Rival3「忍び寄る魔の手に翻弄され」




 レパード嬢のお茶会を終えたオレはゲッソリした気分でみせへと戻った。

 ――?

 周りの空気が煙臭い。その異変に辺りを見渡す。店周辺に人だかりが出来ていて何事かとオレはそちらの方へと走り出す。

「何かあったのか?」
「なんだい嬢ちゃん? ……ってオマエレインか!」
「そうだけど」

 話し掛けた相手をよく見てみたら店の常連客だった。ほぼ毎日夕方から飲みに来る白髪交じりのおっちゃん。(とはいっても実年齢は三十代半ばだけど)

「見違えたぞ。今日はどうした?」
「あぁ、今日は貴族のお茶会に招かれてさ。それよりも何があったんだ?」
「あそこの通りでちょっとした小火騒ぎがあったんだよ。大事には至らなかったが、この辺で火事なんて起きた事なかったからな。周りが思ったよりも騒いでいるのさ」
「小火? それって何が原因だったんだ?」
「それが明確には分かっていないが、煙草の消し忘れが何かに引火したんじゃないかって」
「この周辺で煙草は禁止されているってのに」

 ――何処の愚か者なんだ!

 家の近くで小火なんて冗談じゃない。一歩間違えればうちが家事に遭っていたかもしれないってのに。

「喫煙者に対する罰則及び騎士の見回りを強化するみたいだぞ。禁止されている場所で喫煙が見つかった場合、罰金だけではなく懲役も考えるかなんとか。厳しいよな」
「煙草一本で火事になるなら、それぐらいの重い罰があってもいいと思う」
「だな」

 おっちゃんはオレの言葉に納得したようだ。

「オレ疲れたから帰るわ」
「あいよー」

 オレは軽く挨拶をして、その場から離れた。お茶会に続いて小火騒ぎと聞いて、どっと疲れが増した。早く帰って休みたい。今日は店の仕事休ませてもらおう。

 ――ガチャッ。

 私室の扉を勢い良く開ける。

 ――え?

 いつも出迎えてくれるリリー&リオの姿がいない事に気付く。引き出し棚の上に他のぬいぐるみと一緒に並んでいた筈だ。父さんか母さんが持ち出したのだろうか。いや勝手には持って行かないだろう。

 ――じゃあ何でいない?

 ダダダとオレは階段を降りて店内へと入る。

「父さん、母さんっ!」
「レイン、仕事中だぞ。騒ぐんじゃない」

 厨房から父さんの叱責の声が落とされる。

「それどころじゃないんだ! オレの部屋にいたウサギのぬいぐるみの二匹がいないんだ! 父さんか母さんが勝手に持って行ったのか! あれはライからプレゼントされた大事なぬいぐるみだぞ!」
「レイン、落ち着きなさい。私はウサギのぬいぐるみなんて持って行ってはないわ」

 ホールから戻って来た母さんが答えた。

「オレもだぞ。そもそも娘の部屋に勝手に入らんからな」
「じゃあリリーとリオは何処に行ったんだよ!」
「レイン、ここは店内だ。客の迷惑になる」

 冷静な父親にオレは烈火の如く怒りに燃える。

「レイン、こっちに来なさい」

 母親に促されオレは店内から離れた。

「本当に本当に部屋に入ってないのか!」

 オレは母さんを問い詰める。

「私も父さんも入っていないわ。ましてや貴女が大切にしているぬいぐるみを持ち出す筈ないでしょ?」
「じゃあ誰かがオレの部屋に入って盗んだって事か!」

 両親ではないのであればそれしか考えられない! オレの言葉に母さんは眉根を下げる。

「それは……」

 泥棒が入ったなんて信じたくないのだろう。

「少し前にこの辺りで小火騒ぎがあったの。その時、私もお父さんもそれに店内のお客さんも外に出ていた時間があって、もしかしたらその時に狙われたのかもしれないわ。他に盗られた物がないか調べて、すぐに警邏騎士けいらへいに知らせましょう!」

 即行もう一度オレは部屋を調べに行ったが、やはりリリーとリオの姿は何処にもなかった。しかも他に何も盗られた形跡がない。はなからリラウサ狙いの犯行だったのか。絶望のあまり目の前が真っ暗となる。

 あのリラウサはライからもらった最高のプレゼントだ。オレの誕生日の時と、そしてプロポーズしてもらった時にオレの許へときたリラウサ達だ。リラウサは高価で金目になるに違いないが、なんでよりによってオレのリラウサなんだ!

 ――駄目だ、泣く。

「うっ……うぅ……」

 声を上げて泣き喚く。

「レイン?」

 ――!?

 扉の向こうから名前を呼ばれた。この声はライだ!

「レイン、泣いているのか! どうした!? ここを開けてもいいか!」

 オレはライよりも先に扉を開いた。いきなりの行動とオレの泣いている姿にライは心底驚きの色を見せて立っていた。

「何があった? 今日のお茶会で何かあったのか?」

 心配する優しい声色にオレは感情が抑えられなくなってライに抱きついた。

「リリーとリオがいなくなった! さっき起こった小火騒ぎの時に泥棒が入ったみたいで二人を盗られた!」
「何だって?」
「ライからもらった大切なリリーとリオが! 二人は家族同然なんだ! 大切な大切な家族なのに……うっ……うっわぁああ―――――!!」

 オレは心が決壊したように慟哭する。下の店の方にまで泣き声が響いてるかもしれない。それぐらいオレは無様な姿で落涙していた。ライが何か慰めの言葉を掛けていても、何もオレの耳には入らない。

 泣いて泣いて泣きまくって心が疲労してグッタリと躯が頽れる。ライに支えられ寝台に寝かされた。どんなに瞼が重くても意識は残ったままだった。店が閉まった後、両親はどうしようもないオレの相手をするライに同情して彼を帰らせた。

 ――ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、リリー、リオ!

 オレは心の中で何度も何度も謝った。どんなに悔やんでも悔やみ切れない。一人になってもショックのあまり眠る事が出来ず、オレは放心状態のまま悔やみ続けた……。


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―Rhyno Side―


 ――レイン……。

 オレは振り返って出入口扉を見つめて愛しの彼女の名を呼んだ。あんなにレインが取り乱して泣いた姿は初めて見た。オレは必死で慰めてみたが彼女はショックの方が大きく、オレが何を言っても心には届いていなかった。

 レインはオレがプレゼントしたリサウサをとても大事にしてくれていた。彼女がリラウサを見る目は本当に愛おしそうで、家族だと言ったくれた言葉は強く胸に響いた。リラウサが居なくなった事実にオレは裂けそうな痛みと憤りを感じている。

 そしてすぐに泥棒が入った痕跡を取り調べたのだが、これといった決定的なものには繋がらなかった。ただ小火騒ぎが起きた時間の隙を狙って起こした盗難だという事は間違いなさそうだ。裏口扉の施錠が壊されていたのだ。

 レインのリラウサ達は何処へ行ったのか。普通に考えれば売り飛ばされる可能性が一番高い。特にウェディングのリラウサは店舗のない地方で定価の何倍もの値段で売れると聞く。そういった違法売買は禁じられているが実際は暗黙に行われている。

「セラス副団長!」

 名を呼ばれて我に返る。二人の部下が寄ってきた。

「婚約者の方は無事でしたか?」

 部下の一人が心配を口にした。

「あぁ、彼女の家は大丈夫だった」

 そうだ。そもそもレインの所に来たのは彼女の家の近くで火事が起こったと聞いて、すぐに飛んできたんだ。騒ぎは早めに鎮静し、大事に至らなく良かったのだが別件であんな事が起こるなんて。

「しかし小火が起きた時に彼女の家に泥棒が入って、彼女が大事にしていたウサギのぬいぐるみの二匹が盗まれた」
「「え?」」

 オレの言葉に部下の二人は異様な驚きを見せた。この辺で泥棒が入る事件は珍しいからか。部下二人は互いの顔を見合って茫然としている。

「副団長、実はここに来る前にウサギのぬいぐるみを持った男に出くわしました」

 長身の部下から思わぬ事実を言われてオレは虚を衝かれる。

「は? 本当か!」
「ほ、本当です! ウェディング姿のウサギのぬいぐるみ二匹でした!」

 突然豹変わりしたオレの態度に部下二人が委縮する。

「濃緑色の風呂敷を背負った身なりが貧相な男を見掛けまして。風呂敷が中から蠢いていたので、生き物を入っているのではないかと疑って現行逮捕しようとしたんです。男は娘にやるただのぬいぐるみだと言い張って見せようとせず、冷や汗を流していて益々怪しいと思い、強制的に中身を確認したところ、確かにウサギのぬいぐるみ二匹が入っていました」
「それはレインのぬいぐるみだ! ただ動いていたというのが気になるが……」

 リラウサ達には動く機能なんてない筈だ。

「オレ達の目の錯覚だったのかもしれませんが、確かに暴れるような激しく蠢いていた様子を見ました。実際はただのウサギのぬいぐるみでしたが」
「オレ達も腑に落ちず、男の様子が怪しかったのもあって後を付けてみました。そしたらその男、上等な馬車に乗ったんですよ。身なりからして分不相応な」
「それで男は何処で降りたんだ?」
「それは……」

 部下の二人がまた顔を見合わせている。言いにくい様子が見て分かる。

「……アントイーター侯爵の豪邸やしきでした」
「え?」

 オレはサッと顔色を変える。

 ――なんだって?

「まさかあんな地位のある侯爵家と盗人が関りあるなんて」
「いや……ちょっと待ってくれ」

 レインは今日アントイーター家に招かれてレパード嬢と茶会をしていた。その間にアントイーター家に関わる人間がレインの家に泥棒として入った? 今日レインが家にいない事を知って? バラバラだったパーツが次々と重なっていく。

「もしかしたら小火騒ぎは仕組まれた事かもしれない」

 明確な証拠があるわけではないが、ほぼ間違いないだろう。レインのリラウサ達を盗んだ主犯は……。


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 部下二人には急いでジュラフ団長に報告を上げるように頼んだ。そしてオレは再びレインの許へと訪れた。

「レイン、リサウサ達を盗んだ犯人が分かったかもしれない」

 寝台で放心状態だったレインの瞳にせいの色が戻り、彼女は勢い良く起き上がった。

「リリーとリオは何処にいたんだ!」
「……アントイーター侯爵家にいるみたいだ」
「え? アントイーター侯爵家って、オレが今日お茶会に行っていたレパード嬢の家って事か! どういう事なんだ!」

 オレは部下から聞いた話をレインにすべて話をした。聞き終えたレインは怒りに身を震わせている。

「招待状にアントイーター侯爵の名を出してまでレインをお茶会に招きたかったのは……」
「オレに対する嫌がらせだな! 小火起こすのも泥棒働くのも犯罪だ! いくらライの婚約者のオレが気に食わないからって犯罪までするなんて頭オカシイだろ!」

 レインはオレの言葉を遮って怒りを爆発させた。

「これからアントイーター侯爵家に乗り込んでリリーとリオを返しにもらってくる!」

 さらに後先も考えずにとんでもない事を言い出した。

「待てレイン! 相手は侯爵だ。行ったところでも門前払いされるのが目に見えている」
「何言ってんだ! 盗んだ物を取り返しに行くんだ! 門前払いなんて気にしている場合じゃないだろ!」
「証拠がないんだ。白を切られればどうしようない」
「泣き寝入りしろって事か! 犯人が分かっているというのに!」

 意に沿わないオレの言葉にレインの怒りに油を注いだ。オレはレインを悲しませたいわけではないんだ。彼女が望む形を取りたい。その為には……、

「オレが話をしてくる」

 オレの話ならレパード嬢も聞いてくれるだろう。

「レインが行っても駄目だ。オレが何とかレパード嬢に吐かせてリリー達を取り戻してくるから」
「どうやって? 素直に認めるとは思えないぞ」
「何も心配しなくてもいい。必ずオレが取り戻してくる。レインは信じて待っていて欲しい」
「ライ一人では駄目だ! オレも行く!」
「レインがいてはレパード嬢を興奮させるだろ?」
「一緒に話の場にいなくていいんだ。せめて門の前だけでもいさせてくれ。心配なんだ。あの悪辣な令嬢がライを脅されたりでもしたらって思ったら」
「レイン……」


 彼女を連れて行くか迷う。危険がないとは言えないだろう。他の騎士がレインの護衛に付けばいいが生憎この件はオレの独断で行く。モタモタしている内にリラウサ達を処分されてしまう可能性があるからだ。

「分かった。だが屋敷の中には連れて行けないぞ」

 オレは逡巡した結果レインの同行を許した。言って聞く彼女じゃない。駄目だと言えば隠れてついてくるかもしれない。

「ライ! 分かった、屋敷の前で待っているから!」

 オレはレインを連れてアントイーター侯爵家へと急いで向かった……。





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