Please55「彼女の記憶に触れる時」




 再び魔法使いが私の前に現れた事をクレーブスさんとラシャさんに打ち明けると、その話は早急にアクバール様の耳へと届けられた。そして彼が出した答えとは……。

 ――王宮ここから立ち去るつもりはない。

 そう決然と言い放った。分かり切っていた答えだが、私は彼を失うかもしれないという絶望感に満ちた。居ても立っても居られなくなり、自分の思いを彼に伝えた。貴方を失いたくないから、秘かな森の暮らしに戻りたいと。

 それは受け入れてもらえなかった。真実に辿り着くなという魔法使いの言葉は、逆に言えば彼にとって不都合であると、却ってアクバール様の意志に火を点けてしまった。私は気が気ではなかった。しかし……。

「大丈夫だ、レネット。オレはオマエを置いて居なくなったりしない」

 そうアクバール様に手を握られて言われると、不思議と不安が薄らいでいった。彼の琥珀色の双眸が輝いていて、とても力強く感じた。出逢った時からそうだ。彼の瞳には不思議な魅力がある。

 何か考えがあるのだろうか。圧倒的にこちらが不利な状況だというのに。私には何をどうしたらいいのか見当もつかない。何も出来ない自分が悔しい。ヴェローナさんとバレヌさんの時も常に私は守られてばかりだった。

 ――守られるばかりではいけない。

 そう思うものの何の力もない私に何が出来るのだろうか。やはり私は無力だ。いやそう悲観ばかりしないで、自分に何か出来る事を考えようと私は決心した……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 ――魔法使いと二度目遭った日から三日後。

 午後一のレッスンを終えた私はティータイムへと入っていた。いつもであればひらけた中庭を利用するのだが、未だ宮中はごった返しが続いている為、なるべく人目に付かないよう東屋で休んでいた。

 私以外にはサルモーネ、オルトラーナ、そして護衛がいる。この辺りの庭は王族の中でもごく限られた人間しか立ち入る事の出来ない特別な場所だった。おかげで人に気遣う事も好奇な目で見られる事もなく休めている。

 ――ふぅー。

 紅茶を一口飲んで、私は心の中で軽く溜め息を吐いた。さっきまで私はみっちりと歴史の勉強を受けていた。歴史は奥深く内容が難しい。今日は海底の世界に棲む魔女と魔法使いについて学んだ。

 彼等は二十年以上前から少しずつ人間の住む地上に姿を見せなくなってきた。原因は魔物の増加により、それらを討伐する人間の魔力が強化され、魔物と見紛う魔女達の命が落とされるようになったからだ……。

「あら?」

 突然女性の声が聞こえ、ビクッと肩を上がった。声がした方へ視線を向けると、私は息を凝らした。相手も明らかに驚いている。

「お久しぶりね、レネットさん」

 相手は優雅に微笑んで挨拶をした。

「はい、カスティール様も……」

 今日の彼女も優美だ。アクバール様の帰還祝い以来に会う。そして私は彼女に歓迎されていない。たじろぐ私の前でふとカスティール様が破顔された。

「貴女、口元にクリームが付いているわ」

 そう言って彼女は私の口元のクリームを拭って下さった。私は顔がジュ~と焼けそうなほど熱くなる。淑女らしく上品に食べているつもりだったのに気が緩んでいたのだ。

「あ、有難うございます」

 私はか細い声でカスティール様にお礼を言うが、とても彼女の方に目を向けられない。

 ――ろくに作法もなっていないと呆れられているだろう。

 ただでさえ良い印象を持たれていないというのに、これ以上の醜態を見せるだなんて。私は涙が出そうになって顔を伏せた時、ふわりと躯が引き寄せられた。

 ――え?

「レネット、貴女可愛いわね」
「え?」

 頭上からカスティール様の美しい声が聞こえた。愛でるような、慈しような、そんな優しい声色だった。その上、私の事をレネットと呼んで可愛いとおっしゃってくれた?

 ――聞き間違い? カスティール様がそんな風に私を思うわけ……。

 そう否定しようとした時、異変が起こった。

 ――え?

 突如、視界がゆらゆらと歪み始めたのだ。

 ――な、何これは!?

 自分は眩暈を起こしたのかと焦ったが、それにしては意識が明瞭だった。

 ――まさかまた魔法使いが私の前に!

 ゾッと背筋が凍る。そして次第に揺れが落ち着いていく。

『ねぇ、レネット妃殿下の様子はどうなの?』

 ――この声はカスティール様?

 直接脳に声が届く。周りには数人いるようだ。でも私の視野は制限されているようで、彼等の躯の一部分しか見えていなかった。カスティール様は誰かに私の事を訊いているようだった。どうして私の事を気に掛けているのだろうか。

『妃殿下は本日からレッスンを再開なさったようです』

 お付きらしき女性が答えた。

『そう。あの子、頑張っているのね。色々な出来事が起きたというのに……』

 カスティール様から意外な言葉を聞いて、私はジーンと全身が熱く痺れた。私の事を頑張っているとおっしゃってくれたのだ。

 ――これは夢?

 妙にリアリティを感じるが、現実でこんな話は有り得ない。それにしてもいつ私は眠ってしまったのだろうか。

 ――確か私が東屋で休憩していたら、カスティール様がいらして……?

 とても眠れるような状況ではなかった筈だけど? 何故なら 私はカスティール様に優しく抱擁されていたから……。

 …………………………。

 …………………………。

 …………………………。

「あら、ごめんなさいね」

 頭上から声を掛けられ、私はパッと眠りから醒めた。

 ――あ、あれ? 私?

 状況が把握出来ない。夢と現の狭間にいるような妙な感覚がする。

「貴女は成人しているのに、可愛らしく見えてつい抱き締めてしまったわ」

 目の前にカスティール様のお顔がある。どうやら私は彼女の腕の中にいたようだが、記憶が錯綜する。

 ――さっきまで私は夢の中にいたのに……。

 いや、そもそもこの状況で夢を見るのはオカシイわよね? 訳が分からなかった。とはいえ、私が口元にクリームを付けていたから、カスティール様からは子供のように見えてしまった。恥ずかしい。

「せっかく休んでいる時間を邪魔してしまったわね」
「い、いえ」

 私は顔を上げ、首を横に振った。なんだか今日のカスティール様は今までと感じが違って調子が狂う。

「あ、あのカスティール様はここでお茶をなさろうと?」
「私の事は気にしないで。別の場所で頂くから」
「あ、あの……」

 「一緒にお茶をどうですか」ぐらいの誘いを言わなきゃと思いつつ、口に出来なかった。カスティール様の方も心なしか、これ以上私に関わらないようにしているように感じた。

 ――彼女はお義母でいらっしゃるのに……。

 いつになっても距離を縮められない自分が情けなく悲しい。

「それでは御機嫌よう、レネットさん」

 挨拶をして立ち去ろうとするカスティール様の後に、彼女の付き人達が続く。

「あ、あの! カスティール様、アクバール様の事は……」

 咄嗟に私はアクバール様の名を出していた。自分でも何故彼の名を叫んだのか分からなかった。ただ彼の話があってもいいのではないだろうか。あれだけ大きな事件があったのだ。

 ヴェローナさんやバレヌさんの事件は保留となっており、さらにアクバール様は命まで脅かされている。カスティール様も心配なさっている筈だ。彼女は静かに振り返った。その表情を目にした時、底冷えを感じた。

「あの子は私が守ってみせるわ。自分の命よりも大切な宝だもの」

 ――ドクンッ。

 美しい琥珀色の瞳が赤く燃えているように見えた。頑なな意志が宿っている。その強さに瞳が燃えているようだった。同時に私自身を否定されたようにも思えた。私は何も言葉を返せない。

 微動だにしない私を尻目にカスティール様は去って行った。それを私は茫然と見送る。そして誤った言葉を発してしまったのだと後悔の念に押される。無意識に俯いていたら、ポンッと肩に温もりを感じた。

「妃殿下、気になさる必要はございませんわ」
「オルトラーナ」

 肩に手を添えているのは彼女だ。

「きっと妃殿下に妬いていらっしゃるのですよ。王太子はカスティール様のたった一人のご子息ですから」
「そ、そうね」

 オルトラーナの言う事も一理あるだろう。あの燃えるような瞳に強い意志を感じた。それだけ私の事を認めたくないのではないか……。

 ――それにあの夢……。

 カスティール様と会話中に見たあの夢は……いやあれは夢だったのだろうか。彼女に認めて貰いたいという私の願望から来たのか、それが違うというのであれば、あれは……。

 ――過去の出来事のようにも見えた……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 今日最後のレッスンを終え、愛馬エクリュの頬にサヨナラのキスを落とした時、いきなり彼は私の頭にかぶりついてきた! 正確には私の帽子にだ。ジャレついてきたのかと思ったが、ちょっと様子が違う。そこにだ。

「いたたたたたっ! 堪忍堪忍!」

 と、帽子から叫び声が聞こえてきた。勿論私の声ではない!

 ――何今の!?

 気味が悪く咄嗟に私はエクリュを引き離すと帽子が脱げ、信じられない光景を目にした。

「ラシャさん!?」

 エクリュに頭をスッポリ齧られている彼女がいた。私は急いでラシャさんを引き離す。

「な、何をやっているの! エクリュ! ラシャさんを離してあげて!」

 私が声高を上げると、エクリュはアッサリとラシャさんを離した。

「ふぅ~助かりました。有難うございます、妃殿下」

 うつ伏せの体勢で顔を上げたラシャさんが言う。

「だ、大丈夫? いきなり貴女が現れてビックリしたわ」
「スミマセン。姿を現さないようにしていたのですが不覚でした。極秘の護衛役が失格です」

 ――あぁ、そうか。

 ラシャさんは極秘に私の護衛をしてくれている。何処でどう護っているのか、具体的には知らないのだけれど。でもさっきのは……。

「ラシャさん、おかしな質問をするけど、私の帽子に変身していたわけじゃないわよね?」

 ――人が物に変身出来るわけないもの。

 ところがラシャさんはビクンッと躯を跳ね上がらせた。

 ――ま、まさかね?

 彼女は何も答えない。否定しないって事は……まさか?

「スミマセン、妃殿下! 本日はこれにて失礼させて頂きます!」

 いきなり彼女は私に背を向けて脱兎の如く走り出す。

「ま、待って! ラシャさん! 他にも訊きたい事があるの!」

 私の切実な叫び声にラシャさんはクルリと振り返って踵を返す。

「なんでしょうか、妃殿下?」

 彼女が素直に戻って来てくれて良かった。

あれ・・はラシャさんが見せてくれたものなの?」

 私はカスティール様と会った時の出来事を話した。私はもしかしてあの夢はラシャさんが魔法を使って見せたものではないかと思ったのだ。

「残念ながらわたくしではございません」
「え? そうなの?」

 ――じゃぁ、なんで?

 錯覚を起こすぐらい私の精神は危ないの?

「恐らくそれはカスティール様の過去の出来事に触れられたのではないかと思います」

 ラシャさんから、またとんでもない発言が出た。

「ま、待って! 私には魔力なんてないのよ」
「存じております。ですがあの時、妃殿下の意識は失われていないようでしたし、可能性としてはやはり記憶に触れられたと考えるのが妥当かと」

 身に覚えのない話だ。考えられるのは残り……。

「例の魔法使いが見せたのかしら?」
「ですが、魔法使いのメリットとなる内容には思えません」

 ラシャさんの言う通りだ。

「こちらの件は王太子とクレーブス様に報告を致しますね」
「お願いするわ」

 ラシャさんの言葉に私は力強く頷いた。そしてこれ以上深く考えない方が良いだろう。答えの出せないものを追究しても不安を煽るだけなのだから……。





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