Please66「謎に包まれた出来事」




『海の住人についてはヴィオレに訊くのが一番だが、突然私が言い出したら、何をし出かすのかと彼女を不安にさせてしまうだろう。ここはあの友・・・に会いに行って訊くべきか』

 ――あの友?

 誰の事だろうと疑問に思った時、視界が大きく揺らめいた。

 ――!?

 驚いているのも束の間、場面が一変して小屋のような木造の部屋にフォクシー様と、もう一人……あちらは誰! 見慣れない種族の生き物がいる。美しい真っ白な毛並みと立派な鬣をもつ獣で、外貌が架空のユニコーンと似ている。

 その獣はフォクシー様と机を挟んで向かい合わせに座っていて、顔から下が人間の躯つきに似ている。何の生き物なのか。魔女の類か、それとも魔物なのか。それにしても禍々しさはなく、寧ろ清廉された雰囲気をもっている。

「久しいな、人間の王よ」

 最初に獣が口を開いた。声からして雄のようだ。

「一向に君は私の名を呼んでくれないのだな」
「必要ないからな」

 獣の口調は素っ気なく、フォクシー様との間を線引きしているように見える。フォクシー様はやれやれといった表情をなさっていた。

「私は君の事を友だと思っている。出来れば君にもそう思って欲しいのだが」

『大怪我で瀕死状態だった彼を救ったあの日から、かれこれ二十年もの月日が経つが、未だに彼は心を開いてくれぬのだな』

 ――? 瀕死状態だった獣をフォクシー様が救った?

 異種族とどういったお知り合いなのかと思っていたら、そういう経緯いきさつがあったんだ。

「そんな事よりも、わざわざここまで来た用件を訊こう」

 獣はフォクシー様の言葉をアッサリと流して本題に入ろうとしていた。

「やれやれ、聖獣の長は相変わらずのプライドの持ち主だな」

 フォクシー様は嘆息しておっしゃった。

 ――聖獣!?

 今の私に肉体があったら、マジマジと聖獣に視線を注いでいただろう。

「君は魔女や魔法使いの致命傷を知っているかい?」
「何故、そんな事を訊いてくる?」
「普通はそう訊き返すな。だが、そこは敢えて訊かないで欲しいんだ。人間に興味のない君なら、さほど気にしないと思って訊いているんだ」

 じとっと聖獣はフォクシー様を見つめる。見透かしているような鋭い視線だ。追求でもするのかと思ったが、彼は深追いをしなかった。

「あれらは心臓を突き刺すか、首の骨を折るか、或いは火炙りにして灰にするなどで死に至る。だが、それはあくまでも下級のものだけだ。上級のものは生まれもった防御の力が働き、先ほどの内容を行っても効果は無い。相手よりも魔力が凌駕していれば別だが」
「それを言ったら人間は敵わないという事か」

 魔女と魔法使いの魔力は人間よりも遥かに凌ぐからだ。

「そうだな」
「そうか……」

『やはりそうか。万が一ヴィオレがあの魔法使いに見つかるような事があれば、一巻の終わりという事か』

 フォクシー様はデュバリーに対峙した時の策を探しているんだ。

「あれらは魔物に近い性質だが、人間は聖獣われわれの性質に似ている。力だけで勝ち負けを決めつけるのは得策でないな」
「それはどういう意味だ?」

 聖獣が妙な事を言い出した。私もフォクシー様同様に意味が分からない。

「そのままの意味だ」

 相変わらず聖獣は素っ気ない。

「意味が分からないぞ」

 フォクシー様は眉を潜めて問うが、聖獣は答える気がなさそうだ。もどかしい。含みのある言い方だったし、何か重要な事が隠されているように思えた。二人の間に何とも言えない沈黙が流れる。そこに思いがけない事件が起きる。

 ――ドカァアアンッ!!

 爆発のような凄絶な音が響いた後、部屋中が煙に埋め尽くされていた。

 ――何が起こったの!? 爆発!?

 煙が霧散して私は息を殺す。小屋の屋根が派手に破壊されていた。フォクシー様と聖獣は壁際に寄り、ある一点を刮目していた。その視線の先には……何か・・が蹲っている!

 ――あれは何?

 それはよろりよろりとした動作で立ち上がった。異形な姿に私は自分の目を疑う。人肌ではない真っ白な躯、顔の形は人と変わらないようで、目鼻口のパーツが歪な形をしている。そしてチリチリとした長い髪は針金のように硬そうだ。

 ――とても人間には見えない!

「あれは何だ!」
「魔女だな」
「魔女? 何故ここに現れたんだ?」
「おおよそ迷い込んだのだろう。いやに攻撃的な気をしている。あまり賢そうではないから話し合いの余地はなさそうだな」

 慌てた様子のフォクシー様とは反対に聖獣は妙に落ち着いていた。

 ――あれが魔女……。

 確かに瞳がルビーのように真っ赤だ。でも人間のような結膜部分は無く、人とは程遠い容姿をしていて不気味だった。フラリとした無造作の動きをしながら、フォクシー様と聖獣を見つめている。剣呑な雰囲気だ。

「人間の王よ、早くこの場から立ち去った方が良い」
「君はどうするつもりだ!」
「あれを放っておくわけにはいかない」
「まさか一人で戦う気か?」
「君が相手に出来るのか?」
「それは……」

 フォクシー様は言い淀む。額から汗が滲んでいた。魔女相手に人間が適う筈がない。

「倒せそうなのか?」
「何とも言えないな。レベルは魔女の方が上のようだ」
「おいっ、君が殺られるかもしれないのに自分だけ逃げられるか」
「君が居ても足手まといなだけだ。王であればどうするべきか分かる筈だ」
「……っ」

 フォクシー様が逡巡している間にも、魔女はゆったりとした足取りで近づいていた。

「さあ、この場から立ち去れ」

 聖獣の言葉にフォクシー様は出入口へと駆け出して外に出た。しかし、彼は完全に立ち去らなかった。小屋から少し離れた場所で様子を窺っていたのだ。私も聖獣と魔女の様子が気になったが、場面がフォクシー様のままで切り替わらない。

 その内に小屋から耳を疑うような打擲音が響くようになる。そして凄絶な音と共に吹き抜けている天井から何重もの光が放散される。聖獣と魔女の闘いが始まったんだ。不安しかない。

 聖獣は大丈夫なのだろうか。レベルは魔女の方が上だと言っていた。それなのに彼はフォクシー様だけを逃して自分は闘いに挑んだ。私とフォクシー様の心配が渦巻く中、皮肉にも闘いは激しさを増していった。

 形容し難い魔女の奇声が恐ろしい。さらに屋根のみならず壁側もいくつもの大きな損傷が出ていた。見るに堪えない小屋の姿に目を瞑りたくなるが、意思に関係なく逸らす事が出来ない。

 フォクシー様は何度も小屋の方に行こうと躊躇って思いとどまるを繰り返されていた。聖獣が心配でならないのだろう。普通であればとっくに逃げてしまうであろうが、彼に逃げる選択肢が入っていない。それだけ聖獣が大切なのだろう。

 不安が募る一方で小屋の殆どは吹き飛び、核爆発が起きたような巨大な煙が空に向かって形を作った。とんでもない光景だ。聖獣は無事なのだろうか! 徐々に煙が薄まっていくと、無残な姿となった小屋の中には聖獣も魔女の姿も無かった。

 ――まさかさっきの爆発で跡形もなく……。

 今の私の感情はフォクシー様の姿が現していた。「絶望」だった。じわじわと押し寄せる絶望の闇を前にして異変が起きる。

 ――ドンッ!!

 フォクシー様がいる数十メートル先に聖獣と魔女が落ちてきたのだ。聖獣が生きている事を安堵したのも束の間、彼は魔女に組み敷かれて首を絞められていた! 聖獣の苦痛の声が響く。

「ホーリー!!」

 フォクシー様が聖獣と魔女の元へと駆け出す。そのタイミングで突如、魔女が喉元に手を添えて苦しみ出す。聖獣の事は気にも出来ず、本格的にもがき始めた。

 ――な、何が起こったの!?

 聖獣の方はドカッと魔女の躯を蹴り飛ばし、乱れた呼吸を整える。

「大丈夫か! ホーリー!」

 フォクシー様が聖獣の背中をさすって声を掛ける。

「……問題ない」

 聖獣は多少顔を顰めているが、大事には至らない様子だ。良かった。

「突然、魔女はどうしたんだ?」

 魔女はうずくまって酷く喘いでいた。あまりに苦しいからか、自分の顔や手を爪で引っ掻いて緑の血を噴き出していた。叫ぶ声も恐ろしい。その光景はとても悍ましかった。

「我々聖獣がこの土地を選んで棲んでいるのは意味がある。この森は全体的に酸素が多い。人間の躯にはさほど影響がないが、酸素の薄い海底に棲む魔女は酸素中毒を起こす。加えて多くの魔力を放ち、無駄に酸素を吸い込んだ為、呼吸困難に陥ったのだろう。あれは魔力の回復の前に命を絶つ。魔力のレベルでいえば相手の方が上だが、賢くない魔女で助かった」
「もしやわざと魔女に魔法を使わせていたのか?」
「そうだ。これで分かったであろう? 魔女や魔法使いが魔物よりの性質に近いといった訳が」
「いきなりそこに話が飛躍するのか。残念だが私にはさっぱり……あ、いや」
「……どうやら分かったようだな」
「あぁ、君はまだ可能性があると言いたかったのだな」

 ――え?

 二人のやり取りを聞いていた私だが、私にはさっぱりと分からない。でもそれがとても重要な事のように思える。この記憶は何かを私に訴えている。

「ギィァアアアア――――――!!」

 答えを探ろうと思案するよりも、魔女の断末魔のような叫び声に意識を取られて何も考えられなくなり、間もなくして魔女はパタリと動かなくなった……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

「……殿下、レネット妃殿下!」

 ――はっ!

 耳元で大きな声で呼ばれて私は記憶の世界から現実へと引き戻された。

「妃殿下、ボーッとどうなさったのですか」
「え? 今のラシャさんも見ていたんじゃないの?」
「今のって何でしょうか?」

 ラシャさんは何の事やらと首を傾げている。

「……ラシャさんには見えていなかったの? 今、フォクシー様の記憶を見ていたの」
「え! フォクシー様って前国王陛下ですよね! 本当ですか!」
「えぇ、本当よ」
「えっと妃殿下、ちょっと失礼致します」

 ラシャさんは慌てた様子で私の腕をギュっと掴む。

「はうっ」

 ラシャさんが弾かれたように私から腕を離した。

「大丈夫?」
「はい。妃殿下の記憶に触れようと思ったのですが、遮断されてしまいました。妃殿下、今ご覧になった記憶をお教え頂けますか」

 ラシャさんにお願いされて私は今の出来事を話した。

 ……………………。

「魔女や魔法使いは魔物に近い性質だけれど、人間は聖獣の性質に似ている。ここにフォクシー様が伝えたい事が隠されているような気がしてならないの。もしかして聖獣がいる森に魔法使いを連れ込めば、倒せるのかしら」
「うーん、下級の魔女なら倒せるかもしれませんが、あの上級の魔法使い相手だと、どうなのでしょう。弱点の森に近づかないかもしれませんし、もし連れ込めたとしても、酸素中毒で倒れる事はないかもしれません」
「そ、その通りね」
「そちらの件は私も考えてみます」
「有難う。そして今は引き続き、隠し通路が何処の部屋に繋がっているのか確認しましょう」

 それから私達は急いで他の部屋を調べ上げた。残りの部屋はすべて私室に繋がっていた。ラシャさん曰く、国王から二等親辺りの親族の部屋だろうと。そして最奥の扉は城外へと繋がっていた。

 水路なども通ったりして冒険したが、結局地下牢獄に繋がる道はなかった。結果を得られなく私は落胆する。フォクシー様の件も気になっていたが、今は一刻も早くアクバール様達を助ける手段を考えなくてはならないのに。

 ――本当にどうしたらいいの!?





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