第六十四話「運命の日、待ち受けていたものとは…」




 大聖堂の塔の上へとやって来た。ここまでに来る間、繋がれた鎖の重みが苦痛で仕方なかった。確かに、この重みがあっては容易に逃げ出す事は出来ない。女のコの私に対しても、パナシェさんは容赦ないという事だ。さすが聖職者の姿をした悪魔。

 数日ぶりに肌に当たる外の風が心地良く感じた。雲一つない青天だ。暖かな陽射しは大聖堂トップの尖頭に神々しく立つローゼンカバリア女神像へと向かって輝いている。女神を囲む周りの天使達も含め、まるで判決を下す裁判官のように見えた。

 私とシャークスは鎖に繋がれたまま、塔の最前へと連れて行かれる。そこには何故か謁見の間にあるような赤いカーペットやら玉座のような豪華な椅子が幾つか並べられていた。

「この先から地上がお見えでしょうか?」

 私とシャークスの前を歩いていたパナシェさんが振り返り問う。私達は無理矢理に引っ張られて、パナシェさんが言う塔の下を見させられる!

―――まさか咄嗟に突き落とすつもりじゃ!!

 私は抗う姿を見せたが、押さえ付けている司祭の力に敵わず、顔を下へと向けさせられた!そして目にした光景に目を大きく見開いた!

 何故なら、大聖堂正門前からバックの広場まで、今までに目にした事のない大勢の民衆の集結に、思わず息を呑んだ。下からこの塔の上まで、民衆のワァーッとした熱気が伝わってくる。この熱気のなにを意味するの?

「これだけの民衆が集まりました。それもその筈です。今の情勢に不満を持つ彼等にとって、これから起こりうる事柄は待ち望んでいた、いわば革命ですからね」

 パナシェさんは意味ありげな笑みを見せ、言葉を吐いた。その革命と言うのはエクストラ王の退位と言いたいね!

「民衆には今日こんにちの事は“首都ジョンブリアンに新たな未来が開かれるでしょう”とお伝えしております。もちろん、それはローゼンカバリア女神様からのお告げだという事も」

 本当になんていう人だ!とんでもない事を平然と言い放ったパナシェさんは悪魔そのものだ!暗躍してきた事をすべて女神からのお告げにして、あたかも自分はなにも手を施していないと言い逃れる気なのだ!今すぐこの聖地から追い出してやりたい!

 私はパナシェさんをキッと睨み上げているが、シャークスの方は少しも表情の崩れはなかった。完璧な無表情に、なにを考えているのか読み取れない。ただ少しばかり目を泳がせているように見えるのは気のせいだろうか?

 それから私達はカーペットの中心へと連れて行かれると、何処からともなく、幾人の司祭と鎧を身に纏った兵士が現れた。司祭達はカーペットを挟んだ左右にあるクラウンの椅子へと腰かけ、兵士達はカーペット中央へと集まり、私とシャークスは囲まれる大勢たいせいとなった。

 その威圧感に私の緊張はさらに高まり、震えが増す。兵士達は大剣を持ち、大聖堂には不似合いな巨大な体格をしていた。下手に動いたものなら、所持している大剣でぶった切りになられそうな雰囲気だ。それに、さっきから彼等は無言の合図を送り合い、それが不気味で仕方ない。

「さて残るはエクストラ王のみですね」

 いつの間にか私とシャークスの前に、平然と立つパナシェさんの表情には深い笑みが含まれていて、私はゾッと背筋が凍った。同時に心臓がバクンバクンッと鳴り始める。王の決断には私とシャークスの命がかかっている。私達の命を取れば、王は自ら退位を選んだ事となる。

 もし王が地位を守るであれば、私達の命は絶たれる。でも私達が処刑されたとしても、私とシャークスの、この大聖堂への侵入は王の承知の上で起こした。パナシェさんはその事実を王の不届きな行為として主張し、退位せざるを得ない状況にもっていこうともしている。

 どちらにしても、このままでは王は失脚せざるを得ない!一体、王はどちらの決断を下すのだろうか…。そんな私の切なる思いの中、背後から声がかかる!

「エクストラ王がお見えになりました」

 その言葉に、私はバッと後ろへと振り返った。美しい刺繍が織られた鮮やかな赤のジュストコールの上に、金色のラインとスパンコールが輝かしい真っ白な肩布を羽織られた、神々しい姿のエクストラ王がいらっしゃった!

 私とシャークスは敬礼に頭を下げるけれど…周りの司祭や兵士達はその様子を見せない!なんで!?一国の王に対して敬意を表さないなんて!

「敬礼を致さないとは、非国民の主張をされているのですか?」

 この無礼な態度をしている連中に、今まで黙然としていたシャークスが口を開いた。怖い。こんな人を憎むような形相をする彼の姿は初めて見た。今までどんなにパナシェさんが無礼な言葉を発しても、シャークスは冷静な表情をしていたのに。

「我々が敬意を表すお方はお一人ですので」

―――え?どういう意味?

 パナシェさんはシャークスの凄味にも怯む様子を見せず、むしろ「なにを馬鹿な事を」と、蔑んだ表情を返した。「お方」とは誰の事?

「ようこそ、シルビア大聖堂へ、エクストラ王。私は大司祭のパナシェと申します」

 胸に手を当て、ここでようやくパナシェさん軽く頭を下げた。だけど、本来の敬礼より浅く、明らかに王を軽視しているのがわかる。でもエクストラ王は機嫌を損ねるご様子はなかった。

「どうぞ、こちらへお掛け下さいませ」

 ちょ!普通エスコートするよね!?王自ら座られるよう促すなんて!ここまでの侮辱ってありなの!?こんな待遇を受けても王は顔色一つ変えず、指定された玉座へと腰を掛けられた。なんて寛容な王なのだろう。王の腰掛けを目にしたパナシェさんは…。

「早速ですが、王、先日のお答えをお聞かせ願えますか?」

―――ドクンッ!!

 その言葉を耳にして私の心臓は最高潮に高鳴った!!なんの前触れもなくストレートに本題に入ったよ!!恐怖の瞬間だ!!

 ……………………………。

 王とパナシェさんは無言の見つめ合いをされていた。

―――ドクンドクンドクンドクンッ!!

「なんの前置きもなく問うのだな」

 王は目を細め、半ば呆れたような表情をされていた。

「こちらで王とのご挨拶や世間話をしに参っているわけではございません。そもそも我々は本日まで猶予の時間を差し上げておりますで」

 ぐっ!なにからなにまで上から目線で腹立つ!

「これも十分前置きとなりました。そろそろお答え下さいませ」

 パナシェさんから不敵な笑みが消え、フッと真顔に変わる。その顔はこれ以上は待たせるなと言わんばかりのいかりが込められていた。その様子に、王は深く溜め息をつかれ、そして…。

「よかろう、では…」





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