第三章
「芽生えた感情」
……………………………。
視界は涙で歪んだまま、私はマーキスさんと見つめ合う。
彼は今の私の姿に、なんて声をかけたらいいのか分からない筈だ。
私の方もなんて言葉を発すればいいのか分からず躊躇い、マーキスさんとの視線の合わせが続く。
……………………………。
その内に、私は沈黙に耐え切れず、マーキスさんから視線を逸らした。
「…これからの事をお考えで、不安を抱いておられるのですか?」
「え?」
先に口を開いたのはマーキスさんの方からだった。
(そう見えていたのね)
「…違います」
「でしたら何故そのような…」
か細く答えた私の声を聞き取ったマーキスさんの表情が心なしか曇っているように見えた。
「美奈萌ちゃんから離れて、色々と気付かされたんです」
「…?」
「…自分の存在価値に」
これ以上は何も言えなかった。
言葉を続けてしまえば、きっと私は泣いて喚いて吐き出してしまう。
そんな姿を目にするマーキスさんにも迷惑になる。
やり場のない思いを私は口にしないようグッと堪えていた。
……………………………。
結局また沈黙が流れてしまった。
漠然とした私の言葉に、マーキスさんは困惑されているに違いない。
だけど…。
「美奈萌様は聖羅様が思っていらっしゃる以上に、貴女様をとても大事になさっています」
「え?」
「ガーディアンは常に冷静さを保つ為、感情を露わにせぬよう抑制しております。本来、美奈萌様もあのように率直に感情を出される事はない事かと思われます。聖羅様の前だからこそ、飾り気のない姿を見せていらっしゃるのだと存じます」
「え?」
(…それはどういう意味?)
「美奈萌様から聖羅様に対する情の深さが感じられました。美奈萌様は貴女様をとても大切になさっています」
マーキスさんの言葉に、今度は別の意味で涙が溢れた。
どうして、この方はこう嬉しい言葉をかけてくれたのだろう。
今日会ったばかりで、私の思考など分かる筈もないのに、まるで私の不安を取り除くような魔法をかけてくれた。
胸中にジンワリと温かい情が奔流し、満たされた思いが広がる。
今までに感じた事のない何か「特別」なものだった。
この感情をなんと呼べばいいのだろうか…。
「お取込み中、申し訳ございませんが…」
突然の声に、私もマーキスさんはハッと我に返る。
現れた人物は…アールさんだった。
彼の手の中には重厚感のある強靭なロングショットがあり、これからの生々しさを感じる。
「用意が整っておりますので、早急に参りたいと思います」
「…わかりました」
私は上擦った声で答える。
顔も強張り、緊張した様子を上手く隠す事が出来ない。
緊張を隠せという方が無理なのかもしれないけれど…。
(いよいよだ…)
私は大きく息を吐く。
その行為が覚悟を決めたように思えたのか、
「では参りましょう」
マーキスさんに促されて、私は彼の後に続いた…。
※ ※ ※
「下級の妖魔であれば、幻獣の視覚または嗅覚で居場所を突き止める事が出来るのですが、今回の妖魔はスペックが高い為、気を消しているようです。その為、ガーデス様の手を煩わせてしまい、大変申し訳ございません」
夜空の下へと出た私を迎えたのはアーグレイヴさんであり、彼は私の姿を見るなり、非礼を詫びる言葉をかけられた。
「そんな滅相もないです」
なんだかこの場に…いや私には不相応な言葉で返答してしまい、そして畏まってしまった。
街灯どころか明かり一つない場で、男性陣は手の平の上に灯を翳し、視野を作られた。
明かりがなければ、真っ暗闇に呑まれている恐ろしい感覚だった。
「妖魔を誘き出すには、この場所は絶好なのになー。殺っても死体すら発見されないような場所だしさ」
「ここはガーディアンのアジトがある」
「わーってるって!だから北緯××度、東経××度へ移動するんでしょ?」
ほのかな明るさの中、アールさんとアーグレイヴさんのやりとりが目に入る。
冷静に応えられるアーグレイヴさんに、アールさんは少々煩わしそうに答えていた。
「ガーデス様、北緯××度、東経××度へは都心を通過して参ります」
「は、はい」
(その表現だと、どのぐらいの距離があるのか分からないんですよね)
アーグレイヴさんから、ご丁寧に教えて頂いていて申し訳ないのだが、ガーディアン式の言い方では把握が出来なかった。
「あの…ここからどのくらいなのでしょうか?」
さすがに住所でお願いしますとも言えず、無難な言葉で返す。
「30分弱ほどで到着出来るかと存じます」
「30分、都心を少し抜けた先でしょうか?」
「場所は長野県にある××辺りとなります」
「…え?」
私は上京して数ヵ月であり、土地感覚はイマイチだけど、××といえば、長野県の北部だったような…。
この場所から、そこまでは高速を利用しても、一時間半以上はかかるかと…。
ましてやこの時間では新幹線も走ってはいない…いや利用しても30分では難しいと思う。
「あの…口を挟み失礼しますが、30分で行けるものなのでしょうか?今から向かうとしたら、お車になりますよね?」
「…ガーデス様?」
「はい」
気のせいかな?男性陣がキョトンとした表情をされているように見える。
私はよっぽど珍妙な発言をしてしまったのか。
何故なのかそれすら気づかず、余計羞恥に晒される。
「我々は上空から参りますよ?」
一番目を丸くしているアールさんが応える。
「飛行機!?いえ、もしかしてヘリコプターを利用されるんですか!?」
さすが上空からなんて頭になかったよ!
派手というのか大胆というのか、いつも私の頭の中をパンパンにさせられる。
そんないっぱいいっぱいの私に、さらに信じられない言葉が返される。
「えぇ!?違いますよ!自力で飛躍して行きます!」
「え?……え!?飛躍ってなんですか!?」
「…え?ガーデス様は念動力の力がございますよね?オレ達もその力で己の躯を浮遊させ、移動します」
(え?…なにそれは……!?)