Link5「見えざる真実に触れる時」




 飲食店ウォルフに向かっている途中、オレはある騒ぎに遭遇した。かなりの荷物を乗せたある幌馬車ほろばしゃが転倒したのだ。投げ出された荷物は派手に散らばり、周りの人間へ被害が及んだ。

 騒然としている最中、オレはレインの姿を見つけた。あろう事に彼女は荷物の下敷きになっていたが、何事もなかったようにして立ち上がった。軽い荷物だったようだが、それでもオレは信じられないという気持ちで彼女の元へと走る。

 その時、悲鳴が響き渡り足が止まった。騒然とした場に馬で突進してくる男の姿が目に入った。正確にはレインの方へ暴走しているように見え、咄嗟にオレは鞘から剣を抜き、それを馬の足へと投げ飛ばした。

 剣が命中して馬の体勢は崩れ、男は宙へと投げ出された。レインを含め、周りの人間には被害がなかったが、ただ一つ。地面に叩きつけられた男がムクッと立ち上がり、逃げるようにして、この場から走り去る。

 ――おかしい!

 オレの全身が戦慄いた。あれだけ派手に地面へと叩きつけられ、普通に躯が動かせるなんて有り得ないだろ。オレはレインの事が心配であったが、本能に従って男を追いかけていた。

 転倒したあの幌馬車ほろばしゃも偶然ではないのかもしれない。馬が転倒した後、あまりにタイミング良く、今追いかけている男がやってきた。意図的に仕組まれた事ではないかと、オレの第六感が震える。

「そこの男、待て!」

 オレは声を張り上げ、目の先にいる男へと叫んだ。男は止まるどころか全速力で逃げていく。それでもオレは逃してはならないという一心で追いかけるが、かなり足の速い奴で距離が出来始めた。

 焦ったオレは辺りを見回すと、ある飲食店の前で馬に乗ろうとする客の姿を捉えた。客は足をあぶみに乗せて馬に跨ろうとしていたのだが、オレは透かさず止めにかかる。

「悪いが緊急なんだ! その馬を貸して貰えないか!」
「え? え?」

 男は目を丸くして戸惑うが、オレは相手の意向も聞かずに手綱を奪って馬に乗った。

「お、おいっ!!」

 叫び声が聞こえた気がしたが、オレの頭は例の男を捕まえる事しかなかった。そして段々と男に近づいていく。馬の蹄の音が聞こえたからか、男は振り返りギョッとして固まったが、すぐに頭を働かせ小路こみちへと入って行った。

 その小路はとても馬を走らせられないが、オレは抜け道を先回りしようと馬を急がせる。走っている間、遠回りさせられているような気持ちになって苛立ったが、思いのほか抜け道はすぐに見つかった。

 ――そして……。

「!!」

 男が出てくるのとオレが抜け道に着いたのはほぼ同時だった。男が驚きのあまり身を強張らせている間に、オレは素早く馬から飛びおり、男を差し押さえた。不意を突かれた男は拘束されるが、抵抗を止まない!

 ――コイツ、普通じゃない!

 力といい、躯つきといい、そしてこの動きは並みならない。オレは男と揉み合いになったが、なんとか奴の腕を背中に押さえつけ、後ろから膝を折って体勢を崩させた。ドサッと鈍い音が地面に響く。

「オマエ、何故レインを狙った!? あぶみの転倒もオマエは関係しているんじゃないのか!?」
「ははっ」

 男はオレの質問に答えずに笑い出した。

「何がそんなにおかしい?」
「聞いた通りだな。あの凡庸な女が大事なのか。さすがうちのかしらを差し置いただけの事はある騎士様だ」
「頭?」

 男の妙な物言いでオレはある人物の姿が思い浮かんだ。

「キャメル・クラーレットの事か?」
「さあな」

 男はオレに拘束され、今後自分がどうなるのかも分からないというのに、妙に余裕だった。いや、自分の命など惜しんでいないようにすら見える。オレがギッと男を睨んでいる間に、騎士なかまが集まってきた。

 男は数人の騎士に拘束されて拘置所へと連れて行かれた。同時に幌馬車ほろばしゃを転倒させた男も連れて行かれる。その男は打ちどころが悪く気を失っていたところに、別の男から刺されそうになったそうだ。

 それを見つけた騎士なかまが間一髪のところで男を取り押さえ、気絶している男と一緒に拘置所へと連れて行った。そこからチラつかせていた殺し屋一味の存在が徐々に明らかになっていく……。


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 男達を拘置所に連れて行ってから、事情聴取は一晩と続いた。オレが捕らえた男はとにかく口を割らない。ソイツがレインを狙っていたのは確かだ。当のレインだが安否を騎士なかまに確認させたところ、躯の心配はなかったらしく、オレはホッとした。

 この近日でレインを狙う事件の数は異常であった。彼女には秘かに護衛をつけていたにも関わらず、幌馬車ほろばしゃの転落や馬に狙われるなど、予想を遥か斜めにいく出来事が起こってゾッとする。

 ――何故あそこまでレインが執着される?

 その理由を知りたくオレは捕まえた男を聴取していたが、拉致が明かない。時間の無駄だと思ったオレは攻め方を変える事にした。幌馬車ほろばしゃから転落した男をターゲットにし、聴取を始めた。

 その男は一時期意識を失っていた。拘置所の医療室で男が目を覚ました時、オレはすぐに聴取を始めた。男はだいぶ混乱していた。そもそも転落した直後、その場から逃げる予定が失敗に終わり、別の男に殺されかけたのだ。

 オレは男が横たわって弱っているところをつけ込んで色々と吐き出させた。まず男は殺し屋「ヘリオトロープ」の一味である事を認めた。その殺し屋一味は以前から問題となっている集団であった。

 地方の小さな町や村を狙い、残忍なやり方で人を殺め、金目のものを奪っていく。時には大貴族の家に忍び込み、ごっそりと金銀宝石を盗んだ実例もある。まさかその凶悪集団がこの大国にまでやって来ていたとは。

 そして、やはり男は他の二人と一緒にレインの命を狙っていた。彼女を消す事でオレの心をあの女キャメルに移させる予定だった。そして奴等の目的は「王宮に侵入し金目の物を盗み取る事」だった。

 だからあの女は王宮に住むオレに執着して迫ろうとしていた。だが、オレを堕とすだけでは王国騎士団が護っている王宮には忍び込めない筈だ。いくらなんでも無謀すぎる。どうやって侵入しようとしていたのか。

 それを問い質そうとした時、男が気を失った。残る男二人から聞く他なくなり、気を失った男を刺殺しようとした男に聴取してみたが、あろう事にソイツは毒を飲んで自害した。そして死ぬ間際に妙な言葉を吐いたのだ。

 ――反乱軍、と。

 何故「反乱軍」という言葉が出て来たのか謎を残した。オレはそれが重要である気がしてならず、聴取の合間にずっと思案を巡らせていた。

「ライノー!!」

 とんでもなく慌てた様子の団長が乱暴に執務室へと入ってきた。団長は今日の午前中、急な休みを取っていたのだが……。

「レインの言っていた事は本当だった!」

 団長から開口一番に告げられた言葉の意味が分からず、オレは目を瞬かせた。

「予定よりも早く子供が生まれた。レインが言っていた通り、今日の午前九時ちょっと過ぎだった」
「あのどういう事ですか? レインが言った通りと言うのは?」
「レインが嫁の出産は今日の九時頃だと予言した。しかもオレに似た五千グラムもある赤子だとまで言い当てた」
「え?」

 ――なんでレインがそんな事を知ってた?

 彼女に予知能力なんてない。そう不思議に思うと同時に既視感を覚える。オレも団長のお子さんの事は知っていた。彼に似た大柄な男の子だと……ってなんで知っていたんだ? さっき生まれたばかりだというのに。

「なんでレインが?」
「そんな事をオレが知るか! それよりもレインに予言する力があるのであれば、あの事・・・も本当かもしれないぞ!」
「あの事?」

 ふと脳裏に浮かぶ。危険を示唆するような意味深なあの言葉。

 ――三日後の四月二十三日の夜、多くの騎士と一緒に王宮にいて欲しい。

「何者かが王宮を攻めてくる可能性があるという話ですよね?」

 オレが不吉な事を口にすると、団長の表情がより厳しくなった。

「あぁ、オレは思うに“反乱軍”だと睨んでいる」
「まさか?」

 今リアルにオレの頭を悩ませている「反乱軍」だ。

「まだオレの憶測にしかすぎないが、この頃、反乱軍デモの活動がどうも鎮静されて妙だと思っていた」

 反乱軍とはこのシャンパーニュ王国の陛下の施政に不満をもって騒動を起こすデモ隊の事だ。反社会思想を持ち、暴力的な行為を行う奴等を纏めてオレ達は「反乱軍」と呼んでいる。

 奴等は現国王の武力を好まない平和主義の考えを一部取り入れた事が発端で結成された。前国王の時まで我が国は世界が誇る武器の生産国であったが、現国王になってからは規制法が入り、武器に関係する工場や店が相次いで倒産していった。

 そんな窮地に追い詰められた者達がデモ隊となった。元武器の職人や商人達だ、激派の連中が多い。暴動も日に日に大きくなっている事もあり、ジュラフ団長が最高責任者として奴等の追撃を追っている。

「今は嵐の前の静けさなのかもしれないな。そしてレインの言う四月二十三日の夜、ここへ攻めてくる気ではないだろうか」
「まさか……」

 そんな筈がないとオレは否定出来なかった。……あの自害した殺し屋は何故「反乱軍」と口にした? それが脳裏に焼き付いて離れない。

 ――もしかして……?

 ある考えが思い浮かび上がった。

 ――殺し屋ヘリオトロープと反乱軍は手を組んでいる?

 レインが指定したその日に奴等は王宮を攻めようとしている? あの女がオレを誘惑しようとした理由もすべてその日の計画の一部に過ぎなかったとしたら? オレはその仮説を団長に説明した。

「もしその仮説が本当であれば、とんでもない事件だ。キャメルと名乗った女がオマエを堕とせなかった事で計画は狂っていると思うが、遂行されないとは限らないな」
「もう少し殺し屋ヤツラに吐き出させます」
「素直に吐けばいいけどな」
「時間がありません。急いで吐かせます」

 そうは言ったものの、団長の懸念通り奴等は吐かなかった。

「オマエ達ヘリオトロープは反乱軍と手を組み、王宮を攻める計画を立てているな?」

 取調室にてレインを馬で襲おうとしていた男に、真相を迫ろうとしていた。オレの勘からコイツは有力な情報を持っている。拘置所の廊下で他の殺し屋達はこの男を前にすると酷く畏まるのだ。ヘリオトロープの中でも地位が高いのだろう。

「は? なに勝手に妄想して言っちゃてんの?」
「二日後の四月二十三日の夜、オマエ達ヘリオトロープは反乱軍と共に王宮を攻める予定だろう?」

 オレが具体的な日付を口にした途端、男の瞳は揺らいだ。

 ――やはりそうか。

 この男の緊張を走らせた顔で、オレの仮説は間違いなかったとほぼ確定した。

「必ず計画は潰す。王宮には一歩たりとも足を踏み入れさせない」
「誰が反乱軍と手を組んだと言った? 誰が王宮を攻めると言った? いい加減な事を吐くな!」

 ヘラヘラと笑っていた男の表情は変わって酷く殺気立っていた。やはり自分の命など惜しくもないという強気の男にぶつけたところで、真実を吐くわけがない。しかし、オレもはなから情報が聞き出せるなんて思っていなかった。

 ――さっきの反応が見れただけで十分だ。

 あとはあちら・・・を攻め堕とせばいい。既に反乱軍の頭は捕らえている。後の事は団長が上手くやって下さるだろう。オレは昨日の団長との会話を思い出す。

「殺し屋一味は吐かんだろ? もっと手っ取り早い方法がある」
「なんですか、その方法とは?」
「反乱軍が殺し屋と手を組んでいるのであれば、反乱軍も内情を知っているだろ?」
「そういえば、そうですよね」
「殺し屋に口を割らせるより、一般市民の反乱軍を吐かせた方が早い」
「ですが今、反乱軍は鎮静していますよね?」

 以前であれば、デモを起こしている時を狙って捕まえる事が出来ただろうが、今奴等は行動を控えている。

「既に誰が筆頭か洗い出してある。ソイツを捕まえ吐き出させよう」

 さすが団長、仕事が早い!

「オレも手伝います!」
「いや、オマエは引き続き殺し屋達の聴取をやってくれ。この件はオレが処理する」
「分かりました。お願いします」
「それと四月二十三日の夜、オレは騎士を集めて王宮に待機する予定だ」
「オレも参戦します」

 王宮に危険が迫っていて副団長のオレが出ないわけにはいかない。ところが団長から思わぬ言葉が返ってきた。

「オマエはいい」
「どうしてですか! 殺し屋と反乱軍が王宮に攻めるなんて一大事ですよ!」

 団長がオレを離したのか理解が出来なかった。オレは多少ムキになって抗議する。

「ライノー、オマエは少し休め。それに四月二十三日はオマエにとって大事な日だろ?」
「そ、それは……」

 まさかそう返されるとはあまりに予想外でオレは言葉を閊えた。

 ――まさか団長が覚えて下さっていたとは。

 四月二十三日は「レインの誕生日」だった。毎年プレゼントは渡しているが今年は特別だ。プレゼントと一緒に自分の気持ちを伝えたいと思っていた。だが、殺し屋と反乱軍が攻めてくるかもしれない時に、私情を優先するわけにはいかない。

「それを言ったら団長もお子さんが生まれたばかりではありませんか」
「オレは第三騎士団と反乱軍追撃の最高責任者だ。仕事を優先するのは当然だ」
「団長……」
「この機会を逃したら他の男に嫁を持っていかれるぞ」

 また上手い具合に団長はオレを離そうとしてくれる。

「分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます。ですが、何かありましたら、その時は必ずオレも向かいます」

 オレは団長の優しさに甘えさせてもらう事にした。団長が王宮に居て下さるのであれば大丈夫だ。これまでに団長が戦で負けた事はない。オレは団長の優しさに感謝しつつ、二日後に控えたレインの誕生日プレゼントを思い描いた……。





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