Please62「狂気じみた執愛」―Akbar Side―




 オレの核心なる問いにテラローザは不敵な笑みを浮かべる。

 ――この不気味な感じ……。

 もう二十年もの歳月が経つが、戴冠式の日にデリュージュ神殿に現れた魔法使いアイツと同じ気を感じた。やはりコイツがオレに呪いをかけた張本人だ。オレの睥睨にも奴は全く動揺せず、薄気味悪い笑みを深める。

 母上・・に続いてコイツの記憶も決して触れる事が出来なかった。すなわちコイツも重要な事を知っている人物だと言える。そもそもコイツはオレが王宮に帰還した時、真っ先に目の前に現れた。それもタイミング良く……。

『王宮に入ってここまでで、何か気付いた事はあったか?』

 あの日、オレはこうクレーブスに問うた。

『えぇ、二点・・ほど』

 そうクレーブスは答えた。共に同じ所に違和感を覚えていた。一つ目はテラローザがオレに見せた態度だ。突然オレが帰還したにも関わらずコイツは妙に落ち着いていた。アイツ以外の人間はオレの姿を見ると驚き、酷く動揺していたというのに。

 叔父上でさえもだ。にも関わらずコイツだけは冷静だった。だから予めオレの帰りを知っていたのではないかと疑った。同時に魔法使いと直接関りがあるのではないかと、訝しんでいた。

 そして二点目は母上の様子だ。オレの帰還を喜んでいた一方で酷く怯えていた。あれは叔父上に対してではなく、魔法使いに知れる事を恐れていたのだ。オレを僻地に送る事で母上なりにオレを守っていたからな。

「これはこれは貴方達は私が丁寧に忠告して差し上げたのにも関わらず、真実を知ってしまったようですね」

 ――この声、テラローザの声ではない。魔法使いアイツだ。

 奴はグルリとオレ達に視線を巡らせ、そしてレネットに視線を留めた。

「レネット妃殿下、私は忠告した筈ですよ」

 レネットがビクンッと震え上がった。オレは透かさず彼女を背にして魔法使いと対峙する。それに構わず、奴はまだ戯言を続ける。

「真実を知った時、すべてが終わる。そして貴女は王太子を失いますよと。貴女はそれをお望みになったのですね」
「何を勝手な事を言っているの!」

 レネットは震えながらも魔法使いの前に顔を出して憤った。奴は実に愉しげだった。

「真実を知ったのでしょう? カスティール様の素性は海底で生きる魔女です。本当の名はヴィオレ。そして彼女の子であるアクバール様は紛れもなく魔女の血を受け継いでおられる。それは大変問題がございますよね? この人間界で魔女が生きられるとお思いですか?」
「それは……」

 レネットは答えられなかった。同じくオレも問われれば答えを窮する。魔女や魔法使いと人間には確執がある。魔物の増加によって人間は危害を加えられ、その影響で魔物と容姿が見紛う魔女達が人間に討伐される事故がある。

 魔女達は海底に身を潜めるようになったが、時折地上に現れては人間に牙を剥けるケースもある。人間側も魔女達を敵と見做していた。それがよりによって王族の中に魔女とその子供が存在しているなど、国を揺るがす未曾有の出来事だ。

「だからか? オマエが言っていた真実を知ればオレが死ぬと言ったのは?」
「えぇ、そうですよ。貴方達の問題だけでは済みませんでしょう? これはこの国全体の問題です。さぞ他国からも信頼を失い、この国は瞬く間に地へと堕ちるでしょう。これはヴィオレと陛下の落ち度ですよ。約束を違えた罪を受けて頂きます」
「オマエ、殺されたいのか?」

 今すぐにでもコイツの息の根を止めてやりたい。いけしゃあしゃあと叔父上に協力してもらったなど反吐が出る。

「いきなり何ですか? 物騒ではありませんか。仕方ありませんね。この際ですので、すべてをお話して差し上げましょう。何も知らないまま命を絶つのは不本意でしょうから」

 魔法使いはパチンと指を鳴らした。その瞬間、真っ暗闇となった。隣に立つレネットがオレにしがみつく。彼女の躯はガクガクと震えていた。その時、人が立つ場所にだけライトが当てられた。異様な状況にオレはレネットの躯を支える。

「周りの景色を遮断しました。これで誰にも邪魔されずに、ゆっくりと話が出来ます。まずは私とヴィオレについて話しましょうか。私達は海底に棲むと魔法使いと魔女です。海底は人間界のように力の強い者が統べる馬鹿げた世界ではありません。そもそも力の弱い者は強い者に干渉しないよう、上手く本能が働き、それぞれが自由に暮らしています。とはいえ、強い力の存在は自然と知られます。私とヴィオレは最もな魔力をもつ四天王の二人でした」

 四天王……そう呼ばれるほど、コイツと母上の魔力は相当大きいのか。

「ヴィオレは魔力だけではなく美しさにも優れており、海の世界でも大変人望がありました。私も彼女に強い憧れを抱いており、心底彼女が欲しいと願っていました。こんな人間臭い下卑た感情を持つなぞ、悍ましい何ものでもありませんが、それでも私はヴィオレを手にしたかった」

 魔法使いの視線は母上へと注がれる。その瞳は情熱の炎を宿していた。

「ヴィオレを独占しようとした時、残りの四天王の二人から思わぬ攻撃を受けました。どうやら彼等も私と同じようにヴィオレに恋慕を抱いており、激情に駆られたたようです。彼等と戦いの結果、見事私は勝利を治めました」

 魔法使いは満足げに語る。仮にも仲間を殺したというのに気が狂っている。その狂気に母上は耐えられなかったのだろう。

「あ、貴方は狂っているわ!」

 母上から非難の叫び声を上げる。

「何をおっしゃるのですか。私と彼等を狂わせたのは貴女ですよ、ヴィオレ」
「人のせいにしないで!」

 母上はワナワナと怒りに震え上がる。目の前の魔法使いは母上に執着している。狂愛、執愛、渇愛、そういった悍ましい愛情。恐怖の何ものでもない。

「私は事実を申しているだけですよ。……話の続きを致しましょう。邪魔な四天王の二人を始末し、やっとヴィオレは私のものだけとなりました。私は日々、彼女をそれは大事に大事に愛でていたのですよ」
「私は彼に監禁されていたのよ!」

 ――なんだそれは? 監禁……有り得ないぞ。

 腸が煮えくり返る。こんなおかしな奴に母上は監禁されていただと?

「母上はコイツから逃げ出して人間界ここへと来られたのですね」
「そうよ。逃げ出したくても逃げ出せなかったのだけれど、ある日機会が訪れた。シュヴァインフルト国の王族を乗せた客船が不慮の事故を起こしたの。普段は人間界の事故は気にも留めないのだけれど、多くの王族を乗せていたせいか、人命救助に大規模な魔術が放たれていた。人間が私達の世界に攻め込んできたのではないかと危惧し、魔法使いデュバリーは様子を見に私から離れた時があったの」
「その隙に貴女は見事に逃げましたね」
「当然よ。私は囚われの身ではないもの」

 母上は軽蔑の眼差しを魔法使いに送る。

「海底の世界では何処に居ても、いずれデュバリーに見つかってしまう。だから私は事故を起こした人間界へと逃げ込んだ。地上に出た時、海の上で気を失っているフォクシー様を見つけたの。息がある彼を急いで助けた」

 確かに三十五年前に父上を乗せた豪華客船が不慮の事故で爆発を起こしたと聞いた。海へ投げ出された父上だが、運良くある島へ流れ込んで助かったそうだ。実際は母上に助けられていたのか。それが二人の本当の出会いなわけか。

「ある島に運び込んで、私はすぐにフォクシー様の許を離れようとしたの。けれど、彼は思ったよりも深い傷を負っていて治療が必要だった。だから私は治癒魔法をかけて回復させたの。でもその時の私は精神的に弱っていた事もあって魔力を注いだ後、気を失ってしまった。目覚めた時、フォクシー様は私を気遣いながらも状況を問われた。自分は大怪我をしていた筈が傷の一つもないのは私が治癒したのではないかと。私は自分が魔女だと悟られないよう、必死で誤魔化したのだけれど、すぐにバレてしまったの」
「それで父上は母上を嫌悪なさったのですか?」

 その頃はまだ魔法使いや魔女達は自由に地上へ来ていた時代だ。とはいえ警戒されている存在だ。

「いいえ、フォクシー様は私に嫌悪感を抱かず、命の恩人だと真摯に対応して下さった。私は彼の優しさに海底の世界に戻れない事情を話したの。すると彼は私の事を面倒みるとおっしゃってくれた。人間界で生きる術を知らない私は彼の優しさに縋ったわ」

 魔法使いは顔を歪ませていた。愛する母上から父上の話が出て、さぞ不快極まりないのだろう。

「暫く私はフォクシー様の許で過ごし、時を経て彼の寵愛を受けるようになったの。私も彼と同じ想いを抱いていたから、素直に愛を受け入れた。でも私は魔女。人間界では受け入れられない存在。それでも私はフォクシー様と離れたくなかった。だから私は禁忌を犯す覚悟を決めたの。自分と容姿の似たある侯爵貴族の記憶を操作して人間界に祖国を作ってしまった」

 なるほどこれで腑に落ちた。オレはずっと祖父上も祖母上も母上と血が繋がっているのに、どうも他人のように感じていた。その違和感を確認したくて、少し前にオレは母上の祖国に行って来たのだ。やはり祖父上達は赤の他人だったわけだ。

「それは私とフォクシー様の二人だけの秘密だった。その後、私は彼の正妃として迎えられ、やがて貴方が生まれた」

 母上はオレを見ると微かに微笑む。

「嬉しかった。人間と魔女の子供が生まれる事はほぼ奇跡に近い。授かる事が出来て私もフォクシー様も涙して喜んだ。愛する人と彼との子供と一緒にずっと幸せに暮らしていけると思ったわ。でもアクバールが成人する前にフォクシー様は帰らぬ人となってしまった。私は悲しみのあまりデュバリーに居場所を知られない為の結界が弱っていた事に気付かなかった」
「知らぬ間にコイツが目の前に現れたというわけですね。その時の出来事は記憶に触れて見ました。有り得ませんね、あれは完全に脅しです。母上と叔父上はずっとコイツの掌で踊らされていたわけですよね」
「そうよ。アクバール、貴方には謝り切れない事をしたわ。デュバリーの呪いで二十年もの歳月を苦しませてしまったもの」
「オレは魔女の血筋があるのですか? 魔力など皆無の筈ですが」

 生まれてから一度も魔術など使った試しがない。クレーブスですらオレには魔力など無いと言い切ったぐらいだ。

「貴方の魔力は私の力で封じているの」
「そんな事まで出来るのですね。仮の家族を作る為に記憶を操作されたように、ヴェローナとバレヌの記憶の一部を抜いたのは母上ですか?」
「それは私ですよ」

 答えたのは魔法使いだった……。





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