Please26「優雅な祝宴会で」―Akbar Side―




 晩刻を迎え、いよいよ今日の祝宴会メインイベントがやってきた。夕刻に準備を終えたオレとレネットは舞踏会のへと足を踏み入れると、周りから喝采を博すような歓声が沸いた。オレ達はパーティの開始と時間差で入ったが、これも主役の登場といった演出だ。

 レネットは思いがけない出来事に身を硬くしていたが、レッスンの効果もあって緊張の「き」も感じさせぬほど、笑顔でいた。さすがレネットだ。今日のレッスンは相当厳しいと聞いていたが、オレの前では一言も弱音を吐かなかった。

 これぐらいの気概がなければ、王太子妃は務まらないからな。今後も彼女の成長には期待が出来そうだ。そして広間の装飾がこれまた見事であり、こちらの要望以上に創意工夫と趣向が凝らされ、豪奢に輝くスペクタクルな世界が広がっていた。

 仕掛けな見せ物、絢爛豪華な美術品、燦然と輝くシャンデリア、花が舞い踊るように華やぐ人々、彩り鮮やかな芳醇な料理、そこに宮廷楽団による美しい音楽との相乗効果によって、より舞台は豪華に彩られていた。まさに芸術家達の趨勢すうせいを吹き込んだ舞台だ。

 昨日の前夜祭でも驚嘆していたレネットだが、今日の舞台はより彼女を興奮させていた。その彼女とも夫婦めおとを強調するように、互いの色合いとデザインを統一した礼装を調達した。レネットは気恥ずかしそうにしていたが、満更でもなさそうだ。

 今は当たり前のように発せられる声だが、この声が生きている限り、レネットからの愛は確かなものだ。それにオレはいつも感謝の気持ちと幸福を抱いている。レネットはオレにとって無二の存在だ。

「レネット、クレーブスではないが、本当に御伽噺にでも出てくる妖精のように愛らしいぞ。白のドレスにその美しい金髪はよく映えている」
「! ……あ、有難うございます。アクバール様もとてもお似合いで素敵です」

 オレがドレス姿を褒めると、レネットはみるみると頬を赤く染めて礼を返した。そのオレ等の会話を耳にしたクレーブスは「あっつあつ! ていうか自分の時と反応が違~う」と、嘆いていたがシカトした。

 アイツ、レネットが寝ている寝室に無断で入ったしな。その報告をサルモーネから受けて、クレーブスを問い質したのだが、逆に今日のレネットのスケジュール変更を詰られた。アイツは普段おふざけ野郎だが、仕事に関してはかなりシビアだ。

 勝手な振舞いがいつ足元を掬われるか分からないと叱責され、寝室の件を責めるタイミングを失ってしまった。まぁ、アイツがレネットにやましい事をしないのは分かっている。オレはスケジュールの件は素直に謝り、クレーブスとはギクシャクせずにいた。

 歓声が送られる中、オレとレネットは流れるように会場の最前へと向かった。これからオレは挨拶を述べるが、それがこの祝宴会の最大の目的・・・・・でもある。最前まで来て改めて会場を見渡せば、急な招待であったにも関わらず、多くの来賓が来ている事に驚いた。

 注目を浴び、レネットが笑顔の裏に不安を抱いている事に気付いたオレは「大丈夫だ。笑みを浮かべてくれるだけでいい」と、そっと彼女の耳元で伝えると、彼女の不安が少しばかり消えた。それからオレが一礼をすると会場は静まり返る。

「本日は私の全快祝いにお集まり頂き、誠に有難うございます。長く患っていた病気から、ご覧の通り快復致しております」

 オレは鷹揚な口調で快復の喜びを述べていく。一部・・の人間以外は温かい目で見守って聞いていた。そして忘れてはならないのはレネットに対する感謝の言葉だ。

「失声している間、私を支えてくれていたのが隣にいるレネットです。彼女のおかげで病気から快復出来たと言っても、過言ではありません。心優しい彼女に惹かれ、幸運にも私は彼女と生涯歩む道を手にしました。本当に彼女には感謝し切れません。その彼女をこうやって皆様の前で、ご紹介出来る事を心より嬉しく思っております」

 オレは飛び切りの笑顔で言い切ると、周りから冷やかすような歓声が沸いた。レネットは頬を赤く染めて、はにかんでいる。さらにオレはレネットとの夫婦めおと仲を大々的にアピールし、さり気なく今後の未来を仄めかす。ここからが肝心だ。

 ――これが祝宴会の最大の目的……。

「王太子として復帰したばかりではございますが、一刻も早く本来の役目・・・・・を取り戻し、いずれ私が執政を担う柱となった時には、より我が国の発展と皆様との絆が深められるよう、精進して参りたいと思います。今後とも我がシュヴァインフルト国をどうぞ宜しくお願い致します」

 この締めの言葉に周りから様々な声が沸き上がる。素直にオレの言葉に感銘を受ける者、言葉の裏////に気付いて驚愕している者と憤慨している者、様々な反応が見受けられるが、オレは顔色の一つも変えずに一礼し、

「今宵はどうぞお楽しみ下さいませ」

 この場を締めると、流麗な音楽が響き渡ってくる。さぁ、宴の始まりだ。オレとレネットがその場から離れると、おのおのと貴賓も散ってそれぞれに楽しむ。そしてオレはこれからレネットを連れて挨拶に回ろうとした時だ。

「アクバール」

 名を呼ばれて振り返れば、紅色のマーメイド型ドレスを見事に着飾った母上の姿があった。母上の姿を見て思い出した事があった。昨夜のレネットと母上の事だ。案の定、レネットが母上の姿を目にすると、表情を少しばかり強張らせている。

 結局、昨夜はレネットに母上との事を訊いていなかった。今夜きちんと訊いておくか。母上はオレ達の前までくると、咎めるような、泣きそうな、そんな形容し難い表情をされていた。何を言いたいのか察してはいるが。

「先程の挨拶で何故、あのような事を言ったの? あれではまるで……」
「えぇ、言葉の通りですよ。何も私は間違った事を申し上げたつもりはありません」

 さっきの挨拶は故意に含蓄のある言葉で述べた。今後オレがこの国の主・・・・・になると言う事を示唆したのだ。ストレートに言えば問題だが、オブラードに言えば、なんとでも上手く煙に巻ける。これぐらいの事、アイツにされた事と比べれば大した事はない。

「アクバール、あれはいくらなんでも陛下に……」
「アクバール、先程のあれはなんだ!」

 会話の途中で横槍が入った。

「ヴォルカン陛下」

 目の前の母上が血相を変えて声の主の名を呟いた。正装した叔父上のすぐ後ろにはテラローザの姿もあった。二人して凄い剣幕だな。

「叔父上。……申し訳ありませんが、これから私はレネットと一緒に挨拶へ回りますので、お話は祝宴会が終わった後になさって下さいませ」

 オレは叔父上には取り合わず、レネットを連れてその場から去ろうとした。

「待てアクバール!」

 叔父上がオレを引き留めようと、オレの背に向かって名を叫ぶ。

「叔父上、他国の陛下をお呼びした祝宴会です。会に相応しくないお顔をなさるのは如何なものか、よくお考えになって下さいませ。では失礼します」  オレは釘を打って叔父上達に背を向けた。大事な貴賓が居る前でする話ではない。それよりも他国の陛下達に挨拶する方が大事だ。オレとレネットは順々に挨拶へと回る。中でもオレは最も話がしたい人物がいた。

 我がシュヴァインフルト国も含めた五つの大国の頂点に立つオーベルジーヌ国の主アトラクト陛下だ。今日の陛下は最高級の素材ロザリオをごく細い糸で多種な模様に撚り合わせて編んだリバーレースで生かした豪華な礼装を着ておられる。

 繊細かつ優美な礼装を嫌味一つなく完璧に着こなすお姿は本当に見事しか言いようがない。そもそも陛下自身が完美だ。オレやクレーブスもそれなりに美しいと言われてきたが、陛下と徹底的に異なるのは存在感だ。

 あれほど美しさが放たれるのは陛下の主としての役目が完璧だからだろう。自国の民衆からも他国の王族からも認められた偉大な存在。陛下が歩くだけで誰もが一目置いているのが分かる。

「お久しぶりです、アトラクト陛下。恐れ入りますが私わたくしの事を憶えておられますか。王太子のアクバール・ダファディルです」

 オレは恭謙な姿勢で陛下に話しかける。かれこれ最後にお会いしてから、二十年以上も経っている。忘れられていないと願いたいところだが、事実森の奥深くに隠居していたような人間の事など、忘れられている可能性もある。

「勿論憶えているよ、アクバール殿。此度こたびは長年の患いから全快して誠に良かった。本当におめでとう」

 陛下から男でも見惚れるような美しい笑顔が滲む。その笑顔に偽りがないとみた。

「お言葉を有難うございます」

 オレは軽く頭を垂らし、微笑み返した。

「そしてそちらは君の奥方だね。病気の全快と共に結婚もおめでとう」

 陛下はオレがレネットを紹介する前に祝辞を下さった。すぐにオレはレネットを紹介する。

「度重なる謝辞のお言葉を有難うございます。陛下、こちらは伴侶のレネットと申します」
「お、お、お、お初にお目にかかります、アトラクト陛下。レ、レ、レネットと申します。ほ、ほ、本日はお会い出来て光栄です」

 レネットは凄まじい緊張を見せて、訥々とつとつたる口調となっていた。さっきまで別の人間に挨拶をしている時はスマートであったが、陛下の前ではカチコチに固まっている。レネットには悪いがオレは吹き出しそうになった。

 失礼のない挨拶しようと意識して返ってどもってしまい、これ以上ないぐらい緊張が高まっているのだろう。おまけに顔に相当熱が集まって朱色に染まっている。相手は大国の中の主だ。無理もない。

「陛下。レネットは社交の場に慣れておらず、少々緊張しております。どうかお許し下さいませ」
「構わぬ。そう緊張しなくていい、レネット妃殿下。社交の場は場数を踏めば慣れてくる。少しずつ慣れていけば良い」
「は、はい」

 嫋やかな笑みで励まして下さる陛下のお言葉に、レネットの緊張がほんの少し和らいだように見えた。そして先程までとは違った意味で頬を桃色に染めている。……気持ちは分からなくもないが、後でしっかりと躾が必要だな。

 それにしてもやはり陛下の存在感は偉大だ。元々オーベルジーヌ国の経済は断トツを誇っているが、アトラクト陛下が国王になられてから、さらに手腕が振られトップは揺るぎないものとなった。

 そして陛下とはオレが成人する前にお会いした事があるが、この存在感はあの頃よりも深みを増している。陛下はオレが王になってからも、最も関係を深めたい方だ。オーベルジーヌ国との友好関係が深ければ深いほど、自国に多大な潤いと影響を与える。

 ――♪♪~~♪♪♪♪~~♪♪~~♪♪♪♪

 他愛ない話をしている内に、流麗な円舞曲ワルツの音色が流れてきた。広間の中央が開いていくが、すぐに円舞曲ワルツの旋律に合わせてダンスが始まり、自然と人々は中央へと集まっていく。

「レネット、せっかくだ。一曲ぐらい踊ろう」

 あまり踊りを披露するのは好きではないが、自分やレネットの存在をアピールするには良い機会だ。

「え?」

 レネットが意外とでも言うように瞠目する。明らかに彼女から躊躇いが見える。

「日頃、頑張っているダンスの成果を発揮してみると良い」
「あ、いえ、その皆様の前で踊れるほど上手くはありませんので」
「大丈夫だ。オレに躯を預ければ踊れる。……では陛下、私達はこれにて失礼致します。引き続き今宵のパーティをお楽しみ下さいませ」

 オレは陛下に挨拶をすると、半ば強引にレネットの手を引いてダンスの輪の中へと連れて行った……。





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