Please83「未来へと架ける橋」




 御子達の誕生は奏でる鐘楼の音が響き渡って知らされる。第一子(♂)ヴァンサー、第二子(♂)レグフォーニ、第三子(♀)セレージュ、第四子(♀)マーシェラと名も発表された。

 その日は国中がお祝いモードの色に彩られ、熱気が渦巻く。昼間から夕刻に渡って生花で趣向を凝らした美しいオブジェの数々と多くの踊り子が列を繋げて走り、盛大なパレードが行われた。

 夜は宝石をふんだんに使った豪華絢爛なオブジェがパレードを飾り、夜の街並みに光を照らす。王宮は夕方から大々的な祝宴会が開かれた。世継ぎが生まれ、続いて三人の御子の誕生は大変人々の心を浮き立たせた。

 お祝いは二日間に渡って繰り広げられ、初日は休養していた私だが翌日の祝宴には顔を出し、御子達のお披露目会をさせてもらった。産まれたばかりの御子達だが、既に目鼻立ちは整っており、大変美しいと多くのお褒めの言葉を授かる。

 多くの人々から喜ばれ、そして愛される我が子達はきっと立派に育っていく事だろう。自慢の我が子は宝物だ。アクバール様以上に愛しい存在が増えた事はそれだけ幸せも多くなったというわけだ。

 ――出産から約一年後。

「可愛い~可愛い~、どの子も本当に可愛いわ~」
「……母上の孫の溺愛ぶりは相変わらずだな」
「ですね」

 ベビーベッドでスヤスヤと眠る御子達をお義母様は頬を緩みっぱなしで眺めていらっしゃる。彼女のクールなイメージも愛孫達の前ではスッカリと剥がれている。そんな彼女をアクバール様と私は見慣れたとはいえ、違和感を拭えない。

 お義母様はアクバール様お一人だけのご子息。孫の多さをご覧になると嬉しいのだろう。人間×魔女の間で身籠る事は難しい。半分は魔女の血が入っているアクバール様と私も実を結ぶ事は難しかったのだろうが、最初から四つ子をもうけた。

 そして出産が昨日の事のように思えるほど、私の生活は目まぐるしく過ぎて行った。母親である私は王妃という立場もあり、日々のレッスンや公務は恐ろしいほどにせわしなく、可愛い御子達と過ごしたくても過ごせない。

 御子達は専門のベビーシッター達が世話をしていた。夜寝る時ぐらいは……と、それさえもシッター達の仕事として奪われていた。仕事と育児の両方では躯を壊してしまう理由から王妃は育児には携われない。

 せめて時間が出来た時は一緒に過ごせるよう最大限に優先している。だって私がお腹を痛めて産んだ御子達だもの。今日はアクバール様と午後の休憩が被って、一緒に御子達の様子を見に来たのだ。そこにお義母様がいらしていた。

 御子達は皆(みな)愛らしい顔で眠っていて、ミルク色の肌はムチムチ、モチモチしていて触りたくてウズウズする。今の時期、御子達は匍匐ほふく前進もままならないけれど、コロコロと転がってよく動き回っていて、めちゃめちゃ可愛い!

 第一子のヴァンサーが一番アクバールの外見にソックリだ。お義母様がアクバールの赤子の頃と瓜二つだと絶賛している。人見知りもしないし、すっ転んでも滅多に泣かない強い子だ。何気にクールっぽい気がする。

 第二子のレグフォーニは私の見た目に似ていて、男版の自分で妙な感覚。でも中身はアクバール様似で人見知りもなくて、ヴァンサーよりも人懐っこいし、感受性が豊か。上の二人は男の子だからか、よく一緒にじゃれ合って仲が良い。

 第三子のセレージュはアクバール様似の外見。もう少ししたらお義母様にソックリになるんじゃないかな。この子も人見知りしない元気な子で、上の男の子達とじゃれ合っていると、男の子三人に見えちゃう。負けず嫌いな性格とみた。

 末っ子のマーシェラは完全に私似となった。人見知りする甘えん坊な性格で、上の三人と一緒に戯れていても何処か控えめな様子を見せる。少し浮いた存在がまた周りの人間の目を惹くみたいで一番溺愛されている。

「ん……」

 ベッドからか細い声が洩れた。

「まぁ、マーシェラが目を醒ましたわ」

 お義母様がおっしゃる通り、末っ子が目を醒ました。寝起きで瞼が重いのか拙い動きで瞬きを繰り返す。ボンヤリと様子でマーシェラは視線をクルクルと巡らす。そしてアクバールを見た途端、頬を緩ませた。

「あっ……あっ」

 両手を上げて何かアクバール様に訴えかけている。アクバール様がマーシェラをヒョコッと抱っこすると、彼女は満足げに笑顔を咲かす。マーシェラはアクバール様の事が大好きなのよね。

 アクバール様も一番マーシェラに甘い気がする。今も頬や額をくっつけ合って仲の良い姿に妬けてしまう。あ、お義母様も同じ気持ちみたいで、じとっとした目でアクバール様を見つめている。

 ――コンコンコン。

 出入口扉からノックの音が聞こえた。シッターの一人が返事をすると扉が開く。

「失礼します!」

 扉から姿を現したのはラシャさんだ。彼女はお義母様やアクバール様の姿を目にすると、はっと驚いて畏まり、最敬礼をして挨拶をする。

「あっあっ」

 ラシャさんの姿を見たマーシェラが身を乗り出して反応する。

「マーシェラ様、今日もすこぶる愛らしいですね」

 ラシャさんが笑顔で挨拶をすると、マーシェラは躯をゆさゆささせる。ラシャさんに抱っこしてくれとせがんでいるみたいだ。それにアクバール様は大変ご不満そうに、ラシャさんに「ほら」とマーシェラを差し出す。

 ラシャさんが抱っこすると、マーシェラは全身で悦びを表す。他の兄妹はラシャさんのみつあみを引っ張ったり、眼鏡を取ったりと意地悪するのに、マーシェラだけはそんな態度は取らずに懐いている。

 そう、マーシェラの一番はラシャさんなのだ。それにアクバール様は不服を感じている。親としては悔しいのよね。私はラシャさんに好意的だからか、そこまで妬いたりしないのだけれど。

「ラシャさん、何か用事あったのではないの?」
「はい、マーシェラ様達に会いにきました。今から赤ちゃんのお勉強です!」

 ラシャさんは満面の笑顔で答えた。赤ちゃんのお勉強とは彼女のお腹の中にはクレーブスさんとのお子さんがいるのだ。聞いたところ双子みたい! 妊娠四ヵ月目だ。ラシャさんとクレーブスさんは半年前に晴れて婚姻を結んだ。

 私はクレーブスさんの事だから、さぞ華やかな結婚式を挙げるだろうと思っていたが、実際は親族のみの慎ましやかな式が神殿で行われた。ラシャさんが上がり症なのもあるが、クレーブスさんが多くの人を呼んだ派手な式を好まなかったみたい。

 何はともあれ二人が無事に結婚出来た事は喜ばしい。自分の事を二の次にしていたクレーブスさんが身を固めたのだ。新しい生命も宿っている事だし、二人には幸せになって欲しい。

「勉強熱心ね」
「王子殿下達の育っていくお姿が大変参考になっております!」

 彼女なりに真面目に勉強していて偉い。

「んっ……」

 私とラシャさんが話をしている間にヴァンサーが目醒め、続いて残り二人も瞼を開ける。

「ラシャ、せっかくだ。ヴァンサー達の相手もしてやってくれ」

 そう言ってアクバール様はラシャさんからマーシェラを奪う。ラシャさんは「へ?」とした顔でいると、レグフォーニがラシャさんを見て何か騒いでいる。彼女が近づくと、

「あたたたっ、レグフォーニ様、おやめ下さい!」

 レグフォーニがラシャさんの顔をペタペタと嬉しそうに叩き始めた。

「こらっ」

 私が注意した時、

「レネット、ヴァンサーがオマエを呼んでいるぞ」

 アクバール様に言われてヴァンサーの方へ目を向けると、彼はこっちこっちと言うように手をブンブンと振っていた。私が抱っこすると今度はあっちあっちとラシャさんとレグフォーニの方を見て訴えている。

 ――あ~止めに行かないと!

 私がレグフォーニの行為を止めようと近づくと、ヴァンサーが身を乗り出してラシャさんのみつあみをグイグイと引っ張り上げる。

「いたたたっ」

 ラシャさんはヴァンサーとレグフォーニに弄られて揉みくちゃ状態!

「こらっ二人ともラシャさんに意地悪しないの!」

 私は声を張り上げて叱る。ラシャさんが大変な目に合っているのに、アクバール様はマーシェラに、お義母様はセレージュと戯れて、こちらを気にもしていない様子。シッター達はオロオロ。もうっ!

 みんな御子達には甘いから叱る人が私ぐらいしかいない。先が不安に思う……のは今だけの事。数年後、クレーブスさんとラシャさんの双子の一人ミヨゾティが側近としてヴァンサー達についてからは、それはもう厳しい教育が施される。

 悪い事が出来るのも今の内だけなんて、この時の私達が知る筈はなく……。そんなこんなんで私に日常は色々な意味で忙しない。忙しさも含めて充溢した毎日である事は変わりないのだけれど。

 それにアクバール様が君主となってから国内は蜂起やデモ運動も起こらず、国交も安定している。ただ例の魔女達と共存する新体制は今でも盤石となっていない。その変化が訪れるのはさらに一年経っての出来事である……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 御子達がよちよちと歩く頃になると、私も王妃の板についてきた。少し余裕も出てきて、時折私は文殿ふみどのに足を運んで本をセレクトする。読むのはもっぱら恋愛小説だ。

「最近時間があれば本ばかり読んでいるな」
「あ、アクバール様、スミマセン」

 寝室に戻って来たアクバール様を私は迎えずに寝台の上で本に耽っていた。私は読み出すと周りの声が聞こえないほど没頭してしまう癖がある。

「今日の本はいつも以上に没頭してしまって」
「今日は何を読んでいたんだ?」
「ある魔女と一国の王の恋物語です」

 私はアクバール様に物語の概要を伝える。ある魔女と一国の人間の王が恋に落ちるが、陛下側の人間によって二人は引き裂かれ悲恋となる。王は独身を貫き生涯を終え、魔女は王の転生を何百年と待ち続ける。

 長い年月を経てようやく王は転生するが、彼は魔女との記憶が全くなかった。やがて別の女性と恋に落ちてしまい、魔女は怒りに狂って王の愛した女性に呪いをかけ、死へと追いやる。

「オーベルジーヌ国で起きた悲劇と酷似していて信憑性がありますよね」
「確かに類似しているな。その後は? オーベルジーヌ国のように天神を召喚したのか?」
「いいえ、女性は御子と共に非業の死を遂げました」
「それは悲しいな」
「はい。そして続きがあるんです」

 愛する女性と御子を失った王は魔女へ逆襲を決める。宮廷魔導師達を引き連れ、魔女を討伐する筈だった。しかし、魔女と対峙した王は魔女と愛し合った頃の記憶を取り戻すのだ。

 彼は魔女を倒す事が出来なくなった。愛する女性の命を奪った魔女、その魔女と再び愛し合う事は赦されず、二人の恋は二度も悲恋に終わる。まるで現在のオーベルジーヌ国のアトラクト陛下と魔女のような関係だ。

 私は昂奮のあまり身を乗り出してラストを明かした。想像を超える結末にアクバール様も興味を持たれたのか、私が持っていたハードブックを手にして、パラパラとページをめくって目を通す。

「この物語のようにアトラクト様も魔女も幸せになって欲しいですよね」
「これは……」

 私が感動を噛み締めているところに、アクバール様は食い入るように本に目を通す。

「アクバール様?」
「レネット、この物語は二面性がある。どうやら読み手によって内容が変わるようだな」
「えぇ!?」
「物語の真実はこうだ」

 アクバール様は私が読んだ物語とは異なった内容だった。彼が話す物語はまさに……。

「一体これはどなたが書かれたものなのでしょうか」
「これは……六百年前のオーベルジーヌ国の人間のようだ」
「そんな前の人がどうして未来の事まで分かったのでしょう?」
「それは…………多分想いだろうな。父上のように」
「想いですか?」

 この著者は何かこの世に未練がある人なのだろうか。

「レネット、オマエが真実を知らせる手助けをしてやれ」
「わ、私がですか? それはアトラクト陛下に真実をお教えすれば良いのですか?」
「違う。これはアトラクト殿自身が気付かなければならない。それが幸せに繋がる鍵だろう」
「そ、そうですね。でもどうやって?」
「確か沙都殿の世話係が恋愛小説好きだったろう?」
「あ、それはいいですね! ナンさんは壮絶な恋愛小説が大好きですし!」

 沙都様とは異世界からオーベルジーヌ国を救う為に召喚された天神様。ナンさんは沙都様に仕える世話係の女性・・だ。公務をするようになってから他国との交流が入り、私は沙都様とナンさんと仲良くなった。v
 ――ナンさんを通じて沙都様へ。そして最終的に真実が陛下にお伝え出来ればいい。

 この本・・・はオーベルジーヌの運命を変える。何故ならこれはアトラクト陛下と魔女の恋物語となっているからだ。これを機にアクバール様が待ち望んでいた新制度をオーベルジーヌ国は受け入れ、魔女達と共存する世界が実現される未来がやってくる……。





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