Please83「未来へと架ける橋」




「有名な菓子店のポムグラニットのご夫妻だけど、どうやらご主人様は魔法使いみたいよ」
「そうなの? そういえばポンパドール国のスペクトラム公爵も娶られた奥様が魔女だとか」
「ここ最近、魔女や魔法使いを伴侶にする人達が増えたわよね」

 この頃こういった噂話を宮殿内や街の中でも多く耳にするようになった。魔女達と共存する世界を目指し、大国と条約を結んでから数年後、人々が魔女や魔法使いを伴侶にする事が公とされるようになった。

 こうやって受け入れられるようになったのは条約のおかげである。これによって人間側は魔女や魔法使いを魔物と違えないよう細心の注意を努力した結果、魔女達が地上へと出てくるようになった。

 人々と魔女達も互いを受け入れるには何十年、いや何百年とかかる長期戦になると思われていたが、オーベルジーヌ国のアトラクト王と魔女の恋物語が知れ渡ると、人間の味方につく魔女達が次々と現れるようになった。

 功を奏し人間を魔物から守るようにもなり、人間に害があった魔物は減少していった。その減少は聖獣の力も大きかった。彼等は人間には関わらない種族であったが、私とアクバール様が聖獣の長ホーリー様に会いに行った事から変わった。

 私はフォクシー様の記憶を目にして自らホーリー様にお礼を伝えたいとアクバール様に願い出た。もうフォクシー様はこの世にはいらっしゃらないけれど、彼の子供と孫がいる事をホーリー様に伝えたいと思ったのだ。

 それがきっかけとなって聖獣が魔物から人間を守ってくれるようになり、より地上に平和がもたらされる。それから私達は時折ホーリー様の所へ顔を出すようになった。数年後、御子達も一緒に会いに行く……のだが。

 動物が大好きな御子達は聖獣達を気に入り、喜んで揉みくちゃにしてしまうのだ。彼等にとっては戯れているつもりでも、見ている方は悪さをしているようにしか見えない! もう本当にやんちゃで凄い!

 けれど末っ子のマーシェラだけは中々聖獣には馴れず、時折接触しようとする聖獣がいると怖がってしまう。側近のレバノンがマーシェラを守ろうとすると、上の御子達が「レバノンのくせに生意気だ!」と言って揉みくちゃにする。

「うわぁ~、殿下達おめ下さいませ!」

 レバノンは外見がクレーブスさんと瓜二つなのに中身はラシャさんに似て、ちょっと間が抜けているせいか、上の御子達によく揉みくちゃにされてしまう。マーシェラだけは虐めずにレバノンと仲が良い。

「六月三日、午後二時五十分頃、場所は聖獣ホーリー様のお城にて。第一王子ヴァンサー様、側近を組み敷き側近の髪や肌を引っ張るなどの横暴を繰り返す。第二王子レグフォーニ様、側近の腕や足を引っ張る振り回すなどの横暴を繰り返す。第一王女セレージュ様、側近の短所や欠点を羅列して罵るといった陰湿な行為を繰り返す」

 私とマーシェラが御子達を止めようとした時、レバノンの双子の片割れミヨゾティが現れる。彼女は御子達の虐めを口に出しながら早々と内容をメモに取った。その彼女の行為にピタリと御子達の虐めが止まる。

 ミヨゾティの外見はラシャさん似なのに中身がクレーブスさん似で大変有能な魔導士の卵だ。彼女は上の御子達とよく衝突しているが、かなりの強者で三人掛かりの御子ですら負かされてしまう。

「おい、ミヨゾティ何をやっている?」

 レバノンから躯を離したヴァンサーがミヨゾティを睨み上げる。

「王族の品格を貶めるような下劣な行為は教育係として見過ごすわけには参りません。王子達の素行に問題があると議題に挙げ、直ちに教育の方針を変えさせて頂きます」
「ふざけるな!」

 レグフォーニがミヨゾティに向かって怒号を上げるが、彼女は意を介さない。

「今後はより厳しく教育をして参りますので、覚悟なさって下さいませ」
「そのメモ帳よこしなさいよ!」

 セレージュがミヨゾティの持っているメモ帳を取り上げようとしたが、ミヨゾティは華麗に逃れた。セレージュは勢い余ってドスンッと転んでしまう。そこにアクバール様が手を差し伸べてセレージュを抱き上げる。

「お父様、今すぐにミヨゾティを退けて下さい! 臣下のくせに態度が横暴でどうしようもありません!」

 セレージュの我儘な願いにヴァンサーとレグフォーニもそうだそうだと賛同する。

「やれやれ……」

 アクバール様は深い溜め息を吐く。

「ミヨゾティはクレーブスの性格にソックリだな」

 そう言ってアクバール様は諦念している様子。ミヨゾティを咎める気はないようだ。かつてご自分もクレーブスさんから厳しい指導を受けて育っているものね。アクバール様も昔はクレーブスさんが厳酷で好きじゃなかったみたい。

 ミヨゾティも御子達もまさに親の遺伝ね。本当にやれやれだ。御子達はやんちゃで手を焼くけれど、魔物に悩まされていた時代が嘘のように我が国は安寧が保たれ続いていく。

 月日が経ち、あと四年したら御子達は成人を迎える年となり、一番上のヴァンサーは本当にアクバール様そっくりに育った。私は赤ちゃんの頃からアクバールが育っていく姿を見ているようで、彼の成長していく姿は本当に嬉しかった。

 次期国王として一番厳しく育てられたヴァンサーは叡智で、大きくなるにつれミヨゾティとレバノンとも柔軟に対応するようになり、賢君になると期待されていた。アクバール様も昔の自分を見ているみたいだと、よく呟いている。

 二番目のレグフォーニはヴァンサーの補佐役として宰相の地位が確約している。ヴァンサーと性格が似ているから衝突する事は少なく、二人がいれば将来この国は安泰だ。加えて人懐っこく利発的なところは明君であったファクシー様と似ているらしい。

 三番目のセレージュは予想通り、お義母様と瓜二つの美貌。傾国の美姫と他国にまで知れ渡って幼き頃から求婚者が絶えない。性格は女性版のアクバール様で自信に溢れていて聡明。政にも男性顔負けの頭脳を発揮する。

 末っ子のマーシェラは私に似て、大きくなってからも控え目な性格で男性がちょっと苦手。でも心根はとても優しい。セレージュとは異なった楚々たる美女だと謳われ、チヤホヤされている。マーシェラの人気は凄まじい。

 特に兄妹からの溺愛が凄い。アクバール様は「オレの遺伝子が入った上の三人はレネットに似たマーシェラの事が好きで堪らないらしいな」って笑って言うが、そんな呑気な事を言っている場合ではない。

 大きくなってからも仲が良いのはいいけれど、ずっとマーシェラにベッタリといるわけにはいかないだろう。私はある日の夜、就寝前に思い切って胸の内をアクバール様に伝えてみた。

「少し心配になります。あと四年したらみな成人を迎える年ですし」
「もう少し色恋沙汰があってもいいって事か」

 アクバール様はやれやれと溜め息交じりで答える。私にとっては深刻な事だ。自慢の御子達だし、相手は数多に居るというのに、どの御子達も浮いた話が出てこないのだ。

「ヴァンサーは王太子で世継ぎの事もありますし、そろそろ異性に興味をもってもらわないとなりません。無理にとは言いたくはないですが」
「それは問題ないんじゃないか。最近レマンと一緒にいるところをみると」
「?」

 レマンとはオルトラーナの娘だ。オルトラーナはアクバール様がヴォルカン様と派閥争いをしている時、ヴォルカン様派のある男性と恋仲になっていた。無事に派閥がなくなり、オルトラーナは恋人の彼と晴れて結婚をした。

 結婚した後もサルモーネと共に私専属の女官は仕えてくれていた。(ちなみに双子のサルモーネも既婚者となっても私に仕えてくれている)数年後、オルトラーナは彼女によく似た大変愛らしいレマンを出産した。

 レマンは見た目だけではなく声までオルトラーナに似てしまって男性っぽい声をしていた。それを昔ヴァンサーに酷く揶揄われ、彼の前でレマンは口を開かなくなってしまったのだ。

「一緒にいるという事は口を利くようになったのですね。良かったです、一生レマンはヴァンサーと口を開かないのではないかと心配していましたから」
「オルトラーナ以上に露骨な態度だったからな。まさか口だけではなく心まで開くとは思わなかったが」
「? 仲良くなったのであれば良かったではありませんか」
「親としては複雑だ。それはオルトラーナもそうだろうが」
「?」

 私はアクバール様のおっしゃる意味が汲み取れなかった。

「そう焦って考えなくてもいい。時がくればやる子達だ」
「そうですね。出来れば自由恋愛で相手を選んで欲しいですし、何処で運命の相手と出会えるか分かりませんからね。もしかしたらミヨゾティやレバノンと心が通う事があるかもしれませんしね」

 私は特に深い意味はなく御子達の身近な人間の名前を挙げてみた。

「オレに似た上の三人は有り得ないだろうな」

 アクバール様は気色ばんだオーラを出して答える。

「そうですか。そしたらマーシェラはあるかもしれませんね」
「レネット、オマエはオレを笑わせたいのか?」
「実際マーシェラはレバノンとほのぼのとして仲がよろしいですよ? それにレバノンはいつも躯張ってマーシェラを守ってくれています」
「いつも見事に空回りしているけどな。ラシャに似てドンくさい。とても愛娘の生涯を預けられんぞ」
「うーん、守れる力も大事だと思いますが、誠意の方がもっと大事だと思います」
「マーシェラが王女でなければ誠意を優先してもいいが、今のままのレバノンでは任せられないな」
「ではいっぱいレバノンには頑張って貰わないとなりませんね!」
「…………………………」
「?」

 アクバール様は苦り切った表情をして何も言わなくなってしまった。

「どの子も望む幸せになって欲しいですよね」
「そうだな。それはオマエに対しても一緒に思うぞ」
「アクバール様……。それは私も同じ気持ちです」
「そうか、では共感し合おうか」
「はい? きゃっ」

 アクバール様は含みのある笑顔を浮かべ、私はポスンと押し倒してきた。

「アクバール様!」

 私は彼を睨み上げる。いい年して戯れもいいところだ!

「幸せを共感し合おうと言っているんだ。このまま愛し合えばまた赤子を授かるかもしれないぞ?」

 ――それは……難しいのでは?

 私達の子は四人だけだ。四人を産んだその後、私には懐妊の兆しがなかった。やはり魔女の血を引くアクバール様との子を設けるのは遺伝子的に難しいようだ。だから四つ子を身籠った事は本当に奇跡に等しい。

「そう決めつけるは良くないだろう」
「そう正当な理由と見せかけてエッチな事しないで下さい!」

 閨事は今でも若い頃と変わらず、アクバール様が年齢の割には精力的なのだ! プンプンと私が抗議したところでアクバール様は私の寝間着ネグリジェに手をかける。私が嫌がる素振りも流れの一つだと思って意を介さない。

 夫婦になって三十年以上経った今でもアクバール様のゆるがせにしない前戯や私の初心なような反応と心臓の高鳴りは変わらない。今となっては本当にアクバール様が運命の相手だと自信をもって言える。

 ――そういえば。

 ふと思い出した事あった。

「急に笑ってどうした?」
「思い出したんです。アクバール様と離縁しようとしていた頃の自分を」

 あの時は本気で離縁しようと必死だったのに、ずっと一緒にいるのよね。

「懐かしいな。そういう事もあったな」
「アクバール様とクレーブスさんのおいた・・・が過ぎたんですよ」
「それは若気の至りってやつだろ?」
「もうっ」

 したり顔をしているアクバール様、全然反省していないわね。

「今はどうなんだ? 離縁したいなんて思うのか?」
「いいえ、そのような事は思いません」

 あれだけ「お願いですから、離縁して下さい!」が、いつの間にか「一生を添い遂げたい相手」に変わるのだから不思議なえにしだ。

「愛しています、アクバール様。これからもずっと一緒にいて下さいね」

 そう素直に私が答えると、アクバール様は満足げに笑みを零す。

「勿論だ。この命が尽きようともオレはオマエだけだ。愛している、レネット」

 同じ愛情を返し、また溢れ返るような愛を注いでくれるのであった……。





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