第十二話「騙されてLOVE×2」
私は絶望的な気持ちで諦め、強く瞼を閉じた時だった。
『ご苦労だったな』
聞き覚えのある胸の奥をキュンとさせる甘く澄んだ低音ヴォイスが耳に入った。
『キール様!』
衛兵はすぐに声の主に反応して名を呼んだ。その名を聞いて私はぶったまげる。
――キ、キール?
此処にいる筈のない彼がどうして? と、懐疑しつつ、衛兵と同じ先に視線を移すと、紛れもなくキールの姿があった。私は彼を見るなり、渾身の力を込めて衛兵を突き飛ばし、キールの方へと駆け寄る。
『ふんぎゃ!』
衛兵は突き飛ばされた衝撃で、家具に激突してしまい、気の毒な声を洩らした。
「キール!」
名を呼び、キールの懐へと飛び込む。彼の温もりを感じると、おのずと涙腺が緩んだ。
「す……すっごい……こ、こわ……かったぁ」
私は親に縋る子供のように泣く。キールは驚愕していたが、私の背中を優しく撫でてくれていた。
『苦労かけてなんだが』
折をみてキールが衛兵に声をかけた。
『席を外してもらえるか? どうやら彼女の要望に応えねばならないようだ』
キールは私の頭をポンポンとする。衛兵はなにかを思い出したようにハッとする。心なしか彼の頬が朱色に滲んでいるのは気のせいか?
『配慮が足りず申し訳ございません!』
衛兵はどうしたのだろうか。急に声を上げた後、慌てて深く頭を下げて、そんでもってそそくさと部屋から出て行ってしまった。
…………………………。
嵐が去った後のような清閑が訪れる。キールとニ人になると、彼は私が落ち着くまで、そのまま優しく背中を撫でてくれていた。嫌なヤツだけど、彼の腕の中は不思議と安心が出来て心地好かった。
「思ったより効果があって驚いたな」
頃合いをみてか、キールが清閑な空気を割った。
「え?」
私はなんの事だ? と、首を傾げて顔を上げる。キールは意外というのか、感心をしているというのか、とにかく驚きの色を見せていた。
「ほんの少し脅かしてやるつもりだったんだけどな」
「はぁ?」
脅かす? なんの事すか? わからないけど、私の胸の奥が妙に騒めく。ようは嫌な予感がするのだ。それがキールの次の言葉によって的中する。
「まだ気付かない? さっきの衛兵は別にオマエを襲う為に寝台まで連れていったんじゃない」
「は?」
私は目が点となる。今……なんと言っとばい? キールはいけしゃあしゃあと悪びた様子もなく、種明かしを始める。
「衛兵にはこの客間の寝室にオマエを連れて休ませるように言ったんだよ。それとオマエをきちんと連れて来なければ、罰すると脅したんだ」
「……………………」
私は説明を理解するのに時間を要した。という事はだ……? 私はコヤツに騙されていたってやつ? よくよく考えてみれば、衛兵のあの執拗なぐらいの行為……私を無理やり引き連れて、強引にベッドへとつかせようとしていたのは処刑されたくない一心で?
え? え? 初めからコイツのシナリオ通りだったって事かぁ! すべてを把握した私は噴火するカウンダウンが始まっていた。凄まじい形相をしてキールを睨み付けるが、当の本人はツンと涼しい顔をしていやがる! コ、コイツは!
「なんか怒っているみたいだけど?」
こんなアホは言葉すら、かけてきやがった! 調子に乗りやがって許せーん!
「アンタさ!」
「アンタじゃない、キールだ」
そんな呼び方はどうでもいいわ! 私はキールの躯をドンッと突き放して啖呵を切った!
「いけしゃあしゃあと言っているけど、自分のした事がどれだけ悪いかわかってんの!?」
「オマエがオレを怒らせるからだ」
「怒らせたって怒らせたって言うけど、アンタのやった事は許される範囲じゃない!」
「許されない事を先にしたのはオマエの方だ。それなのに自分の事は棚に上げ、巻くし立てて罵るのか?」
コ、コイツ、本当に許せない! 全然反省する気がないんだ!
「謝れ」
はい? あっしは絶句した。終いには謝れってさ。当たり前のように命令をする目の前のガキは救いようがない。どんだけ甘やかされて育ったんだよ!
「早く謝れよ」
さらにせっついてきやがった。なんかもう疲れてきた。救いようがないんだから、相手にするだけ無駄だよね。それに私もこんな子供相手にムキなって名前を覚えなかったり、シカトしたりして大人げなかった。
私は大人の考えをもって、きちんと反省した。本当はキールの事をボコボコに殴ってやりたいところなのだが、大人の余裕を見せつける為に、衝動を抑え、ヤツへ謝る事にした。
「ごめんなさい」
私はキールと視線を合わせずに謝った。そしたらヤツは調子づいたのか、ガシッと私の顔を両手で持ち上げてきて、
「絶対に許さない」
怒気を孕んで、こんな事を言ってきやがった。コ、コイツ! 自分は謝らずに人を強制的に謝らせておいて許さないだと! もう我慢出来ねー! 私は爆発する寸前となった。
「オマエからキスしたら許してやるよ」
は……い? あっしは石化した。なにどさくさに紛れて要望を出しちゃってるんすか?
「早くしろ」
なんだ、このドSオレ様サディストは! 今すぐにでもヤツの頭をカチ割ってやりたかったが、なんかこのガッチリと顔を固定されている状況で拒否るのも面倒だし、コイツとキスするのも初めてじゃないからしてやるか。
これで仲直りしてやるよ。私は大人の余裕ある懐でキールの唇にキスをした。羽が触れるような、軽めにだけどね。そして、そぉっと瞼を開いてみると、キールが満足げに私の事を見つめていた。
――わぁっ。
そういえばコイツが笑った顔、今初めて見たや。クシュと緩んだ顔は少年らしい純粋な笑顔で、不覚にも私はその笑顔にキュンとして見惚れてしまったのだった。