第ニ章

「選べぬ二者択一」




 私は呆然とし、アールさんを見つめる。

(彼は今なんて……)

 私からしたら青天霹靂といった大事おおごとなのに、アールさんが真顔過ぎて却って自分の思いの方が間違っているのではないかと思えた。
 それにマーキスさんやアーグレヴさんからも変わった様子がない。
 本来取り乱すであろう自分の行動が抑えられてしまったようだ。

「自分が何を言っているのか分かってんの?」

 意外にも美奈萌ちゃんの口調が物静かで驚く。 
 彼女はまるで刺すような恐ろしい眼差しをアールさんへと向けていた。

「勿論です」

 顔色、声色共に変わりもなくアールさんは泰然とした態度で返した。
 それが鼻についたのか美奈萌ちゃんの表情が歪む。

「ガーデスに対して、その蔑んだ態度、覚悟があっての発言よね?」
「私としても興味本位で申し上げているわけではありません。ガーデス様はまだ神力が完全には覚醒してはおられないようですし、保身の為にも力を完全なものにされていた方が良いかと考えています。あくまでもその補佐をさせて頂こうと思っているまでです」
「それをアンタがやる必要は全くないわ。それに力の目覚めは何も性交渉じゃなくていいでしょ?」

(え!? い、今、美奈萌ちゃんの口から凄い単語が出たよね! せ、性交渉って!?)

 思わず声を上げそうになる。度肝を抜かれるとはこういうと時に使うのだろう。

「申し上げる権利あっての事です。ガーディアンには功績と引き換えにそれ相応の対価を頂ける特権がございます」
「ガーデスに対する要求は褒美の許容範囲を超えているわよ!」

 美奈萌ちゃんはピシャリと言い返し、その凄まじい勢いには圧力さえ感じた。

「例外ではございません」

 そう返したアールさんは何故かマーキスさんを一瞥した。

(何でマーキスさんを?)

 一瞬の違和感、それが私の中で騒めつかせる。
 何かとても深い意味が込められているではないのだろうか。
 それにどんなに美奈萌ちゃんが圧力をかけても変わらないアールさんって一体……。

「今回の任務が本来の規定を反るというのであれば、尚更高価値の褒美を要求いたします」
「認めないわ」

(み、認められたくない。美奈萌ちゃん、頑固反対を!)

 私も美奈萌ちゃんと一緒に気持ちを昂らせてしまう。そもそも神力なんて目覚めなくていい。
 これ以上普通の人との開きをもちたくない。

「最終の承認は組織のエンペラーが決められる事です」
「その承認を認めるようにはしないわ」
「ですが決定権は美奈萌様ではございません」
「秩序の乱れを管理するのも上の役目よ。決定権云々の話ではないわ」
「でしたらガーデス様ではなく美奈萌様を頂くという事でも構いません」
「「は?」」

 私と美奈萌ちゃんは同時に目を丸くする。
 アールさんの発言には予想が立たない。
 住む世界が違うだけでこんなにも驚かされるものなのか……。

「私はなにもガーデス様からの褒美に固執しているわけではございません。お引き受け出来ないとおっしゃるのなら美奈萌様を頂かせてもらいます」
「ダ、ダメ!」
「え?」

 私は立ち上がって勝手に応えていた。
 私は居ても立ってもいたられなくなったのだ。

「み、美奈萌ちゃんはダメです!」
「聖羅?」

 突然の私の行動に美奈萌ちゃんが面食らっている様子だ。
 アールさんは無機質な表情のままだけど、マーキスさんやアーグレイヴさんも予想外の事だったのか、強張っていた表情が緩んだように思えた。

「美奈萌ちゃんには大事な人がいます。その要件を呑む事は出来ません」

 誰も応えてくれなんて言っていないけれど、私が自分の事のように熱くなっていた。

「でしたらガーデス様を頂けますか」
「そ、それは」

 アールさんの言葉に口が噤む。
 アールさんの表情は無表情に見えて実は威圧的なオーラを放していた事に気付いた私は怯んでしまった。

「聖羅は駄目よ」
「どちらかの要求をお呑み下さい」

 究極の二者択一だ。
 いや、そもそもそれって一方的な要求だよね。選ぶ必要はないのでは?

「私の方で呑むわ」
「え?」

 もたついている間に美奈萌ちゃんが答えを出してしまう。
 な、なんで?

「では美奈萌様でという事で」

 驚愕する間もなく話が成立してしまい、私は頭の中が真っ白になったけれど時間差で我に返った。

「ダメだよ」
「既に成立したお話ですので変えるつもりはございません」

 腑に落ちない姿の私をアールさんは冷然と答えた。

「成立というのはお互いの理に適って起きるものです。今のはアールさんの一方的な……」
「いいのよ、聖羅。私は今回の妖魔の退治が成功すると思っていないし」

(それってどういう?)

「やはり、我々を信じて頂けてはないのですね」

 何かを訴えるような半眼となったアールさんが言う。

「信じる信じないの問題ではないわ。既に二組のファーストが殺られていてサードに任せる事自体が誤っているのよ。私の予測では身を守るので精いっぱいの筈よ。次でアンタ達が妖魔を仕留める事が出来なかった場合、私は次のガーディアンの手配をするよう皇帝エンペラーに話をしておくわ。妖魔に聖羅の存在を知らせた以上、猶予はないのだから。それと妖魔を おびき出した後、私は聖羅を連れて匿うわ」
「恐れ入りますが妖魔の対戦に関わる事柄はエンペラーの許可なしには出来兼ねるかと」

 アーグレイヴさんは気になった点を透かさず指摘された。

「連れ出せるよう許可を取るわよ」
「そちらは出来兼ねるかと思いますよ」

 再びアールさんが言葉を挟んだ。
 今の断定的な言い方からして何かあるのだろうか。

「は? なんでアンタがそう決めるわけ?」
「今の言葉に断定は出来ません。出来過ぎた言葉に過ぎませんが、一度エンペラーへご確認下さい」





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