Loop4「タイムリミットで起きた奇跡」




 タイムリミットの当日。オレは店の仕事を完全に忘れて、朝からライの元へ行こうとしていた。彼が仕事を始める前になんとしてでも会いたい。とはいえ、ライが住んでいる場所はあの王宮の一室だ。

 副団長ともなると、特別に王宮の一室を用意して貰える。羨ましい限りだが会いたい時にすぐに会えないのが面倒なのだ。王宮の門番に話を通してからではないと、相手を呼び出せない。

 ――今日こそ居てくれよ、ライ……。

 オレは巨大な門扉の前に立つ門番にライを呼び出すように伝える。ところが今日ライは非番の日で先ほど外出してしまったようだ。行き先は知らないという。なんてタイミングが悪い。

 ここ数日こうやって朝会いに行っても、いつもタイミングが合わずに会う事が叶わなかった。絶望的だった。心を交わすどころかまともに会えていないのだ。これで身も心も結ばれるなんて無理だ。

 オレはせめて反乱軍が王宮に侵入している時間、ライをうちに引き留めておく事が出来ないか考えていた。だから何としてでもライを探さなきゃ! 一先ず街へ行こう。オレは急いで探し始めた。

 ――一人とは限らないか。

 誰かと待ち合わせして遊びに行っている可能性もあるよな。その時、ふと目に浮かんだのがキャメルの姿だった。

 ――まさかな……。

 その疑いはじわじわと胸の内へと広がり、オレの不安を掻き立てた。この間、ライがキャメルを送った日、彼の様子がおかしかった。もしかしたら既に二人は付き合っていて、今日も何処かに出掛けているかもしれない。

 そう思うと胸が締め付けられるように痛み出し、居ても立ってもいられなくなって、オレは走り出していた。街でデートじゃなくて、ライはキャメルの家に向かったのかもしれない。しかし、オレはキャメルの家を知らない。

 彼女の家を街中で訪ねてみたが、誰も知らないと言う。あれだけ有名なキャメルなのに何故誰も知らないんだ! それからオレはカップルがデートで行きそうな場所を回ったが、二人を見つけられないし、有力な情報も入らなかった。

 それでもオレは諦められず、街中と王宮を行って帰っての繰り返しをやっていた。非効率だと分かっていても、闇雲に探し続けるしか方法がなかった。そんなオレの努力は報われる事なく、時間は夕刻を迎えようとしていた。

 ――家か。

 気が付けばオレは自分のうちの前に戻って来ていた。この時間まで何も食べていなかったし、ここ数日まともに睡眠も取っていないから、頭がクラクラとする。少しだけ休みたかったが、約束の時間まで残り二時間半と迫っていた。

 ――ライを失うかもしれない。

 そう最悪の事態が浮かんだオレの頬に熱い雫が伝っていく。

 ――オレは何をやっていたんだ。

 女神に奇跡を起こしてもらって時を巻き戻してもらったというのに、どうして同じ運命を辿ろうとしている? オレは自分の命に差し替えても、ライを助けたいと思ったじゃないか。オレは可責に苦しみ、涙が止めどなく溢れる。

 今にも泣き崩れそうだ。泣いている暇があるなら、ライを探しに行け! そう自分のケツを叩くのに足が重くて動かなかった。それからオレの横を通り過ぎる人々が心配して声を掛けてくれるようになり、この場に居づらくなってオレは自分の家へと駆け込んだ。

 洗面台でバシャバシャと顔を洗う。気合を入れ直せ、泣いている暇なんてない! 乱暴にタオルで顔を拭いた後、急いで出入口の扉から出ようとした。その時だ! 開けた扉の先から思いも寄らない人物が現れて息を詰めた。

「ラ……イ?」

 オレは幻でも見ているのではないかと、自分の目を疑った。ライは私服姿で手に大きなビニール製の包みを持って立っていた。

 ――これは奇跡か。ライの方からオレの所にやって来るなんて。

「ライ、今まで何処に行ってたんだよ? 何回か会いに行ったのに、いつもいなくて」

 オレが問うとライは躊躇うような、困惑しているような、そんな顔をするからオレの胸もざわついてしまう。

「悪かった。急いで終わらせたい案件があったんだ。それの処理にずっと時間を費やしていた」
「そう……だったのか」

 オレが男だった頃のライの行動と全く違う。急いで終わらせたい案件なんてなかったし、今日も非番ではなかった筈だ。オレが女になった事で、ライの生活が変わってしまったのだろうか。

「そう浮かない顔をしないでくれ」

 表情が翳っていくオレの姿にライも切な気な顔をする。そしてそこで彼は「はい」と、オレに手に持っている大きな包みを差し出してきた。包みは淡いピンク色の真っ赤なリボンで飾られていた。

「え?」

 突然なんだ? と、オレは目を丸くする。

「今日、オマエ誕生日だろ?」
「え?」

 ――誕生……日?

 ライから言われて気付いた。そういえば今日はオレの誕生日だ。頭からスッポリと抜けてた。それを忘れてしまうぐらい、ライを助ける事に必死だった。そしてオレは差し出された包みを受け取る。

「これは……オレへのプレゼント?」
「あぁ」

 ライは柔らかな笑みを浮かべて答えた。

「中を開けてもいい?」
「どうぞ」

 オレは赤いリボンを解いていく。リボンが解けると包みの中に入っているプレゼントを取り出した。かなりもふもふした手触りのものだ。

「あ、可愛い!」

 オレは声を張り上げて絶賛する。耳が垂れてゴロンと横たわっているウサギのぬいぐるみだ。このぬいぐるみ、顔が可愛くてダラリとした姿勢が癒されると評判のウサギだ。名前はリラックスウサギ=リラウサと呼ばれている。

 実はオレは男の頃から、可愛いぬいぐるみが大好きだった。ただ大きくなってからは男がぬいぐるみを買うのは恥ずかしいと感じて買えなかった。でもこのリラウサは見るたびに可愛いと思って、ずっと欲しかったのだ。

「オレがリラウサ好きなの、どうして知ってるんだ?」
「オマエの部屋にいけば、それと似たようなぬいぐるみが並んでいるから好みなのかなって思ってさ。そのウサギ人気なんだろう? この間、部屋にそのウサギが置いてなかったから、ちょうどプレゼントするにはいいと思ったんだ」
「有難う、凄い嬉しいよ! これ前からずっと欲しかったんだ!」
「そっか。良かった」

 そこでライの零れるばかりの笑顔を見た時、オレはポロリと涙が流れた。そんなオレの涙姿に、ライはギョッと目を剥く。

「そんな泣くほど嬉しかったのか」

 問われるがオレは答えられなかった。リラウサをプレゼントされた嬉しさもある。でもそれ以上にオレは……。

 ――ライを失いたくない失いたくない失いたくない!!

 そう何度も何度も心の中で強く思って、涙が止まらなくなっていた。こんな風にオレを大事にしてくれているライを失ってしまうなんて、オレは死んでしまいそうだ!

「レイン、やっぱそれを誕生日プレゼントにするのやめていいか?」
「え? なんだよ、急に?」

 いきなりライがプレゼントの取り消ししてきたもんだから、涙が止ってしまった。オレが泣いていた事が気に食わなかったのだろうか。

「いやそれはこの間、オマエがキャメルを守った褒美にしてくれ」
「え? なんで変わったんだ?」
「だから誕生日プレゼントはオマエが一番欲しいものをやろうと思って」

 ライはとても真面目な表情をして言う。

「え? ……欲しいもの?」

 ドクンと大きく胸が高鳴った。思いも寄らないもう一つのプレゼントが貰る事になって、オレの胸の内に華が咲いた。

 ――ライを失いたくない、守りたい。

 その思いが胸の中で一色に染まっていたオレは自然と願いを口にしていた。

「オレの誕生日だし、今日はずっと傍にいて欲しい。今日だけはオレの傍から離れないで欲しいんだ」

 これでライを守る事が出来るだろうか。そしてキャメル、ごめん。せっかくライの非番で一緒にいる日だったかもしれないが、今日だけは赦して欲しい。オレはライの命を守りたいんだ。

「レイン、誕生日は特別な日だよな?」

 ライは答える前に逆に問いてきた。

「あぁ。誕生日は祝いをする日だし、特別といえば特別だよな」
「その特別な日にオレに傍にいて欲しいって事か」
「あぁ、傍にいて欲しい」

 傍にいてくれたら、何がなんでもオレはライを守る。それに自分の誕生日にライを失う日をイコールにしてたまるか。

「分かった、傍にいる」
「本当か!?」

 キャメルの事もあって渋られるかと思ったが、ライはオレの願いを受け入れてくれた。これでライを助けられると思ったオレは瞳を煌々と輝かせ、喜色満面となった。そんなオレの顔を見たライがハッと息を呑み、

「レイン、これからオマエの部屋に行ってもいいか?」

 と、控えめな様子で訊いてきた。うん、オレの家に居てくれるなら反乱軍が攻められる事もないから安心だよな。

「勿論!」

 そうオレは顔を綻ばせて答えた……。


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 ――何がどうなってこうなった!

 オレの唇は甘く包まれていて、今まで感じた事のない熱に浮かされていた。地に足が着いていないような浮遊感だ。その感覚を注ぎ込むのはオレの唇を優しくんで口づけるライだった。オレの初めてチューが奪われたきっかけは、ほんの数分前の出来事からだ。

「レイン、良かった。オマエがオレと同じ気持ちでいてくれて」

 部屋に入るなり、ライが妙な事を言ってきたが、オレには何の気持ちなのか分からなかった。おまけに彼の表情が仄かに熱を帯びているように見えるのは気のせいか?

「ライ?」

 オレはリラウサを胸に抱いてキョトンとなっていた。そんなオレに気付かず、ライの口は走り続ける。

「普段のオマエからじゃ、そんな素振りなかったし。でもさっき傍にいて欲しいって言われて、オレも覚悟を決める事にしたよ」
「へぇーそうなんだ」

 ――なんの覚悟だろう?

 真率な表情が漲っているライをオレは妙に思ったが次の言葉を待った。

「レイン、オレは……」
「うん」
「オマエの事が好きだ」

 ――ん? 好きって?

「なんだ、そんな事か。オレもライの事が好きだぞ」
「そんな事って言うな! それにそんな軽々しく好きって言うなよ! 雰囲気がぶち壊しだろう? ……それとも照れくさくて、わざとそういう風に言っているのか?」
「なんだよ、照れくさいって。今更だろ? オレとオマエの仲は」
「え? オマエまさか前から、そういう仲だと思ってたのか?」
「うん、だから今更だろ?」
「そ、そうか。オレは自分の気持ちに気付いたの少し前からだけど、まぁ、オマエは随分と前から、オレの事を想ってくれていたって事で嬉しいよ」

 ライの今の言葉、最初のほう意味が分からなかったけれど、本人は釈然としている様子で口元を綻ばせていた。

「それじゃ誕生日プレゼント渡すから」
「え? プレゼント? それは一緒にここで過ごしてくれるって……」

 言い終わらない内に、ライからグイッと顎を上げられて唇を奪われた。

 ――え?

 最初なにが起きたのか分からなかった。触れ合う唇がジーンと痺れたように熱く、しかも息も吸えないほど近くにライの姿があったから。何をされているのか意識した時、ボッと躯に火が点いて、それはみるみると躯中へと燃え上がっていった。

 ――オ、オレの初めてのチュー!

 が、なんでライに奪われているんだ! それにプレゼントがなんでキスなんだ! ライは友達ダチにキスする趣味はなかった筈だ。それなのに啄むように何度も何度も唇に触れられ、オレの躯は麻痺したように身動き出来なかった。

 オレの意思関係なしのキスなのに、不思議と嫌に思えなかった。そして時折、零れるライの熱い吐息がかかったり、切な気な表情を目にしたりすると、躯がズクンズクンと疼痛を起こす。この感じ性欲を掻き立てる。って相手はライだし! それにそうだ!

 ――ライはキャメルの事が好きなんじゃ……?

 そう思ったら胸に黒い感情が渦巻いて、オレは乱暴にライを引き離してしまった。ライは何事かと虚を衝かれたような顔をして、オレを見つめている。

「なにオレにこんな事をするんだよ? ライが好きなのはキャメルだろ!? オレにこんな事、軽々しくするなよ!」

 叱責と一緒に二つの瞳からポロリと涙が零れ落ちた。なんでこんな時に涙が流れてきたのか自分でも分からなかった。

「レイン、オマエなに言って?」

 ライが驚いたように瞬きを繰り返す。

「オレが好きなのはレイン、オマエだ。さっきオマエに告ったばっかりだろ? それなのにどうしてそんな話をする?」
「へ? ……告った?」
「オマエの事が好きだって言ったろ?」
「うん、聞いた。……って…………えぇえええ!? 女として好きだって言ってたのか!?」
「そうだ」
「いやいやいや! だってオレはずっとライはキャメルの事が好きだと思っていたからさ!」
「さっきも言ったがオレはキャメルにそういった感情を持っていない」
「嘘だぁ~!! キャメルの事、可愛い可愛いって言ってたじゃないか!」
「可愛いとは言ったが、オレが好きなのはオマエだ」
「!!」

 今ので好きを四度言われた。ま、まさかこんな展開が待っているだなんて! 考えてみれば最初に好きだと言われた時のオレ達の会話が、微妙にちぐはぐしていたのは互いに好きの意味を履き違えていたからか。

「レイン、まさかと思うがオマエの言っていた好きというのは、オレが思っている好きとは違うのか?」

 オレはギクッと肩を震わせる。その反応にライがもの凄く傷ついた顔となった。
「オレの勘違いだったのか?」
「そ、それは……オレの何処を好きになったんだよ!」
「気が付いたのはオマエがキャメルを守って大男と闘っている姿を目にした時だ。オマエを失うかもって思った時、今までオマエに対して感じた事のない気持ちが芽生えた。それからオマエの事を考える時間が増えていって好きだと気付いたんだ」
「そ、そ、そうだったのか。てかオレ全然女らしくないし!」

 そうだ、そもそもライはキャメルのような女らしい奴が好きじゃないか。とてもオレとは程遠い。それなのになんでキャメルを出し抜いて、オレを選んだんだ?

「そうか。確かにオマエは喋り方だったり、木登りしたりと男っぽいところはあるが、オレの為に料理をもてなしてくれたり、裁縫してくれたりもしただろ? どちらもすげぇ上手くてオレは嬉しかったし、家事全般が得意なのってオレは女らしいと思うぞ」

 ライの言葉に驚いた。オレの料理や裁縫を上手いって思ってくれていたんだ! 全く心に響いている様子はないかと思っていたのに。心が陽だまりに当たっているようなポカポカさを感じる。オレは男の頃から家事全般が出来ていた。

 家が裕福な方ではなかったから、オレは庶民じみていた。騎士になってからも、お金を持っている仲間とは違って自炊をしたり、綻んだシャツも買い替えずに縫って直していた。そのスキルは女になってからも受け継がれていたのだ。

「オレの本気分かってくれたか? だったらオレを入れて欲しい」
「う、うん」

 考えるよりも先にオレの口は勝手に答えてしまっていた。ライは花が綻ぶような綺麗な笑みを浮かべ、そしてオレの唇を再び熱く塞いできた……。





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