Please27「華麗な世界に潜む不穏」




 アクバール様に連れられて、私はダンスの輪の中へと入った。こんな大勢の前で初ダンスだなんて困惑してしまうが、頭で考えなくても躯がアクバール様の動きに合わせて軽やかにステップを踏んでいた。

 ――♪♪~~♪♪♪♪~~♪♪~~♪♪♪♪

 円舞曲ワルツは我が国の宮廷文化に相応しい優雅さと格調高い美しさをもったダンスである。円舞曲と言われるように回転が多く、振り子のようなスイングやライズ&フォールしながら三拍子で踊るのが特徴だ。

 音楽の旋律に合わせて人々は舞い踊る花のように翻り、この優雅な空間を体感する。驚くほど自分も輪の中へと溶け込んでいた。思ったよりも自分は踊れているのだと褒めたいのだが、これはアクバール様のリードが上手いからだ。

 理由はどうであれ、踊れている自分が嬉しく、さっきのアクバール様の挨拶で生じた不安も忘れて楽しんでいた。こんな煌びやかな場所で大勢の人達と一緒にダンスをしているなんて、高揚感が止まらない。

 嬉しい様子はアクバール様も一緒のようだ。気が付けば私達は四曲目に入っていても踊っていて、その頃になると、少しだけ私は気持ちに余裕が出てきて、他愛のない会話を交えながら踊っていた。

「アトラクト陛下とご挨拶の時はフォローをして下さり、有難うございました」
「礼を言う必要ない。オマエのフォローをするのは当たり前だ」

 そう柔らかい笑顔で答えてくれたアクバール様に、胸がキュ~ンと熱くなった。

「それよりもレネット、オレがリードしなくても踊れているじゃないか。初舞台にしては上出来だぞ」
「そ、そうでしょうか。私はアクバール様の動きに合わせて自然と躯が動いているだけなので、やはり貴方のリードが的確なんだと思います」
「そう謙遜するな。オマエはよくやっている」
「アクバール様……」

 過分な言葉をもらって私は目頭を熱くする。たった数時間ではあったけれど、本当は涙が出そうなぐらい厳しいレッスンに、心はズタボロとなっていたが、今のお褒めの言葉で努力が報われたように思えた。

 ――アクバール様の一言で、こんなにも心が嬉しくなるなんて。

 と、感動に浸っていたのだが……。

「オマエの頑張りのおかげで、どうやらオレ達のダンスは周りから注目を浴びているようだ」
「は……い?」
「気付いていなかったのか? オレ達はずっと注目されていたんだぞ。それだけオマエが上手く踊れているという事だ」
「!?」

 ダンスが楽しくて夢中になっていたから、全く周りの事は気にしていなかった。いや緊張しないように無意識に気にしないようにしていたのかもしれない。私はそうっと周りに視線を泳がす。

 ――ひゃっ!

 思わず声に出して叫びそうになった。アクバール様の言う通り、私達は周りから大注目されていた。これは知らずに踊っていた方が幸せだった! 注目されているんだと意識したら最後、躯が氷漬けにでもされるようにカチコチに固まってくる。

 ――♪♪~~…………。

 幸いにもここで円舞曲が途切れた。このまま五曲目を踊るのかとヒヤヒヤしたが、アクバール様は私の緊張を感じ取ってくれたのか、自然にダンスの輪から抜けて下さった。

 ――ホッ。

 私は心の中で盛大に胸を撫で下ろす。あのまま輪の中にいたら、きっと踊れなくなっていたもの。すなわちアクバール様に恥をかかせてしまうところだった。考えただけでも恐ろしい。

「喉が渇いたな。何か飲むか?」
「はい」

 アクバール様に言われて、自分の喉が渇いている事に気付いた。四曲も踊って思っているよりも、エネルギーを使ったようだ。私は素直に頷いてアクバール様と一緒にグラスを手にしようとした時だった。

「アクバール」

 ――え?

 名を呼ばれたのがアクバール様なのに、自分の心臓がドキリと嫌な音を立てた。声の主がヴォルカン陛下だと気付いたからだ。

「叔父上……」

 さっきまで穏和だったアクバール様の様子が一変する。切るような鋭いオーラに私の足が竦みそうになった。

「話がある」

 陛下はアクバール様のオーラに少しも圧される様子もなく、淡々と要件を述べられた。

「先程のお話しでしたら、祝宴会が終わった後になさって……」
「アクバール様、陛下のご命令ですよ。素直に従って下さいませ」

 テラローザさんが間に入って、アクバール様を説き伏せようとした。アクバール様は一瞬だけ綺麗なお顔を歪ませる。

「主役が消えるなど有り得ない」

 顔は無表情でも明らかにアクバール様の口調は怒っている。

「少し話をするだけだ」

 決してそして陛下も引かない。この優雅な会の雰囲気にピリピリとした空気はとても重々しい。

「ではレネットも一緒にお願いします。彼女を一人にしておけませんから」

 ここでアクバール様から腰に手を回され引き寄せるものだから、私は息を切る。

「それは駄目だ。彼女に聞かせられる話ではない」
「では彼女の傍にクレーブスを付き添わせます」
「そのクレーブスもオマエと一緒に話だ」
「何故、アイツまで一緒なんですか」
「彼はオマエの側近だ。オマエの問題は彼の責任でもあるからな」
「意味が分かり兼ねます。お断りします」

 話にならないといった様子で、アクバール様は私の手を引いてこの場を去ろうとした。しかし……。

「アクバール様、陛下のお言葉を背くようでしたら、この祝宴会を終わらせますよ」

 テラローザさんが私達の背に向かって、とんでもない事を口走った。

「……なんだテラローザ、今のは?」

 アクバール様は振り返ってテラローザさんへと問うが、その様子は殺気立っていた。いつでも牙を剥きそうで、私の内心はハラハラしていた。

「言葉の通りですよ。あまり我が儘を言われるようであれば、こちらも考えを実行するまでです」
「勝手な事は許さぬぞ」
「陛下のご承知があっての事です。会を無駄になさりたくなければ、ここは穏便に従って下さいませ」

 アクバール様のお顔が内心でチッと舌打ちでもしたように歪んだ。そして軽く溜め息を吐かれた後、テラローザさんの言葉を甘んじる。

「……叔父上、言葉の通り手短に願いますよ。レネット、すぐに戻ってくる。料理を口にでもして待っていてくれ」
「は、はい」

 あまりにも緊張していた私は震えた声で答えた。それからアクバール様は陛下とテラローザさんに連れられ、私から離れて行った。急に私は一人になって不安や淋しさが湧いて、気を紛らわせる為に料理が並んでいるテーブルへと足を運んだ。

 ――うぅ、美味しそう。

 美しい彩りのドルチェ達が「ボク達を食べてよ~食べてよ~」と、私の乙女心をくすぐっていた。あまりお皿にドルチェを盛るのははしたない。私は見栄えを良く乗せていき、瑞々しい真っ赤なフルーツクリスパルチェが乗ったパンケーキを口にした。

 ――お、美味しい!

 思わず叫んでしまいまそうになった。パンケーキは口の中で蕩けるほどフワフワだし、フルーツは甘くて芳醇であった。こんな美味しいドルチェは食べた事がない! 心が浮き立つところであるが、やはり気になるのは……。

 ――アクバール様、大丈夫だろうか。

 きっとあの挨拶に問題があったのだろう。あれは裏を返せば、未来の国王陛下になるのはアクバール様だと言っているようなものだ。あれには私もヒヤッと肝が冷えた。陛下がアクバール様を呼び出す気持ちも分からなくはない。

 ――……あの挨拶は陛下に対する宣戦布告だろうか。

 こんなに華美で素敵な祝宴会なのに、裏では殺伐とした闘いがあるのかと思うと、穏やかでいられない。私は華麗に繰り広げる会場を改めて見つめる。扉からこの世界に入った時、私は無造作に乱舞する光を浴びて目を細めた。

 優雅な音楽にいざなわれ、会場から大きな歓声が沸き、今回の主役はアクバール様だというのに、まるで自分が主役にでもなったような気分になって、隣に彼がいなければ、私は緊張のあまり気絶していたかもしれない。

 昨夜の前夜祭も十分に華やかであったが、今日のパーティの前触れであった事を身に染みて分かった。会場が昨夜とは比べ物にならないほど豪華ゴージャスで、規格外の演出も多かった。

 絵画の人物が命を吹き込まれたように動き出し、空中には光の粒子が浮遊していて、まるで小人の妖精が飛んでいるように舞い踊っている。宮廷楽団が使用している楽器も、一般人が聴けないような高価なものばかり。音色がとにかく美しい。

 そしてドレスアップした人々は他国の異文化と合わさって色鮮やかな華のようだ。心が異国の地にでも触れたような高揚感が湧き上がり、想像を遥かに超える光景に私は只々驚くばかりであった。

 ただどのような状況でも、笑顔を忘れてはいけない。今日のレッスンで教師達が口を酸っぱくして教えていた事だから、常に私は口に弧を描いていた。先程の挨拶も時もそうだ。でも私にとってかなり難易度の高い挨拶だった。

 国の主と挨拶をするという事だけで緊張するというのに、加えて異国語で挨拶をしなければならない。五大国それぞれ言語が異なっており、こういった社交場では身分の高い相手の言語に合わせて話すのがマナーだ。

 だが、誰もが五言語のすべてを話せるわけではない。そこで義務付けられているのが、世界共通語となっているオーベルジーヌ国の言語の取得。これは貴族社会では必須だ。でなければこういった社交の場で会話が成り立たなくなる。

 私も異国語はオーベルジーヌ国しか話せない。でも今日のレッスンでその他の言語も少しだけ学んだ。本番ではなまりなく挨拶が出来て、ホッと一息ついていたのだが、まさかアクバール様が五ヵ国語すべて話せる事が分かって驚いた。

 難なく滑らかに会話をするアクバール様は、す、素敵だなって思いながら聞いていた。ほ、惚れ直すとかそういうわけじゃないけど、彼に対する好感度が上がったのは確かだ。そしてオーベルジーヌ国のアトラクト陛下もとても素敵な方だった。

 陛下の繊麗さは「芸術の都」と称される我が国でも最高芸術だと謳われるほどだ。我が国の民衆の間でもとても人気があり、熱狂的ファンも数多い。陛下は美しい中でも選り抜かれた極上の美をもつ麗人だ。

 そんな方を目の前にした時の私は急に痺れたように呂律が回らなくなり、旨く挨拶が出来なかった。いくら緊張していたとはいえ、あのどもり方は大変失礼であったが、アクバール様のフォローもあって、陛下にはさほど不快を与えずに済んだ。

 寧ろ陛下は私を気遣うお言葉を下さり、感動した。世の民衆が陛下に熱を上げるのも納得。今も陛下は多くの人々に囲まれて華やいでおられる。自然と目を惹いてしまうのも陛下の魅力だろう。

「あら、これはこれは王太子妃様でありませんの? お一人でおられるのですか?」

 ――え?

 王太子妃と声を掛けられ、心臓がドキッと音を立てた。私の事よね? 視線を横に流すと、着飾った数人の貴夫人達がやって来るのが見えた。

 ――誰この貴婦人達は……。

 胸の内でザワッと嫌な風音が鳴った。





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