Rival5「絶対に犯人を捕まえて見せます」




 乗合馬車を利用して片道十五分ほどでオレは家に戻った。今の時間帯は両親が店につきっきりだから、特に怪しまれず自分の部屋に戻れた。急いでオレはリリーとリオを別の場所に移す。

 既にレパード嬢にはオレがいなくなった事が知られているかもしれない。小火騒ぎが起こる時間は間もなく。今からリリーとリオを盗む犯人の行動を止める事は不可能だ。

 犯人は裏口から入ってオレの部屋に侵入して来る。オレは自室のある場所に隠れて身を潜める。ここが犯人に不意打ちをつく適した場所だ。程なくして下の店内から騒ぎ声が聞こえてきた。

 ――小火騒ぎが起こったんだ! いよいよだ!

 オレは固唾を呑んで定位置に待機する。間もなく犯人がオレの部屋にやって来るだろう。数分後、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

 ――来たっ! 犯人だ!

 犯人は事前に部屋を調べていたのか、迷う事なくオレの部屋の扉を開けた。そろりとした足取りで入ってきた。記憶に残っている執事とは程遠い薄小汚い恰好をした男だ。

 あれなら一般人として見られ、貴族と繋がりがある人間には見られない。あれも計画の内の一つなのだろう。オレは息を殺して男の動向を凝視する。奴は視線をキョロキョロと彷徨わせていた。

「クソッ、リラウサは何処にいるんだ! いないじゃないか!」

 男は汚く舌打ちをし、慌てた様子で室内をグルグルと見渡す。扉の後ろに隠れているオレは見つかる前に奴の後ろへと飛びかかった。

「うわっ!」

 意表を突かれた犯人は驚愕の声を上げてバランスを崩した。オレは動きを拘束しようと奴の躯を床へ押し倒す。相手を俯せの状態で組み敷いたオレは上から奴を渾身の力で押さえつけた。

「貴様! 今はお嬢様の屋敷に居る筈じゃ!」
「生憎だったな! オレはリラウサを狙うオマエを捕まえる為に戻って来てたんだ!」
「何故計画がバレた!」
「観念しろ、この盗人め!」

 オレは奴を縛り上げようと予め用意していた縄で縛ろうとした。だが、相手も相当な力で抵抗を続ける。

「クソッ! 女のくせに何て力だ!」
「観念して捕まれ! ……ぐあっ」

 力づくで縛り上げようとしたオレの腹を犯人は無遠慮に蹴りを入れられ、オレは呻き声を洩らして仰向けに倒れた。その隙に男は立ち上がってオレの躯を抑え込んだ。

「へへっ、態勢逆転だ」

 男の下卑た笑みが恐ろしい。

「運が悪いな、いや最初からオレを捕まえようなんて無謀だったんだ。変装しているとはいえ、顔を見られた以上、生かしてはおけないな」
「ぐっ!」

 男に首を絞めつけられる。

 ――コイツ、オレを殺す気だ!

 締めつけられる苦しさと死の恐怖に全身が戦慄く。混乱する意識の中で目に浮かぶのはライの鮮やかな姿。

 ――オレはライを残して死ねない!

 ガッと打ち付けられるように思いが溢れ、オレは渾身の力を振り絞って男の顔に爪を立てた。

「いてっ!」

 押さえつけられている力が緩む。オレはその機会を逃さずに奴を押し出して蹴り飛ばした。酸素を求めオレはゴホゴホと咳を吐き出す。男も打ちどころが悪かったのか中々立ち上がらない。その隙にオレは縄を持って奴の前へと立った。

「貴族の人間は平気で人を殺すのか! だったらオマエとオマエの主人は犯罪者だ! 絶対に赦さない!」

 縄で縛ろうとする前に奴が先に起き上がって振り払われた。オレに襲い掛かって来るかと思ったが背を向けて部屋から出て行く。

「待てっ!」

 急いで奴を追いかける。男が階段から降りようとした時、オレは奴の肩を乱暴に掴んだ。それをブンッと奴は振り払い、その拍子に体勢が崩れる。同時にオレの足元が浮き、階段を踏み外してしまった。v
 咄嗟に男は手すりにしがみつき、落ちる事なかった。反対にオレは運悪く落下していく。このままでは顔が床に激突して首の骨が折れる、そう思った。オレは反射的に視界を閉じた。

 ――!!

「ライ!?」

 次の瞬間、オレの真下にライがいた。彼は目を眇めて痛みに堪えている様子だった。

「ライ、ライッ、大丈夫か! オレを庇ってオレを助けようと下敷きになってスマナイ!」
「オマエが無事であれば構わない。それにこれは打撲程度だから大した事ない」
「でも……」

 ライの躯の症状が心配でオレの目には彼以外入っていなかった。男が凄い勢いでこちらへと走って来る姿も気付かずに。存在に気付いた時、危険が生じた。男はオレの首に腕を回して盾にしてきたのだ。

「レインッ!」

 ライが青ざめてオレの名を叫ぶ。オレは人質に取られていた。

「妙な真似するなよ。じゃなきゃコイツの首の骨を折ってやる!」
「ぐっ」

 首に圧力がかかりオレは呻き声を上げる。

「やめろっ」

 ライは苦渋の色を浮かべて道を開ける。男は強気に出てライにこの場から退けるよう命令する。

 ――このままではコイツを逃してしまうっ!

 ここで捕まえてすべてを吐き出させなければ、また似たような事件を起こすだろう。

 ――どうしたら!

 オレは死に物狂いで思案を巡る。

「……このまま逃げ切れると思うなよ。オレはオマエの正体は分かっているんだ。レパード嬢の所に仕える執事の一人だろう!」

 ループする前、ライから聞いた男の情報だ。

「なっ!」

 男の動揺でオレは確信した。あの時の執事で間違いないと。一か八かの賭けだったがオレは勝った。

「ここで逃げ切れても地の果てでも追いかけて捕まえてやる!」
「コイツ! この場で殺してやる!」

 ヤツは首の圧力を強めた。

「ぐっ!」

 男は目を血走らせオレの首を絞め上げる。

「レイン!!」
「ぐあっ!」

 突然男が後ろに吹き飛んだ。ライの拳が一撃したのだ。男はオレを殺す事に一心となっていて、その隙をついてライが動いたのだ。ライは男を捕獲しようと掴みかかろうとした。男は邪魔だと言わんばかりに腕をブンブンと振って抵抗を見せる。

 かなり焦っているの動きが乱れていた。ライは冷静な様子で男の拳をすべて躱していく。そして確実に男と距離を縮めていき、タイミングを見計らって華麗なるパンチを男の頬にお見舞いした。

 わずか三十秒ほどの出来事で男はノックアウトして動かなくなった。現役の騎士に敵う筈がない。自分も男だった頃はこんな奴、さっさとノックアウトにさせられたのにと、そんな事を思えたのは自分が何より無事だった証拠だ。

「レイン、よく無事だった」

 ギュッとライに抱き締められ、その温もりに安堵感を抱いた。

「ライ、助けてくれて有難う。でも今日は地方の視察が合った筈なのにどうして?」
「実は視察に向かっている途中、妙な胸騒ぎがしたんだ。あの感じはいつかレインが殺し屋の女と乱闘した時に起きた胸騒ぎと似ていて、オマエの身に何か起きると思ったんだ。視察にはジュラフ団長もいたから事情を話したら、団長がレインの許へ行けとおっしゃってくれて」
「そうだったのか」

 本来オレは渓谷で死ぬ運命だった。それを時がループして渓谷に行かずに済んだ。犯人を一人で捕まえる筈だったのに逆に殺されかけ、その死の運命がライの登場で免れたのだ。

 ――まるで生かされているような気がしてならない。

「ライの胸騒ぎのおかげでオレは助かった。来てくれなきゃ今頃オレはあの世行きだった」
「レイン、またオマエは何であんな無茶を!」

 ライがここぞとばかりに叱責する。

「悪い。どうしても犯人を捕まえておきたくて。そうしなきゃまたいつリリーとリオが狙われるか分からなかったから」
「どういう事だ? 男の目的はオマエじゃなかったのか?」
「違うんだ! 実は……」

 オレは例のループする前の出来事をつつがなく話をした。

「まさかそんな事があったのか」
「ライ、信じてくれるのか?」
「ループは一度起きた出来事だからな。それに今回の胸騒ぎは深い悲しみに溢れた感情が入り混じっていた。多分ループする前に目の前でレインを失ったオレの感情が流れて来たんじゃないのかって思ってる。オマエを死なせた自分を強く咎めていたんじゃないのかってさ」
「ライのせいでは」
「結果レインを死なせてしまった事には変わりないだろう。一体何の奇跡が起きて命が救われたんだろうな」

 ――また女神だったりして……?

 そんな都合良く彼女が助けに来るのだろうか。

「ライ、こうしてオレは無事だったんだ。あまり自分を責めないでやってくれ」
「レイン……」

 さらにギュッと抱き締められた。その後、街の騎士警備が来るまで男を縄で縛り上げて完全に身柄を拘束した。ここまでやれば命の別状はなくなる。オレは心の底からホッとした。事情を話した両親の二人もおったまげていた。

 小火騒ぎが起きているだけでも騒ぎなのに、自分の娘が知らない男に殺されかけていたのだ。ライまで駆けつけてとんだ大事おおごとで。男を捕まえたのだから、レパード嬢にも警備騎士が身柄を拘束しに行くだろう。

「レイン、オレは犯人と一緒に拘置所に行かなければならない。それとレパード嬢の所にも行って事件の全貌を明らかにしてくる」
「うん。ライ、後の事は任せたぞ」
「あぁ」

 オレは店の入り口の前で犯人を連れて行くライの姿を見送り、それからリリーとリオを自室の調度品の上に戻した。

「リリーリオ、二人を守れて良かった」

 そうオレは伝えるとホロリと涙が伝った。彼等は大事な家族だ。居なくなるなんて考えられない。

「これからもずっとオレの傍にいてくれ、リリーリオ」

 二人の手をギュッと掴んでオレは希った。

『ご主人様、アタイ(ボク)達を助けてくれて有難う。これからもずっと傍にいるからね』

 そんな言葉が返ってきた気がした。

「え?」

 オレは改めて彼等を見つめる。何故だかリリーとリオもオレと同じに嬉し涙を流して笑顔を見せてくれているように見えた。

「有難う、リリーリオ。これからもずっと一緒だ」

 オレは自然にお礼の言葉を返した……。


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 リリーリオ誘拐事件はライの采配によって迅速に処理がなされた。お茶会があったあの日、レパード嬢はオレがいなくなったと使用人から聞き、早急に屋敷を捜索したが何処にもオレの姿が無い事に嫌な予感を走らせた。

 オレが家に戻ったのではないかと。計画がバレた可能性があると恐れた彼女は急いでオレの家に使いを向かわせた。その時には家令のスロースが警備騎士に連れて行かれる所を目撃したらしく、使用人は蒼白して屋敷に戻った。

 お茶会どころではなくなり、すぐに会はお開きになったそうだ。それからレオパード嬢の所にも警備騎士が向かった。拘置所に連れて行かれた彼女は家令の単独行動だと言い張っていたそうだ。

 しかし罪を早く認めなければ、どんどん刑が重くなると告げたところ、早い段階で彼女は折れた。ただ殺しまでの命令は絶対にやっていないと頑に主張していた。確かにそれはスロースの単独だ。彼は思い詰められてオレを手にかけようとしたのだ。

 家令をクビにするとレパード嬢に脅され、今回の件を引き受けたそうだ。彼はオレのリラウサをレパード嬢から処分するように言われていたが、リラウサが高額で売れる事を知っていた為、処分する事を躊躇って持ち帰ろうとしていた。

 ループする前、奴が何故リリーとリオを持って行こうとしていたのか、その謎が解けた。そしてレパード嬢が罪を認めた事によってスロースも罪を認めた。彼はレパート嬢の我儘に付き合わせられた憐れな奴だ。

 それから何故オレがリリーリオをスロースが誘拐しに来ると知っていたのか問われもしたが、まさか時がループして知っていましたなんて言える訳もなく、苦し紛れに予知夢で知ったのだと答えた。

 かなり疑われたがジュラフ団長の第一子が誕生する前、オレは彼のお子さんが男の子で生まれた時間まで言い当てた事もあって、周りの信頼の厚い団長の言葉一つで何とか信じて貰えた。

 そしてスロースは牢獄行きとなった。不法侵入、強奪、そして殺人未遂、アントイーター家の力を使っても罪を軽くする事は出来ない。レパード嬢はアントイーター家が所有する田舎の別荘で今後は暮らす事になる。現段階では首都に戻る予定はないそうだ。

 彼女とスロースの二人はアントイーター家の名門に泥を塗ったと当主のオックス侯爵の逆鱗に触れ、それぞれ厳しい処罰が下されたのだ。たった数日間のループまで起きた大事件はこれでようやく幕を閉じたのだった……。





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