Please81「晴れやかな舞台で」




 ペンキで染めたような青空が澄み渡る今日、新国王の戴冠式が行われていた。シュヴァインフルト国王三十四代目アクバール・ダファディル王の即位である。デリュージュ神殿の主祭壇で祝詞のりとを捧げ、洗練を受けた彼が正門から姿を出した。

 アクバール様を目にした誰もがはっと息を呑んで言葉を失う。上質な布で作られた法衣は金色の刺繍に彩られ、その贅を尽くした盛装に包まれるアクバール様は紺碧の空に姿を現す朝日のように輝いている。

 もう人の領域を超えて神々しい。皆が心を奪われ、中でも私が一際見惚れていた。感動のあまり顔を伏せて小刻みに震える。両隣に立つサルモーネとオルトラーナが私の異変に気付いて気遣う声を掛けてきた。

 私は顔を真っ赤に染めながら「アクバール様が素敵過ぎて目視出来ない」と答えると、サルモーネは口を噤んでしまい、オルトラーナから冷めた視線を突き付けられたが、そんなにおかしい事を言ってしまったのかと、私は首を傾げた。

 順調に式は進行していく。リヴァ神官によって祈祷が行われ、対面するアクバール様は宣誓の言葉を述べ、戴冠式の椅子チェアーに着いた。それから神官様がアクバール様の頭、胸、掌に魔法で作られた特別な聖油を注ぐ。

 次にアクバール様は肩布を受け取って身に纏う。金色に縁どられた白い肩布が星屑のように煌めき眩い。続いて宝剣と王笏、王杖、指輪、手袋などを授けられ、最後にヴォルカン様から王冠を載せられ儀式は終了となった。

 ワァアア――と大歓声が沸き起こる。私も神々しさが増したアクバール様の姿に瞳がウルウルとなってしまい、サルモーネからさり気なくハンカチを差し出された。心なしか腹部辺りががざわざわしている気がする。

 ――御子達も感動しているに違いない。

 新国王陛下となったアクバール様が美しい姿勢でこうべを垂れる。そして「愛する我がシュヴァインフルト国民の幸福を願い、与えられた恩恵を国の発展に繋げる王でありたい」と言葉を述べられた。盛大な拍手に包まれる。

 アクバール様は列席の王侯貴族達から祝辞を受け、笑顔を咲かせる彼の姿に遠目から私は身を震わせていた。魔女の血を引く彼が陛下として認められ、戴冠式この日を迎えられた事がこの上なく嬉しい。感動せずにはいられないのだ。

「王妃殿下、あまりお泣きにならないで下さいませ。この後、大事な式がございますので」

 涙腺が緩んでしまった私にオルトラーナが淡々と告げる。

「そ、そうよね」

 この後、結婚式と披露宴が行われる。私は正式にアクバール様との婚姻が認められた。アクバール様が新国王として認められた時、彼は正式な婚姻をとりつけたのだ。私の出産前に式を挙げた方が良いと、戴冠式に合わせて結婚式と披露宴が行われる事になった……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

「わあ~! レネット王妃とってもお美しいです!」
「有難う、ラシャさん」

 私のウェディングドレス姿を見たラシャさんは嬉しい反応を見せてくれた。彼女も正装姿で、いつも緩やかに編んでいるみつあみも今日は下ろしている。真ん丸の大きな眼鏡は今日も健全だ。

 これから私とアクバール様の結婚式が始まろうとしていた。式は通常は一年もの準備期間を設けるのだが、アクバール様の戴冠式に合わせて、わずか三ヵ月で準備を整えた。

 期間が短かったといっても、私が着ているドレスを見れば手を抜いた感じは全く感じられない。咲き乱れる花びらのようなオーガンジーが折り重なり目を惹く繊細な純白のドレス。

 胸元から腹部にかけて金色の高級花ブルーアシュをブリザーブドフラワーにして鏤めた独創的なデザインとシルエットをもつ、まさにフラワードレスといった華美な作りのドレスだ。

 ティアラ、ネックレス、指輪などの宝飾は希少花ブルーアシュの形をモチーフにし、ドレスと統一感を出していた。精微な作りは芸術の都と謳われるに相応しい職人の抜きんでた技と精魂が刻み込まれている。

 髪型は小分けにした髪を編み込まれてアップにした後れ毛一本もないほど完璧な仕上がり。長いベールで隠れてしまうのが勿体ないぐらいだ。美しい刺繍で彩られたベールと手袋もお見事である。

「本当にお美しく……うぅ、うぅ」
「だ、大丈夫、ラシャさん?」

 突然彼女が嗚咽を零して私は吃驚する。

「とっても……感動して……涙がちょちょ切れております!」
「そ、そうなの? それほどまで感動してくれて嬉しいわ」

 ラシャさんは嫁に出す母親が感極まって涙するような泣き顔を見せる。そんな彼女の隣からそっとハンカチが差し出された。相手はクレーブスさんだ。魔導師の盛装姿の彼はいつも以上に華美で一際目立っている。

「有難うございます」

 ラシャさんは差し出されたハンカチを取り、ビーッと勢い良く鼻をかんだ。その姿にクレーブスさんは即顔を顰めて文句を飛ばす。

「今、そのハンカチで思いっきし鼻をかんだな?」
「え? はい、きちんと洗ってお返し致しますので」
「そんな物を返すなっ」
「え?」

 クレーブスさんの憤慨にラシャさんは本気でなんで? と、不思議そうな顔をしていた。

「いつも思うんだが……」

 隣から愛しい男性ひとの声が聞こえて、私は顔を上げる。

「アクバール様……」

 彼の姿に私の胸の内がポポポッと大輪の花が咲き誇る。戴冠式の時とはまた打って変わったアクバール様の姿に目を奪われていた。軍装をさらに華美にしたウェディング用の正装はボタン一つでも重厚な作り。

 金色の肩章と装緒モール、そして髪色と同じ銀の肩布すべてが磨き抜かれた宝石のように煌々しい。額を覗かせ後ろに撫で下ろしたヘアースタイルも素敵。なのに表情が芳しくない。彼はラシャさんとクレーブスさんの二人を呆れ返っているのだ。

「クレーブスがラシャの何処に惚れたのか不思議でならない」
「そうですか? ラシャさんは見た目も中身もとても可愛いと思います」

 私は素直な気持ちを伝える。童顔で少し間が抜けているところも彼女の持ち味で可愛らしいと思う。

「…………………………」

 アクバール様は無表情となって口を閉ざしてしまった。

 ――どうしたんだろう、アクバール様?

 私がキョトンと首を傾げていると、

「レネット、とても綺麗だわ」

 アクバール様の背後からカスティール様がいらした。主役の私よりも彼女の方が麗しく、ほぅと感嘆の溜め息が出る。スカイブルーとグレイの中間色のロングトレードレスを着ていらっしゃる。

 透け感のあるソフトチュールのデザインで、歩く度にスカートがゆらゆらと揺れる優雅な作り。クールでクラシカルなのにカスティール様が着られると、ジュエリーを全身に飾っているようで美しい。

 今のカスティール様はとても溌溂したお顔をなさっている。それはあのデュバリーの足枷から解放され、合わせて無事にアクバール様が国王陛下として迎える事が出来てお幸せなのだろう。

「有難うございます。お、お義母・・・様」

 まだ言い慣れない言葉に私ははにかんでしまった。私の呼び方にカスティール様は優しく微笑む。先日、私は彼女から母と呼んで欲しいと言われたのだ。その言葉を聞いた時、私は瞼に涙を滲ませた。

 ようやくアクバール様の伴侶だと認められたのだと、胸がいっぱいになった。彼女に認められるかどうか、心の奥底でずっと私は気にしていたからだ。その懸念が無くなって気持ち良く今日を迎えられる事が出来た。

「本当に綺麗よ、レネット」
「幸せになるんだぞ」
「有難うございます。お父様、お母様」

 続いて私の両親からも賛辞をもらう。今だから言えるが両親はそれはそれはもうおったまげていた。何せ私の結婚相手が国王陛下だなんて度肝が抜かれて当然だ。最初王族とゆかりのある公爵アクバール様と結婚するって話をした時も、開いた口が塞がらなかった。

 なのに実はアクバール様が王太子だったとか、私があの恐ろしい魔法使いと関わっていたとか、既に私のお腹の中には御子が四人いるとか、何がどうなってそうなったのか、家族皆が青くなって慌てふためいていた。

 両親は躯の弱かった私が王妃になる事をだいぶ心配していたのだ。精神的な疲労でまた躯が弱まるのではないかと。だから私は一番にアクバール様から離れたくないという事、次に既に御子の存在があり、より離れる訳には行かない事を伝える。

 御子のうち一人は王位継承を受け継ぐ。大事な世継ぎを育てる責任が私にはあるのだ。でも私だけの力では及ばず、アクバール様から真摯に伝えたところ、なんとか両親には納得して貰えた。 無事に認められ、この日を迎えられるのが本当に嬉しい。

「アクバール陛下、レネット王妃、間もなく式が始まります。ご用意は宜しいでしょうか」

 サルモーネから声を掛けられて気を引き締める。

「行くぞ、レネット」
「はい」

 アクバール様に手を取られて私は控え室を後にした……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 妖精が棲んでいるような幻想的な森を彷彿させる神殿内部、今は結婚式用に華美な装飾がなされている。私とアクバール様は多くの来賓に見守られる中、デリュージュ神殿の主祭壇を前に並んで今から誓いを立てる。

 まず互いの掌と額の一部聖油を塗った後、向き合い互いの手を合わせて額を重ねる。次に心を無にして瞳を閉じる。一分後「目を開けよ」と、神官様の命によって額を離す。手は合わせたまま互いを真っ直ぐに見据え、我が国の誓いは交互に言葉を交えていく。

「私達は運命の導きにより」
夫婦めおとになろうとしています」

 緊張で僅かに声音は震わせながらも、一語一句間違えずに口にしていく。毎晩予行練習したおかげで最後までつつがなく進んで行った。

「天命尽きるその日まで」
「彼女への愛を」
「彼への愛を」
「己の魂に刻む事を」
「「誓います」」

 誓いを終えると神官から四角い箱を差し出される。蓋が開くと新郎新婦が着ける誓いのピアスが現れる。ピアスの色は男性の瞳の色を合わせる人が殆どだ。目の前のピアスもアクバール様の瞳と同じ琥珀色。

 二つを分け合う唯一無二のピアスは夕日に照らされたように神秘的な輝きを放っていた。アクバール様には右耳に、私は左耳に片方ずつ着け合う。これで正式に私達は夫婦めおととなった。

「では誓いの口づけを」

 いよいよ締め括りに入る。

「控室でタイミングを逃して言えなかったが、今日の姿は今までの中で一番綺麗だ」

 そう言ってアクバール様は私の唇に優しいキスを落とした。全身が甘く痺れる。盛大な祝福の拍手と歓声に包まれ、高揚感が増す。王宮ここに来た頃は不安しかなかったのに、今はこんな晴れやかな気持ちで祝福を受け、幸せを肌で体感している。

 カ――ン、カ――ン、カ――ン。

 鐘楼が鳴り響く。これは誓いが無事に終えた事を知らせる鐘の音。神殿の外にいる民衆達にも伝わっている事だろう。この後、私達は王都のパレードへと参加し、夜には祝賀会と続き、せわしなく回る。

 体はクタクタになったが温かい祝福に感謝しつつ、最後まで事を無事に終わらせた。すべての催しが終わる時には日付が変わっていた。あとはもうゆっくりと眠るだけ……そう思っていたのに……。

 最後の最後に「初夜」という一大イベントが残されていた。既に私とアクバール様の初夜は二度済ませている。だというのに王族のしきたりとをスルーするわけにはいかないとかなんとか……もうこれ以上はご遠慮願います!





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