Loop1「性別変わってでも大事な親友を救います」




 レインは魂を吸い取られたような放心状態でいた。彼の腕の中には躯全体が鮮やかな血で染まった親友ライが静かに目を閉じていた。ライの躯には数十ヵ所深い傷を負わされ、永遠の眠りについている。

 ――ど……して……?

 レインは息の仕方もおぼつかずに問いかける。その刹那、ツーと涙が彼の頬へと伝っていく。同じ王族騎士団で常に共に過ごしていたライを失った喪失感は計り知れず、じわじわと心は悲しみのドン底へと引き摺り込まれていく。その先に見えるのは深淵の常闇。

 ――う……そだ、嘘だ嘘だ嘘だ!! ライが死んだなんて嘘だ!!

 レインがきつく瞼を閉じると、滂沱の涙が流れる。受け入れられない、いや受け入れたくない現実。

 ――神様、お願いです! オレ、コイツが生き返るのであれば、なんでもします! 代わりにオレの命を捧げても構いません! どうかどうかコイツだけは生き返らせて下さい!

 ひたすらレインは神へと祈る。もうそれしか今の彼には出来なかった。

 ――お願いですお願いですお願いします!!

 …………………………。

 …………………………。

 …………………………。

 どのくらい祈っていただろうか。だが、どんなに祈っても変わらない厳酷な現実。虚空感だけが滲むように胸の内を支配していく。

 ――も……う……駄目……なのか……。

 思いは諦念へと達し、レインは憔悴し切った重い瞼を徐に開いていく。……その時だった。

 ――はっ!

 何か気配を感じ取った。レインの騎士として研ぎ澄まされた精神がざわつく。それからゆっくりと背後へと振り返ると……。

 ――!?

 レインは信じられないもの・・を目にする。その後、思いも寄らない奇跡が起こったのだった……。


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 王都シャンパーニュ国。毎年多くの騎士を輩出する我が国は軍国主義国家……というのはあくまでも表上の姿であり、実際は現国王グレイッシュ陛下が武力を好まない方で、武力を持たない平和主義の考えを取り入れている。

 とはいえ、我が国は巨大な王都であり、騎士のいない生活は極めて難しい。それに王都を少し離れれば、争い事が堪えない国は多々あり、騎士はなくてはならない存在だった。そして我が国から輩出される騎士はかなり有能で多く活躍していた。

 騎士は我が国の由緒ある象徴であり、この王都でも多くの彼等によって守られ、民衆は日々平和な生活が送れているのだ。が! 個人的な事情を抱えるオレ、レイン・ディアは全く持って平和とは言えない状況にいた……。

 ――あと一週間か……。

 無理じゃね? そう咄嗟に頭で思った自分に心底呆れて、オレは深い溜め息を吐いた。絶対に思ってはならない事だ。

 ――条件を満たさないとアイツが死ぬ・・・・・

 もうあんな身が切られるような思いは二度としたくない。……とは言ってもな。現実はそう甘くない。オレは木の上に寝っ転がって沈吟ちんぎんする。

 ――あの出来事から三日が経った。

 王都シャンパーニュの王宮に反乱軍が入り、オレが駆けつけた時には親友のライノー・セラスは死んでいた。次期騎士団長と言われるほどの実力をもつライが、裸体姿で数十ヵ所と深い傷を負って血に染まっていたのだ。

 何故あんな無残な殺され方をされたのか。ただ殺すだけではなく、わざわざ裸体にしてだ。そもそもライは誰かに恨みを買うような男じゃない。とんだ頭の狂った野郎にアイツは殺された。

 思い出しただけでも腸が煮えくり返る。オレは犯人を見つけたら、絶対にこの手で殺したいてやりたい! ……そう思っているのだが、今はその必要がない。何故なら……。

 ――今ライアイツ生きて・・・いるからだ。

 奇跡と言うのか。あの時、神にオレの祈りが届いた。未だに信じられないがオレの前に女神が現れたのだ。黒曜石のような艶やかな長い髪と赤紫の双眸をもつ浮世離れした神々しい姿の女神が。彼女はこうオレに告げた。

「オマエの大切な人間を生かしたいのであれば、これからわれの言う条件を呑め」

 美しい容貌には不似合いな堅い口調。オレはライが生き返るのであれば、すぐに条件を呑むと言った。確かにあの時は頭がそれ一色で必死で、どんな条件でも呑めると過信していた。うん、確かにそう言ったんだけどさ、まさか言われた条件というのが……。

「今から時を十日前に戻す。その時、其方レイン・ディアの性別は女である。そして四月二十三日、午後十八時までにライノー・セラスと身も心も結ばれる事が条件だ」

 ――はい?

「あの、オレが女になっているというのもぶっ飛んでいますが、その後のライと身も心も結ばれるという意味が分かりません」
「なんという青い男だ。身も心も結ばれるという意味が分からぬとは」

 無機質な表情の女神から蔑む視線を感じる。いやいや待てよ!

「いや、さすがに身も心も結ばれるという意味は分かりますよ! 愛し合う仲になるという事ですよね? それが何故ライとオレ・・・・・なんですか!? オレ今、男ですけど!? オレには男を愛する趣味はありません!」
「条件が呑めぬという事か?」
「そうではありません! 男のままじゃ駄目なんですか!?」
「男のままではその腕に抱いている男はまた死ぬぞ」
「え!? じゃぁ、過去に戻った時、ライに死ぬ運命を伝えて止めるのは駄目ですか!?」
「駄目だ、それも男は死ぬ運命を辿る」
「わ、分かりました! でも身も心も結ばれなきゃならないのは何故ですか!?」
「その運命しか男は助けられぬからだ。先程からぐだぐだと煩いぞ。条件を呑むのか呑まぬのか?」
「……っ。その条件を満たせば、必ずライは死なずに済むのですよね?」
「さよう」
「分かりました! その条件呑みます!」

 と、オレが条件を呑んだ瞬間、時がループされた。ライが死を遂げたあの日から十日前にだ。オレの生まれや両親、名前などはそのままだが性別が「女」となっていた。見た目は男の容姿からまんま女になっただけ。

 でも出るところは出て有ったものが無くなっている。ブリュネット色の髪は女らしく胸の辺りまで伸びていて、正直煩わしいからショートにしようかと思ったけど、長い方が女らしく見え、ライに意識されるかもって思ったら切れずにいた。

 服装は常にワンピース状のドレスを着ている。これも出来るだけ女らしく見せる為に、フリルやレース、リボンなどを取り入れた服を選んで着ているが、ぶっちゃけ動きづらいし足がスース―して煩わしい。

 他にも湯浴みやトイレなどで苦労する度に、ライが死ぬ運命である事や、あの女神に会った事が現実であると思い知らされる。その苦労はすべてライを救う為だ。とはいえ、今まで男として生きていたのに、いきなり女として生きろだなんてさ、テンパるわな!

 それに騎士団の所属していたオレは女騎士……になんて都合良くなっている事もなく、両親が経営する飲食店ウォルフで働く看板娘となっていた。騎士に憧れて幼き頃から努力を重ねて入った騎士の道が閉ざされていてマジ凹んだ。

 おまけに時はタイムリミットのたったの十日前! 身も心も結ばれるという超難易度の高い条件なんだから、せめて一年ぐらいはくれよ~(マジ泣き)。そしてループしてからライとは何回か会っているが、めちゃめちゃただの幼馴染扱いだよ。

 男だった頃の騎士仲間のような関係がそのままって感じだ。どう見てもアイツはオレに恋心を持っているようには見えない。そもそもだ、アイツには別に想っているひとがいる……。

 ――あ~もうなんも策が思い浮かばない!

 あ、そろそろ店に戻る時間だな。致し方なくオレはヒョイと躯を起こして木の上から地へとジャンピングした。スチャッと地に足が着いた時、叫び声が耳に入った。

「ドワッ!」

 ――え?

 どうやらオレよりも相手の方がもっと驚いた顔をしていた。

「あ、ライ」

 今、オレが最も頭を悩ませている張本人だ。ライは騎士の簡易甲冑姿でいた。この時間だから街の見回りをしているのだろう。ライはオレより二つの上の二十四歳の若さで、この王都シャンパーニュ王国の第三師団の副団長を務めている。

 将来は騎士団長とまで言われている実力者だ。オレも男の頃は共に働いていたが、ライの騎士としての実力は本物だ。元は貴族の称号など持ってない一般人の出なのに、あっという間に地位をつけて今では貴族の仲間入りとなった。

「あ、じゃねーよ。なんだよ、オマエ今木の上から降ってきたよな」
「そうだけど? あ、悪い。オレの下敷きになりかけたわけか」
「そういう意味で言ったんじゃねぇよ。前から言っているだろう、オマエは女なんだから、危ない事はするなって」
「いや好きで女になったんじゃ……」

 オレは心底辟易した顔になった。女と言われても嬉しくない。元は男だし、まだ騎士だった頃の自分を惜しんだりもしているんだ。オレは負けず嫌いな性格でライに追いつきたくて、血が滲む思いで彼と同じ騎士団までのぼり上げた。

 ライのように貴族の称号までもらえるほどの実力はなかったけれど、それでも王国騎士団の仲間入りが出来て、とても誇りに思っていた。ライを助けようと思って女に事に後悔はないけれど、女を強調されて押しつけがましくされると腹が立つ。

「レインッ」

 ここでライはオレの手首を強く掴んできた。

「なんだよ、ライ? いてぇよ」

 オレはライと睨み合う。ライは男の頃のオレと違って如何にも騎士らしい精悍な美丈夫だ。騎士にしては珍しい毛先が長めのブラウンの髪、切れ長の深みのある青空色の双眸、筋の通った彫りの深い鼻、形の良い薄い唇。

 騎士に相応しい筋肉と体格の良さも持っていて、おまけに副団長という称号もある。大抵の女なら胸をときめかす美顔を眼前にしても、オレは動揺しない。男の頃、いくらでも目の前にした美顔だ。女になったからって変わるものでない。

 ――いや、変わらないといけないのか。

 オレもコイツを好きにならないと、条件が満たせないんだもんな。あぁ~本当に色々と厄介だ。

「レイン、オマエは女だ。ヒラヒラしたドレスを着て木登りするな」
「すげぇうざいぞ、ライ」
「この擦り傷、登った時についたんじゃないのか?」
「え? それは別にその時ついたわけじゃない。店の料理する時にでも出来たんだろ。木登りとは関係ない」
「これは擦り傷だが、でっかい傷でも作ったら嫁の貰い手がなくなるぞ」
「余計なお世話だ」
「それにその言葉遣いだ。オレって言うな。私だろ?」
「うっぜぇ」
「オレは本気で心配して言っている。もっとオマエは自身を大切にしろ。その擦り傷だって綺麗な白い肌について痛々しいぞ」
「え? って、おい」

 ライが擦り傷に口づけを落としそうな仕草をして、オレは慌てて手を引っ込めた! 王子が姫の手の甲にキスを落とすような自然な仕草で様になる。カッケー! ……ってなにオレ言っちゃってんの?

「? ……オマエ、顔が赤いぞ? どうした熱でもあるのか?」
「は? 別に顔赤くないし、熱なんてないし……え!?」

 オレが言い終わらない内にライがオレの頭に手を置いて引き寄せてきた。

 ――え? え?

 気が付けばオレの額とライの額がピッタリとくっ付いている! なんだこの展開!

「熱はなさそうだな」

 そういうライきみの方が熱っぽい声を出して、熱があるんじゃないですか! それにめっちゃ吐息がかかる距離なんですけど? つぅかオレの胸が妙にドキドキ走り出してどうした! と、突っ込みどころ満載だった。

「だから初めから熱はないと言っているだろう」

 オレは無理にライを引き離して悪態をつく。ライの奴、キスするような自然な流れでやって手慣れてるよなぁ。

「オマエなぁ、今みたいな事を他の女にもやってんのかよ?」
「まさか、あんな事はオマエにしかやらねぇよ」
「え?」

 ――ドクンッ。

 オレの心臓が大きく高鳴った。ライは真剣な顔をして答えた。素でカッケー! カッケーよライ! と思った。歯の浮くようなセリフも様になりすぎだろ!

 ――あ、あんな事はオレにしかしないって……ま、まさか、コイツ、オレの事好きだったの!?

 そう思ったら血が逆流するかのように躯中が熱くなった。心臓がドクンドクンと爆音を上げている。

「他の女にやってみろ。セクハラしたと訴えられる。オマエならそんな心配もないだろ?」
「ぐぁっ」

 ライは見事にオレの期待を崩しやがった。しかもハハハと悪戯顔してやがる。

 ――オレの期待を返せや!

 オレは心の中で地団駄を踏んで憤慨していた。ライって自覚なしの天然タラシじゃん! 男だらけの騎士団の中にいる時には気付かなかった。フェミニストなのは知っていたけどさ。

「あら? ライノー様とレインちゃんじゃない?」

 不意に背後から歌姫のような美しい声に名を呼ばれる。

 ――この美声は!

 オレは敏感に反応して振り返る。

 ――や、やっぱり! 究極の恋のライバル現れたり!





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