Please20「褒美は湯浴みの中で」




 今宵の祝宴会は無事に終えられた。カスティール様の事や見知らぬ男性から見つめられていた事など、いくつか気になる点はあったけれど、今はゆっくりと休みたい。ここに来てから、ずっと張り詰めていた気が緩んで疲労感が半端なかった。

 寝室にはアクバール様と別々に戻って来た。彼はクレーブスさんと大事な話があるとか。明日も祝宴会が催されるし、色々と話す事があるのだろう。しかも明日は他国の方々を招き、舞踏会形式の大規模なパーティになると聞いている。

 考えるだけでも気が重い。今日だけでも私はいっぱいいっぱいであったのに、大規模なパーティに溶け込めるのかどうか。明日は偉い方々も来られるから、一通りのマナーを教えて貰う事になっているけれど、そのレッスンがまた鬼スケジュールだ。

 会話の仕方、相槌を打つタイミング、立ち振る舞い、会釈の仕方、歩き方、ダンス、笑顔の作り方、上品な食べ方などなど、これらはほんの一部に過ぎない。一から十まで挙げたら切りがない。そんな膨大な内容を叩き込まれるのだ。

 会話といっても話し言葉や敬語の使い方だけではなく、声色や抑揚の調子、相槌のタイミングや目線の位置など、細かい仕草をすべて教えられる。そこに美しい姿勢や歩き方や食べ方など、手本となるような上品な振舞いを行わなければならない。

 それなりに私も教養を学んできたつもりだが、内容の細かさが格段に違う。身分が高いとそれなりの能力を求められる。ましてや私は王太子妃だ。人の見る目も教えも特に厳しい。……今の私に言える事はなるようにしかならないという事だけ。

 投げやりになっているわけではなく、努力をしないわけでもない。今は流れに沿って従順に学んでいき、きちんと教養を形づけていこうと思っている。……さてと、湯浴みまで終えた私は寝台の中へと入った。そこにタイミング良くアクバール様が戻って来られた。

「お帰りなさいませ」
「あぁ、先に寝ていろと言ったが、まだ起きていたのか?」

 私を目にしたアクバール様に驚きの色が現れる。既に時刻は翌日の日付となっていた。

「あ、はい。今ちょうど寝台についたところです」
「そうか、もう寝ろ。明日寝坊でもしてみろ。厳しい女官の二人に叩き起こされるぞ」
「わ、わかりました」

 私は寝台に背を倒して掛けシーツを被る。女官の二人とも綺麗な顔をしているけど、中身はとても厳しいんだよね。仕事にとても忠実で真面目だ。

「双子の女官なんて珍しいですね。しかも私とそう年が変わらなさそうですし。女官と聞いてもっと年上の女性を想像していました」

 双子を思い出してポロリと意見が零れた。

「敢えてオマエと年の近い女官を用意した。サルモーネとオルトラーナの母は女官長を務めている。二人は母親の仕事を幼い頃から見ているからか、若くても仕事は有能だ。安心してオマエを預けられる」

 そうだったのね。アクバール様からお墨付きの双子のようだ。二世代で王宮専属の女官なんて凄い。いや、もっと代が続いているのかもしれない。

 ――でもアクバール様はご存じないのだろうな。

 オルトラーナさんから良く思われていないという事を。思い出して私の心が一瞬だけシュンとなった。そしてもう一つ気掛かりな事を私は正直に吐く。

「明日からのスケジュールが私に熟せるかどうか心配でなりません」
「大丈夫だ。オマエは元から厳しい英才教育を受けているからな。用意したスケジュールであればやっていける筈だ。慣れるまでの辛抱だ」

 アクバール様はサルモーネさんと同じような言葉で励ましてくれた。……のだが、実践してみるまでは不安は拭えないだろう。

「そんな不安そうな顔をするな。何か困った事があれば、オレかまたは女官の二人に言え」
「はい」

 アクバールの言葉に、私は素直に頷いて返事をした。今ウジウジしたところでも、どうしようもない。前向きに考えよう、前向きに。

「湯浴みに入って来る」
「え? もしかして使用人の方がこちらに入って来られるのですか?」
「何故、使用人が出てくる?」

 ――あれ?

 アクバール様にキョトンとされて逆に私も驚いた。

「礼装を脱ぐお手伝いに来るのかと思いまして」

 そう私が答えると、ここでアクバール様は腑に落ちたようだ。

「なるほど。そうだな、今から使用人を呼ぶのは手間だ。代わりにオマエに手伝ってもらおうか」
「はい? ……私が着替えのお手伝いをするのですか?」
「そうだと言っている」
「私は礼装の作りをよく知りません。お役に立てないかと思いますので、使用人の方をお呼びした方が早いかと。お疲れでしょうから、私が呼んで参りましょうか?」
「いや、オマエがいれば十分だ。一緒に脱衣室に来てくれ」
「え? あの?」

 ――寝ていて良いとおっしゃっていたではありませんか?

 急に気が変わられたアクバール様は脱衣室へと向かってしまった。行かざるを得ない感じになって、私も脱衣室に向かうが、私なんかがとてもあんな立派な礼装を脱がせられないだろうし……脱がせた後が問題じゃない?

 ――そっちの方が問題だ!

 あまり考えなしに脱衣室ここまで来てしまった事に、私は後悔する。しかし、既にアクバール様は脱衣しようと準備していた。

「最初に肩布から脱ぐ。ここの留め金具をオレが取るから、オマエは肩布を手にしてくれ」
「分かりました」

 仕方ない。ここまで来て手伝えと言われたのに、今更出来ませんとは言えないし。留め金具を外すと、スルリと肩布がアクバール様の背に流れ、それを私は素早く手にした。

「次に宝飾品からか。外すの手伝ってくれるか」
「分かりました」

 肩布を脱ぐと、思ったよりもアクバール様に多くのビジューが着けられていた事に驚く。確かにこれらを外すのは一苦労よね。私は肩から胸元に掛かっている装緒(モール)に手をかけて取り外しに掛かった。

 それから拙い手つきであったが、徐々にアクバール様は薄着となっていく。そろそろ一人で大丈夫だろうというところで、私は手伝うのを控えた。考えてみれば、最後まで手伝う必要はないものね。

「後はお一人でも大丈夫そうですね。では私は……「待て、レネット」」

 途中で遮られ、私はポカンとなった。

「何でしょう?」
「手伝うのは着替えだけはないぞ。湯浴みもだ」
「…………はい?」
「はい? 湯浴みはお一人で入れるではありませんか?」
「王太子ともなれば、湯浴みの世話をやってもらっていたぞ」

 またとんでもない事をアクバール様はシレッと口にされた。湯浴みの世話って……ポワ~ンと私は想像してしまう。

「!? ……そ、そちらは、ま、まさか女性の方にお手伝いしてもらっていたわけではありませんよね!?」

 男性が手伝うとは思えないもの! 私は目くじらを立て声まで荒げて問いただす。

「………………冗談だ、本気にするな」
「笑えない冗談はやめて下さい!」

 もう! 本気に思ったじゃないの! 人を騙すような言い方をしないで欲しい! アクバール様は何とも言えないあやふやは表情をしている。

「まさかそう来るとは思わなかったな。本来なら湯槽まで連れ込む予定だったのに失敗したか」
「何か言いましたか?」

 アクバール様は一人呟くように言葉を零した。何故か表情が残念そうに見える?

「いや何も。そうだ、レネット、今日は初の社交界デビューだったが、最後までよく頑張ったな」
「あ、有難うございます」

 ずるい。アクバール様、人を褒めて機嫌を直させようしているのかしら? それに嬉しさに揺れるような微笑みが眩しいんですけど?

「祝宴会の時から思っていたんだが、最後までやり切れたら褒美をやろうと思っていたんだ」
「ご褒美ですか?」
「それはこの先でやろうか」

 そうおっしゃるアクバール様の視線が、湯槽室の方に向けられているのが意味不明なのですが? ここから先に入ったら……間違いなく食べられる!

「………………わ、私は湯浴みの手伝いはしませんから!」
「手伝う必要はないぞ」
「私は湯浴みに入る必要がありません! もうとっくに入りましたから! 後は寝るだけです!」
「そう冷たい事を言うな。絶対に後悔・・させないぞ」
「な、なんですか、どういう意味の後悔ですか!」
「寝台よりももっと最高の夢心地を味わわせてやる」
「!?」

 ――こ、怖い。なに最高の夢心地って!?

 アクバール様の姿が妙に妖美で、私を惑わせようとしているようだ!

「ご褒美はまたの機会で構いません! お気遣いなく!」

 服を脱がずに逃げたもの勝ちだと思った私が甘かった。アクバール様に背を向けた私だが、ガシッと腕を掴まれる!

 ――うっわ~!

 握られ方が力強くて逃がさんぞと圧力をかけられているみたいだ。

「レネット、遠慮するな」
「遠慮しているわけではありませんから! それに服を着ておりますし!」
「オレも着たままだ。そのまま入ればいい」
「えぇえええ!?」

 ――そのままって何!? 駄目でしょう!

「衣服が濡れるのでよくありません!」
「替えはいくらでもある。さぁ、来い」
「……っ」

 もう抗う言葉も見つからない。私はズルズルと浴室までアクバール様に連れて行かれる。先程もお世話になった高級感に溢れる浴室。最高級の滑らかさを誇るマテリアルで浸かられた湯槽は軽く五人は余裕で浸かれる広さがある。

 湯槽は上質な深みと奥行きのある輝きを放ち、ルージュの花びらを散らされた湯水は煌いていて、素肌へと触れた時、滑らかな感触と美しい香りを生む最高なもの。ほんの少し浸かっただけでも、香りが躯に浸透されて心が癒される。

「レネット、ここに座れ」
「何をするんですか?」

 アクバール様はストンと私を大理石の湯槽に座らせ、そして妖艶な笑みを浮かべた。

「もう何かされる気満々じゃないか?」
「はい?」
「普通は“なんで?”かと聞くところを今オマエは“何するんですか?”と、訊いただろう?」
「!?」

 私はハッとなって目を剥く。そうだ、アクバール様が何をするのか疑いまくっていて、ついポロリとそういう風に訊いてしまった。

「何もされる気はありません。衣服が濡れてしまうので、やはり私は寝室に戻ります!」
「そう言うな。服が濡れると言うのであれば、脱げばいいだけだろう?」
「はい?」

 アクバール様、凄く正論みたいな言い方をされるけど、それはめちゃめちゃ屁理屈ですから!

「や、めて下さい!」

 いきなりアクバール様は私の夜着のスカート丈をグッと掴んで、そのまま無理に脱がせようとしていた。

「服を着たまま入りたくはないだろう?」
「根本的にお考えが間違っています! 私はアクバール様と裸体で入るという行為に抵抗があるんです」
「わかった。裸体が駄目なら、そのまま服を着ていて構わない」
「ひゃっ! な、何をするんですか!」

 アクバール様はああ言えばこう言い、おまけに私の躯を軽々しくヒョイと横抱きにして湯槽の中に入ってしまった! サブーンと湯と花びら勢い良く飛び跳ね、湯面にキラキラの波紋が広がる。私はポカポカの湯に背中まで浸かっていて、夜着は完全にずぶぬ濡れだ。

「アクバール様! おふざけはお止め下さい!」

 これはさすがにおいたが過ぎる。私は目力を込めてアクバール様を睨むが、すぐに勢いががしぼんでしまった。何故なら……。

「さてどうやって洗って行こうか」
「!?」

 アクバール様の蠱惑的な表情に嫌な予感が押し寄せてきて、気迫が負けてしまったからだ。





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