Please77「二人の愛を繋ぐ証」




 声が聞こえた方へ視線を上げると、思いも寄らない人達が立っていて本気で呼吸が止まるかと思った。

「オマエッ」

 私と同じぐらいアクバール様も驚いている。

「クレーブス、オマエ死んだ筈じゃ! それにラシャも!」
「私達は蘇ったのです!」

 エヘンとドヤ顔を決めているラシャさんの態度で妙な空気が流れる。

「ラシャ、オマエは引っ込んでなさい」
「はうっ」

 クレーブスさんの絶対零度の眼力で注意を受けたラシャさんは縮こまって数歩後退する。

「私達が息を吹き返した理由は分かりません。ですが、アクバール様と同じく何かに守られるようにして眠りについていた感覚がありました」

 クレーブスさんの答えに沈黙が降りる。きっとみな何に守られていたのか不思議に思っているのだろう。

デュバリーアイツは……?」

 急に思い出したようにアクバール様が呟くと、皆の視線はデュバリーへと向けられる。

「何故アイツはあそこで倒れている? 生きているのか?」

 生きている可能性もあってアクバール様の表情は険しい。

「恐らくもう息は無いかと思われます」

 そう答えたのはクレーブスさんだった。

 ――デュバリーが死んだ?

 今度は私に視線が集まる。少し前まで倒れていた皆は何があったのか私に聞きたいのだろう。私はアクバール様が胸を貫かれてから起きた出来事を話した。

「気の毒にな。母上は生きている。あの世で奴は一人きりだ。それにしてもあれだけ力のある魔法使いが精神の決壊によって自ら命を絶ったとは、らしくもない死に方だな」

 アクバール様は憎しみを吐くわけでもなく冷静に物語る。

「いやだからこそか。無敵であるからこそ内側から壊せば脆い。奴を倒す一番の方法だったわけだ」
「その方法を考えついたのはレネット様ですか?」

 不意にクレーブスさんに問われ、私はあたふたする。

「わ、私は何もっ。気が付けば独りでに状況が進んでいました」
「やはり以前から考えられていた何者かがまたレネットに力を貸したのか」
「そ、そうかもしれません。下部が熱くなったと思ったら、赤い光が眠るアクバール様の躯を包み込んで目覚められましたし」
「……レネット様、少々失礼致します」
「きゃっ」

 私は短い悲鳴を上げた。クレーブスさんが間に入ってきて、いきなり私のお腹に手を添えてきたのだ。

 ――アクバール様がいる目の前で、セ、セクハラ!

「思った通り」
「あっ! も、もしかしてですね!」

 ボソッと零したクレーブスさんの言葉に、ラシャさんは思い当たる節があったらしく、クレーブスさん同様に私のお腹にぺとっと手を添えてきた。

「本当だ!」
「まさか……それ本当か?」

 ――え? アクバール様まで分かったの? 私だけ分からない。

「もしや御子がお守り下さっていたのかもしれませんね。今の時期は魔力がとても不安定で、魔法使いもこの存在に気付かなかったのかもしれません」
「あ、あの、クレーブスさん達はさっきから何を?」
「妃殿下、お腹の中に赤ちゃんがいらっしゃいます!」
「……え? ……え?」

 ――う、う、う、嘘! 私とアクバール様の子が!?

 じゃあ、この子がずっと私を守ってアクバール様の命も救ってくれたの?
 お腹を摩りながら私は感動のあまり涙が溢れそうになる。

「う、嬉しいです。こんな小さな命に何度も救ってもらえて」
「小さなお命でもお力を合わせれば魔力は相当のようですね」

 ――ん?

 今のクレーブスさんの言葉に何かが引っ掛かった。

「あの力を合わせればと言いますと?」
「お腹の中には四人の御子・・・・・がおられますよ」
「四つ子ちゃんです!」

 クレーブスさんに続いてラシャさんが覇気のある声で答えた。

 ――…………へ?

 二人の言葉の意味が把握出来ず、私は涙が引っ込んだ。

「さすがアクバール様ですね。レネット様への溺愛ぶりを見事に形になさいました」
「まさに愛の結晶です!」

 二人は盛り上がっていた。

「凄いぞレネット!」

 合わせてアクバール様も大喜びで、私の躯をギュッと抱き寄せる。

 ――当の私はというと……。

「よ、よ、四つ子ぉおおおお――――!!!!」

 絶叫が抜けるような紺碧色の青空へ高く響き渡る。叫び声にしてようやく私は事の重要さを理解したのだった……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 暫くの間、私とアクバール様は街のある宿で身を潜める事にした。気掛かりはデュバリーの事だった。眠っているように見え、実は生きているのではないかと訝しんでいたのだが、彼の心臓は破裂しているという。

 本当に自害していたのだ。リヴァ神官にしっかりと確認して頂き、デュバリーの遺体はデリュージュ神殿に預かってもらう事となった。そして神官様は私達の事をこの国を救った英雄だと褒めて下さった。

 それから魔法の手紙でヴォルカン陛下に私達の無事を知らせると、彼は転移魔法を使って会いに来られた。私達の無事と今後デュバリーの魔の手から脅かされなくなった自由に喜びの涙を流された。

 さらにサルモーネとオルトラーナの二人も会いに来てくれて、気丈な二人が私の前で涙を見せた。本来私はアムブロジア広場から逃げる筈だったが、勝手に広場に留まり、王宮では私の行方が分からなくなったと騒動が起きていた。

 だからサルモーネとオルトラーナは私の無事に涙した。自分が思っている以上に彼女達から愛されている事を実感し、私も涙を流した。これからも彼女達とは良い主従関係を築いていこうと心に誓った。

 カスティール様はデュバリーの魔法から解かれたが、過度な疲労で眠りにつかれていた。目覚められた時、きっと彼女も安堵と喜びに包まれる事だろう。みなが無事に戻って来られたのは奇跡だ。

 そう、私達は生きている。何よりアクバール様が呪いの枷から自由になれた。呪いの解放と生きている事への安堵、そして新しい生命の誕生と多くの幸福に包まれ、私の胸は一杯だった。

 宿の部屋に入ると窓から差し掛かる陽光に目を眇めた。窓の外には見晴らしの良い景色が広がっている。若草に萌える緑と百花繚乱の見事な中庭。隠微な空気に心が和んでいると、突然背後から抱き竦められた。

「アクバール様?」
「こうやって生きてまたオマエに触れられる事が幸せで堪らない」

 その言葉を耳にして胸と目頭が熱くなる。

「私も約束の通り戻って来て下さった事が嬉しく幸せに思っています」

 伝えながらポロリと涙が頬へと伝う。

「レネット……」

 アクバール様は私の頬を引き寄せ、唇で私の涙を拭う。

「オレの命があるのはレネット、オマエがオレの為に行動を起こしてくれたからだ。本当に感謝し切れない。やはりオレにとってオマエは唯一無二の存在だ。しかしオマエはオレでいいのか?」
「何故、今更そのような事をおっしゃるのですか?」

 私は息を呑んだ。アクバール様の言い方は何処か私を突き放そうとしているのではないかと感じたからだ。

「オレは魔女の血を引いていて純粋な人間ではない。今の情勢では表立った生活は出来ないかもしれないぞ」
「人間だから魔女だからとか関係なく、私はアクバール様だから愛しているのです。貴方を失う辛さを味わった今となっては離縁なんて考えられません。それにもう離れられないではありませんか。私達にはこの子達がいます」

 私は自分のお腹に手を置いて御子の存在を強調する。

「そうだな。レネットと子供達の為にも必ずオレはこの世界で安全な居場所を作る事を約束する。……レネット、愛している」
「私も愛しています、アクバール様」

 私達は自然に唇を重ねた。胸にじわりと火が灯る。初めてキスするような甘酸っぱさを感じ、じわじわと羞恥が拡がっていく。その恥ずかしさを凌駕する心地好い甘さがある。

 離れていた淋しさを埋めるように熱が高まっていき、口づけは深まる。舌が触れ合った瞬間、私の胸は強い鼓動を刻んだ。痺れが躯中へと駆け巡って甘やかな波を引き寄せる。

 舌が滑らかに絡み合っている間、綿菓子を食べているようなふわふっわとした気分に心酔する。徐々に快感熱が上昇していくとアクバール様の舌に弾みがつき、より動きを滑らかにさせた。

「ふぁ……」

 口元から甘い音色が零れる。アクバール様の舌からひたぶるに追い求められ、呼吸が上手く紡げない。生理的に呼気を求めて解放を願うと、逃さんとばかりに頬を抑えられ阻まれた。

「ん……んぁっ」

 呼気も吐息も熱もすべてを奪われる。何度も角度を変えられ、絡みつくように舌が駆け回り、責め苦以上の甘い熱に彩られる。この快美の中には幸せが含まれていて、それを肌で感じ取っていた。

 すっかり溶け合い、意識が、快感が飽和し、私達の口元から幾筋の糸が零れていく。唇が離れるとツーッと互いの唇から銀色の糸が架かった。そして私の顎に伝った唾液の残滓をアクバール様の舌が掬う。

 ――なんて官能的な光景なのだろう。

 おまけにアクバール様の妖艶な色香にクラクラする。口づけだけでここまで色気をだだ漏れさせている彼はこの先はどうなってしまうの?

「レネット、このままオマエのすべてを愛してもいいか?」
「え?」

 ――私のすべてを愛してもって……。

 それは抱いてもいいのかという問いだ。アクバール様の過剰な色気は完全に劣情を抱いていたからか。

「そ、それは……」

 私自身も愛し合いたい気持ちは無くもないが、今の自分達の状況を考えると気が引ける。それに私のお腹の中には御子がいる。性交渉をしても良いのか私には知識がない。

「御子達の事もあります。医師に確認を取った方が宜しいかと思います」

 私は素直な気持ちを伝えた。するとアクバール様から意外な言葉が返ってきた。

「なんだ、オマエは知らないのか?」
「何をですか?」
「御子を守る羊水プロテクトは精液でより強化されるんだぞ」
「え? そうなんですか?」

 全く知らなかった。私は性に対する知識が乏しいのだ。

「懐妊中に愛し合う行為はとても大事だ。だから何も心配いらない」
「は、はい」

 と、反射的に応えてしまったが、御子の躯は問題ないとしても、今の置かれている状況で愛し合うのは些か問題じゃない? そんな私の考えをアクバール様は察する。

「何も心配するな。今はオレ達二人だけの時間を大切にしてくれ」
「は、はい」

 切な気な表情で懇願されてしまえば、それ以上否定的な事は言えなくなる。それに私もアクバール様を感じたいと思っていた。

 ――彼が生きている、彼から愛されている事を肌で感じたい。

 これから深く愛されるのだと、私の胸は大きく高鳴った……。





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