第六話「半人半獣は食べれますか?」




 建物の一つもない殺風景な道のりを歩きながら、私は黙々と思案に暮れていた。神様、顔は良くなくてもいいので、性格の良い人を用意して下さいよー。という切実な懇願だ。

 目の前を歩く少年は最悪なんだもん。いくら顔が良くても、こんな性欲お盛んで自信満々な小僧は私のタイプではございません。そういや名前を訊いてなかったな。訊いたところでもヤツには興味ないから、どうでもいいっか。

 ――どのくらい歩いたんだろう?

 一時間までとはいかないけど、たくさん歩いた気がする。つぅか何処へ行くぐらいは話をしてくれてもいいのにさ。そうそう、私を連れ去ろうとしていたおっさんのニ人は伸び切っていた場所に、そのまま置き去りにしてきた。

 んで少年はなに目的であっしを連れて行っているんかい? まさか今更奴隷として売ったりはしないよね? げげっ、なんだか無性に不安に煽られてきた。いやいやいや待て、これはあっしの夢の中だ。そんな奴隷なんちゅーダークなストーリーなわけないじゃないか。

 って事はあれかい? ファンタジー王道の世界を救って下さい的なお願いをされて、救世主として崇められちゃったりするのかな? でもなぁ、それって他人事であれば、カッコイイとか羨ましいとか思えるけど、実際は面倒っちぃよね~。

 そういや王道といえば、大体最初に出会ったヒーローと恋に落ちるパターンがお決まりだよね? ……って、私の場合は目の前のコイツかぁぁああ! いやぁ~勘弁して下さい! とてもこんなヤツと恋に落ちるなど考えられましぇん!

 私は心の中で手を合わせて拝んだ。特に会話もないし、散々好き勝手に物思いに耽っていたら、ふと目の前の少年が立ち止まって振り返っていた。ヤツの完璧な無表情から考えが読み取れんわ。

 まさかとは思うけど、また発情しちゃってキスでもして来るんじゃないよね? こっちはそう何度もしたくないっての。そんな私の思いとは裏腹に、少年はサッと手を差し出してきた。

「?」

 なんだ、なんだ、意味プーですけど?

「言葉が通じるなら喋ってよ」

 私は口を開かない相手に苛立ちを抱く。でも当の本人は変わらず手を差し延べるだけ。もうなんなんだよ! 暫く視線をぶつけ合ったままでいると、先に少年が呆れたように溜め息を吐き出した。

 ――おいおいっ、溜め息を吐きたいのはこっちだよ。

 一体、オマエはなにがしたいんだ。さらに少年はもう一度嘆息し、私の方へと近づいて来た。

「!」

 全く予想外の事が起きた。少年は私の左手を取り、自分の手と繋いできたのだ。温もりという熱がくすぐったいぞ。

 ――なんだなんだ、急に手を繋いできて?

 急にラブラブモードをしたくなったのか? 私はポカンとしていたが、少年は気にする素振りも見せず、私を引いて歩き出した。さっきまでは私の事を気にもしないで歩いていたけど、今度は私のペースに合わせてくれているようだ。

 ――案外良いところあるんじゃんねー。

 私が百六十cmちょいあるから、ちょうど少年の頭一個分くらいで良い感じの身長差。傍から見ればラブラブカップルですか! あと私が五歳若ければウハウハに喜んじゃうシチュエーションなんだけどなぁ~。

 この少年、顔だけはすこぶる美形だしね。背も高いし、翡翠色の瞳も吸い込まれそうなほど澄んでいて、完璧な王子様だと思う。でも変にフェロモンを放っていて、女を食い物にする最低なヤツだからな。やっぱ私が若くても、このタイプは好まないか。

 暫く手を繋いだまま歩いていると、なにやら荘厳にそびえ立つ建物が見えてきた。雰囲気からすると、やっぱりアラビアン風? 私はヨーロッパやアメリカ辺りには行った事があるけど、アラブ地方はないから映る風景が新鮮でたまらない。

 そういやさっき私が助けられた場所にも建物はあったけど、人の姿を見かけなかった。それからここまでの道のりも、誰一人と会わなかったよね。それって不気味じゃん? そんなこんなん思っている内に、建物へと近づいていく。

 どうやら一つの街のようで、それも並みならぬ大都市のようだ。ポカンと私は間の抜けた顔をして眺めていたが、ふと少年の視線に気付く。彼は口元に人差し指を立てていた。シーって? 喋るなって事かい。

 へいへい、火焙ひあぶりされたくないから、黙ってますって。私は顔をコクンコクンと縦に振って答えた。それを確認した少年は街の入口の方に歩き出す。間もなくして、ようやく人らしき影がこちらへと向かって来るのが見えた。

 ――やっと人だぁ!

 私は安堵感を抱く。その時、隣の少年が繋いでいた手を放したと思ったら、素早く頭にフードを被り、さらに外套の一部を使って目元以外の顔をすべて覆った。

 ――なんだなんだ、変装か?

 向かって来る人達は馬に乗っているのか、パカパカと駆け走る音を響かせ、私達の横を通り過ぎた。

 ――ん?

 なにかがおかしかったよね、今すれ違った人達……人と馬が合体してい……た? つぅか人じゃなかったよね! ケンタウルスみたいな半人半獣だったような? 上半身から顔は人間で下半身が馬みたいな体躯たいく……。

 ――マジウケるー!

 この夢、最っ高! ケンタウルスの下半身のお肉は食べられるんでしょうかぁ~? そこ絶対に突っ込みたい! どんなお味がするんでしょうかね~とか? そんな私のよこしまな考えが表情へと出ていたのか、少年からまるで珍獣を見るような奇異な眼差しを送られていた。

 君の言いたい事はわかるぞ。君にとってケンタウルスは当たり前の存在かもしれんが、こっちからしてみれば、大変希少価値のある存在なんだ。あ~こんなケンタウルスみたいな生き物がいる世界に来れて幸せ~♬





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