第一章
「動き出す未知の闇」
タクシーの車窓から目に映る景色は都内の華やかさから一遍し、街灯の光が乏しい殺風景な場所へと移った。
私は美奈萌ちゃんとある場所へと向かっている。
それは……。
ビルとビルの間の細い路地での出来事だった。
「じゃぁ、D地区、北緯××度、東経××度で集結ね」
「はい」
大きな違和感を覚える。
美奈萌ちゃんの今の緯度経度って? 場所を示しているんだろうけど、普通は住所で言うよね? なんだか知らない世界にいるようで私は妙に心臓の音が高鳴っていた。
美奈萌ちゃんの確認にグレイの瞳のお兄さんは淡々と返答した。
そう、昨日出会ったサバイバーのお兄さんと再会した私は喜ぶのも束の間、実は彼は親友の美奈萌ちゃんとなにか関わりがあるようだった。
お兄さんは他二人のお仲間がいるようで、しかもそのお兄さん達よりも美奈萌ちゃんの方がお偉いのは何故……?
もう正直なにがなんだかわからない内に話は進んでいた。
「D地区にはタクシーで向かうわ」
「承知いたしました」
グレイの瞳のお兄さんはあくまでも丁重に返す。
「オレ達もタクシーで……」
グレイの瞳のお兄さんの仲間の一人、煌びやかな容姿の金髪お兄さんはヒョッコリ便乗しようとした。
「はぁ? なに言っちゃってんの? アンタ達がまともに姿現したら狂人者の目で見られて、こっちまで迷惑蒙るんだから自力で移動しなさいよね」
「そんな~」
美奈萌ちゃんのバッサリに金髪お兄さんは切ない声を上げたけど、美奈萌ちゃんは彼には目もくれず。
「聖羅、一緒に行くよ」
「う、うん……」
その場所から離れようとする美奈萌ちゃんから一緒にと促された私は彼女の後に続く。
去る際に目に入ったグレイの瞳のお兄さん。
周りが暗くてハッキリとは見えなかったけれど、彼も私を見てくれていたように思えたのは自惚れだろうか……。
「黙っていて悪かったわ」
「え?」
タクシーが動き出し、暫く走行してからだった。
美奈萌ちゃんから声がかかる。
実はお兄さん達と別れた路地から今まで美奈萌ちゃんとは殆ど会話をしていなかった。
なんとなくしづらい雰囲気におのずと口が噤んでしまっていた。
美奈萌ちゃんの言う「悪かった」というのは、きっとさっきのお兄さん達との事を言っているのだろう。
確かにそれは一番気になるところだ。
そもそもあのお兄さん達は「不思議な存在」だ。
美しい幻獣を従え、多分「並ならぬ力」を持っている人達だ。
そして美奈萌ちゃんも首筋から覗かせたあの赤い刻印といい、お兄さん達よりも顕要な姿といい、彼等の仲間なのだろうか。
一体どんな関係なのだろう。
それにもう一つ気掛かりな事があった。
もしかしたら美奈萌ちゃんは私の「サイキック」の事を知っているのではないかと、それがとても不安で仕方なかった。
「なにか事情があっての事だと思っているから」
私は胸に秘める思いを抑え、美奈萌ちゃんに差し触りのない言葉で返した。
「そう言ってくれて感謝するわ。容易に話せる内容ではないから、きちんと場を設けて話しをするわ」
「うん」
確かに簡単には話せない内容だろう。
私は改めて認識をすると、またドクドクと動悸が速まってくる。
「敢えてこれだけは。思っている以上に過酷な内容だと思う」
美奈萌ちゃんは今まで見せた事のない辛辣な表情を浮かべ吐露したのだった。
※ ※ ※
「どうやらこの奥のようね」
「え?」
美奈萌ちゃんの言う「奥」の手前を目にして私は一瞬固まってしまった。
目にしたものが大きな「洞穴」だったからだ。
いわば「洞窟の入り口」と言った方が分かり易いだろうか。
この先が例のお兄さん達との待ち合わせの場所の筈なのだが。
ここに訪れる前、あるバス停前で降ろしてもらった私達だったがタクシーのドライバーさんも「こんなところでいいのかい?」と、怪訝そうに訊いてきた。
辺りはろくに街灯もなく薄暗い道が続き、この先に見えるものと言えば山奥というか森林というか、どう見ても夜遅くに女の子二人が来る場所ではなかった。
「大丈夫です。安心して下さい。別に彼女と一緒に心中するとかではないので」
(へ?)
私は面白おかしく答える美奈萌ちゃんに度肝を抜かされた。確かにそう受け取られても仕方のない場所だ。
「この先に知り合いが待っているので本当に大丈夫ですよ」
念を押すように美奈萌ちゃんは再度ドライバーさんへと伝えたけれど、それでも彼は符に落ちない様子だった。
そういう表情をされて当たり前だよね。
それ以上は追及される事はなく支払いを終えるとドライバーさんは去って行った。
余談だけれど最後の支払いはなんと美奈萌ちゃんのクレジットカードだった。
しかもブラック! 現金派の私にはカードの事はよく分からなくてブラックって超々VIPなイメージがあるんですけど、美奈萌ちゃん、その若さで一体……。
街灯に頼る事が出来なくどうやって進んでいけば良いのかと不安であったけど、気が付いたらボワッとオレンジ色の大きな光が現れた。
それは美奈萌ちゃんの掌から浮かぶ光だった。
火の玉のような揺ら揺らと灯る光。
普段なら吃驚して強張るところだけど、不思議と抵抗がなかった。
むしろそう言った不思議な力をもつ美奈萌ちゃんにやっぱりと思ってしまう自分がいた。
あの不思議なお兄さん達と関わりがある彼女なら、そういった能力をもっていてもおかしくはない。
それにサイキックの私が今更驚く方が返っておかしいだろう。
まるでオレンジ色の光に導かれるように進み、森林の中へ入って数分後、辿り着いた場所がこの洞窟前であった。
「もう中へ入りましょう。奴等はもう中で待っているわ」
「う、うん」
美奈萌ちゃんの言葉に私はバクンと心臓が高鳴った。
「予感」がしていたのだ。
これからの話を聞いてしまったら、きっともう二度と元の日常には戻れないだろうと。
それでもあのサバイバーの彼と関わりたい、そう切に願う私は覚悟を決めて未知の闇の中へと足を運んで行くのであった。