Please53「舞台は魔法使いの手に」




 これまで数々のとんでもない事件に遭遇してきたが、あの魔法使いは何処までも私達を脅かす。やっと彼のところまで辿り着けると安堵した日の翌朝、クレーブスさんの報告によって見事に崩れ落ちた。

 ヴェローナさんとバレヌさんは記憶の一部が失われていた。彼等は魔法使いへ辿り着く重要な人物だったが、それを見事に阻まれた。それも記憶の一部だけを抜き取るなんて、なんて恐ろしいのだろうか。

 私はアクバール様とクレーブスさんの話し合いを隣で聞いていたが、この先、私達がどんなに真相へ近づこうとも、魔法使いによって阻まれるだろうという……。その魔法使いは今も私の傍で監視しているのかもしれない。

 ただクレーブスさんと私を秘かに守衛していたラシャさんは魔法使いの「気」は感じられないと言う。だから私は監視というは魔法使いが気まぐれで言っただけではないかと、都合よく考えていた。そうでも思わないと気が狂いそうだった。

 そして今朝までアクバール様は寝室に残り、今後の事をクレーブスさんと話し合っていたのだが、今回の緊急会議が入り、私達の話し合いは余儀なく終了となった。それからサルモーネ達から聞いた話だ。

 ヴェローナさんとバレヌさんは牢獄から出され、宮廷医師の許で管理される事になった。彼等は記憶の一部が抜き取られているというのに、欠落を感じている様子はなく、何故自分達が医師の許で管理されているのか不思議がっているそうだ。

 本来罪人として扱う彼等は記憶の損失によって、罰せられない状態であった。王太子を謀ったというのに、アクバール様も断腸の思いをされている。それは私達の幸福まで踏みにじられたようで、私も苦しかった。

「はぁ……」

 私は重い溜め息を吐いた。今は自室から出ないよう命じられている。いつもであればレッスンを受けている時間だが、状況がごった返している為、むやみに姿を晒せば精神の負担になると危惧され、部屋に籠る形となった。

 とはいえ、こう部屋に籠っていても時間だけが有り余り、いらぬ考えばかり湧いてしまう。それも悪い事ばかりだ。何かに集中しようと本を読んだり、針ものをしてみるものの、どうしても気が散漫してしまう。

「妃殿下、大丈夫でしょうか」
「サルモーネ……」

 私の大きな溜め息で彼女は心配そうに覗いていた。

 ――今はサルモーネなのね。

 今、彼女とオルトラーナは交互に私の傍に付き添っている。こんな状態の私の傍に居ても彼女達も苦痛だろう。

「ごめんなさいね。何かをやるにも全く集中が出来ないの」
「……妃殿下、宜しければ気晴らしに室外へ出ませんか?」
「え?」

 生真面目なサルモーネから言いつけを破る言葉が出て私は瞠目する。

「でもアクバール様から部屋を出ては駄目だと言われているでしょ?」
「厳密には室内にいた方が安全という意味で、決して出るなという事ではございません。妃殿下が部屋からお出になりたいようであれば、お連れしても良いと許可は得ております」
「そうだったの。……そうしたら少しだけ出ようかしら。でも何処に行けばいいのか……」
「これから宮廷楽師達が次回催しをする曲を本番と同じように演奏します。宜しければ個室でお聴きになりませんか?」
「え? 個室?」

 催しというからパーティ会場で演奏されるのかと思ったけど、個室という言葉に違和感を覚えた。それは実際の会場を目にして理解した……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

「うわぁ~凄い」

 思わず口元から驚きの声が洩れる。想像とは遥かに異なり、会場ホールは本物の歌劇場のような作りをしていた。音楽を嗜む人々が描かれた天井画をトップに、磨き抜かれた宝石のように輝くシャンデリアが会場全体に眩い光を差していた。

 壁は金色のレリーフに彩られ、白い大理石のステップには赤い絨毯が敷かれている。座席一つ一つは赤のビロードの素材で作られており、高級感に溢れていた。しかも座席は四階建となっており、二階から四階は個室だ。

 個室は正面から見るとバルコニーのような凸があり、一室ずつ赤い壁で区切られ、特別な空間となっている。そこの一室に私とサルモーネ、そしてオルトラーナの三人がおり、個室の外には近衛兵が立っていた。

「お気に召して頂けたようで良かったですわ」

 背後へと振り返ると、柔らかに微笑んでいるオルトラーナと目が合った。

「何処かの歌劇場に足を踏み入れたのかと思ったわ」
「こちらはマトリョーシュカ歌劇場と同じ建設デザイナーによって作られたものです」
「マトリョーシュカ歌劇場……」

 といえば中々チケットが取れないと有名な歌劇場だ。劇のクオリティが高いのは勿論、劇場内部がこの王宮のような豪華な内装で人気を集めている。確かに人気なのも分かる。こんな鮮麗な空間に目を奪われないわけがない。

「今から楽師団の演奏が始まります。どうぞ妃殿下、お掛けになって下さいませ」

 オルトラーナの隣に立つサルモーネが私を席へと招く。

「二人も一緒に座って演奏を聴きましょう」

 私はポンポンと四人掛けの椅子を叩いて招くが、二人は首を横に振った。

「私達は職務中です。妃殿下と一緒に嗜む事は出来兼ねます」
「そんな固い事を言わないで」
「そうは参りません。そろそろ始まりますわ。どうぞ前を向いてお聴き下さいませ」

 結局二人を座らせる事が出来ず、私は淋しく一人で腰掛けたまま舞台の方へと目を向けると、会場が暗くなった。驚いたがこれも演出なのだろうと思って、私は幕が上がっていくのを見つめる。

 ――え?

 開かれた舞台には楽師団の姿はなく、紫色のローブに身を包む人物が立っていた。顔はフードを深く被っているから分からない。

 ――何あの人? あれも演出なの?

 妙に胸がざわつく。不穏な空気を感じた私は背後に立つサルモーネとオルトラーナへと声を掛けた。

「ねえ、サルモーネ、オルトラーナ。これから演奏なのよね? 何かおかしく……え?」

 二人の姿が無い。どうして? ここから出るなんて言っていなかったし、出る気配もなかったよね? それなのになんで? 背中にゾクリと冷気が走った。そしてドクンドクンッと心臓の音が耳朶の奥まで穿つ。

 ――こ、この感覚は……。

 私は恐る恐ると視線を前に戻した。すると舞台に立つ人物が両手を私の方へと向かって差し出してきた。

「私が演奏よりももっと面白い舞台をお見せしましょう、レネット王太子妃」
「!?」

 舞台から話し掛けられ、私は心臓が飛び出しそうになった。

 ――こ、この声!! そしてこの感覚は……例の魔法使い・・・・・・!? 何故彼がこんな所に現れるの!?

 前回彼と遭った時のように、私はワナワナと躯が震え上がっていた。私が二階の席から魔法使いが立つ舞台まで距離がある。それでも私は彼が目の前にいるようで怖い。それに彼がフードを深く被っていて、顔が分からないから余計そう思える。

「どうして貴女は私のテリトリーに入れるのですか?」

 魔法使いは芝居でもするように声を張り上げて私へと問う。

「し、知らないわ! そんな事!」

 私は頭で考えるよりも先に口で答えていた。逆にこちらが知りたいぐらいだ。どうして私の前にだけ現れるの! 一緒にいたサルモーネもオルトラーナの姿がないのもおかしい!

「貴方が偽りをおっしゃっているようには見えませんね。となると、あの方・・・がお力を貸しているのか……それとも貴女自身に魔力がおありなのか? 実は貴女、魔女なのですか?」

 顔は見えなくても、魔法使いが刺すような鋭利な視線を向けているように感じた。

――あの方って誰? 私が魔女……?

「そ、そんな事あるわけないでしょ! わ、私は普通の人間よ!」
「確かに貴方から魔力を感じられません」
「だったら!」
「しかし、おかしいとは思いませんか? 上級魔導師達が揃いも揃って私の存在を感じ取れない中、貴女だけがこうやって私と話をしている、という事に」
「わ、私だって普段は貴方がいるなんて感じられないわ!」

 意味が分からない。私は普通の人間で魔力なんてこれぽっちも持っていない。

「わ、私じゃなくて貴方が私の前に現れるんじゃない!? そ、それと、あ、貴方がヴェローナさんとバレヌさんの記憶の一部を奪ったの!?」

 アクバール様もクレーブスさんも魔法使いの仕業だと言っていた。

「……人間とは本当に愚かな生き物です。私は彼等の茶番に付き合ったまで」
「な、何を言って……?」

 魔法使いの言っている意味が分からなかったけれど、彼がやはりヴェローナさんとバレヌさんの記憶の一部を抜き取ったという事実は間違いないように聞こえた。

「貴方がやって事はとんでもない事よ! 茶番なんて言葉では片づけられないわ!」
「結果はどうあれ、私は型を破ってはおりません。……それに感謝される事はあっても非難される覚えなどありませんよ」
「何を感謝するって言うのよ!」

 これは狂気だ。訳の分からない恐怖に押しつぶされそうになり、私も狂ったように怒号を上げる。

「アクバール様の呪いをかけ、そして今度はヴェローナさん達の記憶を奪っておいて感謝するもないわ!」
「……やはり貴女はとても興味深い。無垢のように見えて牙を向けてくる」
「なっ」

 突然風が舞い降りたように魔法使いのフードが軽やかに剥がれた。

 ――!!

 一瞬呼吸が止まった。初めて魔法使いの顔をまともに目にする。以前、垣間見た時と同じく顔の半分が爛れていて、火傷痕のように生々しい。それを目にした瞬間、躯が酷く戦慄いた。

「貴女が何者なのか非常に興味はありますが、もう二度貴女と会う事もないでしょう」

 ――!!

 二度と会う事ないって……もしかして……私はここで魔法使いに殺される!?

「お顔が険しくなりましたね。そう刃をお向けにならないで下さいませ。何も私は貴女に危害を与えようとしているわけではありません。ただし貴女が私の忠告さえ守って頂けるのであれば……の話ですが」

 この時の私は恐怖のあまり声が出せなかった。訝し気な視線だけを魔法使いに送る。彼の口調はとても穏やかだが、表情はずっと人形のように変わらなく不気味だった。

「王太子と離れたくないのであれば、彼と共に王宮ここからお離れ下さい」
「?」

 ――な、何それは? 魔法使いは何が言いたいの!

「貴女方は決して真実へ辿りついてはいけません」

 ――言っている意味が分からない。

「真実を知った時、貴女は王太子を愛せなくなるでしょう。そして必ず彼とは離れ離れになります。……おや、お顔が不服そうですね」

 私は愛せなくなるとか離れ離れになるとか勝手な事を言われて、不満が顔に出ていたようだ。

 ――何があっても私はアクバール様から離れない!

「王太子とは離れないとも言いたそうなお顔ですね。残念ながら貴女方がここに残る限り、必ず離れる運命を辿ります。それは貴女方だけの問題ではありません。いいですか? もう一度告げますよ。真実を知った時、すべてが終わります。ですので真実には触れないよう、貴女方はここから離れるべきです」

 ――何を勝手に! 訳が分からない!

 そう返したいのに声を失ったように何も言葉に出来ないのだ。だから無言のまま私と魔法使いは対峙する。異常に怯えている私とは反対に魔法使いは落ち着ていた。

 ――フッ。

 気のせいだろうか。今魔法使いが微笑んだように見えた。

「こう言えばお分かりになりますか?」

 そう言った魔法使いが忽然と舞台から姿を消した。

 ――え?

 刹那、視界が何かに塞がれた。……目の前に誰かいる? それは魔法使いだった。全身の血の気が引いていく。そこに魔法使いがそっと私の耳元で囁いたのだ。

「真実を知れば貴女は王太子を失いますよ。彼にこの世から消えてもらいます。それでも宜しければ、どうぞ真実まで辿りついて下さい」

 ――!?

 囁いた時の息が私の耳朶を恐ろしく震わせた。それから魔法使いは最後にくくくっと嘲笑いを洩らし、私の前から姿を消したのだった……。





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