Please71「常闇に包まれた舞台」




 魔力を持たない宰相が魔法を放ったのだ。このままデュバリーが「魔法使い」であると事を晒す!

「カスティール監禁と兵士惨殺の罪でオマエを捕らえる。もう逃げられないぞ、テラローザ」

 陛下は鋭い眼差しでデュバリーを見下ろし言い放った。それを見上げているデュバリーは……。

「いいでしょう。私に落ち度があった事は認めます。ですが、承知しました……なんて私が申し上げるとでも、お思いでしょうか?」

 彼はわらっていた。その表情には全く焦りがない。寧ろ愉楽しているように見える。

「宰相テラローザを捕らえろ!」

 陛下はめいを下すと、直ちに兵士達が駆ける。その時、デュバリーの双眸が深紅に彩って輝いた。刹那、一陣の風が襲ってきて視界が遮られる。ほんの一瞬の出来事だった。

 そして陛下の目の前にいたデュバリーの姿が何処にもいなくなっていた。突風が吹いた一瞬でいなくなったのだ。誰もが唖然となってデュバリーがいた空席を見つめている。

 ――瞬時に姿を消したというの!?

「あそこにいるぞ!」

 誰かの叫び声で空気が変わる。めいの視線が処刑台へと集まっていた。そこにデュバリーとカスティール様を横抱きにして立つ煌びやかな男性の姿があった。

「残念だったね。カスティール様は渡さないよ」

 東口の出入口扉から冷徹な声が響き、一斉に人々の視線が注目した。そこには……。

「クレーブス、オマエ……」

 ――良かった。クレーブスさん、回復したんだ!

 ラシャさんが回復させたんだ。カスティール様を神殿から連れて来てくれたのも彼女だ。ここまで完璧に任務を遂行してくれている。

 ――凄いラシャさん!

 私は彼女の働きぶりに心の底から感謝した。

 ――あとはデュバリーを捕縛するのみ。

 彼が処刑台まで飛んだ理由はカスティール様を攫おうとしたのだろう。あそこまで瞬間移動したんだ。それが彼が只ならぬ存在の者だと証明している。彼はもう自分の正体を隠すつもりはないのかもしれない。

「ヴィオレの事ばかり頭にあって、オマエとアクバール様の事を忘れていたよ。ヴィオレに続いてオマエまで登場するとは。まさかあの神官が裏切るなんてね」

 デュバリーはしてヤラれたとばかりに嘆息する。その後に、

「ヴィオレを私に渡して貰おうか」

 スッと手を差し出してカスティール様を渡すよう合図を送る。

「カスティール様はオマエの物ではない。言葉を誤るな」
「もう一度言う。ヴィオレを私に渡すんだ」
「渡さない」
「そうか。……では死ね」

 どちらも引かないやり取りが続くと、業を煮やしたデュバリーが物騒な言葉を吐いた。

「危ない!」

 カスティール様の危険を知らせる叫ぶ声が聞こえるのと同時に、視界が眩い黄金の光に埋め尽くされた。私は掌で顔を覆う。光の連射に目がチカチカして開けていられない!

 ――な、何が起こったの!?

 混乱しているのに、その思考さえ奪うような強烈な光に躯が竦み上がる。

 ………………………。

 程なくして光が弱まり、徐々に視界に色が戻ってきた。飛び込んできた光景に、私は驚きのあまり腰を抜かしそうになった。

 ――な、何あれは!?

 中央全体が隕石でも落とされた跡地クレーターのように窪んでいて、処刑台は跡形もなかった。客席から悲鳴の連鎖が沸き起きる。一瞬でとんでもない光景に変わったのだ。人々が恐怖で悲鳴を上げるのは当たり前だ。

 ――クレーブスさんとカスティール様は!?

 処刑台のように呑み込まれたのではないかと、私は焦燥感に駆られながら辺りを見渡す。二人は穴ギリギリの位置に立っていた。

 ――良かった、無事だ。

 安堵をしつつも、この異様な状況は変わらない。デュバリーはクレーターの上に浮遊し、しかも素の姿・・・でいた。顔の一部の皮膚が爛れた異相は人々の恐怖を深め、その場から逃げ出す人が続出する。広場は狂騒に渦巻いていた。

「あれを見よ! テラローザは人間ではない! あれは我々に害を与える魔法使いだ! あれこそアクバールに失声の呪いをかけた張本人にでもある! 宮廷退魔師と魔導師よ、直ちに魔法使いを捕縛せよ!」

 陛下はここぞとばかりにデュバリーを追い詰める。陛下の言葉に銀色のマントを羽織った退魔師と紫色のローブを纏った魔導師達が姿を現した。宮廷に仕える師達数十人だ。

 彼等は突然の出来事に困惑しながらもクレーターの中へと集結していく。ジリジリとにじり寄られても、デュバリーは顔色一つ変えずに平然としており、逆に追い詰めて行く師達の方が強張った顔をしていた。

 それからデュバリーを完全に囲んでも攻撃へと出ない。何をどう出たらいいのか躊躇している様子だ。滅多に姿を現さない魔法使いを間近にし、いきなり捕縛しろと言われても狼狽えてしまうのだろう。

 ――!!

 デュバリーはくつくつと嗤っていた。

 ――何がそんなにおかしいの?

 嫌な予感しかなかった。師達の周りの空気が凍り付いたように強張る。そして一頻りに笑い終えた後、不気味な薄ら笑いを見せた。その時、私は総身に冷水を浴びたような悪寒が走る。

 ――ポツ、ポツ、ポツ……

 空から水滴が落ちてきた。

 ――……雨?

 何処か不自然だった。雨はデュバリーや師達がいるクレーターの場所だけに降っている。それに水滴に色がついている……?

それ・・を肌に当てては駄目よ!!」

 ――今の叫び声は?

 クレーブスさんに横抱きにされながらも、身を乗り出すカスティール様の姿が目に映った。彼女は師達に向かって叫んだのだ。師達が警戒した時には遅かった。

 ――あれは……?

 師達の躯に異変が起こっていた。金色の雨に触れられたと思われる躯の部分がみるみると変色していく。

「な、なんだこれは! どうなっている!?」
「きゃああ――――!! か、躯が固まっていく!!」

 次々に師達から恐怖の叫ぶ声が飛んでくる。

 ――う、嘘!?

 彼等の躯がブロンドに変色していき、石のように固まっていく。

 ――せ、石化!?

 驚愕している数秒の間で石化は進み、あっという間に完全なブロンズ像に変わり果てた。

 ――う、嘘……そ、そんな事が……。

 ワナワナと全身が恐怖に戦慄く。数十人といた師達が瞬く間に石化したのだ! あんな僅かな水滴で上級の師達が全滅するなんて……。今起きた事がとても現実には思えなかった。

 ――これは夢だ。

 そう思いたいのに胸を強打する心臓の音が痛くて夢に思えない。戦場のような恐怖を感じさせる悪夢に、誰もが言葉を失っていた。……ただ一人覗いては。

「暗愚な君主の為に無駄死にした師達は憐れでなりませんね」
「……っ」

 デュバリーの毒のある言葉に陛下は苦渋の色を浮かべられる。

 ――石化した師達は死んでしまったの……?

 魔法を解けば息が吹き返すのではないかと、私は希望を捨てたくなかった。しかし、その願いは粉々に砕け散る。

「ふふふっ、美しいブロンズ像に仕上げて差し上げました。醜い人間は像に変えた方がよほど価値がありますよ。ですが……」

 デュバリーはカツカツと歩き出し、近くにあったブロンズ像の額を軽く人差し指で弾いた。

 ――パキパキパキッ……パリィイイ――――ンッ!!

 瞬く間にブロンズ像は割れて崩れ落ちたのだ。

 ――あっ……あっ……。

 あの像は人間だったのだ。割れてしまったら……それは「死」だ! 周りから泣き叫ぶ声がひっきりなしに轟く。そんな仲、デュバリーは徐に歩き出し、あろう事に次々とブロンズ像の額を弾いて、像を壊していった。

 ――な、何て事を!!

 デュバリーは何のてらいもなく師達の命を奪ったのだ。

「これでお分かりでしょう? どんなに優れた魔力を持っていようとも、所詮は人間。私に到底敵う筈がありません。……おや? これはどういう事でしょう? ヴィオレ以外の人間にもたらす石化魔法が、何故クレーブスには効いていないのか」

 デュバリーはギロリと嫌な視線を突き付ける。クレーブスさんは横抱きにしていたカスティール様に庇われる体勢でいて、きっと彼女に守られたに違いない。その様子がデュバリーにとって気に障ったのだろう。

「クレーブス、早くヴォオレから離れろ。オマエなんかが彼女に触れては穢れる」

 明らかな殺意が見えた。度の超えた嫉妬が恐ろしい。それでもクレーブスさんは行動を起こさない。

「ではヴィオレ、貴女がこちらに来なさい。クレーブスが殺されたくないのであれば」

 ――!!

 脅しだ。上級の師達を瞬く間に石化としたデュバリーの力は恐ろしい。そんな彼と果たしてクレーブスさんが闘って勝てるのか。それは誰よりもカスティール様がご存知だ。彼女の顔は真っ青に強張っていた。

「カスティール様、決して行ってはなりません」

 クレーブスさんは躊躇うカスティール様を守るように引き寄せた。

「いいだろう。ではクレーブス、死ね」
「駄目! 彼を死なせない! 私が貴方と闘うわっ」

 カスティールが攻撃を仕掛けようとしていたデュバリーを制止する。

「何愚かな事を言うのです? 貴女が私に敵うわけがないでしょ?」
「それでもこれ以上関係のない人間を巻き込むぐらいなら、私は闘って死を選ぶわ」
「何を馬鹿な事を。……貴女には暫くの間、眠って頂きましょう」

 ――パチンッ!

 デュバリーは耳元で指鳴らしをした。その直後にグッタリとカスティール様が頽れた。

「カスティール様!」

 慌ててクレーブスさんがカスティール様の躯を抱き直そうとする。

「何度言ったら分かる? オマエなんかがヴィオレに触れたら彼女が穢れるのだ!」

 苛烈な怒りを露わにしたデュバリーの口元から深紅色の光が放たれ、それはクレーブスさん目掛けて飛んでいく!

 ――危ない!!

 私は立ち上がって身を乗り出す。凄絶な光はクレーブスさんに激突して放散した! 眩むような苛烈な光の連続で視界が開けない。

 ――クレーブスさんは無事なの!? 彼にもしもの事があったら、ラシャさんもアクバール様も悲しむ!

 二人の悲しむ姿は見たくない! 私は目が固く瞑って願った。

「穢れるって……オマエが母上が触れる方がよっぽど穢れる」

 ――!? 今の声……?

 響いてきた男性の声に閉じていた瞼を開いた。客席の前列にカスティール様を横抱きにして立つ男性の姿が目に入った。

 ――ア、アクバール様!?





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