第十話「おとなげない態度は控えましょう」




 キールはなにも言わず、私に背を向けて歩き出した。おいおいおい、私を置いて行くなよ。私は急いで彼の後を追う。

「ねぇ、何処に行くの?」

 キールに問うがヤツは口を開かず、ひたすら進んでいた。

「ねえ! 聞こえてんでしょ? シカトすんなぁ!」

 腹が立って思わず声高に叫んでしまった。すると、やっとキールが私の方へと振り向いた。と安堵をつくのも束の間、ヤツがジーッと私を見つめているもんだから「なんだぁ! 言いたい事があるなら、ハッキリ言えっての!」と、私は目線に高圧をかける。

「言葉に気を付けろって。ここの宮殿で、この言葉を話せるのはオレとアイリともう一人の臣従のみだ」

 アイリ? アイリッシュさんの事かな? そういえば、彼は普通に日本語を話してくれていた。ごく自然に会話をしていたから、気付かなかったや。この宮殿で三人だけって事は下手に日本語を話せないと、ひぃ~。キールは私に諭した後、再びスタスタと歩き出した。

 ――くそ~待てよ~。

 宮殿の内部へとやって来たようだ。視線を彷徨わせてみると、光景に圧巻する。回廊の天井は高く、繊細かつ華麗な模様の天井画と壁画が広がり、行き届いている陽射しの光によって、より絵画が美しく際立っていた。

 またしなやかな曲線の彫刻像や優美な装飾品まで設えており、此処がいかにノーブルな場所であるか身に染みて感じる。暫くすると、前方から人の声が聞こえてきた。私は胸をドキッとさせる。

 だってここに来て、まともに見た相手って最初に会った商人のニ人とキールとアイリッシュさんだけなんだもん。あとは遠目で見たぐらいで。今の私は人を前にしても、会話をする事は許されていない。だから余計に緊張してしまって。

 そんなこんなん思っている間に、前方から衛兵らしき、がたいの良い男性三人が現れた。彼等がこちらの存在に気付くと、慌てたように回廊の端っこへと寄り、深々と頭を下げてきた。私はギョッとする。

 ――わわっ、なんか、すっごぃお偉いさんになった気分。私ってばもうそんなに偉い人扱いなんだ!

 目が丸くなったけど、その分ウハウハな気分にもなる。そしてキールが衛兵の一人に声をかける。もちろん会話の内容はわからないけどね。

『おい』
『はっ! な、なんでございましょう、お……』
『その名で呼ぶな』
『申し訳ございません!』
『深く謝らなくていい』

 衛兵の男がかなり青白くしてあたふたとしている。そんな彼の隣にいるキールはなんか無駄に偉そうだ。コイツはどんな相手でも高飛車な態度を取りやがって、見ているこっちをムカッとさせるな。

『見ての通り来客だ。悪いが客室”参の”まで案内をやって欲しい』
『私がですか?』
『そう、君に。そこのちんちくりん娘、相当お疲れのようだから、ゆっくりと休んでもらうよう、ベッドルームまで案内してやってくれ』
『は! わかりました』

 キールが私の方へチラリと尻目を向けると、彼と話しをしていた衛兵はもう一度深々と頭を下げた。それからキールは私の方へとやって来て、そっと私の耳に口元を近づけ囁く。

「オレといるのはここまでだ」
「は? なんで?」

 私はギロリとキールへ目を向ける。

「オマエをさっきオレが話をしていた衛兵に渡す事にした」
「言っている意味がわからないんだけど?」
「その衛兵がオマエをどうするかはわからないが、まぁ、可愛がってもらえるよう祈っていてやるよ」
「は?」
「だからオマエをやった」
「はぁああ?」

 私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。すると、キールがそっと人差し指を口元に当てて合図する。あぁ~もう。そうだ、この言葉で話しちゃいけないのか。

「衛兵達にその言葉を聞かせたら、間違いなく牢獄行きだぞ」

 うひょ、そんなのゴメンだ! 反射的に身震いが起きた。私はキールに聞こえるぐらいの超小声で抗議にかかる。

「なんでそんな事をするんだよ!」
「それはオマエがオレを本気で怒らせたからだ」
「はぁ?」

 私はガンつけてキールを睨み上げたけど、すぐに怯んでしまう。キールがゾッと背筋が凍るような無表情をしていて怖かったからだ。瞳まで凍てつくようで、血が通ってないんじゃないかと恐ろしく、思わず私はそれ以上なにも言えなくなった。

「せいぜい可愛がってもらえよ。あんまり下手に騒いで抵抗すると、牢獄行きか奴隷として売られるから、気を付けろ」

 キールは冷然と捨てゼリフを吐くと、

『早く連れて行け』
『承知致しました!』
『ちなみにコイツ、すぐに逃げ出そうとするから、逃げられないよう、しっかりと押さえて連れて行け。もし逃がしでもしたら、罰を受ける事になる。気を付けろよ』
『へ? は、はい! 承知致しました!』

 また衛兵は血相を変えてキールに深々と頭を下げた。なんだなんだ? 妙に嫌な予感が走った私は心臓のバクバクが鳴り止まず、冷や汗が滲み出た。





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