Please25「ドジッ子宮廷魔導士」




 昼食を食べた後、私はサルモーネさんとオルトラーナさんと共に、急いで午後のレッスンの場へと向かっていた。夜に開催される祝宴会が始まるまで、残り五時間ほどとなっている。それまでにやっておかなければならない事が山ほどあるのだ。

 昨日の内にドレスなど衣装類は選んであるから、これからやる事はマナーや作法といった内面を学ぶ。今日の祝宴会は他国の王も招いた大規模なパーティであり、粗相を起こさない為にも、最低限の知識やマナーを身につけなければならない。

 長い期間かけて学んでいく大事な内容をたった数時間で学ばなければならないのだ。おまけに午前中からみっちりだった予定を私の都合で午後の数時間だけで学ぶ事になった。その時間の短さに気が滅入りそうになるが、これも自業自得だ。

 腹を括って学ぶしかない。私の粗相はすべて王太子のアクバール様に影響を及ぼしてしまう。だから自分の為というよりも、彼の名誉の為にも頑張らなければならない。今はもうなるようにしかならないという気持ちで挑もう。

「うっわぁああ~~、遅刻遅刻っ!」

 ――?

 回廊を速足で歩いていたら、突然前方から慌ただしい声が響いてきた。年若い女性……というよりも女の子だろうか。反対側から凄まじい勢いで走って来る。私より少し若い感じがするから、未成年だろうか。

「あれってラシャじゃない?」
「本当だ。また回廊を走っているな。あれだけ毎回走るなと注意しているのに、また慌ただしく走っている」

 サルモーネさんとオルトラーナさんの知り合いのようだ。ラシャさん? と言うのだろうか。そして「回廊は走ってはいけない」、貴族社会ではそう教えられているので、王宮でも当たり前の事なのだろう。

 しかし、あの子は突進するが如くバタバタと全速力で走っている。こちらの存在もまるで気付いていないぐらい必死のようだ。その慌てぶりに少しだけポカンとなって見つめていると、すれ違う寸前で急に相手がよろめいた。

「うわっ」
「きゃっ」

 バランスを崩した女の子は私と衝突し、そのまま私の上に転げ落ちてきた。

「「妃殿下!」」

 サルモーネさんとオルトラーナさんから悲鳴が上がる。私は女の子に押し倒されて尻もちをついた。

「いたたたっ」

 さすがにこれは悲痛の声を洩らし、あまりにも強い衝撃で顔まで歪めてしまった。さらに女の子に乗っかられている体勢だから苦しい。痛みと重さで身動きが取れない私よりも先に、女の子の方が起き上がってすぐに頭を下げてきた。

「わわっ! ス、スミマセン! スミマセン! スミマセン! スミマセン! スミマセン! スミマセン! スミマセン! スミマセン! スミマセン! スミマセン!」

 一体何回スミマセンの言葉を言うのだろうか。それにその言葉の分だけ、深々と頭を下げている。平謝りでもするような勢いだ。その姿に私は呆気に取られたが、すぐに彼女に声をかける。

「あ、あの、そ、そんなに謝らなくても大丈夫ですよ」

 私の言葉に女の子はピタッとスミマセンの声を止めた。そしてバッと顔を上げ、私の顔を至近距離でマジマジと見つめてきたものだから、私は目を丸くする。間近で見た彼女はやはり私より少し年下のようだ。

 左右に緩く編んだおさげ、黄色い縁で覆った硝子が大きめな眼鏡、あとお鼻の周りにそばかすがあるのが印象的で、とても可愛いらしい。服装は袖と丈がフレアになった制服ローブを着用している。

「か、か、可愛い~!! お人形さんみたい!」

 急に女の子は瞳をキラキラとさせて興奮し始めた。

「肌がミルク色で瞳もクリクリの緑色、髪の毛も陽光を降り注いだような金色! こ、こんなお人形みたいな女性は初めて!」
「あ、あのっ」

 女の子からグイグイと迫られるように観察されてしまい、私は大きく戸惑った。そこに、

「ラシャ、いつまで妃殿下を床にお座りさせておくつもりだ? 無礼極まりないぞ。いつも回廊を走るなと人の注意を忘れるから、こうなるのだ」
「そうよ、ラシャ。これは不敬罪に問われても文句は言えないわよ」

 ラシャさんという女の子はサルモーネさんとオルトラーナさんから厳しい咎めを受ける。

「え? え? こちらの方は妃殿下様!? こ、これは大変失礼致しました!!」

 ラシャさんは驚きのあまり飛び上がって、先程以上に深々と頭を下げてきた。それが返って私には申し訳ない気持ちになる。

「いえ、私は大丈夫ですから。お気になさらずに」
「妃殿下。下位の者に敬語はおめ下さいませ」

 そうサルモーネさんは注意して、私に手を差し出す。その手に応えると、私は引っ張り上げられてヒョイッと立ち上がった。

「以後はお気を付け下さい」
「わ、わかったわ」

 真顔で注意するサルモーネさんの表情は鋭く正直怖かった。自分が思っている以上に上下関係は厳しいという事だ。私が立ち上がると、目の前の女の子も立ち上がって、また深々と頭を垂らす。

「本当に本当に申し訳ございませんでした」
「も、もういいわ。あ、あまり慌てないようにね」

 なんて声を掛けてあげたらいいのか迷ったが、私は無難の言葉で返した。すると女の子は顔を上げ、

「はい!」

 満面の笑顔で元気よく応えた。あどけなさが残るとても可愛い笑顔で、思わず私も破顔した。

「参りましょう、妃殿下」

 オルトラーナさんから催促され、私は従順に彼女の後へと続く。私はラシャさんに軽く会釈すると、彼女は慌ててまた深く頭を下げた。彼女を後にして私達は再びレッスンの場へと急ぐ。

「さっきの女性は?」

 なんとなくラシャさんの事が気になって、私はオルトラーナさんにさり気なく訊いてみた。

「宮廷魔導士のラシャ・ターキッシュです」

 ――宮廷魔導士?

 という事はクレーブスさんのもとで働いているのだろうか。あの可愛らしい見た目から、魔導士とは結びづらい。

「若いのに魔導士なんて凄いのね。私には魔力なんてないから未知の世界だわ」
「魔力は凄いとは思いますが、ラシャは見ての通りドジッ子ですよ。魔導師達が手を焼いていると、よく耳にします。あと見た目が童顔で実際はクレーブス様と同い年だったかと思います」
「え? そ、そうなの?」

 クレーブスさんの年は知らないけれど、アクバール様とそう変わらなさそうだから、五十五歳前後ぐらいかな。となると、さっきのラシャさんもそれぐらい……う、嘘! 明らかに三十四の私よりも年下に見えるのに、す、凄い童顔だ!

 そういえばサルモーネさんもオルトラーナさんもラシャさんより年下なのに、二人の方が身分が高いのかな。二人のお母様は女官長を務めているというし、王太子妃の専属女官を務めるぐらいだから、思っている以上に身分が高いのかもしれない。

「彼女あんなドジなのに、なんで宮廷魔導士の称号を得られたのか、七不思議の一つにされています」
「オルトラーナ、他者の悪口を言うな」

 サルモーネさんから、オルトラーナさんに鋭く突っ込みが入った。

「あら? サルモーネも彼女の事は良く思っていないじゃない?」
「私は彼女の欠けているマナーに不満があるだけだ。何度同じ事を注意しても、彼女は直そうとしない。だが、彼女自身の人となりや仕事ぶりを否定するつもりはないぞ」
「なによ、いい子ぶっちゃって。ラシャの件は本当の事ですもの。ですので妃殿下、彼女の事は気になさる必要ありませんわ」
「そ、そう」

 彼女の仕事ぶりは私には分からないけれど、私の事を褒めてくれた事や少女のような笑顔は可愛らしくて好ましく思えたんだけどな。オルトラーナさんはああ言ったけれど、また彼女と会う機会があればいいのにと、私は純粋に思った……。

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 十分に覚悟していたつもりだけど、それでもレッスンはとんでもなく鬼だった。時間がない事もハイレベルな事も分かっていたけれど、それでも度を越していた。身分の高さをもらっても、レッスン中には全く関係ない。教師の方が断然に偉い。

 まず最初に挨拶の仕方や話し方について学んだ。私は基礎中の基礎は身についているから、そこから高度かつ上品に振る舞う必要があった。緊張もあって中々美しく振舞う事が難しかったとは思う。

 それでも何度かやっていく内に手本と同じような動きが出来るようになった。しかし、何度行(おこな)っても駄目出しされ続けた。故意に意地悪をされているのではないかと思うぐらい何度も何度もだ。

 というのも「動き」というよりも「雰囲気」が問題視されていた。上品さ、優雅さ、華やかさが足りないだとか。そればかりは天性のものではないかと、思わず口答えをしてしまったが、そんな事は華麗にスルーされた。

 雰囲気がないのであれば、そこから作るのだと言わんばかりに、何度も何度も繰り返しレッスンは行われ、永遠に「良い」が出ないのではないかと、もううんざり。挫折を通り越して何度投げ出してしまいたいと思った事か。

 さらに言語の発音も著しく厳しく、なまりがあると田舎くささが出てしまうからと徹底して直された。異国語で注意されるのは分かるけれど、母国語まで品性が無いと指摘を受けて殆ど直されるし、もう気が狂いそう。

 そこから立ち振る舞い、歩き方、食べ方など、数時間では出来ない内容をギュッと凝縮して教えられ、最初から最後まで教師達の笑顔を見る事はなかった。自分の屋敷で学んでいた時も厳しいと思ったけれど、今思えば生ぬるい世界だったと身に染みて分かった。

 夕刻の時間になって、ようやくレッスンから解放された私は安堵感をつくのも束の間、今度は祝宴会の本番へと向けて準備に入った。ドレスアップがこれまた時間がかかる。昨日以上に気合いを入れた出来上がりに、本番が怖くなったぐらいだ。

 ――やっぱり私には華やか過ぎるような。

 真っ白な生地に銀色の花模様のビジューとチュールレースをふんだんにあしらえたアートドレス。ビジューもレースも繊細な作りで、手の込んだ複雑な形をしている。田舎娘の私でも上流階級を思わせるようなフェミニンさを醸し出してくれる上質なドレスだ。

 ドレスだけでも宝飾が必要ないぐらい華やかなのに、しっかりと頭から腰まで宝石を身に着けている。靴がまた硝子のように透明感のある素材で、そこにまたビジューが着けられて、美しく可愛らしいデザインとなっている。

 そして髪型は前髪まで上げたオールアップ。胸元も開いているドレスだし、うなじまで見せて大胆。何気なく胸元が寒いと言って開けすぎを指摘してみたけれど、今はこれぐらいが主流だから大丈夫だと返されてしまった。

 ――あまり目立ちたくないのに、これでは目立つわよね。

 ドレスアップした自分の姿を鏡で見た時、出来上がりの美しさを喜ぶと同時に、目立つ事を心配して溜め息が出た。その時、同じく正装したアクバール様がやって来て、またまた私の心臓を鷲掴みにした。

 ――お、お揃いみたい。

 アクバール様の礼装は私と同じ色合いとビジューで統一されていて、お揃いのように見えた。彼の姿は私なんかが霞んでしまうほど、華美でカッコイイ。うぅ~カッコイイ、本物の王子様だ……と、私は昨日同様、馬鹿みたいに萌え悶えた。





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