Please65「救いの手を求めに」




 恐怖のあまり固く目を瞑っていた。ところが徐々に光が差し込まれ、恐る恐る瞼を持ち上げてみると……?

「これは出入り口の扉です! 何処かのお部屋に繋がっているようです」

 ラシャさんは私から離れて扉の向こうに足を踏み入れた。続いて私も扉を潜る。

 ――!!

 部屋を見た瞬間、息を凝らした。身に覚えのある豪奢な部屋だったからだ。

「ここはヴォルカン陛下の私室だわ」
「え? ……そういえば随分と豪奢なお部屋ですものね」

 フムフムとラシャさんが納得する。いきなり陛下の私室に出たのは毒気を抜かれた。陛下と話がしたいとは思っていたけれど、この部屋に入るのはマズイわよね。闖入者として罰せられてしまう。そう危惧していたのに……。

 ――カツカツカツ。

 突然靴音が聞こえ、誰かがこちらへと近づいて来る。私とラシャさんは急いで隠し通路へ逃げ込もうとしたが、その前に靴音の人物が現れてしまった。

 ――!!

 私とラシャさんは凍ったように固まる。

「君は……」

 相手も私達の姿を目にすると、酷く表情を強張らせていた。この豪奢な部屋に相応しい主の……。

「ヴォルカン陛下……」
「何故君達がここに? いやどうやってこの部屋に入った?」

 陛下は難詰するというよりも、純粋に驚いてる様子だった。そして私が返答に詰まっている間に気付かれてしまう。

「隠し通路か」

 私とラシャさんの背後にある全身鏡がずれて道を開いている事に。

「そうです。秘密の通路を使ってここへと来ました」

 私は弁解せずに正直に答えた。露骨に隠し扉が開いていては言い訳も出来まい。

「ここに来た理由は何だ?」

 冷静に陛下から問われる。高圧的なオーラは一切なかった。

「それは……」

 私は視線を巡らせる。すぐに要望を口にしたいが、ここにいるのは陛下だけなのだろうか。万が一魔法使いがいたりでもしたら?

「今この部屋に居るのは私だけだ」

 私の懸念を陛下は察して下さったようだ。私はここぞとばかりに要望を口にした。

「お願いがあって参りました。陛下、どうかアクバール様達をお救い頂けませんか!」

 すると陛下は半眼となって厳しいお顔に変わる。

「それは出来ない」
「な、何故ですか! このままではアクバール様達は処刑されてしまいます!」

 陛下はアクバール様達を助けたいとはお思いにならないの!?

「私が勝手な事をすれば、テラローザ……魔法使いが即アクバール達の命を奪ってしまう。その為、手を尽くす事が出来ないのだ」

 陛下は瞼を閉じてお答えになった。

「そんな……」

 魔法使いは陛下を脅して動きを封じている。これではお力を借りる事が出来ない。

「済まない。アクバール達を助けたい心は君と同じだ。だが、私の行動一つで彼等の命を絶たせるわけにはいかないのだ」

 陛下もどうしようもなく苦しんでいらっしゃる。魔法使いはアクバール様達を魔女一味と晒して牢獄へと閉じ込めた。それをやる彼であれば本気で命まで奪うだろう。でもこのままでは処刑の日を待つだけになってしまう。

 ――どうしたらいいの? どうしたらアクバール様達を救えるの?

 脈動が速く走り、クラリと眩暈がしてきた。

「妃殿下、お顔色が良くありません。この辺で退室致しましょう」

 ラシャさんに躯を支えられ、余儀なく退室を言われる。

「でも」
「これ以上は陛下もお困りになります」

 尤もな言葉で返され、私はシュンと眉根を下げる。私はラシャさんの言葉を甘んじて受け、ここから去る事にした。

「力になれなくて済まない」

 ここを立ち去る前、背中に向かって陛下の悲痛の声を最後に耳にした……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

「妃殿下、具合は大丈夫でしょうか」

 再び秘密の通路に入ってすぐにラシャさんから問われた。

「えぇ、大丈夫よ。それよりもラシャさん、この秘密の通路は他にどの部屋と繋がっていると思う? この通路を使ってアクバール様達を助けに行く事は出来ないかしら?」
「うーん、普通に考えて、この通路が地下牢獄と繋がっているとは思えませんね」
「そうよね。でも表立って助けに行けないのだから、この通路を利用出来ないかしら。力を貸して貰えない?」
「妃殿下……。やれるだけの事は尽くしますが、まずはこの通路が他とどう繋がっているのか調べる必要がありますね」
「そうね。このままもう少しだけ調べてみましょうか」
「分かりました。では調べてみましょう」

 それから私達は壁に手を添えて進んでいく。暫くすると、また指先に熱を感じる箇所があり、覚悟して紋章に触れた。紋章が赤色に光って浮かび上がり、ギギギィと扉が開く音が響く。私達は息を潜めて扉の先へと足を踏み込んだ。

「ここは……?」

 目の前に広がるのは意外にも……

「ひょえ! ここは王族が眠る霊園です!」
「霊園? ……墓地なのね」

 手入れの行き届いた芝生の上に立派な墓石のプレートが並んでいる。花々が植えられたまるでガーデニングのような霊園だ。

「ここを出口の一つとするのはあまりにも意外ね」
「そ、そうですね」

 何故かラシャさんの声は震えていて恐々としている。

「ラシャさん、どうしたの?」
「はい、あまり墓地が得意ではありません。お化けとか幽霊とか苦手なんです」
「怖いところに申し訳ないのだけれど、この場所から地下牢獄に行ける事はないかしら?」
「残念ながら全く別方向で行けませんね」
「そう、そしたらここは関係ないわね」
「はい、別の場所を探しましょう!」

 ラシャさんはそそくさと秘密の通路に戻ろうとしたが、

『っ…………っ…………っ…………』

 突如何か物音が聞こえた。音というよりも声に近かった。

「ラシャさん、今の声何かしら?」
「声ですか? 何も聞こえなかったですよ?」
「頼りない細い声だったから聞こえづらかったのかもしれないわ」

『っ…………っ…………っ…………』

「あ、また聞こえる」
「え? 私には全然聞こえませんよ!」
「?」

 私は背後へと振り返ると、霊園の敷地で最も華やかな場所に目が留まった。そこが妙に白くキラキラと光って見える。

「ラシャさん、あそこは何? 光っているわ」
「え?」

 ラシャさんはヒョコッと顔だけ覗かせて、私が指差す方向を見遣る。

「あそこは歴代の国王陛下達が眠る墓石です」
「光っているのは何? 陽射しの光とは違うわよね? 存在を際立たせる為の魔法でもかけられているの?」
「え? 何も光って見えませんよ?」
「そんな筈はないわ」

 私の目には燦々と輝く白い光が見えているもの。

 ――あ そ こ に 何 か あ る

 そう直感的に思えて、私はその場所へ足を運んでいた。

「わわっ、妃殿下、お待ち下さいませ!」

 背後からラシャさんの慌てた声が聞こえたが、私の視界は輝くあの場所一点だけを向いていた。

「ひ、妃殿下、急にどうなさったのですか!」
「声と光に呼ばれているような気がしてならないの」
「ひょえ! それはこの上なく危険です!」
「どうして?」
「お化けとか幽霊に誘われているという事ではありませんか! 近づいたらあの世に連れて行かれます! 絶対に駄目です! 危険です!」
「そんな危険な感じはしないわよ」
「ひ、妃殿下!」

 必死で止めるラシャさんをよそに私はズンズンと進んで行き、目的の場所へと着いた。ラシャさんは私の背中にしがみついて震えていた。思った以上に怖いようだ。気の毒に思いながらも、私はプレートから目を外せなかった。

 高級花のシャモアや国花のデルファイアが飾られ一番華やかに飾られている。そしてプレートには「フォクシー・ダファディル」と名が刻まれていた。これはアクバール様のお父様のお墓だ……。

『逢いに来てくれたのか。我が…………と…………達よ』

 ――え?

 とても優しい声色をした男性の声が聞こえた。

「妃殿下、どうなさなったのですか!」

 知らない内に私は涙が零れ落ちていた。今までに感じた事のない高揚、歓喜、感動といった気持ちに打ち震えていた。

「自分でもよく分からないの。でも全身が嬉しさいっぱいで震えるの」
「妃殿下……?」

 ――お義父様……。

 私は無意識の内にプレートに手を伸ばしていた……その瞬間、身に覚えのあるあの感覚・・・・に襲われる。

 ――これは……記憶に触れる時の……?

 脳内に凄まじい映像と情報量が流れ込んでくる。この記憶は……?

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 ――ここは?

 ふわふわとした感覚で夢を見ているような心地だった。視界いっぱいに広がるエメラルドグリーンの海を目にして、意識が吹き飛ぶ。

 ――凄い、本物の海だ。

 初めて目にした。それが記憶が見せる映像だと思っても、エメラルドの宝石を溶かしたような光り輝く海が色鮮やかに瞼へと焼き付く。そして目の前には島の展望台で海を眺める男女の姿があった。

 男性は何処かで見た事がある方で、彼の隣には煌々と輝く艶髪をもつ女性が……あれはカスティール様だ! 今よりも若い。これは彼女の記憶? でも私は彼女に接触していない。私は目の前の二人に目を凝らす。

「懐かしいかい?」
「えぇ、そうですね」
「今でも君には悪い事をしたと思っている。君には君の世界があったというのに、私は君を自分の許へと留めてしまった」
「私は自分の意思で離れる事にしたのです。私の幸せはフォクシー様にあります」

 ――フォクシー様? ……アクバール様のお父様!

 何処かで見た事がある方だと思ったら、前国王のフォクシー様だ。首都で暮らしていた幼い頃、パレードなどのイベントで見かけた事がある。温かみのあるマホガニー色の髪と双眸をもち、今のアクバール様と年齢が変わらなさそうだが、既に国王として威厳がある。

 そして少しだけ雰囲気がヴォルカン陛下に似ているけれど、フォクシー様の方が顔立ちが精悍で内面の厳しさを感じさせる。でもカスティール様に向ける眼差しはとても柔らかく、愛情が滲み出ていた。

『カスティール……ヴィオレが魔女である事は墓の中まで持っていくつもりだ』

 ――この声はフォクシー様?

 彼の心の声が脳内の中に流れ込んできた。

『だが、どうしても拭えない懸念がある。あの魔法使いの事だ』

 ――魔法使い……デュバリーの事だ。

『あれほどヴィオレが異常に怯えていた魔法使いだ。よほど彼女に執心していたのだろう。その彼が素直に諦めているとは思えない。今はヴィオレの強力な結界によって魔法使いに存在を知られていないが、いずれは……と恐れる気持ちがある。

 その時は間違いなくヴィオレは攫われる。海の世界の王者と言われるほどの力をもった魔法使いだ。どんな優秀な人間の魔導師でも敵わないだろう。それに下手な闘いで血が流れるぐらいであれば、ヴィオレは自ら魔法使いの許へと行くだろう。

 今となって私は彼女を手放すなんて考えられない。それだけ私は彼女を愛している。その気持ちは魔法使いも同じだろう。万が一の事があった場合、彼女を奪われずに済むにはどうしたら良いのだろうか』

 切実な思いが伝わってくる。カスティール様を奪われるのではないかという恐怖、そして何か手立てはないかと必死な思いだ。きっとフォクシー様もカスティール様もずっとこの恐怖を抱えて生きてきたのだろう。

 ――それから私は思がいけない出来事を目の当たりにする。





web拍手 by FC2


inserted by FC2 system