Please60「幻想的な世界で握る鍵」




「これは凄い……」

 広間ホールの大扉を開かれた時、別世界へと飛び込んだような感覚が訪れた。目の前には淡いエメラルドブルーの世界が広がっていた。私はアクバール様と腕を組んで、一緒に中へと進んで行く。

 燦然と輝くシャンデリが青い幻想的な光彩を照らす。加えてステンドグラスからもブルーの神秘的な光が差し込み、描かれている海の生き物は特殊な魔術で躍動的に泳いでいる。広間全体があたかも海の中にいるような空間となっていた。

 宮廷楽師団が奏でる音楽は祝宴会の時のような華やかな音色ではなく、ウットリと耳に残る落ち着いた優雅な曲だ。凪いだ海を連想させる。実際に海を目にした事のない私はかなり高揚としていた。

「海をテーマにされているので、青系のドレスが良いとおっしゃったのですね」
「まぁな」

 私達が着ている盛装はお互い青みを帯びたデザインのものだ。私はチュールレースに刺繍の小花を散らしたパステルカラーのドレスを着て、髪は左サイドに纏めて前へと流し、主役よりも華美にならない宝飾品を着けていた。

 隣に並ぶアクバール様も青を基調とした盛装姿で、周りの人達も殆ど青系のドレスが多い。今日の為だけに作られた特別な空間で、今日はカスティール様のバースデーパーティが開催されていた。

 ――私がこのパーティを知らされたのはほんの一週間前の事だった。

「え? 一週間後にカスティール様のバースデーパーティですか? と、突然ですね」

 公務から戻って来たアクバール様を迎えると、すぐに告げられた。

「いや、だいぶ前から王宮のイベントとして開催される行事なんだが、色々とあり過ぎて知らせるのが遅くなった。済まない」
「そ、そうですよね」

 私達の周りであまりにも色々とあって失念してしまうのも無理もない。

「パーティと言っても他国の人間は招かず、内輪だけで行う。ダンスをする必要もないしな。当日までにドレスや宝飾品を選んでおけばいい」
「分かりました」
「それで時間が無い中、悪いんだが折り入って頼みがあるんだ」
「なんですか?」

 アクバール様の改まった様子に、私は目を瞠る。

「一緒に母上のプレゼントを探して欲しい」
「プレゼントですか?」
「物は何にするか決めているが、あとはオマエの感性で決めて欲しい」
「わ、私にはそういったセンスはありませんよ!」

 私は眉根を下げてやんわりと無理ですアピールをする。

 ――ましてやプレゼントする相手がカスティール様だもの。喜んで貰える物が選べるか分からない。

「オマエが選んだものなら母上は何でも喜ぶ。あまり深く気にするな」
「それは……」

 ――間違った解釈ではありませんか?

 そう口元から零れそうになった。私よりもアクバール様が選んだという話にした方が、カスティール様もお喜びになるかと思うけれど。そんな本音は言えず、私は素直にプレゼント探しに頷いた。

 それから三日後に私はアクバール様と街まで下りて品物を選びに行き、無事に目当ての物を購入した。私にはおったまげる金額のプレゼントだけど、高価なものだけあって本当に美しい。カスティール様も喜んで下さるだろう。そしてパーティ当日がやってきた。

「内輪だけなのにかなり豪華ですね」
「そうだな。思ったよりも凝っている」

 意匠を凝らした内装も素晴らしいが、中央に並べられている料理も素晴らしい。海鮮料理をメインにして作られた料理はすべて大国オーベルジーヌの美しい海から直に手に入れた一級のものばかり。

 シェフをわざわざオーベルジーヌ国から呼んで作ってもらい、この国とはまた違った段重ねの盛り付けは見事な腕前。周りから聞こえる驚嘆の声も凄い。それだけこのパーティが大事にされているのが分かる。

 ――主役のカスティール様は?

 仄暗い広間をグルリと見渡す。その時、ある男性と目が合ってしまい、心臓が嫌な意味で跳ね上がった。相手は鋭い視線で私を睨んでいる。

 ――テラローザさん……。

 この間、ヴォルカン陛下と接触してから、テラローザさんは私と顔を合わせると露骨に顔を顰めるようになった。元々良い顔はされていなかったけれど……。私はサラリと彼から視線を逸らす。

「レネット?」

 私のちょっとした変化にアクバール様が気付いたが、私は笑顔で誤魔化した。それからカスティール様の姿を見つける。数人の大臣達と談笑なさっていた。今日のカスティール様は一際華やかでお美しい。

 アンティークレースをあしらえたライトブルーのフェミニンドレスは、この仄暗い空間で星を散りばめたように煌めく特別な素材を使用されていた。合わせて緩く波打ったプラチナ髪は艶やかで美しい。さすが今日の主役なだけあって存在感が大だ。

「レネット、母上の所へ行くぞ」
「はい」

 アクバール様に促されて、私は彼と一緒にカスティール様の元へと向かった。

「母上」

 アクバール様はカスティール様にお声を掛けると、彼女は談笑を中断して私達の前に来て下さった。

「母上、誕生日おめでとうございます。素敵な一年をお過ごし下さい」

 私はアクバール様に重ねて祝いの言葉を述べようとしたが、それよりも先にカスティール様がアクバール様を抱き寄せた。

「母上?」

 いきなりの事でアクバール様も驚いている。

「嬉しいわ。今年は貴方から直接祝いの言葉をもらえて」

 カスティール様は小刻みに震えていた。心の底から喜んでいるのが伝わる。この二十年の間、アクバール様と離れていらっしゃったものね。

「大袈裟ですよ、母上」

 とは言いつつも、アクバール様も破顔して嬉しそうだ。

「大袈裟ではないわ。私にとっては幸せな事よ」

 アクバール様はカスティール様をギュッとすると、彼女の躯をそっと離した。二人が離れると、私は祝いの言葉を伝える。

「カスティール様、おめでとうございます。新しいお年も幸多き日々でありますように」
「レネットさんも有難う」

 カスティール様は美しい笑顔で返して下さった。

「今日の広間ホールは幻想的でとても素敵ですね」

 私の言葉にカスティール様の目を細められる。

「そうね、海をテーマに装飾されたようね」

 そうお答えになったカスティール様の目が何処か遠くをご覧になっている。故郷を偲ぶような切な気な眼差しだ。

 ――どうなさったのだろう……?

 私はじっとカスティール様の表情を見つめていたが、

「母上、プレゼントを用意致しました」

 隣に立つアクバール様は早速本題・・に移り、私はゴクリと喉が鳴った。

「まぁ、そうなの? 今ここで貰えるのかしら?」
「はい」

 アクバール様はニッコリと鷹揚に答えた。いつの間にか私の横にはクレーブスさんが立っていて、プレゼントを渡される。アクバール様に視線を送ると、彼はコクンと頷いた。手の中には瑠璃色の宝石箱がある。中にはアクバール様と選んだプレゼントが収められていた。

「アクバール様と私で選びました。お受け取り頂けますか」

 カスティール様は笑顔で受け取って下さった。

「有難う、嬉しいわ。この場で開けてもいいのかしら?」
「えぇ、勿論です」

 カスティール様はパカッと宝石の蓋を開けられる。プレゼントを目にした瞬間、彼女は感嘆の声を上げた。

「凄く綺麗」

 プレゼントは大粒の琥珀色ストーンのネックレスだ。銀色のメレストーンが煌々と輝き、メインの琥珀色ストーンの立体を高めている。メインの石は珍しいグラデーションとなっていて大変目を惹く。女性の白い肌を華やかに飾るゴージャスな代物だ。

「カスティール様、私がお着け致します」

 私は手を伸ばして合図を送る。

「まぁ、すぐに着けても良いの?」
「勿論です」
「今日は胸元が少し侘びしいと思っていたの。もしかしてこのプレゼントがあるから、侍女は敢えてネックレスを着けなかったのね」

 ――ここからが勝負・・・・・・・だ。

 私はゆっくりゆっくりとした動作でネックレスを着ける。

「母上、とてもお似合いですよ」
「そう? とても嬉しいわ」

 私が着けている間、アクバール様がカスティール様と会話がなされる。

「母上、これからも毎年・・王宮こちらでプレゼンをお渡しします」
「……え?」

 カスティール様の躯が僅かに震えた。背後からでも彼女が強張った様子が伝わる。私は静かに二人の会話を耳にする。

「これ程まで母上に喜んで頂けて、オレもとても嬉しく思っております。そうだ、母上にもう一つプレゼントがあります」
「まだあるの? 何かしら?」

 アクバール様は含みのある笑みを見せる。

「はい、近い内に必ずオレは王座に就きます」
「え?」

 カスティール様の動きが強張る。

「それがもう一つのプレゼントです。今後はもうそのように・・・・・怯える事もなく、安心して誕生日を迎えられる事をお約束しますよ」
「あ、貴方は何を言って……」

 ワナワナと震え上がるカスティール様の緊張が伝播してくる。

「母上、貴女と叔父上は何から・・・オレを守ろうとなさっているのですか?」
「な、何を……」

 カスティール様が問われた時、ぶわっと視界に靄が現れ、それはみるみると広がっていった。私は大きく息を呑む。

 ――本当に来た・・・・・

 カスティール様の祝宴会があると聞かされた時、私はある計画をアクバール様から持ち出されていた。

「レネット、オマエに母上と接触してもらいたい」
「そ、それは何故ですか?」

 カスティール様と聞いて私は動揺を隠せずにいた。東屋で会ってから彼女に苦手意識がある。

「それは……オマエが母上の記憶に触れられる可能性があるからだ」

 とんでもない言葉が返ってきて私は激昂する。

「そ、そんな事! わ、私が魔女ではないとおっしゃって下さったではありませんか!」

 今のアクバール様の発言は遠回しに私が魔女だと言っているようなものだ!

「勿論、魔女だと思っていない。オレとクレーブスは誰かがオマエを使って真実を見せようとしているのではないかと考えている」
「え?」

 ――誰かが私を使って真実を?

 そ、そんな事があるの?

「あくまでも憶測だ。その誰かも見当もついていない」
「で、ですが、必ず私が記憶に触れられるとは限りません」
「出来なかったら出来なかったで構わない。ただオレは少しの可能性にでも賭けたいんだ」
「……分かりました。では私はどうのようにしてカスティール様に接触すれば宜しいのでしょうか?」
「引き受けてくれて感謝するぞ。茶会など個人的な接触をすれば怪しまれるだろう。だから母上の誕生日パーティを利用しようと思っている。そこであれば自然に母上と接触が出来る」
「なるほど、確かにそうですね」

 それから具体的に計画が話される。なるべく自然に私がカスティール様に触れられる機会を作るには……肌に身に着けられる宝飾品をプレゼントし、それを私がカスティール様に着けて差し上げる。

 その時、アクバール様がカスティール様の記憶を思い起こす言葉を故意に口にする。その時、私がカスティール様の記憶に触れられるかもしれない。その「記憶」から見えてくる人物こそがすべての鍵を握るだろう……。





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