第六十一話「忍び寄る魔の罠」




 私達は呆然として立ち尽くしていた。この鐘の音はなに!?

「なんだ?この鐘の音は?」

 クローバーさんは眉をひそめて問う。

「上からだ。でも妙だね。ここ数年、鐘の音を聞いた事がない」
「確かに。今はただの飾りとなっている。という事は…どうやら誘われているようだな」
「そういう事になるね」

―――誘われているって…。

 シャークスとクローバーさんはさほど驚いている様子がなかったが、私は妙に嫌な予感がしていた。人の気配すら感じていなかったのに、突然に鐘が轟音を響かせていた。鐘は手動の筈だ。一体誰が…?私達を誘う為に、わざわざ鎮静していた鐘を鳴らしているのか?

「最奥に上へと繋がる道がある筈だ。急ごう」

 シャークスの言葉に、彼とクローバーさんの二人が最奥へと足を急がせたので、私も遅れずと彼等の後へ続いた。

 ………………………………。

 扉へ辿り着いた頃には鐘の音は止んでいた。そして私達は注意深く扉を開けた。すると…?

「階段?」

 目に映ったのは、さらに上へと繋がる螺旋上の細い階段だった。本当に上に繋がる道があったのだ!

「この上は屋根裏的な場所だろう。鐘の音はこの上からだ」

 的確に判断するシャークスに、私は感心した。だてに黒の騎士様の長をやっているわけじゃないんだね。長は力が強いだけじゃなくて、知性も伴っていないと出来ないもん!そして予想外にあった何百段を上り切ると、ある部屋(?)へと出た。

「ここは?」

 無数の木製の骨組みが広がっていた。

「オマエが言った通り、屋根裏のようだな」
「ここは大聖堂の身廊の真上だ」

 辺りを見渡しながら、シャークスが補足説明をする。骨組みは外観の形に合わせたアーチ状のトンネルとなっており、足場は狭い回廊となっていた。ほのかな明かりしかないから、足元には気を付けなければ。

 ………………………………。

 重々しい閑散とした空気が流れていた。屋根裏だから、人の気配がなくて当たり前だけど、妙な静けさに不安を覚えた。

 そして…。

―――ギギギギィ――キュィィィィ――――――ン!!!!!ギ、ギ、ギギギギ………。

「なにこの音!?!?」

 なんとも言えない奇怪な音が響いてきた!!あまりの不快な音に思わず耳を塞ぐ!!

―――さっきの鐘の音といい、なんなの!?!?

 シャークスとクローバーさんは、しかめた顔をしながらも、音の出所を探しているようだった。そして、

「スターリーの背後にある扉から聞こえてくる!!」

 音の出所を突き止めたシャークスは扉の方へと走り出した!!私も彼を追って走り出す!!

「待て!!シャークス!!スターリー!!」
「「え!?!?」」

 いつも冷静で落ち着いた口調のクローバさんから、ひどく焦った声が上げられる!!だけど、振り返る間もなく、

「きゃぁぁああああ!!!!」

 一瞬の出来事だった!!気が付いた時には床にポッカリと穴が開いていて、そのまま重力によって、私は引きずり落とされたのだった…。

❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤

―――スターリー。

 甘く穏やかな声が私の名を呼ぶ。この声…私は知っている。兄さんの誰か?ううん、こんなに愛おしむように、優しく呼ばれた事ないもん。そしたら…?

「スターリー」

 今度はハッキリと耳にする。それと同時に視野が広がって…?

「あれ?「スターリー!!」」

―――うわ!!

 急に引き寄せられて、固いものに顔がうずくまる!

「え?え?シャークス…?」

 どうやらシャークスの懐に、抱き寄せられていたみたいだ。私の後頭部と背中に回されている彼の手に力が入る。

「ど、どうしたの!?てかなに勝手に抱き付いて…」
「いくら呼んでも全く目を覚まさなかったから、打ち所が悪くて、もしかしてって心配していたんだよ!」
「え?」

―――そういえば…私、確か…。

「いきなり床に穴が開いて落下したんだ!!」

 思い出しただけでも気を失いそうだよ!もう恐ろしいほどのハイスピードで、降下して意識がなくなったんだ!!でも…。

「何処も躯に痛みはないみたい」
「良かった」

 私の言葉にシャークスはより一層ギュゥーと引き寄せた。もう一ミクロの隙間もないっていうぐらい密着してますけど?いつもなら張り倒すところだけど、彼がとても心配してくれているのがわかったから、怒る気にはなれなかった。

「もう大丈夫だから」

 私は顔を上げ、もう一度無事を伝える。

「本当に良かった。息をしていないかのように、グッタリとしていたから、もうダメかと思ったよ」
「多分、落下の恐怖で気を失っていたから、すぐに目を覚ませなかったなんだと思う。シャークスは大丈夫だったの?」
「オレは落下中も頭は冴えていたよ」
「は?」
「あのスリリングさにゾクゾクして、却って気を失う事が出来なかった」
「!?!?」

 なにそのMっ気!?!?そんなんで、あの恐怖から耐えられるの!?!?

「躯が着地した時はさすがに衝撃を受けて目が眩んだけどね。多分、落ちた場所はオレ達の衝撃を抑える為に、伸縮性のある丈夫なマットが敷いてあったみたいだ」
「マット?」
「そのマットのおかげで、衝撃を受けた際、反発力が働いて大事には至らずに済んだみたいだ」
「反発力って?」
「伸縮性のあるマットだから、衝撃と同時に躯が跳躍していたんだ。ポヨンポヨンッとして、面白かったよ」
「はい?つぅか、衝撃が起きた後も気を失わずにいたって事?」
「そうだけど」

 し、信じられない!ケロッと答えやがった!シャークスって、実は人間じゃないんじゃない!?有り得ない精神力だよね!?

「でも今、私達かったーい石の床にいるじゃない!?どうして!?」
「うーん、それがマットレスで喜んでいるまでは良かったんだけど。その後はオレ、プッツリと記憶がないんだよね」
「なんで!?」
「ふとしたら、甘い香りが漂ってきて、それ睡眠作用が含まれたお香だったんだと思うんだけど、それでパッタリとね。気が付いたら、ここにスターリーと一緒に倒れていたってわけ」
「そうだったの?……てか、ここって」

 突然の事で周りをきちんと見ていなかったけど、目の先を映し出すと、私は呆然とした。

「まさか…牢獄?」
「そうみたいだね」

 真っ黒な鉄格子を目にして硬直した。周りは洞窟のような空間となっていて、湿っ気と重々しい空気の流れに、やっぱり牢獄に違いないと認識させられた。

「どうして?それに、クローバーさんは!?」
「アイツは被害に遭わずに済んだようだ。運良く捕まってないとみた。きっと助けに来てくれるよ」

―――カツカツカツカツ。

 突然に鉄格子の先から靴音が響く!!私とシャークスはすぐに音の先に目を向ける!すると…?

「お目覚めのようですね」

 落ち着いた朗らかな声が響く。この声は……!?!?

「パナシェさん…」





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