Link10「かけがえのない彼女を守り抜きます」




「そ、それは……深い事情があって言えない、でもオレは殺し屋や反乱軍とは全く繋がってないからな!」

 レインに何か言えない事情があるというのは様子からヒシヒシと伝わってくる。だが、相思相愛となった今なら、きちんと話をして欲しいと思う。オレは彼女の力になりたい。

「それは知っている。正義感の強いオマエが道理に外れるとは思っていない。だが、団長がオマエを心配していたのは確かだ。オレから報告受けたキャメルに関する事件と、オマエから聞いた予言が見事に繋がったからな」
「…………………………」

 彼女はかなり葛藤している。オレ等を纏う空気は息がしづらいほど重苦しい。

 …………………………。

 沈黙ののち、レインは覚悟を決めたように口を開く。

「ライ、実は……」

 その時、空気の異変を感じ取った。扉の外側から話し声が聞こえてきた。

「外が騒がしくないか?」

 声は階の下から聞こえる。そして階段を駆け上がる複数の足音が響く。

 ――なんだ、こんな夜に?

 妙な予感が胸を騒がす。オレとレインは急いで服を身に纏うが、着終えない内に扉がノックされる。

「失礼致します! セラス副団長おられますか!」

 オレに向かって声が掛かる。副団長と呼ぶところをみると、騎士ぶかのようだ。

「ここにいる。少し待て」

 オレは返事をし、急いで服を着終える。それからすぐに扉を開けた。

 ――ギィ――。

 部下が五人もいて面食らった。彼等が神妙な顔つきをしているのを見て只ならぬ雰囲気なのを察する。

「こんな夜にこの人数でやって来て何があった?」
「休日に申し訳ございません」

 目の前に立つ部下の一人が眉根を下げて詫びる。

「反乱軍か?」
「そちらはご安心下さいませ。団長のお力で一人残らず取り押さえる事が出来ました」
「よくやった。だが、それでは何故オマエ達はここに来た? 報告だけしに来たわけではなさそうだな?」
「実は……反乱軍は抑えられたのですが、殺し屋一味の首領を逃しました」
「なんだと?」

 ――よりによってあの女か。

「首領の腕は相当で対峙した騎士の殆どが命を落としています。それも何十という数です。団長が駆け付けた時には首領は逃亡した後でした」
「そんなにられたのか?」

 ――女一人の力で……どれだけの腕を持っている?

「済まない。オレが急な休みを取ってしまったばかりに……」
「いいえ、殺し屋一味を甘く見ておりました」

 部下はオレを責めないが、多くの仲間が殺されたのだ。そんな中でレインと過ごしていたオレに何も罪がないと言えないだろう。

「現在逃亡中で街の警備を強めておりますが、未だ見つかっておりません。街の人間に危害が及ぶ危惧がありますので、団長のめいにより、ご報告に上がりました」
「そうか。オレもこれから団長の元へと向かおう」

 事が事だ。あの女を野放しにしていたら、街の人間に危害が及ぶかもしれない。急いで見つけて捉えなければ。

「ですが、副団長は本日……」
「だ、駄目だ! ライ!」

 ――え?

 オレと部下達のやり取りを後ろで大人しく聞いていたレインが突然声を上げた。咄嗟に振り返ると、彼女は蒼白となって震えていた。首領が逃亡していると聞いて血の気が引いたのか。

「レイン、大丈夫か?」

 オレは彼女の傍によって背中を支える。

「ライ、絶対に行っちゃ駄目だ!」

 レインが泣きそうな顔をして懇願してきた。あの女の事を思い出して不安になったのだろう。オレも出来る事なら、このままレインの傍にいてやりたい。だが、失った仲間の事を思うと、ここに残る選択が正しいとは思えない。

「悪い、レイン。不安がっている時に傍にいてやれなくて。分かってくれ、失った仲間が多くいる。オレだけここで過ごしているわけにはいかないんだ」
「嫌だ! 王宮に行ったら危険だ!」

 オレは目をみはる。てっきりレインは自分が不安なのかと思ったがオレを心配してくれていたのか。

「オレの心配はしなくていい。首領以外は取り押さえているから、今の王宮はさほど危険じゃないぞ」
「駄目だ駄目だ駄目だ!!」
「レイン、どうした?」

 様子が変だ。酷く興奮している。何をそんなに必死でオレを止めようとしているんだ?

「今日はずっと傍にいるって言ってくれたじゃないか!! オレの誕生日なのに!!」
「分かってる。それでもオレは行かなくちゃならない。失った仲間の為にも」
「ライ、お願いだ! 今夜だけはオレの傍から離れないでくれ!」
「レイン……?」

 とうとう彼女の瞳から大粒の涙が流れた。それから彼女はオレの腕を掴んで縋ってきた。

「お願いだ! オレはライを失いたくない! 一緒に居てくれ!」
「オレの答えは変わらないぞ」
「だったらせめてオレを連れて行ってくれ!」

 毒気を抜かれる。何故そんな発想になるんだ?

「そんな事出来るわけないだろう。レインはここで大人しく待っていてくれ」
「嫌だよぅ……」

 どうしてこんなにも聞き分けがないのだろうか。普段の彼女からは想像もつかない。仲間も唖然とオレ達の様子を見つめている。居た堪れなくなったオレは無理にレインの元を離れる事にした。

「レイン、絶対に家から出ないようにしてくれ。首領が何処かに潜んでいて街は危険だ」

 オレはそう最後言葉を残し、後ろ髪を引かれる思いで彼女のもとを去った……。


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 近くで馬を借りて仲間と一緒に王宮へと向かう。さっきからレインの事が頭から離れない。彼女があんなに泣いたのは子供の時以来に見た。本当は仲間がいなければ、彼女が泣き止むまで抱き締めてやりたかったが、公私混同するわけにはいかない。

 ――ただ別に気になる事が……。

 泣いて取り乱していた彼女も珍しかったが、それ以上に聞き分けのない姿が妙に感じた。誕生日だからという理由であそこまで必死に引き留めるだろうか。

 ――あれはまるでオレが危険になる事を知っているような口ぶりだった。

 何かが引っ掛かる。そういえばレインが何故反乱軍の存在を知っていたのか、聞けずに来てしまった。ここでオレは以前、団長が言っていたある言葉が脳裏に浮かんだ。

『レインが嫁の出産は今日の九時頃だと予言した・・・・

 ――予言?

 レインにそんな予知能力があるとは……思えないと断言出来ない。反乱軍の事は何処から情報を得たとしても、さすがに団長の子供までは人から聞いたという答えでは終われない。

 ――もしかしてオレが知らなかっただけで、彼女にはそういった力があるのか?

 まだ半信半疑だったが、妙な胸騒ぎがする。レインはオレが王宮に行くと危険だと言った。

 ――それは予知なのか……?

 ゾクッと背筋が凍る。レインは自分も王宮に行くと言っていた。もし本当にオレが危険な目に遭うとしたら、彼女はどうするだろうか……。

 ――彼女は間違いなくオレの後を追って王宮に来るだろう!

 しまった! 考えが浅はかだった! 今頃レインは家を出てオレの後を追っている!

「ヒヒィ――――!!」

 オレは無理に止まらせた為、馬が悲鳴を上げた。

「副団長、どうなさいましたか!」
「悪い、オレは戻る!」
「きゅ、急にどうなさったのですか!?」
「彼女の身が危ない!!」
「副団長!?」

 慌てふためく部下達に背を向けてオレは馬を走らせる。街の中を出歩くのは危険だ! 今、あの女は計画が崩れてムシャクシャしている筈だ! ましてやレインは狙われていた身! 万が一、出くわしたらレインを殺し兼ねない!!

 ――オレが戻るまで、レイン無事でいてくれ!!

 オレはレインが必死で引き留めた時、彼女の許に残らなかった自分を呪いたいほど後悔する羽目になる……。


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 静寂とした闇夜が不気味であった。今宵は分厚い雲に覆われ、仄かに吹く微風が煩わしい。荒々しく走らせる馬と自分の心臓の音だけが一段と響き、妙な不安にさせた。これはレインの無事な姿を目にするまではきっと治まらない。

 逸る気持ちを必死で抑えながらオレはひたすらレインの家へと向かった。ふとした瞬間、オレは妙な気配を感じ取った。何かが見えたわけでも聞こえたわけでもなく、スピリチュアルな勘だった。

 何故かそこにレインがいるような気がしてならなく、オレは急いで馬を走らせた。向かった先には街頭がなく馬が進むのを躊躇い始めた。焦れたオレは馬から降りて目的の場所へと進む。

 進んで行くにつれ、胸の騒ぎが大きくなる。血の気が引き意識が遠のいていくような感覚だ。この先に何かある、そう直感した時、オレは悪魔の姿を目にした。同時にガッと鈍い音が響いた。

 夜闇の中で何かが崩れ、そして悪魔が揺らめく。この先から恐ろしく殺気立った気配を感じる。何度も叩きつける音が響き、恐ろしい出来事が起こっていると気付いたオレはこの先へと向かって走り出す。

 ――まさかレインじゃないよな?

 違う違うと何度も首を横に振る。

「甘いねー子猫ちゃんは。私にとどめを刺さなかった事が命取りになったわね」

 ネットリと絡みつく女の猫声が聞こえた。この声は……。

 ――あの女の声だ! まさかレインが!?

 キラリ光る鋭い金属が見えた。オレは咄嗟に躯が動いていた。

 ――絶対にレインを殺させない!!

 死に物狂いで走り出し、オレは剣戟が振り下ろされるよりも先に女の腕の動きを封じた。

「ぐっ! 貴様が何故ここに!?」

 手首を押さえつけているが、女も相当な力で抵抗しようとしている。

「オマエ、レインに何やった?」

 オレは今すぐにでもこの女を斬りつけてやりたい激情を理性で抑えつける。女から動揺している素振りは微塵も感じられなかった。

「何って……」

 女がジロリとオレを見上げた後、

「見りゃ分かるだろうが! こうやって殺そうとしたんだよ!」

 オレが押さえつけていない、もう片方の手を振り上げてきた。鋭利に光る刃物が握られている事に気付いたオレは反射的に女の腹部に膝蹴りを食らわせた。

「ガハッ!」

 露骨にオレの膝が当たった女は一瞬だけ止まって、その場に膝を折って崩れた。オレはすぐに鞘から長剣を抜いて、女の前へ突き出す。

「レインを殺そうとしたオマエだけは絶対に許さない」
「はっ、あんな凡庸の女の何処がいいんだか? あの女さえいなければ、オマエを利用して計画が成功したってのに! 邪魔をしたのだから殺されて当然だ!」

 猫被りしていた女の本性が剥き出しだった。その姿は悪魔の何者でもない。

「レインに何も罪はない。逆恨みもいいところだ」
「それで私を殺すのか? はっ! 騎士とはいえ、オマエも所詮殺し屋と何も変わりはない! 殺したければ殺せばいい! ほらっ殺してみろよ! ほらっ!!」

 状況が悪くても女は命乞いする事もなくオレを挑発し続けていた。虚勢を張っているか、哀れすぎて怒りの熱が興覚めするぐらいだ。

「許さない=殺すと誰が言った?」
「法で裁いてやるとか、そんなありきたりなセリフでも吐くつもりか? そういう甘い奴は後で泣いて後悔するという事を教えてやる!」

 一瞬の隙を衝かれた! 女は隠し持っていた小型ナイフでオレの足の甲をぶっ刺した。

「ぐっ!」

 ――迂闊だった。

 優位な体勢でいた事に油断が生じていた。かなり深く刺され、足が動かない! その間に女はレイン目掛けて走り出す。急いで止め行かなければレインが殺られてしまう!

 ――クソッ! 立ち眩みがする!

 思いとは裏腹に意識がフラフラと遠のいていく。オレは最後に自分を呪った……その時、目の前がゆらゆらと揺れ始める。

 ――なんだ、これは?

 足に鮮烈な痛みがあった筈なのに、今は左腹部に激痛が走っていた。呻き声さえ出せないほどの強烈な痛みだ。オレは微動だに出来ずにその場に蹲っていた。

『所詮、貴方もそこら辺の男と変わらなかったわね』

 そこに女の甘ったるい声が響く。この声は殺し屋の女か?

 ――レインを襲うをしていた奴が、何故オレを見下ろしているんだ?

 女の表情は恍惚感に溢れていて不気味であった。あれは人ではない。悪魔だ。その悪魔にオレをめった刺しにされる。肉が裂け酷く流血が広がり、痛みすら感じなくなるほど刺され続ける。

 ――もう駄目だ、オレはもう死ぬ……。

 途切れていく意識の中で浮かんだのは誰よりも愛しいレインの顔だった。

『ライー!』

 深い眠りから呼び起こされるような感覚に意識がパァンと弾けた! 気が付けばオレは痛みなど忘れて走り出していた。目の前には憎きあの女がいる! そして奴はレインに向かってナイフを振り落とそうとしていた!

「オマエの相手はオレだ!」

 オレは女の足に向かって剣を鋭く斬りつけた! 生々しい触感が剣を伝って肌を刺激する。

「ぎゃあっ」

 女はこの世の終わりのような叫び声を上げ、機能を失ってドサリと崩れ落ちた……。

「レイン、大丈夫か! 背中から血が流れているぞ!?」

 オレは真っ先にレインの躯を支えて状態を訊く。彼女の目は虚ろで焦点が合っていないようだ。

「なんとか……大丈夫。それよりも……キャメルは?」
「彼女のアキレス腱を切った。もうこれ以上の好き勝手はさせない」
「ライ……」
「レイン、すぐに傷の手当てをするぞ」
「オレよりも……ライも……怪我を……しているだろ?」
「オレの方が軽い。先にオマエの手当てだ」
「それに……キャメルも……連れて行かなきゃ」

 レインは女が動き出すのではないかと心配しているのだろう。すぐにでもアイツを拘置所に連れていきたいところだが、何よりレインが先決だ。

「セラス副団長!」

 ここで部下達が現れた。共に王宮に向かっていた彼等だが、オレを追ってきれくれたのだろう。なんというタイミングの良さだ。オレは安堵感を抱いたが、それも束の間だった。

「おい、レイン!」

 オレの腕の中でレインは意識を失いグッタリと沈んでいった……。





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