Link1「幼馴染の彼女がオカシイです」




 ――ドスッ!!

 意図せず左の腹部に苛烈な痛みが散った。

 ――刺……された? 何故……?

 疑問を抱くも猛烈な痛みによって思考が奪われ、オレは声にならない呻き声を洩らす。

「所詮、貴方もそこら辺の男と変わらなかったわね」

 ――この声はキャメル、彼女がオレを……?

 オレの知る彼女とは別人に聞こえた。視界が歪んでいく中でオレは裸体姿の彼女を捉える。先程まで寝台で情熱的な愛を注いでくれた彼女は嘘のように冷笑を浮かべ、オレを見下ろしていた。思いも寄らない裏切りだった。

 ――何故……オレを刺した?

 そう問おうとした時、もう一度鋭い痛みに貫かれた。キャメルはオレの血をウットリ恍惚とした瞳で見つめている。血に染まった狂人あくまだ。その悪魔にオレの躯は何度も何度も貫かれていく。

 ――もう駄目だ……。

 死の世界が近づいてきた。オレはもう死ぬ。途切れていく意識の中で浮かんだのはキャメルに対する恨みではなく、レインの顔だった。

『ライー!』

 笑顔でオレの名前を呼ぶの姿。家族や騎士仲間の誰よりもレイン、最後にオマエに逢いたいと思って、オレは永遠の眠りへとついた……。


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 このシャンパーニュ王国には大きく分けて二つの騎士団が存在する。一つは王都や主要都市を中心に働く王国騎士団、もう一つは国境付近や地方の国の警備を行う地方騎士団だ。地位は王国騎士団の方が上だ。

 しかし、王国騎士団になるには地方騎士団で実績を挙げなければならない。地方騎士団は全部で十の団で成り立っており、入団初めは下位の第十師団から始まる。そして王国騎士団まで上がるには戦の経験が必須だ。

 第五師団まである王国騎士団は第一師団が王族や宮殿の護衛、第二師団が機密捜査を行う特殊部隊、第三師団が街の巡回と警備、第四騎士団が地方騎士団の管理役、第五師団が主に戦場へと赴く軍部隊となっている。

 オレ、ライノー・セラスは第三師団所属の副団長を務めている。そして第三騎士団の責任者はジュラフ団長だ。彼は数々の戦で功績を上げた実力者で、この王国騎士団には第五師団へ入る予定だったが、結婚を機に第三師団に入団された。

 ジュラフ団長筆頭に第三師団は大都市を守っている。中でもこの王都はかなり大きな規模を誇る巨大都市であり、住む人間の数も多く犯罪や問題事も比例している。その為、騎士の数も他の主要都市より断然に多い。

 オレも街の巡回はするが、副団長ともなれば団長と共に王宮で執務を行わなければならない。躯を動かす事が好きなオレは執務の仕事は苦手だ。今日はやっと執務から解放され、心置きなく外回りへ出られた。

 ――この薔薇のような香り……。

 この時間、オレは女性に人気な雑貨店が並ぶストリートへ見回りに来ていた。身に覚えのある甘い香りに鼻腔をくすぐられ、オレの心はドクンッと高鳴った。その香りに心当たりがあり、オレは香りを追うように、その場所・・・・へと足を運んだ。

 ――あぁ、やはりキャメルだ。

 手前の角を曲がると思い当る人物が目に入り、オレは笑みを零しかけたがすぐに消えた。何故なら……。

「あのコ、男勝りで男口調だし、全く品がないわよね」
「ライノー様と幼馴染だからってイイ気になって、当たり前のように彼にベタベタして厚かましいわ」

 キャメル以外の二人の女性がある場所・・・・を中傷しているようだが、オレは誰の事を言っているのか、すぐに気付いた。

 ――男勝りで男口調、オレの幼馴染と言ったらレイン・・・しかいないだろう。

 いきなり知り合いに対する生々しい悪口を耳にして、オレは胸糞な気持ちになった。さらにだ。

「そうね、煩わしい存在よね。顔も不美人だし、どう見てもライノー様とは分不相応だというのに、ちっとも本人は気付いてないみたいねー」

 ――え?

 オレは耳を疑った。今のキャメル・・・・が言ったのか? まさかあの・・キャメルまでレインの悪口に入るなんて、オレはショックを隠せなかった。キャメルとレインは知り合いだ。互いに顔を合わせれば、世間話などして仲が良さそうに見える。

 実際、キャメルはレインを疎ましく思っていたのか。女神のような優しさと、とんだ美しさをもつ彼女にあんな黒い部分があったなんて、何かの間違いではないかと、オレの心は否定しようとしていた。

 ――レインはあんな悪口を言われるような女じゃない。

 確かに性別を間違えて生まれて来たのかというぐらい男勝りではあるが、いつも明るく元気で、あれでも努力家で誰にでも平等に振る舞う良い奴だ。それにベタベタと媚びてきた事もないし、純粋にオレと仲の良い幼馴染だ。

「キャメルの方がよっぽどライノー様とお似合いよ。美男美女で絵になるもの」
「でもさ、ライノー様ってキャメルもあのコにも平等な扱いでしょ? 納得出来ないわよね。いくらあのコが幼馴染だからといって、あんなブスとキャメルが一緒の扱いなんてさ」
「いいわよ、ライノー様のお人が良いという事だもの」
「キャメルは優しいねー」
「ていうか、余裕なんでしょ? あんなブスとキャメルならライノー様も絶対に貴女を選ぶもの」
「そうかしらね、ふふふっ」

 彼女達がオレの事を良く思ってくれているのは分かるが、気持ち良くなれない。寧ろ不快感極まりなかった。尚も続く彼女達の下世話に、自分の中で着々と温めてきたキャメルへの想いねつが、冷えていくのを感じた。

 ――人は見かけによらない……。

 この時、女の本性が心底恐ろしいと震えた。オレは彼女達の前には顔を出さずに、心無い会話の内容を胸の内にしまい込んで、その場から離れたのだった……。


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 ここ最近、レインの様子がオカシイ。女らしい口調へと変わったり、オレを自分の店に招いて料理をもてなしたり、はたまた綻びたオレの制服を裁縫してくれたりと、妙に女らしく振舞っているのは何故だ?

 それに気のせいかもしれないが、その時のレインは何か期待を込めた表情を見せる。その心情がオレには読めなかった。先日も飯を作るから仕事が終わったら店に寄ってくれと誘ってきた。

 当日の夜、彼女が腕を振るってくれた料理はどれもオレの好きなものばかりで、オレはすぐに料理に手をつけたかったが、レインがいつもに増してブリブリな様子がどうしても気になり、とうとう本人に訊いてみる事にした。

「レイン」
「なにライ?」

 ――うーん……。

 オレは心の中で密かに唸る。以前なら「なんだライ?」って男っぽい口調で返していただろうが、今は柔らかな女らしい口調で、どうも違和感がありまくりだった。

「最近何かあったのか?」
「え? なに急に?」
「妙に女らしく振舞っているから、何かあったのかと思ってさ」

 オレがストレートに言うと、レインははっと目が覚めたような顔を見せた。

「そ、そうかな? 自分では気付かなかったけど?」

 ――嘘だ。

 オレは心の中で鋭く突っ込みを入れる。明らかにレインは動揺を見せていた。意識して女らしくしているのが丸分かりだろう。

「いや以前と明らかに違うぞ。オレに対してこうやって料理をもてなしたり、前に裁縫もやってくれたりしただろ?」
「そ、それは前からライがもっと女らしくしろって言ってたじゃない?」

 ――む、無理やり感いっぱいの「じゃない?」で痛いぞ、レイン。

 無理に女言葉を使っている彼女がさすがに可哀相に思えてきた。

「それはそうだが……」

 出かかった言葉をオレは嚥下した。

 ――レインオマエらしさがなくなっている。

 そう言ったらレインが傷つくかもしれないと思ったからだ。何か訳ありで女っぽくしようとしているのだろうし。

「オレ……私の話より料理を食べてよ、ライ」
「あぁ、そうだな」

 催促されてオレはナイフとフォークを手にした。その時、何故かオレの隣にレインが座ってきた。

「どうしたレイン?」
「あ、私の事は気にしないで」
「そ、そうか」

 気にしないでと言われても、隣に来た理由があまりにも謎で気になったが、オレは素直に料理へと手を伸ばす。彩り鮮やかなピンチョスを一つ口に入れた。

「美味しい?」

 レインが瞳に期待を膨らませて問いてきた。

「あぁ」

 軽く微笑んでオレは答えた。するとレインは何を思ったのか、

「じゃあ、次は私が食べさせてあげるね」
「!」

 思わずオレは口に入れているピンチョスをゴホッと吐き出そうになった。今の発言はどうして出た! 恋人同士でもないオレ達がそれをやるのはオカシイだろう!

「いや、それはいい。自分で食べられる」
「遠慮しないで!」

 オレが断ってもレインは意固地となってピンチョスを一つ手に取った。

「待てレイン! せっかくの厚意を申し訳ないが、女らしくしているオマエは素で気持ち悪いぞ」

 レインを止めたいが為に、オレは思わず憎まれ口を叩いてしまった。

「なっ、なんだよ、それ! オ、オレが気持ち悪いって失礼だぞ!」

 ――あ、口調が戻ったぞ。

 怒っているレインには悪いが、そっちの方がやっぱり彼女らしくしっくりとくる。

「何か理由があるのかもしれないが、オマエらしいのが一番だぞ」
「ライが女らしくしろって言ったんじゃんか!」
「オレが言っていたのは男がするような行動をするなという意味だ。前からオマエは木登りや力仕事といった事を平気でやるだろ? そういうのは危ないからやめた方がいい」
「オレ自身は危ないとは思っていないから大丈夫だって」
「大丈夫じゃないだろ?」
「オレの行動をいちいち突っ込んでくるなよ!」
「レイン、人の言う事はきちんと聞くべきだぞ」
「ライ、その飯を食べたら、とっとと帰れよな!」

 そう吐き捨てたレインはオレから離れて厨房の方へと姿を消してしまった。いつものレインに戻ったのはいいが、すっかりとご立腹させたな。オレはどうしたものかと一人静かに食す。

 ――もしかしてレインはオレの事を……。

 一瞬とんでもない考えが湧き起こったが、すぐに帳消しした。レインに意識されるような憶えはない。

 ――いや待てよ、もしかして他に好きなヤツが出来たんじゃ?

 レインはああ見えても、このレストランの看板娘だ。固定客も多い店だし、客で気になる誰かが出来たのかもしれない。

 ――その線が濃厚だ。へぇーレインに好きな奴か。

 今までそういった色恋沙汰を彼女と話した事がない。彼女にとって遅咲きのなのかもしれない。変に突っ込まずにそっと見守っておくか。

 ――となれば、やはり危険な事はさせないようにしないとな。

 オレは小姑のような気持ちになって心に決めた……その数日後、ある場所でオレは落下物と衝突しかけた。物は木の上から下りてきたレインで、オレは度肝を抜かれた。しかし、当の本人といえば……。

「あ、ライ」

 ちっとも危険とは思っていないからか、悠長にオレの名を呼んだ。オレは眉根を寄せて問う。

「あ、じゃねーよ。なんだよ、オマエ今木の上から降ってきたよな」
「そうだけど? あ、悪い。オレの下敷きになりかけたわけか」

 おまけに彼女はとんだ勘違いをしている。確かに下敷きになりかけたが、別にそれをオレは咎めようとしているわけではない。

「そういう意味で言ったんじゃねぇよ。前から言っているだろう、オマエは女なんだから、危ない事はするなって」
「いや好きで女になったんじゃ……」

 レインの辟易した顔を見て、オレは少しムッとなった。

「レインッ」

 オレは言い聞かせようと、彼女の首を強く掴む。そこで気付いた。彼女の左手首にはいくつか小さな擦り傷が見受けられた。

「なんだよ、ライ? いてぇよ」

 当の本人はより憮然とした顔になった。

「レイン、オマエは女だ。ヒラヒラしたドレスを着て木登りするな」
「すげぇうざいぞ、ライ」
「この擦り傷、登った時についたんじゃないのか?」
「え?」

 レインは傷なんてあったのかと、今気付いたようだった。なんて自分に対して無頓着なんだ。

「それは別にその時ついたわけじゃない。店の料理する時にでも出来たんだろ。木登りとは関係ない」
「これは擦り傷だが、でっかい傷でも作ったら嫁の貰い手がなくなるぞ」
「余計なお世話だ」
「それにその言葉遣いだ。オレって言うな。私だろ?」
「うっぜぇ」
「オレは本気で心配して言っている。もっとオマエは自身を大切にしろ。その擦り傷だって綺麗な白い肌について痛々しいぞ」

 レインの肌は普通の女性より白く、少しの傷や痣でも目立ち痛々しく思える。

「え? って、おい」

 無意識の内にオレは擦り傷を自分の口元へ近づけると、レインは酷く驚いた様子で手を引っ込めた。おまけに顔が朱色を含んでいる。どうした?

「? ……オマエ、顔が赤いぞ? どうした熱でもあるのか?」
「は? 別に顔赤くないし、熱なんてないし……え!?」

 レインが答える前にオレは熱がないか互いの額を重ねて確認する。レインが素直に熱があると言いそうもないからな。実際熱はなさそうだった。

「熱はなさそうだな」
「だから初めから熱はないと言っているだろう」

 彼女は乱暴にオレから離れて叫んで答えた。顔を赤くして何をそんなに怒っているんだ?

「オマエなぁ、今みたいな事を他の女にもやってんのかよ?」

 ――?

 今のレインの言葉を聞いて、やっと彼女が何を思っていたのか気付いた。その時、少しだけ意地悪な思いが湧いた。

「まさか、あんな事はオマエにしかやらねぇよ」
「え?」

 レインは酷く固まって、さらに顔を朱色に染めていく。思った以上の反応を返してくれ、オレはちょっとやり過ぎたかと反省する。レインの心は純粋だ。あまりからかうのは良くない。

「他の女にやってみろ。セクハラしたと訴えられる。オマエならそんな心配もないだろ?」
「ぐぁっ」

 笑いながら返せば、レインもさっきのが冗談だと気付いたようだ。当然顔は怒っているが。いつものオレ達の空気に戻って安心したオレだったのだが……。

「あら? ライノー様とレインちゃんじゃない?」

 不意に背後から声を掛けられて、今度はオレが酷く硬直する番だった。

 ――この声は……。

 振り返らなくても相手が誰なのか分かる。先日、レインを中傷していた人物の一人……。

 ――キャメルだ。





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