Please5「呪いをかけた魔法使い」




 ――デリュージュ神殿。

 王都シュヴァインフルト国の象徴とも言える荘厳な神殿。聳え立つ尖塔と空中にアーチを架けた飛び梁の特製を生かした白亜の殿堂である。また他国にはない技法で作られた浮彫りの装飾品は実に巧緻を極めたデザインであり、その壮観な造りは他国からの評価も大変高いと聞いている。

 神殿は各王都に存在し、外観の造りはそれぞれの国で全く異なっているが、長閑な森を彷彿させる内部の造りは共通している。真っ白な列柱は高く、枝分かれとなって無数に伸びており、柱頭には葉のような形の特殊な装飾が施されている。

 またステンドグラスや柱頭の間に嵌め込まれているガラスから、採光が降り注ぎ、それは内部全体を優しく包み込む木漏れ日のようであり、私やアクバール様が住んでいる森を想起させるような、とても心地好い空間であった。

 さてそんな神聖なる場所に私はここ数日足を運んでは気を落ち込ませ、後にしている。ここに来ている目的はただ一つ、アクバール様に呪いをかけた魔法使いを見つける手掛かりを探す為だ。

 アクバール様からはこの神殿の近くで、忽然と現れた魔法使いに呪いをかけられたと聞いている。ただ聖職者達の話から、それは有り得ない話だと突き返されていた。何故ならここには神と称される「神官」様が存在するからだ。

 さらに神官様をお守りする偉大な魔力をもつ聖職者の方々もいる。魔法の結界も張られている為、魔女や魔法使いといえど、容易にこの付近に足を踏み入れて悪さは出来ないと。かといってアクバール様が偽りの話をしたとも言い難い。

「はぁー」

 ――今日も無理なのだろうか……。

 私は神殿の外観を前にして、深い溜め息と一緒に諦念した。この一週間、ありとあらゆる場所を巡って例の魔法使いを探し回ったが、早々に見つかる訳がない。初めから無謀だとは思っていたけれど、だからといって何もせずに、あのオレ様アクバール様の傍で強要されているのは堪え難く……。

 情報をもとに、呪いをかけられた付近のデリュージュ神殿を始め、魔法使いが寄り付きそうな場所を点々と回ってはみたけれど、そもそも情報自体が漠然とし過ぎていて無理がある。分かっている情報は人型で呪いをかけられるほどの魔力をもつハイレベルな魔法使いだという事。

 この世界の魔法使いは海の奥深くに棲んでいる。そして現在、魔物がむやみに地上をうろつくようになった為、人間の魔力が強化し、その影響で魔女や魔法使いは地上から疎遠となっていた。だから地上に現れる魔法使いはそれなりの能力をもつ。

 基本は海に生息している生き物だし、普段地上にいるとも限らない。この際、魔導師のお力添えをもらいたいぐらいだ。実家に戻って手助けをしてもらおうか。でも魔法使いを探しているだなんて知れたら大目玉だ。魔法使いなんて危険なイメージしかないもの。

 とはいえ、アクバール様が呪いをかけられたのはもう二十年も前の事であり、呪いをかけられた理由すら分からない、自分の微力だけでは限度がある。一早くアクバール様と離れる為には手助けは必要だ。もう少し粘って駄目なら本気で考えよう。

 ――真の愛を手に入れ、愛しの者と身も心も結ばれる事。

 ふと脳裏に浮かぶ、魔法使いが残した唯一の言葉。他人に呪いの解き方を教えてしまえば、その呪いは永遠に解かれなくなるそうだ。だから私はアクバール様と結ばれるまで、呪いを解く方法を知らなかった。

 呪解には真の愛が必要だという事だ。その愛が離れてしまえば、呪いは再び身に降りかかる。だけど、私はアクバール様との離縁を望んでいる。呪解を考えれば、胸が痛まない訳ではない。

 というのもあり、私が彼の近くにいなくても、呪いが舞い戻らない方法を見つけようとしているんだけどね。早く魔法使いを見つけ出さないと。正直会うのは怖い……けど、そこは今考えない!魔法使いの目的はなんだったのだろうか。

 近代、人間界に姿を現さなくなったというのに、わざわざ危険を犯してまで来たというのは何か深い理由があるのだろう。気まぐれなんてそんな馬鹿な理由だと思いたくない。いくらなんでもアクバール様が気の毒でならない。

 ――はぁー、気が重い。

 呪いは完全に払拭し切れていないのよね。そんな中途半端な呪いから、早くアクバール様を解放させて、私も彼から離れなければ。……さてと。

 ――これ以上、闇雲に探していても時間の無駄よね。

 今日の締めに私は例の魔法使いが見つかるよう、祈りを捧げに神殿の内部へと向かって行った……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 ――まだアクバール様は戻って来てないのかしら?

 神殿の出入り口扉を出てすぐに私は辺りを見渡す。もとはアクバール様と一緒に訪れていたのだが、彼は仕事がある。声が出るようになってから多忙が増し、私と一緒に魔法使いを探している間も、時折抜け出して仕事へと行っていた。

 そういえば、この一週間の間でアクバール様と一緒に、この神殿には訪れていない。心なしかアクバール様がこの神殿に近寄りたくないのではないかと思っている。それもそうだ。呪いをかけられた近くの神殿に、自ら近寄りたいとは思えないものね。

 私も自分がアクバール様の立場なら、怖くて近寄れないかもしれない。そう考えれば、アクバール様は相当無理をして魔法使い探しをやっているのかな。私が無理をさせているのだろうか。……いや、そうでもないか。

 これに関して彼から嫌がる素振りはなかったし、むしろ魔法使いをとっ捕まえて、公開処刑にしてやると意気込んでいたっけな? 基本あの人は前向きな考えをしている。変に前向きなのかもしれないけど。

 暫く待ち合わせの神殿の扉付近で、アクバール様が戻って来るのを待っていたが、一向に戻って来る気配を感じなかった。仕事が延びているのかもしれない。彼を探しに行こうか、でも下手にここを離れてすれ違うのも嫌だし……。

 ――仕方ない。アクバール様が戻るまで、このまま待ちますか。

 そう思い直した時だった。

 ――フワッ。

 何処からともなく漂う甘いドルチェのような香りと、キラキラとした輝きを目にする。サッと私の横を通り過ぎる人物に違和感を覚え、思わず私は振り返って相手の後ろ姿を目にする。

 その人は深紫色のローブを身に纏い、頭までフードをスッポリと被っている。さっきほんの一瞬だったけど、覗いた横顔の輪郭がとても美しく、目を見張るほどであった。背の高さと躯つきからして男性なのだろう。

 それから男性は頭のフードに手をかけた。そうか、神殿では被り物が禁止されているものね。ハラリと取られたフードの中から、陽射しを編み込んだような眩いブロンドの髪が舞って流れた。

 ――なんて美しい髪なの。本当に男性なのかしら?

 時を忘れて相手の後ろ姿に見惚れていた。あんまりにも見つめていたものだから、私の視線に気付いてしまったのだろうか。突然、相手が私の方へと振り返ってしまった! 心の準備が出来ていない! と、私は目を白黒させる。

 ――うわっ!

 私は大きく瞳を揺るがせ、慌てふためくなど吹き飛んでしまった。目に映った男性が本当に女性ではないかと疑う。満天に輝きみつる星月夜の美しさを湛えた美貌だ。本当に目が眩む美しさであり、魂さえ持っていかれるのではないかと戦慄く。

 ここまで完璧な人、アクバール様以外でいたなんて。本来であれば、ずっと眺めていたいとすら思える美しさなのだろうが、ある事に気付いた私はその考えが払拭される。完璧な美の中で一番目を引くのが、血のような真っ赤な瞳であった。

 ――……赤は魔女と魔法使いの……ひ……とみ?

 刹那、背筋に鋭い寒慄が走る。

 ――この人は魔法使い!





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