Please11「ファム・ファタールー運命の女ー 」―Akbar Side―




 寝台の上で未だ言いたい事を言葉に出来ず、口をパクパクとさせているレネットを尻目に、オレはソファへと腰かけた。目の前のテーブルには年季物のワインボトルと透明度の高いグラスが置いてある。

 ボトルを手に取り口を開ければ、威勢よく弾けるキャップの音が響いた。それからグラスにワインを注ぐ。レネットの分は……と彼女を一瞥してみれば、とても酒を嗜む気分ではなさそうだ。

 暫くそのままにしておこう。オレの予想だと、その内にレネットはパタリと寝てしまうだろう。彼女はキャパオーバーしてしまうと、眠くなってしまう体質だ。オレはグラスを手にすると、ソファの取っ手に頬杖を付いて思案に暮れる。

 ――とんでもなく長かったな。

 それもそうだ。呪術をかけられた時が成人したばかりの三十四、あれから二十年もの歳月が流れ、気が付けばオレは五十四の年を迎えていた。それも相変わらず、この辺鄙な森での生活を送っている。

 ただこの年には大きな転機があった。それはオレより二十歳若い女性レネット・シュベーフェルを妻として娶った。時折この豪邸やしきの前に現れるあの金髪の少女だ。あの幼かった彼女も今年でようやく成人を迎えた。

 成人を機に、次に彼女がこの豪邸へ訪れた時、わざと正門を開け、豪邸の中まで来るように仕向けた。それまでここは結界を張り、外から中の人間の様子が分からないようになっていた。

 レネットを豪邸の中へと招いた時、オレは偶然を装って顔を合わせた。(というかクレーブスに無理に後押しされたと言う方が正しいが)彼女を受け入れるかどうかはここから始まった。

 実は彼女を迎える前の二十年間、何人もの女とオレは接してきたが、どれも好ましくなかった。財産と地位目当てばかりでうんざりとしていた。いくらオレの容姿を賛美されたところでも、心に何も響かない。へつらう姿が如何にもと毒々しく見えていたからだ。

 王族貴族の女は生まれ付きしたたかだ。気に入られるよう取り繕うのも彼女達の仕事の一つと言えるが、その腹黒さといっては不快極まりない。その状態が何十年と続き、嫌気が差してきたからか、オレの中である変化が起きた。

 あの金髪の少女を視野へ入れるようになったのだ。見た目は純真な少女。クレーブスの情報だと、彼女は貴族の侯爵令嬢であり、幼い頃から躯が弱かった為、それでこんな辺鄙な田舎へと越してきたそうだ。

 最初、目にした時はあまりに幼すぎて恋愛対象として見る事が出来なかったが、月日が経つにつれ、彼女は美しい娘へと成長していき、いつしかオレは意識するようになった……というのは美談に過ぎない。

 実際はクレーブスから「金髪のコいいじゃないですか~!」と、執拗に勧められていた……というのがきっかけだ。アイツは時折レネットの様子を勝手に見に行っていたらしい(今思えばただのストーカー)。

 さらに彼女は都会生活が短いせいか、あの都会ならではの穢れを全くもっておらず、純真無垢で、それでいてしっかりと自分の色をもった芯の強い娘であると聞いていた。話を聞いていた限り悪い娘ではなさそうであった。

 レネットはこんな田舎で育っているが、しっかりとした英才教育を受けているのもあり、優れた教養や人を思いやる心を持っていた。おまけに文句なしの美しさまで持ち合わせている。それに純粋にオレの事を慕ってくれていた。

 この二十年間、ろくに男と接してきていない彼女はとても初々しかった。都会の王族や貴族の娘は社交の場を学ぶ為、ある程度男と交流をもつ。ウブなように見えても、所詮は演技。しかしレネットは違う。あの純粋さは天然そのものであった。

 彼女の傍にいると、まるで自分の心まで洗われるような気分になる。彼女を例えるなら、新緑のように瑞々しく、生命力や秘めた可能性というものを感じる。オレはほぼ興味本位からレネットと接していたが、気が付けば彼女の色に染まっている自分がいた。

 そしてオレ達は出会ってから数ヵ月で相思相愛となり、トントン拍子に婚姻まで至って初夜の日を迎えた。二十年もの呪縛から、ようやく解き放たれる日がきた。こんな喜びを愛する女性と迎える、この上ない幸福だった。ところがだ……。

「お声が出るようになってから、今までのアクバール様と随分と雰囲気が異なる気がして……」

 そう控えめで、か細い声で言うレネットの表情は明らかに不満と訝し気が現れていた。「案の定」という反応にオレは思わず笑みを零した。それが返って彼女には不満を煽らせたが。せっかくの甘美な雰囲気をぶち壊してしまったな。

 元々、オレは柔和な顔立ちをしている。黙っていれば穏和で優し気な印象を与えるようだが、口を開けばその印象は崩れるようだ。のちに国を司る王太子が外見通りの中身であれば、必ず潰される。国政はそんな甘いものではない。

 そんな事を知らないレネットからしてみれば、胸を打ち突かれる思いをしたのだろう。だが、これだけは間違いなく言える。オレは初めから彼女に好意をもってもらう為に、騙していたわけではない。

「今の貴方は私が愛したアクバール様ではありませんっ」

 しまいに彼女は珍しく感情的になっていた。しかもだ。

「呪いを解く為に私を騙していたのですか! 私から愛をもらう為に、完璧な旦那様を演じて! 愛して下さっていた事も全部嘘だったのですか!」

 とんでもない疑いをぶつけてきた。そこを疑われるのはとんだ心外だ。今回の呪術は相思相愛でなければ、解かれないからだ。オレは心の底から彼女を愛している。それが間違いない事をオレは彼女の全身を愛撫して証明する。

 そもそも幾分かの事で、オレへの愛情が冷めぬよう、レネットを存分にオレ色に色づけている。今更彼女とて容易にオレから離れる事など出来ないだろう。それに彼女の父親アガット侯爵は娘が傷物になったと世間の目を気にして、決して離縁を許さないだろう。

 完全な策士だな、オレは。レネットはなんだかんだ文句を言いつつも、オレを受け入れている。彼女のオレへの想いは温かいままだ。でなければ、とっくに再びオレには呪いが降りかかっている。

 レネットは呪いを解く相手として選んだだけの事はある愛情が深く絆の強い女子おなごだ。……と、オレがレネットを熱く語っているところにだ。彼女からなんとも理解し難い言葉が飛んできた。

「魔法使いを探しに行きましょう!」

 オレの中途半端に残っている呪いをレネットは完全に解きたいらしい。理由はどうやらオレから離れたいというのが見え見えだった。「無理だ」と、オレは思わず即答しそうとなったが、これはこれで色々と都合が良い事に気付いた。

 やたら乗り気なレネットに水を刺してしまうのも悪い。彼女にも外の世界を知る最初の一歩になる。それにレネットと魔法使いを探している間、こちらも王宮へ戻る準備をしておけばいい。だからオレはレネットの提案に乗った。

 その翌日からオレとレネットは魔法使い探しを始めた。呪いをかけられた場所は神殿の近く、フードを深く被った不気味な魔法使いと、レネットには教えられる最低限の情報だけを与え、共に都会へと出た。

 当たり前の事だが情報が少ない上に事が起きてから既に二十年が経っている。おまけに呪いで失声した王太子は表上、不治の病にかかって田舎で療養中となっている為、民衆の誰もが呪いの存在を知らない。

 それでもレネットは懸命に手掛かりを探していた。それにオレは度肝を抜かされる。確かにレネットの芯は強いが、ここまでの根性を見せるとは思わなかった。無謀な魔法使い探しだ。正直すぐに弱音を吐くかと思っていたのだが。

 オレも共にレネットと行動をしていたが、メインは王宮へ戻る為の準備を進める事だ。オレは時折レネットから離れ、クレーブス中心に臣従達へ細かな指示を出して計画を実行していった。わざわざ都会にまで足を運んだ事もあって、思いの外早く段取りが整った。

 これでいつ王宮へと戻っても、すぐに王太子としての復帰が出来る。……オレが戻った時、アイツ・・・はどういう顔をするだろうか。今、それを想像するだけで笑えるな。そしてオレはフッとレネットが眠る寝台へと視線を送る。

 どうやら案の上、彼女は眠ってしまったようだ。オレは物音を立てずにそっと彼女へと近づき、顔を覗く。微睡む寝顔から深い眠りとは程遠いように見える。オレが告げた真実にグッスリとはいかないのだろう。

 ――レネット、オレの最愛の女性ひと

 オレはレネットの頭にそっと手を乗せる。それからすぐに燭台の炎とは異なる光が室内を照らし始める。

 ――朝日か。そろそろだな。

 間もなくか・・・・・。夜明けと共にクレーブス率いる従者達がオレとレネットを迎えに来る。この檻から出たら戦場・・だ。オレはレネットの顔を見つめる。やっと眠りについた彼女を起こすのは悪い気がしてならないが、これもオレ達の未来の為だ。

「レネット、悪いが起きてくれ。迎え・・が来るぞ」





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