第五十六話「知り得た真実」
いつも私に対しては穏やかな口調で話をしてくれるシャークスだけど、今の声はどこか冷然としていた。表情まではわからないけれど、きっと厳しい顔をしているに違いない。
―――シャークス、ずっとアンティール様を恨んでいたの?
シャークスって偏愛主義者だもん。きっと、アンティール様に去られたショックが大きすぎて、恨むまでに至ったんじゃ!
「そうよね。そう思われて当然だわ」
シャークスの言葉に、意外にもアンティール様はわかっていらっしゃる様子だった。
「でも貴方の事は心の底から愛していたわ。それだけは信じて」
「今更そう言われてもね。君はもうフォールン王子の婚約者となっているし、今となっては本当だったかどうかも疑わしいよ」
―――うわ!シャークスってば、めっちゃ怒ってるじゃん!
「…シャークス」
「それに、もうあの頃の君ではなくなってしまっているよ。勢い余る君に惹かれていたけど、今の君はすっかり王子好みの色になっているね」
―――ん?なんだ、勢い余る?王子好み?
私は意味がわからず、目をパチクリとさせる。
「…っ」
シャークスの咎めるような口調に、アンティール様は言葉を失っているようだった。でも…。
「だって!私、不安だったのよ!」
意を決したかのように、突然と声を荒げるアンティール様に、私はビックリとする!
「貴方からの愛は貴方を罵って罵って、とことん痛みつけないと、感じられなかったじゃない!!」
―――はい!?いきなり、なんの話ですか!?!?
「アンティール?」
「貴方からの愛を得る為に、私は無我夢中で貴方を罵り上げ、そして痛みに痛みつけた!」
―――えぇぇえええ!?!?!?
「でもフォールン様と出会って、彼は有りのままの私を愛してくれると言ってくれたわ。無条件で愛される愛に私は心を揺るがされてしまった。それで気付いてしまったのよ。痛みつけない私は貴方にとってはなんの価値もないんだって事に!」
「そんな事はない。確かに、君の罵しり痛みつける姿は一瞬でエクスタシーに至れるほどの恐ろしい快感と悦楽だった!でもだからといって、普段の君に価値がないなんて……」
―――なに、この話!?え!!?アンティール様手って可憐な乙女ではなく、ドSだったの!?
「嘘よ!気が付いた時には、貴方からの攻めはなかったわ!本当に私を愛してくれていたのなら、迫って来てくれてた筈よ!」
「それは!君の攻めがあまりにも凄絶すぎて!オレの出る幕ではないと思っていたんだ!あの時の君の姿は完全に征服者だったよ!」
―――……これ、喜劇じゃないですよね?
私はハラハラドキドキしていた筈なのに、いつの間にか別の感情が生じていた!出来れば、秘めたアンティール様の姿を目にしたくはなかった!ショ、ショックすぎる!
考えてみれば、シャークスは究極のドM男だ!アヤツがおしとやかな女性を選ぶわけがないよね!う~、なんか私もドSアンティール様のような目で見られているって事だよね。二重でショックだっての!!私は至ってシャークスを罵り上げても、痛みつけてもないんですからぁぁああ!!
「ブ…ハハッ!」
私の泣きたくなる気持ちをよそに、横から笑い声が聞こえてきた!明らかに笑いを堪えているクローバーさんからだ!硬派な彼をここまで笑わせるシャークスとアンティール様の二人って……。
「あの?クローバーさん?」
私は心なしか冷めた表情で彼を呼ぶ。
「ハハッ、これで君の思い違いがわかっただろう?アンティール様の素は君と同じドSなんだよ」
「私はドSではありませんから!」
―――わわっ!思わず大きい声を上げちゃったよ!
でもシャークス達には気付かれていないようだ!良かった!ちょと反省をしている間に、再び会話が耳に入ってきた。
「もう過去の話に過ぎないわ。もうお互いに大事な人がいるのだから、今を大切にしましょう」
「そうだね」
「この間、お会いしたわ。貴方の婚約者に」
―――ん?
もしかして、その婚約者って私の事じゃないよね?
「あぁ、そうみたいだね。本人…スターリーから聞いたよ」
―――やっぱ私じゃん!婚約者じゃないっての!私の意思なしの婚約だよね!
「とても可愛らしい方ね。明るく元気があって」
「そうだよ。今のオレにとってはかけがえのない大切なコだ」
―――え?
プンスカしていたけど、シャークスのとても愛おしむような声を耳にして、怒気がしぼむ。
「…彼女もまた凄いの?」
「とてもね」
なんの話ですか!?ってか、アンティール様も変な質問しないで下さいってば!私はドSじゃありませんから!!
❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤
―――別に盗み聞きする必要なかったよね?
部屋に戻るなり、私はゲンナリとしていた。
―――てか、完全にクローバーさんの悪趣味に付き合わせられたよね!
おかげで知らなくてもいいアンティール様の素顔を知ってしまってさ!でも、なんだかんだシャークスが、今はアンティール様に未練がないと、わかっただけでも良かったのかな。……ん?なにが?……そう!アンティール様を恨んでなくて良かったって意味ね!
それと…シャークスって私の事、本気で考えてんのかな?考えようにはアンティール様に対して当てつけに、私を利用しているわけじゃない…よ……ね?
―――ズキンッ。
あれ?なに今の?一瞬、胸が痛んだような?たまにこんな痛みが襲うんだよね。病気とかじゃないと思うけど、なんでだろう?
―――トントントンッ!
「?」
部屋の扉がノックされた。
「はぁい!」
―――誰?
けっこういい時間なんだけどな。扉を開けてみると…?
「…シャークス?」
ノックの主はシャークスだった。彼はまだパーティ時の正衣姿だ!うん、この姿は騎士様ではなくて、王子様に見えるね!
「どうしたの?こんな時間に?」
「うん。今日パーティの時に、スターリーと話が出来なかったからさ。ちょっと話がしたくて」
シャークスはとても穏やかな表情をして答えた。
「話なら明日でも…」
「まだドレス姿でいてくれて良かったよ。せっかく可愛い姿なのに、着ている時に褒められないなんて、残念だからね」
「え?」
実はパーティの最中に、シャークスと会話をする事がなかった。なんだかんだ彼は護衛をするお偉いさん達と、ずっと一緒だったもんね。
「ドレス姿を褒めにわざわざ来たの?」
「そうだよ。スターリーのドレス姿は貴重だからね。とても良く似合っていて可愛いよ」
急に真剣な表情で言われるもんだから、思わず私は赤面してしまう。
「あ、有難う。シャークスもその姿、素敵ね」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
私も素直な気持ちを伝えると、シャークスの表情が和らぎ微笑んだ……までは良かった!
「それで一番印象的なのがさ…」
「?」
なんの話?気が付くと、心なしかシャークスの表情が恍惚状態になっていて、視線が私の足元に?しかも……息が乱れ始めてきていて!!めっちゃ嫌な予感!!
「え!?なんで息荒いのよ!?ウットリするような表情をしてるし!またいかがわしい事考えてんじゃ!?」
「そのヒールの靴、可愛いなって思ってさ」
「は?」
「そのピンヒールで、オレの躯をグリグリと痛めつけてもらえないかな?はぁはぁ」
―――きたぁぁああああああああ!!!!!!!
良からぬ事を考えているとは思ったけど、いざ口に出されるとキモさ倍増!!並ならぬ戦慄に襲われ、
「出来るか!!ボケ!!はよ自分の部屋に戻らんかぁぁああああ!!!!」
と、罵声と共にシャークスを部屋から押し出した……が!!その私の怒声する姿が、さらに彼を興奮させてしまったというのは言うまでもない…。