目ましてだよ? 千景」
「へ?」

 返ってきた言葉が日本語だったのと「二度目まして」という意味深な言葉に驚いた私はすぐに顔を上げた。

「ボクの顔、忘れちゃった?」

 この声、クシュッとした甘くて穏やかな感じは? 王が頭部を覆っていたフードの布をハラリと脱ぎ取った。せせらぎように軽やかに流れる金色の髪がキラキラと光り輝いている。私はみるみると目を見開き、王の顔をガン見した。

「あ~~~~! アナタもしかして!?」
「うん、気付いてくれた?」
「アイリッシュさん!?」

 私はパッと閃いた人物の名を叫んだ。

 ――あれ? あれれ? どういう事だ!?

 王と対面の筈なのに、どうしてアイリッシュさんが!? いや、確かにキールからアイリッシュさんも一緒だとは聞いていたけど。じゃぁ、王は何処にいるんだ? キョロキョロと私は視線を彷徨わせるが、他に王らしき人物が見当たらない。

「王は何処にいるの!? もしかしてアイリッシュさんのお隣りの女性が王なの!?」

 王じゃなくて女王様なのか! 私は困惑しまくって隣に立つキールに質問を投げかけた。

「オマエ、どうしたらそういう考えに至るんだよ? どう見ても座っているかたが王だろう?」

 キールは呆れ果てた口調で返してきた。

「え!? じゃぁ、アイリッシュさんが王だって事!?」
「どう見てもそうだろう」
「そんな平然と言ってくれちゃっているけどさ、だってアイリッシュさん、さっき会った時に王なんて一言も言ってなかったじゃん!?」

 私は胸元にギュッと両拳を握って問う!

「ごめんね、千景。騙すつもりはなかったんだけど、召喚された女のコがどんなコなのか気になってて。居ても立ってもいられず、自ら会いに行っちゃったんだ」
「そうだったんですか」

 ――やっぱ、アイリッシュさんが王なのか……。

 そう確信した時に胸の内の「ある気持ち」がしぼんでいった。急に気持ちが沈んでいき、顔が自然と伏せてしまう。

「なに沈んでんだ?」

 私の様子に気付いたキールが、私の顔を覗き込むようにして見つめていた。心なしか心配そうな表情をしているのは気のせいか?

「ううん、なんでもない」





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